それは炎の剣だった。
フランは自分の体躯よりも遥かに大きな燃え盛る業火の大剣を、軽々しく持ち上げて振るう。
幻想郷では見た目に騙されてはいけない。彼女は人間の感覚では推し量ることのできない、吸血鬼なる存在なのだ。
「うおっ、ぶねェッ!」
当たれば妖怪だろうがそこで試合終了の、即死級の一撃が真横を通り過ぎる。舞い散る火の粉が、髪の毛を焦がす。髪って焦げるとすげー臭いんだなと思いました。
「当たったらどうすんだ!」
「当てようとしてるの!」
間髪を入れずに次の攻撃がやってくる。
斜めに振り下ろす、大振りな袈裟斬り。
一見、単純で避けやすそうに見えるが、あの炎が鬱陶しい。アレがもともと名月とためを張れそうなほどにデカい両刃刀の間合いを、さらに押し広げている。
あんなもの、前方の空間を根こそぎ薙ぎ払っているようなものだ。そこに立っていたものはすべて、烏有に帰す。
さらにちょくちょくレミリアが放ってくる弾幕。
それがフランの大剣――レーヴァテインが軌道に描く炎のカーテンから、急に飛び出してくるのでたちが悪い。やはり姉妹とあり、連携がよくできている。
だが――、
「そこを利用してこそだよなぁあアっ!」
「はあ!?」
振り下ろされる剣にバカ正直に突っ込む。一瞬フランが目を見開いて、剣速が遅くなる。これは計算してなかったが、僥倖だと口元をニヤリと歪める。
「練習しててよかった! スライディングッ!」
俺はレーヴァテインと地面の間に、決死の覚悟で身体を滑り込ませる。
紙一重で、ぎりぎり刃は躱せたらしい。うねる炎が鼻の先にまで迫り、凄まじい熱気を放つ。だが男は焼けてた方がワイルドでカッコいいらしいし、この熱も喜んで浴びるぜ!
そしてたぎる炎をも通り抜け、俺はフランの真下に躍り出る。
なにも俺は、フランのスカートが覗きたくてスライディングをしたわけではない。まあ、結果的に覗いちゃったけどね。
燃え盛る炎は俺の視界を遮り、レミリアの弾幕を活かした。だがしかし、それは自分自身の視界をも塞ぐ諸刃の剣なのだ。
つまりフランから見た俺は、俺から見たレミリアの弾幕。オレは『弾幕』なんだァーーッ
「取ったッ」
剣を振り切った状態のフランは、まさに恰好の的。
心を濁すな、狙いを澄ませ。
心臓を串刺しにするのが吸血鬼の弱点だという。ならば、狙うはそこ以外。特に理由はないが、俺は脇を目掛けて刺突を放つ。
「せいやッ!」
「珍しい掛け声ね……っ!」
確実にフランの死角から襲いかかった。
しかし、俺としたことが、フランのスカートの中の神秘を目撃して動揺したのか、剣先がブレた。さらにフランが驚異的な反応速度を発揮して、素早く身を退かせる。
諸々あって、刺突は外れたかと思われた。いや、外れたはずだった。
「イタッ」
切っ先から、閃光が走るまでは。
稲妻のような白い光が、刃を躱したはずのフランの脇に向かって流れたのだ。光はフランの服を裂き、その肌を浅く傷つける。傷口から、スーッと薄く血が流れた。
傷はすぐに治るが、服は戻らない。脇のところは淫らに破れて、今のフランは脇巫女ならぬ脇吸血鬼だ。ご馳走様です。
その現象は、俺の意思に関係なく起こった。なぜと考えを巡らせて、あっそうか、と思い出す。
「ああ、そうか。一応、吸血”鬼”だもんな。この刀が反応したのか」
『すみません、主。鬼を滅せよと語りかけてくる潜在意識に抗えませんでした。切腹いたしますか?』
「やめよう? そういうの」
師匠が俺のためにと拵えたこの刀には、災いを込める以前から鬼を滅する力があった。
なんでも、ある有名な刀の破片を溶かし混ぜたらしい。もっとも俺は大抵のことを話半分にしか聞かないので、なんという刀だったかは忘れてしまったのだが。
話が逸れた。
要するに重要なのは、この刀に鬼特攻の力があり、災いを溜め込み自我が芽生えた今となっても、それが健在だということ。
「フランっ! この太刀には鬼を滅する力がある! 注意しろ!」
「じゃあこっちに振らないでよっ!」
「振らなきゃ勝てねぇだろーがッ!」
