「きゅっとして、ドカーンっ!」
フランが小さな手を握ると、たちまち天井がひび割れて壊れる。
杞憂の語源――とある昔の人は、天が崩れ落ちてこないか心配したというが、その人はこんな瓦礫の雨降る光景を想像していたのかもしれない。
そんな雨粒を足場にして跳び上がり、俺は上の階へと躍り出る。
「おお」
フランがこじ開けた穴の先は、隔てるものが何もない屋上だった。風が吹き抜けて、髪の毛がたなびく。俺はそれを片手で押さえて、ふと上を見上げる。
深い意味はなかった。
ただ、実行犯の魔女はトイレ送りにしたけど、空はどうなったかなくらいの感覚。
まさか今にも隕石が落ちてきているとは、露知らずに。
「隕石!? 隕石ナンデ!?」
メテオライトなど、おおよそ生きていて目にすることはないだろう。かくいう俺もたった四度しかない。ん? 多い? だいたい災いのせい。
雷に打たれたように目を大きく開く。四度目だが、思わず叫んでしまうのも無理はない、ないということで。
「あっ」
現実逃避するかのように下を向くと、黒髪の少女と目が合った。目と目が逢う~♪ という音楽がバックに流れかけたとき、なにか違和感を覚えた。
少女の服装は少しばかり露出が激しいが、紛うことなき巫女服。いや、それよりも、その真っすぐな黒の髪の毛と薄茶色をした瞳に、俺はなぜか既視感を抱いて――
そこで、ブンブンと頭を振った。これ以上深く考えるのはよそう。今はそれどころじゃないだろう。
顔を上げて、紅く光る星のかけらに目を注ぐ。迫りくる隕石はあまりに速く、着弾までそう時間がない。
刀の柄に手を伸ばす。正直この忌まわしい刀は抜きたくないが、やらなきゃ俺たちはぺしゃんこだ。
覚悟を決めて、大太刀を鞘から抜き放った。瞬間、息が詰まるような禍々しい雰囲気があたりに広がり、空気を震撼させる。
漆のような黒をした刀身が、まるで歓喜しているかのように――いや、実際に久しぶりの外の空気に喜んでいるのだろう、ドクンドクンと脈でヴェートーベンの<歓喜の歌>を奏でている。
「あんま暴れないでくれよ、『名月』」
よっしゃ、やったるぞぉ! とやる気を出している大太刀――名月を軽くたしなめる。こいつが本気を出して隕石ごと博麗大結界も斬っちゃいましたとでもなったら、目も当てられない。
『心得ています、主』
うーん、やっぱ喋るんだよなぁ、この刀。
俺がこの太刀を抜刀したくなかったのは、不吉だからというだけではない。
災いを溜め込むうちに妖刀と化したのか、それとも付喪神というやつか。
物に災いを溜める修行をしていたら、いきなり刀が語り掛けてきたのだ。俺にしか聞こえていないようなので初めは幻聴を疑ったが、すでに長い付き合い、どうやらそうではないと悟った。
『しかし主、何度も言いますが私の名は名月ではなく、大――』
隕石はすぐ側にまで近づいており、悠長に言葉を交わしている暇はない。
名月が言い終えるより先に、太刀を腰だめに構えた。目を閉じ、腰を落とす。
「ふうぅー……」
『ふぁああ、あ、主の吐息が直に……!』
心を鎮めるために、深く息を吐く。
斬れる自信はある。相手がなんだろう、誰だろうと、名月さえあれば斬れないモノなどありはしない。
しかし、タイミングを合わせて斬りつけるのは俺自身。それには一瞬の狂いも許されず、寸分違わず成し遂げるしかない。
視界は断たれ、まぶたの裏の闇が広がる。隕石のけたたましい風切り音が耳をつんざき、正確な距離など計りようもない。だが――
――ここだ。
そこに迷いはなく、気づいた時にはすでに体が宙に持ち上がっていた。
「”砲禍”」
告げると、名月に溜め込んだ災い、そのほんの一部が解放されて刃を取り巻く。
荒波のように激しく渦巻く災い。それは黒、ひたすらに黒。さながら星のない宇宙を見ているかのようだった。
見てくれからしてエグイその剣を、眼前に広がるバカでかい隕石に向かって斬りつける。
