「こりゃ一体どういうことだぁ?」
そうボヤくのは幼馴染の――というには関係が一方的過ぎるか。腐れ縁の白黒魔法使い、
その視線の先には、たしかに疑問を抱く光景が広がっていた。
重たい腰を上げ、いざ異変解決に乗り出した私たちが最初に目にしたのは、なにかやり遂げた表情をして真っ白に燃え尽きている門番の姿だった。
地面のところどころが抉れており、激しい闘いがあったのだろうと伺える。
「どうやら誰か一足先にカチコミに来たみたいね」
この紅い霧は目立つから、人里あたりの腕に自信のある輩がきたのかもしれないが――いや、それはないか。
一目見ただけで、あの壁に体を預けている門番が相当の腕利きということが分かる。ちょっと腕が立つくらいの人間では、あれは敗れないだろう。
「誰かって、私たちのほかに異変解決しそうなやつなんているか?」
「心当たりはないけど……なんだか、嫌な予感がするわ。とびっきり面倒くさそうな予感」
自慢ではないが、私の勘はよく当たる。この館までだって、勘を頼りに妖精たちを蹴散らしながら向かってきたのだ。今回ばかりは当たらないでくれと願うほかない。
「まあ、とりあえず入ってみようぜ。もしかしたら異変の黒幕も、もうそいつに退治されてるかもな」
「そうね、それなら楽なんだけど」
魔理沙は事態をポジティブに捉えて先を行く。
手を頭の後ろで組んで歩くその姿には、なんの悩みもなさそうで羨ましい。私も相方に倣い、あまり深くは考えないようにしよう。
しかし、この妙な胸騒ぎはいったい――。
紅い館に足を踏み入れると、まず開けた空間――エントランスホールに出た。
その瞬間、身の毛がよだつような殺気を感じる。弾かれたようにお祓い棒を、魔理沙はミニ八卦炉というマジックアイテムを構えた。
「貴方が博麗の巫女ですね」
さっきの殺気の正体はすぐにわかった。
コツコツと革の靴を鳴らして、無駄に大きい階段から降りてくる一人のメイド。空気が張り詰める。こいつはこいつで、只者じゃない。
「おい、私を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「はて、お嬢様からは博麗の巫女が来るとしか仰せつかっておりませんが」
指をさして憤る魔理沙に、銀髪のメイドはこてんと首を傾げる。頭に装うホワイトブリムがひらりと揺れた。
魔理沙は知名度の差にぐぬぬと歯噛みして、宣言する。
「霊夢、ここは私に任せて先に行け!」
「……本当にいいの?」
魔理沙の驚くべき発言に、私は目を見開いて真偽を問う。魔理沙とて、あのメイドの実力がわからないわけではあるまい。
そんな私の視線に、魔理沙は愚問だと鼻を鳴らした。
「妖怪退治はお前に任せるぜ、霊夢。その代わり、人間退治はこの霧雨魔理沙が引き受けた!」
魔理沙はトレードマークの帽子を被りなおして、意気揚々とメイドと対峙する。何度も見てきた相方の小さな背中が、今はとても頼もしく感じた。
「ええ、任せたわ!」
トンと床を叩いて、宙へ浮き上がる。ふわりと体が重力から解放されるその浮世離れした感覚に、私はすでに慣れてしまった。
そのまま少し前傾姿勢を取ると、ビュンっと景色が一変する。
最初から加減しない。トップスピードですべてを置きざりにする。
一瞬メイドが私を追いかけようとするのが見えたが、その間に光の帯が割って入る。相変わらずの火力主義を体現した、豪快な超極太レーザー。
――サンキュー、魔理沙っ!