体勢を立て直したフランと、しばらく剣戟が繰り広げられる。
一方は、灼熱した黄金の大剣を。もう一方は、災い迸る漆黒の太刀を。
刃が幾度となく交差して、蛍を砕いたかのような火花を散らす。甲高い金属音が響き渡り、霊夢と闘いを繰り広げているレミリアが、顔をしかめて耳を塞いだ。
吸血鬼は耳がいいらしいが(デビルイヤーは地獄耳)、フランは意に介さず、さぞ楽しそうにまた剣を横に薙ぐ。
「霊夢っ、まだ掛かりそうか!」
フランの剣を受ける勢いを利用して、いったん後ろに跳びのく。
激しい弾幕の応酬を繰り広げる霊夢に視線を飛ばして、進捗を問いかけた。
「もう、少しッ!」
霊夢はこちらを見ずに答える。別に愛想がないからではない。レミリアの神経をすり減らす弾幕の中、避けることに手一杯で、こちらに意識をさく暇がないのだ。
「フフフッ、避けるのはたやすいわ。だって私には、『運命』が見えるのだから」
霊夢も折を見て、お札を投擲したり反撃をしているが、レミリアはほんの少し体をひねるだけで、それらを避けてしまう。
本当に、あの紅い瞳には運命が、先の景色が見えているのだろう。
誰が優勢かは、歴然だった。
「あらサイカ、よそ見していていいのかしら!」
迫る影に、咄嗟に横に転がった。
ズドン、と鈍重な音がして、先ほどまで立っていた床が抜ける。流石にアレくらったら妖怪でも消し炭になる気がするのは、俺だけ?
「むぅー、なかなか当たってくれないよね」
「いや、コレは当たったらマズいやつだろ」
思い通りにいかず、頬を膨らませるフランに「じゃあ当たりまーす」と挙手できるほど、俺は怖いもの知らずではない。
そんなことができるのは、どこかの紳士たちだけだ。
「もう、とっておきを使うわ。『フォーオブアカインド』」
痺れを切らしたフランが、何か唱えた。
すると、忽ちフランの姿がぼやける。
まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺れて、幾重にもフランの像が重なって見える。どれが本物なのかわからない、そんな術だろうか?
だが、淡い期待は簡単に破れ去る。
像が横に広がったかと思うと、突如として霧が晴れたかのように視界が鮮明になる。そして、びっくらこいた。
「なん…だと……」
フランが、増えた。それも四人に。
見る人が見れば、楽園のような光景だろう。天使のように可愛い金髪ロリに、四方を囲まれているのだから。ロリコン大歓喜だ。
だが俺からしてみれば、地獄のような光景だった。
なぜ四人ともレーヴァテインを握っているのだろうか。もちろん、俺をリンチにするため。Q.E.D.証明終了。
「「これなら当たるよね!」」
「レーヴァテインという名の鎌を持った死神めぇぇえええーーッ!」
フランたちが、一斉に剣を振り下ろす。
もうこうなったら、気合いだ。
足を軸に回転を繰り返し、大剣を名月の上を滑らせて受け流す。
受け流して、受け流して、ひたすらに受け流す。ハイになっているのか、訳のわからない奇声を上げながら、俺は四人のフランが繰り出す斬撃をいなし続ける。
『アチチチちちィーーッ!』
「少しだけ我慢してくれ!」
『ご命令とあらばァああっ!』
名月の固い忠誠心が見えたところで、小気味良い音とともにレーヴァテインが一振り、鍔元から真っ二つに折れた。
抜き身の名月と打ち合えば、その身に降りかかる災いは計りしれない。
俺が狙っていたのはもとより――
「武器破壊、だッ!」
斬り上げるのと同時に、名月の峰を蹴って威力を増させる。神速の逆風が、もう一振りレーヴァテインを砕いた。
「嘘でしょ!?」
宙を舞う黄金の破片に、フランが目を白黒させる。嘘じゃない、これがリアル。そして、まだ終わらない。
返し刀には手のひらを当てて、掌底の勢いを乗せる。ビュン、とフルーレのように名月が跳ねて、三本目のレーヴァテインを落とした。
「いや馬鹿力にも程があるでしょっ!」
「禍の力は、獅子や虎に百倍するらしいからな」
残る剣は、あと一本――。
あと一話で紅霧異変もお終いです。