いきなりですが、なななんと今回から萃夢想に入ります。そして半年ほど前に萃夢想は二話で終わらせると友人に約束したので、次回で完!
プライド
今鳴くか。いや、まだか。いや、今か――。
そんな手に汗握る駆け引きを
「それにしても今年の春は一瞬だったな」
「そうだなぁ。じゃあ砕過ちゃん、宴会でもするか?」
「……んん?」
あまりに脈絡のない魔理沙ちゃんの提案に思わず聞き返した。
季節の変わり目で頭がやられてしまったのだろうか。心配して顔を覗き込むが、血色はすごく良い。それどころか唇も健康そうな艶のある桜色で、目の焦点もしっかりと合っている。
どうやら……残念なことに、魔理沙ちゃんは至って正常運転らしい。
そこまで観察して気づいたが、魔理沙ちゃんのこうした突発的な行動はそう珍しいものでもなかった。まあ、無性に馬鹿騒ぎしたくなるときもあるよな。
「あんたねぇ、宴会ってこの前やったばっかじゃない。でも、そうね……やりましょっか!」
「おっ、霊夢! 宴会やってええんかい?」
「いいともーっ!」
「……んん??」
上機嫌に手を挙げる霊夢を見て、やはり俺は首を傾げる。
やたらと笑顔を振りまく霊夢は年頃の女の子って感じで非常に可愛らしいのだが、こんなの俺の知ってる霊夢じゃない。
でも……可愛いからオッケーです!
そんなこんなで始まってしまった宴会。もちろん、それはごく当たり前の宴会であり、それが異変だと関知した者は首謀者以外にいなかっただろう。
三日置きの百鬼夜行——いや、これは三日置きの百鬼夜行と呼ばれるはずだった異変。
まさかこの祭りのような異変が、とある妖怪の手によってたった一夜にして解決されるなどとは、黒幕でさえ想像できなかったことだろう。
「おかしい……」
神社の屋根で酒を啜りながら、独りごちる。
そんなことを言い始めたら何もかもがおかしいこの宴会であるが、明らかに不可思議なことが一点あった。
霊夢に魔理沙ちゃん、そしてアリス。それから先の異変でお騒がせした幽々子と妖夢もいるし、吸血鬼姉妹の姿も見える。
そう、おかしい。今宵の宴会は魔理沙ちゃんがいきなり催したものなのに、あまりに人が揃いすぎている。こういった場には滅多に出てこない霖之助さんまで隅の方で晩酌を楽しんでいるというのだから、明らかにおかしい。
最早それだけで異変と呼べるレベルだ。霖之助宴会出没異変と名付けられ、後世に語り継がれる未来が見えたぜ。
空を仰ぎ見れば、月を隠すように白い霧が辺りを巻いている。いつしかの紅い霧を思わせる、妖力を孕んだ霧だ……。
「なあ、そこで見ているだけか?」
俺は宙空を見つめて語りかける。
厄を感知する禍センサー、どこからともなく感じる視線。間違いなく、何者かが潜んでいるはず。返事がなかったら超恥ずかしい。
「…………」
返事がない、ただの屍のようだ……いやあ、沈黙が恥ずかしいです。
「……ちょっとぉ、今見つかるとか早すぎない?」
俺はホッと胸を撫で下ろす。良かった、これで何にも居なかったら、きっと途轍もなく恥ずかしかったに違いない。
なんて俺が一人恥ずかしがっていると、独りでに立ち込めていた霧が一箇所に萃まりはじめる。不可視だった存在が可視化されていく。曖昧だった気配が、はっきりとする。
妖霧が形を為し現れたのは、レミリアやフランに負けず劣らず容姿が幼い少女であった。
栗色の長い髪に、大きな赤いリボン。手にしているのは紫色の瓢箪。酔っ払ったような赤ら顔。おっと、書き連ねていると犯罪臭が凄いぞ。断じて俺が酒を勧めたわけではない。
「流石は華扇の弟子といったところか?」
「アンタ誰です?」
訝しげに俺は
幼女の姿を象っているが、只者ではないことは気配で分かった。ビリビリと前に立っているだけで緊張が走る、正しく大妖怪の気配。
そして、山奥で隠居している俺の師匠を知っているだと――?
「ほう、華扇に私のことを聞いていなかったのかい? ならなおさら、よく私を見つけたもんだよ」
幼女の口元が三日月のように裂ける。そうだ、俺は何故見落としていたんだ。
頭部に聳える、異形を誇示するかの如くの大きな一対の角の存在を――。
「私の名前は伊吹萃香! 妖怪の山の四天王が一人っ! そして華扇に戦いの作法を教えたのも、この私さ!」
萃香と名乗る少女は高らかに謳う。
その二本の角は、最強の種族の証。幻想郷から去ったとされる伝説上の妖――鬼だ。
たった一文字で全身が震え上がる。
鬼、だと? 何故まだ幻想郷に鬼がいるんだ。そして、師匠に戦い方を教えただと? つまり、師匠の師匠ってことか?
