からくさ   作:エタリオウ

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 初投稿かな。


サンズリバーリバイブ

 さらさらと、透き通った響きが鼓膜を揺らす。それは不思議と心が落ち着く音色で、俺はおもむろに目蓋を開いた。

 

 向こう岸が見渡せないほどの大きな川が、目の前に広がっている。どうやら俺は、川のせせらぎを聞いていたようだ。

 

「おや。お前さん、死んだのかい?」

「ん?」

 

 声に振り向くと、赤色がいた。赤色の瞳に赤色の髪、それを赤色のトンボで赤色のツインテールにしているのだから、もう赤色だ。

 背負う大きな鎌が、彼女が何者なのかをこれでもかと主張している。

 

「……小町さんって、ホントに死神だったんだな」

「やだねぇ。こんなにデカい鎌を持ってるだろうに」

 

 和やかな雰囲気で、言葉を交わす。

 

 彼女の名前は小野塚小町。種族は言わずもがな死神で、死者の魂を閻魔様のもとへと運ぶ、船頭の仕事をしている。

 

 そんな死神なんて物騒なお人と、なぜ俺が知り合いなのか。それは、彼女が師匠の良き友人であるからだ。

 仕事をサボってよく師匠の屋敷に入り浸っているものだから、何度か話をしたことがある。

 

 彼女がいるということは、あそこに見えるのはかの有名な三途の川か。

 本当に死んでしまったのだなと、ぼんやり思う。あまり実感が湧かなかった。

 

 手を握ったり開いたりしてみるが、いつも通りに見える。今の自分が肉体から分離した魂だとは信じがたかった。

 

「それにしても、師よりも早く逝くだなんてずいぶんと夭折だ。アイツも悲しむだろうねぇ。もしかしたら、後を追ってくるかも」

「アハハ、冗談が上手いなあ、小町さんは」

 

 やだなあと頭を掻く。

 

 悲しみはするかもしれないけど、あの師匠が俺のために命まで絶つわけがない。

 師匠の説教癖のことをみんなは口を揃えてお前を心配しているからだと言うが、アレは楽しんでやってるね、絶対。

 

「よし、友人の弟子のことだ。ここはサボり屋のあたいが、いっちょ四季様のところまで運んでやりますか」

「自分でサボり屋っていうのか」

「細かいこと気にしてるとモテないよ? 地獄で」

「地獄行き確定かよ!」

 

 たははと快活に笑う小町さんには、不思議と悪感情を抱かない。それどころか意気揚々と袖をまくる姿からは、爽やかささえ感じられた。

 

「さっ、乗りなよ」

「……ああ」

 

 西行妖はどうなっただろうだとか、霊夢たちは助かっただろうかとか。

 様々な未練が頭を過ぎり、後ろ髪が引かれる思いだったが、死んでしまったのなら仕方ない。ここで足踏みをしていても、詮無きことだ。

 そう思い、こじんまりとした小舟に乗り込んだ。

 

 小町さんが櫂を漕いで、舟が滑るように動き始める。ゆっくりとゆっくりと、景色が流れていく。

 

「……未練はないかい?」

 

 岸が見えなくなってきた頃だった。視線はこちらにはない。小町さんは水面を見つめがら、静かに訊いてきた。

 

 未練、か。あるかないかで言えば、間違いなくある。今すぐにでも、霊夢たちのもとに駆け出したかった。

 だけど俺は、心の奥へとその気持ちを仕舞い込む。

 

「ないよ。俺は禍で、不幸を生み出す存在なんだから、消えた方が人のためなんだ」

「……そうかい」

 

 最近は災いをだいぶ制御できるようになってきたが、それもまだ完璧ではない。

 師匠が足の小指をタンスにぶつけたり、師匠が犬のフンを踏んでしまったりすることはよくあった。

 

 生きているだけで、それが災いなのだ。ならばいっそ、消えてしまった方が人のため。

 

「でも、誰かを幸せにだってしてきたんじゃないか? あたいは少なからず、お前さんのそういう場面を見てきたつもりだよ」

 

 俺が誰かを幸せに?