そこには手にかかるはずの抵抗も、削れるような金属音も何もない。まるで豆腐に包丁を立てるがごとく、すうっと硬質なはずの岩石に刃が滑り込んでしまうのだから、そら恐ろしい。
「おおう、まじですんなり斬れた」
『十分の一では、やり過ぎたでしょうか? 主に暴れすぎるなと忠告されましたのに、すみません、腹を切って詫びますね』
「いや、せんでいいせんでいい」
名月は冗談を言っているつもりはなく、刀身にピシッと罅が入るので心臓に悪い。
罅は不思議パワーですぐに直るとはいえ、幾星霜と俺の災いを溜め込んだこの刀が壊れてしまったらどうなるのか、想像もつかない。
俺がこの太刀を抜きたくなかったもう一つの理由、それは単に面倒くさいからである。
基本的に名月は俺が命を吹き込んでくれたと慕い、従ってくれるが、この通り自責の念が強すぎるのだ。その度に肝を冷やすので、悪いと思うが、扱いが億劫に感じて抜刀する気が起きない。
「う、運命が、覆った……っ!?」
隕石を落とし地面に降り立つと、口をあんぐりと開けた幼女が目に入る。
青みがかった銀の髪に、フランとよく似た深紅の瞳。しかし、その黒いコウモリのような羽は、七色の宝石がぶら下がるあの羽とは似つかない。
彼女がフランが言っていた姉のレミリアだと結びつくのに、そう時間はかからなかった。
「運命、か」
言葉を繰り返し、反芻する。
俺はその言葉が嫌いだ。より細かくいうと、運命に縛られた考え方が。
自分は不幸の星の元に生まれたなどと、くだらない考えに縛られて、恩人が現れるまで自分のことを変えようともしなかった。そんな過去ゆえの嫌悪。
「そんなもの、丸めてゴミ箱にポポイのポイだァ!」
「なんて直情的なっ! でもそのストレートな物言い、カッコいいわ!」
身も蓋もなく感情を露にしたら、よくわからんが褒められた。
レミリアは先ほどまでの驚愕の表情とは一転、キラキラとした好奇の眼差しをこちらに向けている。どうやらレミリアのいう運命を歪めた者は珍しいらしく、お眼鏡にかなったようだ。
「お姉様!」
「フラン? どうしてこんな場所に? いえ、それより外に出て平気?」
遅れてフランが穴の中から飛び出す。レミリアは瞠目してすぐさま駆け寄り、過保護気味にフランを気にかけていた。
俺の隣にいる巫女の少女は、カリスマたっぷりだったレミリアの七変化にポカンとしている。
「うん、平気よ。お姉様を探してたの」
「私を?」
「お姉様、どうしてこんな霧を出しているの? 人間の里は今ごろ大混乱だって聞いたよ?」
フランの無垢な上目遣いが、至近距離でレミリアにクリティカルヒットする。あれを喰らったら最後、俺でさえフランを直視できなくなる尊さだった。
それをあのゼロ距離の密着状態で……おいおいおい死んだぜアイツ。
しかしレミリアは、息絶え絶えに現世に残っていた。
「こ、これは、貴方のためなの……フラン」
「私のため?」
レミリアは鼻を摘まんで相づちを打つ。
紅は好きでも、さすがに自分の体から溢れ出ようとする紅色は自重してくれるらしい。
「霧はただ、大衆の興味を引くために出したものなの。だから飛びきり派手な色にしてやったわ。本命は、異変を解決に来た博麗の巫女を返り討ちにして、私たちの力を幻想郷に知れ渡らせること」
真剣な面持ちで、レミリアは異変の全容を語る。語気に力が乗り、レミリアの決意が伝わった。
「紅魔館の当主、レミリア・スカーレットの名を世に知らしめる。そうすれば、その妹を悪く言うような輩はいなくなるわ。貴方はもう、過去に縛られなくていいのよ」
そこにあるのは、ただただ妹に対する親愛の感情で。俺は少し、フランが羨ましくなった。
俺にあり、フランにないものがあるように、フランにあって俺にないものが、ここにはあったのだ。
主人公の話に時折、師匠や恩人が出てきますが二人は別人です。