「今宵参じたのは他でもない。華扇の弟子のアンタの力――私に見せておくれよ!」
「いや、いやいやいや! 大師匠に敵うわけないだろっ!」
問答無用と言わんばかりに、萃香が距離を詰めてくる。いや、認識したときには既に萃香は目の前にまで近づいていて、拳を腰のあたりで溜めていた。
「はっや!」
咄嗟の判断にしてはよくやった、と自分を褒めてやりたい。俺はほぼ無意識の内に、名月の鍔元で萃香の拳打を防いでいた。名月を盾にした、とも言える。
「ぐうぅッ!」
拳が鞘に触れた瞬間、まるで花火が目の前で爆発したかのような衝撃が全身を駆け抜ける。
誰だよ、吸血鬼は天狗の速さと鬼の力を兼ね備えているとか宣ったカリスマお嬢様は。全然違うじゃねえか。
体勢が悪くて衝撃を逃がすことができない。俺は無様に瓦の上を転がって、勢いそのまま屋根から放り出された。
緑緑しい若葉が茂る林に転げるように着地する。痛む体を他所に、即座に視線を周囲に走られた。
――萃香は何処だ?
結論から言うと、萃香の姿は探すまでもなかった。なぜなら気づいた時には既に、萃香の顔が眼前にまで迫っていたからだ。
「ほれほれぇ、こんなものかい?」
「こんなものなんだよ! 普通の妖怪は鬼の動きについてけねーんだよ!」
萃香の拳が唸る。獲物を弄ぶかのように力を加減しながら一発、二発、少し力を入れて三発目。
息をつかせぬ猛攻を名月で凌ぐ度に、やはり信じられないほどの衝撃が走る。じんじんと手が痺れてきている。
みしり。嫌な音がして、名月の鞘に罅が入った。亀裂から黒い靄が漏れ出ている。
なんてこった。師匠の仙術で強化されていて、なんだかんだ今までよく頑張ってきたこの鞘も、鬼の馬鹿力には耐えられなかったか。
「そんなに真正面から鬼の攻撃を受け止めていいのかい?」
「えっ?」
萃香が何かを言った直後のことだった。
目を疑う光景に、俺は思わず瞠目する。
萃香の腕がすり抜けた。防ごうとして構えた名月の上を、するりと。
まったくもう……幽霊じゃないんだから、おかしな真似はやめてくれよ。そんな俺の細やかな願いを嘲笑うかのように、萃香の拳は無慈悲に俺の顔面をぶち抜いたのだった。
「あべし!」
次の瞬間には、俺は樹の幹に背中を打ち付けられていて。してはいけないグロテスクな音と、現在進行系の激痛を鑑みるに、体の中のいたる部位が砕けたと診た。
「鬼の力を甘く見ないほうがいいよぉ? ましてや真っ正面からバカ正直に受けるなんて悪手さ。こんなふうに脳が揺れて感覚がズレるからね」
「……まじかよ」
萃香の拳打が、名月をすり抜けたのではない。名月を伝わり、腕を突き抜け、脳まで達した衝撃が俺の感覚をバグらせたのだ。
なんという、力。単純だが、力こそパワー。鬼を鬼たらしめる所以。
かろうじて喉から出た声は、ひどく弱々しいものだった。種族が違う。俺ではこの最強と謳われる妖に敵うはずもない。
見た目幼女に負かされて、俺のプライドはズダボロだった。
「華扇の弟子もこんなものか。もうちょっと楽しめると思ったんだけどなあ」
好き勝手言ってくれる萃香に、心に来るものがないわけじゃない。でも相手は天下の鬼だもん。勝てんもん。しょうがないじゃん。
「まあ、所詮華扇は四天王の中でも最弱……」
「おい」
「んぁ?」
聞き流すのは道理ではないと思った。
例え師匠の師匠だったとしても、それを看過してしまえば、師匠への恩を仇で返すことになってしまう。師匠は説教が好きで面倒なお人だったけれど、なんだかんだ感謝しているんだ。
「それは言っちゃいけないだろ! 本人は意外と気にしてるんだぞ!」
「お、おう、悪かったね……」
師匠は繊細で傷つき易い人なんだ。その場で顔に出さないから分かりづらいけど、胸に秘めて枕を濡らすタイプなんだ! 最弱なんて言ってやるな!