面と向かっては絶対に言わないが、胸の内で感謝を伝えて、私はエントランスホールを後にした。
先には、果ての見えない廊下が続いていた。
もとより紅一面だというのに、紅に紅を重ねるレッドカーペット。天井には見事なガラスのシャンデリアがぶら下がり、壁際には豪勢な調度品が飾られている。
私はそれらに目もくれず、ただひた走る。いや、飛んでいるのだが。
しかし、外から見た時はこんなにこの館は広かったかしら。不思議に思いながらも、私は延々と続く廊下を駆け抜けた。
勘を頼りに上に行ったり横に行ったりしていると、やがて一つの扉の前で立ち止まる。
「ここね」
そう当たりをつけて、地面に足をつく。絨毯に音を吸われて、着地した音はほとんどしなかった。しなかった、はずなのだが――。
半開きだったドアが、まるで私が来ることを知っていたかのように独りでに開いた。
えっ、なにこれ怖いんですけど……。
不審に思いながらも、部屋の中を覗き込む。
ふわりと、生ぬるい風が吹き抜けた。どうやらテラスへと続く窓が開いているようで、風がカーテンをひらめかせていた。扉が勝手に開いたのも、これが原因だろう。
それにしてはタイミングが良すぎたり、何か運命めいたものを感じるが……。
「貴方が博麗の巫女ね。そろそろ来ると思っていたわ」
その声に、思考の沼から引っ張り上げられる。
少女が――いや、幼女が佇んでいた。
燃えるような深紅の瞳に、コウモリのような羽。その青みがかった銀色の髪は、さっきのメイドを彷彿とさせる。そして、口元から覗く八重歯。
彼女が異形の存在ということはすぐに分かった。
「まったく、門番を置いている意味がありゃしない」
口ではそう言いながらも、幼女はこの結果をわかっていたかのようだった。肩を竦めてみせる動作も、どこか芝居がかったものを感じて、底が知れない。
「その門番、仕事してなかったわよ」
「あら、なら減給ね」
哀れ、名も知らぬ門番。
「それより、あんたが異変の黒幕? あの霧、迷惑なんだけど」
「そうよ。私がこの異変の首謀者にして紅魔館の主、レミリア・スカーレット。残念だけど、私たち吸血鬼は太陽を嫌うの。我慢してくださる?」
驚くほど尊大に自分勝手な――いや、吸血鬼勝手な言い分をレミリアは述べる。まあ、こんな異変を起こすくらいなのだから、引き下がるとは思っていなかったが。
「残念だけど、人間はあの霧を嫌うのよ。大人しく止めて」
「それがパチェ――実行犯の友人がやられたみたいで、もう霧は出てないのよ。貴方が倒したんじゃないの?」
私はここまで寄り道せずに飛んできたのだから、もちろん心当たりはない。脳裏に、門番を倒した第三者の影がちらついた。
「さあ、なんのことかしら。門番も倒されてたし、ほかに誰か来たんじゃない?」
「そう? てかやっぱり美鈴はちゃんと仕事してるじゃない。でも守り切れてないから、減給ね」
哀れ、美鈴とかいう門番。
「そういうわけでもう霧は出てないし、じきに晴れるわ。お帰りはあちらよ」
「そうはいかないわ。あんたが懲りなきゃ、どうせまた同じような異変を起こすでしょうが」
「あら、バレた?」
茶目っ気を出しているつもりなのか、レミリアは片目を瞑って手を頭に当てる。かわいい。
しかし、こんな幼女でも幻想郷を脅かす脅威。私はお祓い棒をレミリアへと突き出した。
「博麗の巫女として、あんたを退治するわっ!」
「今、お腹いっぱいなのだけど……いいわ、相手してあげる。でもその前に場所を移しましょう?」
「……同感ね」
ここだと狭くて戦いづらいったりゃありゃしないし、部屋の中が大惨事になるのは明白だった。
私の返答を聞いたレミリアは頷いて、テラスに躍り出る。それから漆黒の翼を広げて、遥か上空へ飛び立った。見失わないうちに、私もあとを追いかける。
夜空には美しい緋色月が懸かっていた。
それを背景に、レミリアは館の屋上に降り立つ。向こうに大きな時計台が見えるが、障害物はそれくらい。風通しの良い、闘いやすい場所だ。
「ねえ、この景色、綺麗だと思わない?」
「そうね、さすがに毎日はごめんだけど」
一時は幻想郷を覆いつくし、危うく外の世界にすら干渉しかけたかの霧は、今や風がさらってまだらに広がっていた。
さざ波のような紅い霧が、星の光を掠めてたなびく。その様はレミリアの言う通り、息を呑むほど絶佳な景色であった。
私の返答に、レミリアはフッと軽く微笑み――
「こんなにも月も紅いから、本気で殺すわよ?」
