「で、アンタって料理できるの?」
「フッ」
珍しく割烹着姿の霊夢の問いに、俺は得意げに笑みを浮かべてみせた。
白い歯を此処ぞとばかりにみせ……いや、あまり歯並びに自信があるわけでもないので、やっぱり口元をやや吊り上げるだけにとどめておいた。
アンタ歯並び悪いわね〜、なんて霊夢に言われたら泣けるからな。
「できるわけないだろ?」
「なんで得意げに言えるのよ、みっともないことを」
「すまない……」
「普通に凹むんじゃないわよ。ったく、調子狂うわね……」
はあ、と霊夢がクソデカため息をつく。
ううむ、次の宴会は準備を手伝うと約束したから土間に来てみたが、これは料理がからっきしの俺はお邪魔虫かもしれない。
咲夜さんの指揮であくせくと働く妖精メイドたちを眺めていると、ちょっと自信をなくしてしまう。
俺にはああもテキパキとは進められないだろうな。
「くそっ、だが汁物をかき混ぜることなら任せろ! 俺は文さんからその才能だけは買われてるんだ!」
「ダメよ」
「えっ」
悔しくなって、俺は料理で最も大切とされるかき混ぜ係を買ってでるが、霊夢にあえなく却下されてしまう。
ば、馬鹿な……! 霊夢だって俺の手のひらを見れば、俺がどれだけかき混ぜるのが得意なのかわかるはずだ。実際に文さんからは「場をかき乱すのは大得意でしょう」とのお褒めの言葉もいただいている。
しかし、霊夢は鍋の前に立ちはだかった。
「私には未来が見えるわ。アンタが調子に乗って豆腐ちゃんをバラバラにする未来が!」
「あ、あり得る!」
確かに、俺ならやりかねない。思わず納得してしまう言い分だった。さすが霊夢、俺より俺のことを知っている。
え? ということは、俺ってホントの役立たず……?
「まっ、でも力仕事なら山ほどあるわよ? アンタがいてくれて良かったわ」
ホッ、どうやら俺にもできそうな仕事がまだ残っているらしい。えがったえがった、危うく自信というやつにヒビが入るところだったぜ。
「じゃあ物置から酒樽を持ってきてもらえる?」
「ああ、お安い御用だ」
いやあ、仕事があるって素晴らしいな。何だか一体感があって、めっちゃ良いことしてるような気持ちになれる。
俺はルンルンと廊下をスキップしようとして、ハッと後ろを振り返った。
「そういえば物置ってどこだ?」
「そんなこったろうと思ったわ……案内してくる。咲夜、火の番お願いね」
「かしこまりました。ご武運を」
物置に行くだけなのに武運って何だよ。
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「博麗神社って桜の名所だったんだなあ」
「まあね。鬱陶しい奴らが花見に来なければ最高なんだけど」
離れを目指して、桜の木に挟まれた渡り廊下を歩く。
この圧巻の景色を見れただけで、あの春を奪い去った異変——春雪異変を解決した意味があったってもんだ。
今宵の行われる宴会はもちろん、異変解決を祝ってのものだ。
そして妖夢のリークによると幽々子は相当の健啖家らしく、現在博麗神社の厨房がフル稼働しているというわけだ。頑張れ、妖精メイド諸君!
「確かにこの桜も綺麗だけど、あっちにもっと凄いのがあるのよ」
「ほう、これより? 期待しちゃうぜ?」
軽口を叩くと、霊夢はふふっと意味ありげに微笑む。おいおい、これは期待しとけって意味か?
しかし霊夢は何とも言わずに、そのままスタスタと先へ行ってしまう。
「そろそろ見えるわ」
ぶわっ、と風が吹いた。桜の花びらが巻き上がり、俺は咄嗟に目を瞑る。
「ふふんっ、これが博麗神社の御神木よ!」
「これは——」
それは、かの西行妖のごとく逞しい桜だった。
だが雰囲気は明らかに違う。これにはどこか、このしめ縄のされている巨木からは、ピリピリとした神聖な気が感じ取れる。
「どう? なかなか驚いたでしょう?」
「……ああ」
誇らしげな顔で訪ねてくる霊夢に、俺は小さく頷く。
確かに、驚いた。凛と聳え立つこの桜の姿は本当に美しい。
綺麗な桜の樹の下には死体が埋まっているという。だとすれば、と馬鹿らしいことを考えてしまう。だとすれば、こんなにも目を奪われるこの巨木の下には、まるで——。
「神様でも、埋まっているみたいだ」
気づけば、ボソリと呟いていた。俺は慌てて霊夢の方を向く。
今俺めちゃくちゃポエミーなこと言わなかったか? やばい、聞かれてたか?
「埋まってるんじゃない? 御神木なんだし。何の神様かは知らないけど」
「……はは、そうかもな」
聞かれてはいたものの、いつも通りの様子の霊夢にホッと胸を撫で下ろす。
良かった、痛いやつだとかは思われなかったようだ。お前は名前からして痛いやつだとかは言ってくれるな。
「そろそろ行きましょ。咲夜を待たせてるんだし」
「おう、わかった」
霊夢が物置の方へと再び歩き始める。俺も後をついて行こうとして、もう一度だけ御神木を見た。
やっぱり、この桜は何処か懐かしい。今まで見たことなど一度もないはずなのに、強烈なノスタルジーを感じる。
だが、記憶の糸を辿っても、まるで心当たりがない。やめだやめだ、考えたところでわかりゃしない。俺はそう当たりをつけ、踵を返そうとして——
空間が、裂けた。
「は?」
思いも寄らない出来事に、呆けた声が漏れる。
ギョロリ。パックリと裂けた空間の切れ間から、無数の不気味な目玉がこちらを覗いている。得体のしれない紫色の背景。
何が何だか分からずボンヤリと眺めていると、貞子のような白い手がおもむろに伸びた。ちょっとビックリした。
「はぁ〜い、久しぶりね。禍津神、砕過くん?」
なんだこのおば、お姉さんは!?