「お姉様っ」
紅い霧の理由を聞いたフランは恥ずかしそうに、されども嬉しそうに呟いた。ここまで姉に想われていることを知り、薄く涙を浮かべて目を細める。
「でもね……っ、お姉様、そんなことしなくたって、私もういいの」
「どういうこと?」
そこで、フランの表情に翳りが差し込む。
やはりまだ癒えていない過去の傷、本当はまだ躊躇いがあるのだろう。今日だけで、長らく止まっていた彼女の時間が目まぐるしく動き始めた。
躊躇うのも、戸惑うのも無理はない。
しかし、心配はいらなかったようだ。
決意の宿った面持ちで、フランが顔を上げる。
「外の世界はいつも私のことを傷つける、そう思ってた。でも、気づいたの。遅すぎたけど、私を受け入れてくれる人もいるってことに」
ちらりと、フランがこちらを一瞥した。
俺はフッと軽く口元をほころばせて、微笑みを返す。ちょっとキザすぎるか? ついでにグッとサムズアップをしておこう。
隣の巫女が何してんのこいつ、みたいな冷たい視線を送ってくるが、フランが喜ぶなら構わない。
「だって、お姉様もその一人でしょう?」
「ええ――、そうね」
妹の成長を感じとったレミリアは、感慨深げに頷く。頬が小さくニヤついていたのを俺は見逃さないぞ。
「だからお姉様、約束して? この闘い、勝っても負けてもあの霧は晴らして」
「いいわよ、もとよりそのつもりだったし」
もはや異変解決とも取れるフランの約束に、レミリアはあっけらかんと承諾する。
巫女がもう帰っていい? という顔をしていた。ダメです。巫女は肩をガックリと落とした。
「ありがと、お姉様大好きっ!」
「ぐふぉっ!」
殺人的な攻撃力を持ったフランの不意打ちが、レミリアに致命傷を与える。おいおいおい今度こそ死んだぜアイツ。
レミリアは鼻から血を流し、地面に倒れ伏した。噴水のように溢れる鼻血が、薄ピンクのドレスを紅く染め上げる。これがスカーレットデビルかぁ……。
血で『私の妹、可愛すぎ……』というダイイングメッセージが描かれている。元気そうで安心した。
「おーい、サイカ〜〜っ!」
そんな無自覚の殺人犯が、こちらに手を振って近づいてくる。まさか俺も尊死させるつもりじゃあるまいな!
しかし、フランが漂わせる真面目な雰囲気に、俺は襟を正す。
その真っすぐな、夜空に懸かるあの緋色月のような瞳と視線を重ねた。
「この奇異な羽と、禁忌の能力。それを知っても受け入れてくれる人が、私にもいたわ。……けっこう近くに。それもこれも、気づけたのは貴方のおかげよ。
本当にありがとう、サイカ」
慇懃にフランは頭を下げる。お礼がほしくてやったわけではないことを、そう律儀に感謝されると、なんだかこそばゆい。
俺は頭を掻いて、いつもの茶化すような言葉を口にする。
「ああ、俺のおかげだな。感謝したまえ」
「ふふっ、ありがとねっ、サイカ。照れると思わず茶化しちゃうところ、可愛くて好きよ?」
からかってくるフランに、俺はばつが悪くなってそっぽを向く。今回ばかりはフランの方が上手のようだ。
「それでね、えーっと……」
「どうした?」
指と指をしきりに合わせて、フランが言い淀んでいる。
何か言いにくいことでもあるのか、モジモジとしているしトイレだろうか。でもトイレは諸事情により混んでいるだろうから、今はやめておいた方がいいと思う。
「お姉様は私のために異変を起こして、私のためにこれから博麗の巫女と闘う。当事者として、見ているだけなんて嫌なの。だから私も、お姉様の味方をしていいかしら!」
なんだ、そんなことかと肩透かしををくらう。
大体、俺とフランは別に協力し合う関係でもない。てっきり、フランは当然レミリアの味方をするんだろうなと勝手に思い込んでいたくらいだ。
しかし、なぜだろう?
フランが並べる理由がどれも薄っぺらで、建前じみたものを感じるのは。まるで他に何か、訳を隠しているように聞こえる。
「本音は?」
「サイカと闘ってみたい!」
キラキラと輝く瞳をして、フランは素直に欲望を口にする。なるほど、そういえば俺はまだ闘っている姿をフランに見せていなかったなと、思い出す。
右手に握ったままの名月を見やると、禍々しい刀身が妖しく光る。やってやんよと意気込んでいるようだ。
「うむ、よろしい」
「やたーっ!」
よっぽど手合わせしたかったのか、フランは手を挙げて跳び上がるほどに喜んでいる。
それから俺は置いてけぼりにされ、レゾンデートルを失いかけている博麗の巫女に顔を向けた。
「ごめんな。聞いてたと思うが、敵が一人増えるみたいだ」
話しかけると、やっと構ってくれたと巫女はパァーっと嬉しそうな顔をしたが、思い出したかのように不愛想なものに切り替わる。ちょっと無理があろうかと思われます。
巫女の方も自覚しているのか、頬がやや紅潮している。
「別にいいわよ。味方も増えたみたいだし……」
あっ、不愛想キャラで続けるんだ、と感心する。せめて俺からは深く言及しないでおこう。
「俺の名前は禍津神砕過。頼りないと思うが、よろしくな」
「
「あんまプレッシャーかけんなよ」
軽口を叩いて、前に向き直る。
いつの間にか復活したレミリアが、満月を背景に佇んでいた。
貴族のように優雅に、漆黒の羽を広げて薄く微笑んでいる。吸血鬼の威厳というか、カリスマとやらを、ひしひしとこの身に感じる。
その近くでフランがストレッチをしていた。うん、準備運動は大切だよな!
「貴方がフランを説得してくれたのね?」
「いかにも」
レミリアの質問に、鷹揚として答える。闘う前から気圧されてはいけない、師匠の教えだ。
屈伸やら伸脚やら、フランは筋肉を伸ばして順に解きほぐす。その度にくぐもった艶かしい声を漏らすので、正直レミリアの話が頭に入ってこない。
「フランを外に連れ出してくれたこと、とても感謝しているわ。でもそれは――異変のあとに、ゆっくりと。今はこのときを存分に楽しみましょう?」
異変のあと――か。
思い出すは、美鈴と名も知らぬ魔女、そして数多の妖精メイドたち。
果たして俺は異変のあと、ゆっくりしていられるのだろうか。考えるだけで胃が痛くなる。いや、彼女らはただいまお腹を痛めているところなのだが。
まずは謝って回らないとなあ、なんて遠い目をする。
「こんなにも月が紅いから――」
霊夢に放った言葉を、レミリアはこの場を飾るため言い直す。それに皆が、銘々の想いを込めた。
「「楽しい(永い)(激しい)(お腹痛い)夜になりそうね」」
ああ、ホント、お腹が痛い。
そろそろ自称初投稿も苦しくなってきたか……?