からくさ   作:エタリオウ

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 真面目回なので初投稿です。


サンドイッチ

 部屋の中は豪奢な造りとなっていた。

 天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされているし、棚やベッド、果ては床にまで高そうなテディベアが置かれている。

 なぜかぬいぐるみはどれも手足や頭が取れて、中から綿がこんにちはしているが。

 

 ……さてはこの少女、あまり整理整頓ができないな?

 

「で、こんなところで何してたの? 変態のお兄さん?」

 

 ベットに腰掛ける少女は、嘲るような視線をよこす。蔑みの感情が多分に含まれるその視線に、俺は居心地悪くなって目をそらした。

 

 本当に、どうしてこうなった。

 

「……この館から出てきた紅い霧がうっとうしいから、解決しに」

「紅い霧? お姉様の仕業かしら」

 

 疲れ気味に経緯を語ると、少女は外を覆う霧を知らなかったようで驚いた顔をした。顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。

 

「お姉さんがいるのか」

「そう。この館の主でお姉様のレミリア・スカーレット。私は妹のフランドール」

 

 スカーレットは伝統的に炎の色とされる――つまり、紅色。やはりというべきか、こうも紅まみれだと紅魔館の住民は紅の呪いにでも掛かっているんじゃないかと疑ってしまう。

 

 さておき、レミリアという初めて聞く名前。今は亡き美鈴もお嬢様と口にしていたし、ここはレミリアが異変の首謀者とみて良さそうだ。

 しかし――、

 

 俺は一旦思案するのをやめて、フランドールと名乗った少女を改めて見る。

 

「ん?」

 

 思わず目を奪われる深紅の瞳に、飴細工のように美しく光る金色の髪の毛。それをサイドテールにまとめて、ドアノブカバーに似た不思議な柄のナイトキャップを被っている。

 

 服装はやはり紅を基調としており、身に装う半袖と巻きスカートはどちらも紅色だ。

 

 そして、さっきから気になって仕方のない明らかに異質な羽。背中から伸びる枝のようなものに、七色の結晶がぶら下がっているのだ。この翼で空を飛ぶことができるのだろうか。

 

 しかし、年齢は十にも満たない幼児のように見受ける。ということは、彼女の姉であるレミリアもロリっぽい外見をしているのだろう。

 妖怪の年齢なぞ見た目では測れないだろうが、外見幼女がこんなド派手な異変を起こしたと考えると、なんだかなぁ。

 

「なんか今、失礼なこと考えなかった?」

「め、めめめ滅相もない!」

「その反応は無理があるでしょ……」

 

 呆れた表情でフランドールはこちらを見ている。なんだかさっきからフランドールにろくな印象を与えていない気がする。

 頼れるお兄さんポジを狙う俺の作戦はどこへ行ったんだ!

 

「ところでフランドール嬢」

「長いしフランでいいよ、どうかした?」

「正座しっぱなしでそろそろ足がキツい」

「いや崩しなよ、てかなんで正座してるの」

 

 この部屋に入ってからかれこれ数十分ほど、俺は戒めの意味を込めてずっと地べたで正座をしていた。すでに足の裏に感覚はなく、プルプルと小刻みに震えている。

 

 フランの言葉に甘えて、足を崩す。激しい足のしびれから立ち上がることはままならず、いわゆるオネエ座りに落ち着いた。ああ^~生き返るわぁ^~

 

「さて」

 

 居住まいを正して仕切り直す。

 俺はフランに、絶対に伝えておかなくてはならないことがあった。

 

「俺はロリコンじゃないからな!」

「……あんなに言ってたのに?」

 

 フランが訝し気にジトーっとした目を向けてくる。たしかに、自分がロリコンだと連呼していたヤツの言葉など誰が信じるか。そういう意味でフランは正しい感性をしているといえる。

 

「アレには深い事情がだな……」

「ふーん、どんな事情?」

「ああ、実はかくかくしかじかで」

「かくかくしかじかって何よ」

「いや、伝わんねーのかよ」

 