「……それより、ちょっとはやる気になってくれたかい?」
我ながら自分のことを情けなく思う。そりゃあ、師匠がいつも叱ってくるわけだ。今になってやっと、戦意が湧いてきたというのだから。
心の奥底から沸々と熱い気持ちが湧いてくる。この生意気な幼女に、一矢報いたいと。
相手が鬼だから、どうした。それを言うなら人間の鬼退治のほうがよっぽど無謀だろう。桃太郎はやってのけたぞ。砕過太郎はどうだ?
「ああ、とっておきを見せてやるぜ」
「ほう――それがお前の牙かい?」
徐ろに名月を鞘から抜く。
ゆっくりと、ゆっくりと……そのどす黒い刀身が顕になる程に、周囲も暗転していくような錯覚を覚える。それだけ膨大で、濃密な気配。
黒い風が吹き荒れて、木の葉が散る。花は枯れ、雲が月を隠す。空気ががらりと変わった。
「名月、一つだけ頼みを聞いてくれるか?」
『ガルルルルゥ!(主様の命とあらば、たとえ火の中水の中……)』
「少しだけでもいい……! 手加減をしてくれっ!」
『ガウッ!(無理です)』
予感はしていたが、頭が痛くなってくる。名月はこの通り暴走気味であった。刃を這う災いもいつにも増して烈しく、さながら黒い炎のようである。
師匠がこの刀を拵える際、とある妖刀の破片を溶かし混ぜたと聞いた。その妖刀はそれなりに有名な鬼殺しの剣で、欠片が混ざった名月は今でも鬼に対して特別な力を持っている。
しかしそのせいか、名月は鬼を前にするとこの通り暴走気味になってしまうのだ。この状態の名月を扱うのは至難の技なので、正直抜刀はしたくなかったというのが本音である。
でも……背に腹は変えられない。
俺が不甲斐ないせいで、師匠が大したことない奴だと貶されるのは我慢ならない。師匠は立派だ。師匠の教えは今も俺を支えている。
「すゥー……」
深く息をついて、名月を握る手の力を強める。
迂闊に近づけば、あの滅茶苦茶なパワーで砕かれるのは分かりきっている。
だが勝算が無いわけではない。
だいたい鬼を相手取るのは初めてじゃないだろう。思い出せ、あのとき俺は何をした。どうやって鬼の動体視力を掻い潜った。
いかにして――師の腕を斬り落とした?
そこまで考えて、剣先を下げる。体の右斜め後ろにまで名月を持っていく。
「へえ……脇構え、だったか。それって確か、刀身の長さを正確に計れないのが強みなんだっけ? 人間って小癪なこと考えるよねえ」
俺の構えを目にして、萃香は冷めた視線を此方に向ける。なんだ、人間のことはお嫌いか? 生憎とも俺は大好きだ。
「でも無駄だよ。私はさっき抜刀した時に、お前の大太刀の長さを憶えた。五尺三寸……それが、お前の間合い」
「分かってないな」
「はあ?」
勝敗は分かりきっているとばかりに講釈を垂れる萃香を一蹴。
確かに通常脇構えの利点とは、間合いを計らせないことや正中線を隠すことが挙げられる。だが、俺の目的はそこにはない。
だって刀身の長さは鞘を見ればだいたい予想されるだろうし、鬼の圧倒的な力の前に正中線など関係ない。人体全てが急所だよ。
俺の目的とは、切っ先が背中を向くこと。鬼の目を掻い潜る方法はこれしかない。
〝砲禍・追い風〟
災いを解放する。突風が吹き抜けて、夜闇よりもずっと深い墨色が背後に円柱を作り上げる。
矛先は後ろを向いているのだから、当然その災いの奔流は萃香の逆方向に走る。俺の体に、相応の推進力だけを残して。
「消えっ――」
推進力を利用した――というよりは、反動で吹き飛ばされたと表した方が近い。萃香の前でカッコよく止まろうという俺の目論見は儚く破れ、気づいた時にはタックルをかましていた。
それでも凡そ計画通りだ。砲禍を背後に噴射することによって、鬼の動体視力を超える。萃香は一瞬俺を見失い、上手く密着状態に持ち込めた。
「この零距離……もはや躱すことはできまい。俺の災いはきっと、茹でた豆よりも効くだろうぜ」
「うわ、これヤバっ」
本気で焦った様子の萃香。これで、一矢報いることができたかな。
「鬼はぁ、外ぉぉおおおッ!」
俺は渾身の力で、災いが迸る刃を振りかざした。
プライドといえば2006年凱旋門賞の二着馬ですね!