その紅い瞳を、鋭く光らせた。月が紅いから、吸血鬼としての血が騒いでいるのか。妖艶とした笑みに、夜の支配者たるヴァンパイアの姿を垣間見た。
博麗の巫女として、今まで様々な妖を見てきたつもりだ。しかし、レミリアはそのどれもと格が違う。
胸中を見透かすような、あの瞳。不思議と目を魅かれる、カリスマ――いけない、思考がどんどん悪い方向に流れていってしまっている。
私は思いきり頬を叩き、畏れを断ち切る。
「フフッ、良い表情になったわね」
「そうかしら?」
「ええ――」
レミリアは深く頷いて、目を閉じる。この場を飾るに相応しい言葉を探しているかのようだった。
「「こんなに月も紅いのに、(楽しい夜に)永い夜になりそうね」」
二人して、戯言を交わす。
そして、闘いの火蓋が切って落とされ――なかった。レミリアが口を挟んだからである。動こうとしていた体を、すんでのところで止める。
「私の能力、『運命を操る程度の能力』というのだけど」
なぜ今それを? と疑問符を浮かべながら、私は耳を傾ける。
「貴方の運命を少し弄って、隕石にぶち当たって死ぬ――のは可哀そうだから、アキレス腱が断裂するようにしたわ」
「んん?」
それはレミリアの先制攻撃か、あるいは単に小手調べのつもりなのか。いずれにせよ、私の思考を一旦停止させるものだった。
「って、ホントに来てるじゃないの!」
考える間もなく、遥か彼方に火球に似た光を見つける。速い、驚くほど速く、隕石が迫ってきている。
あの巨大な隕石が、弧を描いて私のアキレス腱にクリーンヒットするのだろうか。素直に痛そうだからやめてほしい。
その時、走馬灯のようなものが脳裏に過ぎった。
タイミングばっちりに風で開いたドア、レミリアの私が来ることを知っていたかのような口ぶり――すべては、この能力ゆえのことではなかろうか。
つまり運命は強固で、変えようがないのではないかと、思い至ってしまった。
「運命は変えられないわ、諦めなさい」
レミリアが私の考えを後押しするかのように言い捨てる。隕石は上空、もうすぐそこまで迫ってきていた。
くそう、私はアキレス腱を諦めるしかないのか。
切羽詰まった状況に、焦りの色が濃くなる。
万事休すか、諦めかけたその時、轟音とともに館全体を揺らす衝撃が響き渡った。
「な、なに?」
それは一度では収まらない。
何かが崩れるような音がして、地面が不安定に揺れる。そしてその音はだんだんとこちらに向かって来ているような気がして――
「きゅっとして、ドカーンっ!」
間の抜けた声とともに、屋上に大穴が開いた。前触れもなく、眼前にあった床が、さながらポップコーンのように弾け飛んだのだ。
運命を操れるはずのレミリアでさえ、目を見開いて驚いている。
それは決して運命の軌道に乗らないイレギュラー。
嵐とは、往々にして兆しもなく訪れ、気が済んだら去る、自分勝手なものである。穴の中から、濡れ羽色の着流しに身を包む男、禍が躍り出た。
「隕石!? 隕石ナンデ!?」
颯爽に現れたにしては、なんとも締まらない男だった。上空から降る隕石に、目が飛び出るほど驚いている。それがなぜか、ひどく懐かしく感じて――
ふと、目が合う。あっ、と情けない声が漏れた。
男は何かを言いたげにして、ブンブンと頭を振った。今はそれどころじゃないと悟ったのだろう、天を仰ぐ。
迫りくる巨大な隕石を前にしても、男は諦めていないようだった。凛々しい表情をして、その背に担いでいる太太刀を抜き放つ。
「―、―――ッ!」
刹那、空気が揺れ、息が止まる。
一目見ただけでわかった、あれはダメだ。あの刀は、次元が違う。この世のありとあらゆる不幸を集めたかのような、圧倒的な存在感。
今まで気づかなかったのは鞘の方になにか施されているのか。
陽炎を眺めているかのようだった。
まるで私の脳がアレを認識することを畏れているかのように、刀身がブレて、はっきりとしない。
「あんま暴れないでくれよ、『名月』」
慣れ親しんだ友と話すかのように、男はあの禍々しい妖刀をなだめる。いや、アレを妖刀なんて括りに入れてしまっていいのだろうか。
迫る光の塊を見据えて、男は太刀を脇構えに置く。
そのままピョンと地面を蹴って、ついに、男と隕石がかち合う。
「”砲禍”」
男は短く告げ、自分より遥かに巨大な火の玉を斬り上げた。
刀に宿したドス黒い負のオーラがうねり、解き放たれる。禍々しい剣と星のかけらがぶち当たり、削れるような金属音が――しなかった。
男はいともたやすく、隕石を両断せしめたのだ。
長ぇ。