 何を言っているんだお前は、とでも言いたげなフランの表情に、俺は憮然としてため息をつく。普通かくかくしかじかって言ったら分かった体で話が進むだろう。

 

「自己暗示を掛けてたんだよ。誰だって結界まで使って閉じ込めてるやつに会うのは怖いだろ?」

 

 いざ口に出してみると、なんとも情けない話だ。

 

 俺は孤独なフランの姿を見て自分の意志で足を進めたというのに、それを前にして怖気づいた。さもすればフランに蔑まれるこの状況も自業自得、か。

 

「待って、お兄さんはたまたま迷い込んだんじゃなくて、結界を破ってまでわざわざ私に会いに来たの?」

 

 俺が感傷に浸っていると、フランが待ったをかけた。なぜか、ひどく驚いた顔をしている。

 

「ん? ああ、そうだけど。俺の能力で寂しそうなフランが見えたから、放っとけなくてな?」

 

 結果的にああも情けないことになってしまったので、俺は言いながら恥ずかしくなる。自己暗示なんてもう二度としないからな!

 

「……ふぅん」

 

 そう、俺が理由を述べると、頬を赤くしてフランは鼻をならす。どういう反応かわからずフランを見詰めると、プイっとそっぽを向かれてしまった。

 口元が緩んではにかんでいるように見えるが、気のせいだろうか。

 

 しばしの間、沈黙が訪れる。なぜかフランはずっと押し黙っており、この気まずい空気を壊すには俺から話題を切り出すしかなかった。

 

「うん、まあ聞きたいんだが、フランはここに閉じ込められているのか?」

 

 その問いに、フランは首を横に振って答えた。合わせて高級感溢れる七色の羽が揺れる。

 

「私が、ここに閉じこもったの。外にいると、周りがうるさいから……」

「……聞かせてもらえるか?」

 

 フランは重々しく瞳を閉ざす。それはきっと、フランにとって辛い記憶。酷なことを聞いているとはわかっている。

 

 しかし俺は、フランをこの薄暗い部屋から連れ出したいと思っている。

 

「私のこの羽、ほかのみんなとは違うからいろいろと小言を言われたわ。私といると不幸になるとか、ね。それに私の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』――。お父様も、お前は忌み子だって」

 

 ――だから、閉じこもった。

 

 思い出すは、粉々になった部屋の扉。あれがフランの能力なのだろう。もし、その矛先が自分に向いたと考えると――正直、ゾッとする。

 

「なんだか、フランは俺と似てるな」

「え?」

 

 素っ頓狂な声をフランが上げるが、気にせず進める。

 

「言ってなかったな。俺の名前は禍津神砕過(まがつかみさいか)。妖としての種族は(わざわい)という」

 

 似たような境遇だからこそ、俺はフランのことを助けたいと感じたのかもしれない。滔々と、俺は自分の生い立ちを語り始める。

 

「禍はその名の通り、災いを生み出す妖怪。嵐を呼び、疫病を流行らせ、死を招く。そんな危なっかしいやつに近づこうとする物好きもいないし、俺もフランと同じで、独りでいることを選んだんだ」

 

 ――でも、と言葉を区切る。

 

 俺とフランはたしかに似た境遇だと思う。欲しくもない身に余る能力を生まれ持ち、周りから畏怖される。しかし、俺にあってフランにないものが、一つだけあった。

 

「そんなとき、一人の、人間の女性に会ったんだ」

「人間の?」

 

 フランが不思議そうに目をしばたかせる。

 

 あのとき俺に手を差し伸べてくれたのは妖ではなく、人間だった。三十代くらいの、まだ若い女性だったと思う。もう十数年前の話で、顔を思い出そうにも霧がかってはっきりとしないが、それでも、彼女が与えてくれた言葉は今でも憶えている。

 

「一人で蹲っていた俺に、その人間は話しかけてきた。最初は無視して邪険にしたけど、あんまり鬱陶しいから俺の境遇をぶちまけたんだ。俺といると不幸になるぞって、脅し気味にな?」

 