 

 小町さんの言葉が胸に刺さる。俺は、今まで自分が歩んできた道を振り返ってみた。

 ふっと思い浮かんだのは、フランやレミリアの顔。

 確かに、あったかもしれない。幸せそうに見えた。

 

 でも、それすらも。俺じゃなくたって、できたんじゃないかと考えてしまう。いや、霊夢や魔理沙ならできたはずだ。

 

「そうかな。余計なお世話が多かったかもしれない。仮にそうだとしても、俺は人を幸せにする以上に不幸にしてきたよ」

 

 自嘲気味に答える。あの人のことを思い出して、言いながら苦しくなった。

 

 なんだか、一度死んだからなのか、センチメンタルな気持ちになっている。

 いや、違うか。これが性根で、今まではきっと、俺は弱々しい心を取り繕っていたのだ。

 

 ――不幸になったっていいから、貴方と一緒にいたい。そう言ってもらえるような、立派な妖怪と成りなさい――

 

 一人称を男らしい『俺』に変えたのも、あの頃だったか。結局、誰からも言われることがなかったな。あっ、フランはノーカンです。

 

「おっ? なんか落っこちたよ?」

 

 小町さんの声に、舟底に目をやる。確かに、変な縦長の紙切れが落ちていた。

 

 形的に、栞だろうか。しかし、何か黒っぽいものが挟まっていたので、首を傾げる。

 かりんとうか? いや、そんな分厚さはない。では炭だろうか?

 頭を悩ませていると、まったく突然にその正体は分かった。

 

 白詰草、その押し花だ。

 なぜ知っているのかは自分でも分からない。黒い塵を見ただけで、黒と真逆の白詰草を言い当てるなど、ほとんど異常だ。だがそれだけではなかった。

 俺の脳は独走する。

 

 ――私を思い出して。

 

 白詰草の花言葉だった。それに煽られて、俺は思い出す。

 

「……そうだったな」

 

 別に『私』とかいう押し花をくれやがった、のっぺらぼうを思い出したわけではない。

 もっと、単純なことだ。

 

「おおっと! いきなり何すんだいっ!」

 

 櫂を手繰り寄せて、小町さんから奪い取る。突然のことで驚いたのか、意外やあっさりと手を放してくれた。

 

 力任せに漕ぐ。水をかき分ける。舟が、反対側に動き出した。

 

「悪いな小町さん! 未練あったッ!」

 

 漕いで漕いで、漕ぎまくる。

 エンジンが起動し始めたみたいに、舟は勢いよく水の上を駆ける。いくつも白い泡が立った。

 

「俺はどうしようも無く、人間が好きなんだ! だから、絶対に守り通してみせるッ!」

 

 俺は使命を思い出した。もうクヨクヨしていられない。

 黒い風がどこからともなく吹いてくる。それは、俺が生み出した災いに他ならない。

 

 当たり前だが、反魂など通常できるはずがない。そんなことが気合いでやってのけれるのなら、死者は挙ってやっているはずだ。

 だが、俺だけは違う。

 

 俺が生きているだけで災いだと言うのなら、生み出せるはずだ。禍が災いを生み出す妖怪なら、やってやれるはずだ。

 萎れた白詰草を見るだけで、不思議とそう思えるのだ。

 

「うォおおおおッ! サンズリバーリバイブじゃあああ~~ッ!」

「……まったく、無茶するよ。三途の川を遡るなんてさ」

 

 昨日の俺では、特定の災いを生み出すことができなかった。

 だが、今日の俺ならばできる。謎の自信が湧いてくる。今こそ、鍛錬の成果を見せるときだろう。

 

「仕方ないねぇ……。アイツの可愛い弟子だし、あたいも人間のこと好きだからさ。ちっとばかし、現世との距離を縮めてやるよ」

 

 四季様に叱られるなあ、と小町さんは頭を掻く。しかしそれとは裏腹に、その表情はこちらの背を押すかのような満面の笑顔を浮かべていた。

 

「まっ、今度来るときは未練のないようにな?」

「恩に着ます!」

 

 次に櫂を動かすと、ドンっと舟が跳ねた。俺の魂も跳ねた。浮遊感を体いっぱいに受けて、景色が切り替わる。

 

 ドスンと真っ逆さまに急落して、ぐえっ、とカエルのように呻いた。

 

 硬く、冷たい感触。ついさっきのことだが、とても懐かしく感じる。

 気づけば、石畳にキスをしていたのだ。くそう、俺のファーストキスがこんなところで……!




 小町は東方キャラで89,006番目に好きです。
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