 今になっても、あの根気強い図々しさには呆れを通り越す。あの人はきっと生粋のお人好しなのだろう。美徳だが、損な性格だと思う。

 

「それでも人間はあっけらかんとしていたよ。いつか、『不幸になったっていいから貴方と一緒にいたい』、そう言ってもらえるような立派な妖と成りなさいって、逆に説教をされたくらいだ」

「ふふっ、ずいぶん豪胆な人ね」

 

 怖いもの知らずなのか、アホなのか。どちらかわからないが、俺に近づこうとした人なんて、それこそ妖怪を含めてもいなかったし、ましてや説教なんて――。

 

 彼女の姿は今やおぼろ気だが、あの言葉が痛く心に響いたことは鮮明に憶えている。

 

「それからも、あの人は俺に構い続けた。ほとんど娘さんのことを一方的に自慢されるだけだった気がするけど、なんだかんだ楽しかったよ」

 

 俺なんかに関わっていいのかと、訊いたことがある。返答は「私は強いからいいの」という、なんとも脳筋なものだったが。

 それでも、俺はその言葉に救われた。

 

 そうだ、語っていて気づいた。

 俺はきっと、フランにとってのあの人になりたいんだ。

 

「俺はあの人に救われた。あれから努力を重ねて、刀に災いを溜め込んで自分の能力を抑えることもできるようになった」

 

 それは一重に、あの人の薫陶の賜物だ。『不幸になったっていいから貴方と一緒にいたい』、いつかそう言ってもらえる男になるために、一心不乱に走った結果。

 

「だから、フランのその羽も、能力も――受け入れてくれる人が、きっといる」

 

 フランの紅い瞳を見据える。ここで放してしまったら、説得力に欠ける。

 見つめ合い、しばらくしてフランの方から気恥しそうに目をそらした。その表情に、だんだんこっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「フラン、俺と外に出てみないか」

 

 過去の記憶の核心をつくその誘いに、フランはドクンと羽を揺らした。

 

 俺はフランに手を伸ばす。

 弱々しくフランは俺の手を、顔を見上げた。やはり過去のトラウマはそう簡単には拭えない。その表情は懐疑的で、瞳は揺れている。

 

 しかし、ゆっくりと、フランはか細い手を動かして――

 

「……エスコートしてね、サイカ。私は貴方といて不幸になってもいいよ」

 

 そっと、俺の手の上に乗せた。

 その小さな手は冷たく、震えていた。相当に無理をしているはずなのに、フランは茶化すような一言とともに、いたずらっぽく笑ってみせる。

 

「ああ、任せとけ。だけどとりあえず、お姉さんのとこまで案内してもらっていいか?」

 

 カッコつけた手前、さっそくフランに頼ってしまうので締まらない。俺は申し訳なさそうに頬をかく。

 

「うん、いいよ。といっても、ずっとここに閉じこもってたからお姉様がどこかなんてわからないけど――」

 

 言いながらフランは片手を天井に向ける。そして、「きゅっとしてドカーン」の掛け声で握る。いや、何かを手の中で握りつぶした。

 

 突如、天井が音を立てて崩れ落ちる。

 俺はフランを抱えて瓦礫の束を避け、地面とサンドイッチにしようと差し迫るシャンデリアを蹴っ飛ばした。

 

 これには憶えがある。たしかフランの――『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だったか。相変わらずすさまじい能力だ。

 

「見晴らしよくすれば、いずれお姉様も見つかるわ。さっ、行きましょ」

「大胆なことするよなあ」

 

 上の階に飛んでいこうとするフランを感慨深げに眺める。その背中では、七色の結晶がぶら下がる羽がパタパタと健気に羽ばたいていて――

 

「あ、そうだ」

 

 思い出したかのように声を上げる。フランが反応して、こちらに振り返った。

 

「フランのその羽、凄く綺麗だと俺は思うぞ!」

「ふぇっ!?」

 

 意趣返しではないが、俺はその時とても良い笑顔を浮かべていたことだろう。




 サブタイトルは作者が執筆して、特に印象に残ったカタカナを選んでいます。
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