ポケモンと私   作:祐。

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始まり

 人としての最低限の生活に追われ続ける日々。人間社会を生きるにおいて、余裕などまるで皆無であるアタシの人生。自分という個を保つことで精いっぱいなアタシには、外部の存在である『ポケモン』という生命体との共存に、興味を持つこともできなかった。

 

 

 

 夜の八時か九時くらい。レストランの厨房から流れ込んでくる料理の品々を、アタシは慌ただしく運んでいた。お盆に乗せた料理をガチャガチャと揺らして両手で運び、こちらナニナニでございますと来店なされているお客さんに提供していく。

 

 この町では割と名の知れたレストランであるために、夜のそういった時間帯にも関わらず客足は途絶えない。それどころかお客さんは溢れんばかりに押し寄せてくるものだから、休息は無いことを承知しながらも、アタシはただただ絶望を感じながら、運ぶ作業をただただ繰り返していくのだ。

 

 愛想笑いもだいぶ板についた。とても意識の高いレストランであり、店員は笑顔を絶やさないことをモットーとしている。とはいえ笑顔は無理強いされておらず、辛い、苦しい時はいつでも言ってくれと、非常にアットホームな言葉を掛けてくれるのがこの職場の良い所。

 

 と、アットホームという言葉でピンと来るかもしれないが、この職場はとてつもなく忙しかった。アルバイトが次々と辞めていく理由がよく分かる。とにかく忙しい……!!

 

「大変お待たせしました! こちら当店オリジナルポケフレークでございます!」

 

 アタシの肩幅よりも大きい器をお客さんのテーブルに置いていくと、それを待ってましたと言わんばかりにピンク色の舌が視界の隅から伸びてくる。

 その、なんだか得体の知れない見た目やら挙動やらに、アタシは心の中でめちゃめちゃビビりまくっていた。笑顔を絶やさず恐怖を隠し、ごゆっくり~……と言葉を残してそそくさとその場から立ち去っていく。

 

 その際に掛けられたお客さんからのお礼の言葉も、よく聞き取れずじまいだった。それくらいアタシには余裕が無かったのだ。何なの、あの舌。お客さんが所有するポケモンであるピンク色のそれは、全体的に丸っこくて常にヨダレまみれ。大きな口を開けて、無限に伸び続けるでしょと思える舌をベロベロとうねらせながら、ポケモン専用の料理をとても美味しそうに食らっていく。

 

 名前は……分からない。ベロ太郎とか、そこら辺。ポケモンにはとにかく無頓着なアタシは、ボッボだかボーボーだかの小さな鳥のポケモンの名前さえも覚えないほどのもの。ポケモンとの共存で成り立つこの世界において、ポケモンに無頓着というだけでアタシは変わり者のレッテルを貼られてしまっていたものだ。

 

 変わり者で留まっていれば、それで良かった。だが、周りにとっては当たり前である”それ”との共存が難しかったアタシは、次第に周囲から冷たい目で見られ始め、そして今では嫌がらせの対象として恰好の的となってしまっている。

 

 不登校ながらもバイトだけは一人前にこなしている。こうして慌ただしい職場に軽い立場で在籍しているのも、何もしないわけにはいかないから、と、そんな理由のため。

 ただでさえアタシはポケモンを毛嫌いする変人、除け者扱い、イジメにちょうどいい存在としての立場でしかないものだから。だからこそ、何かをしていなければならない。アタシは小さな頃からずっと、そんなことを思い続けてきた。

 

 人間用の料理を運び、そのテーブルにまたポケモン用の料理を運んでいく。主人の料理を羨ましそうに見ていた“それ”は、紫色の球体で赤い複眼という、もじゃもじゃとしたボールの形をした虫っぽいポケモン。主人のことが大好きなのだろう、食事のために動かしている主人の腕をその小さな手で引き寄せて、自分にもくれ~、といった調子で妨害している。

 

 自分の料理が来たと思うと、すかさずこちらに飛び込んできた。アタシは虫が大嫌いだ。そこから導き出される結末は、それに思わずギャー!!! と大声をあげてしまって店中に響かせるという凄惨たる悲劇の終焉。

 

 バイト終わりに、店長に注意された。お叱りまではいかない言葉だったが、今後は気を付けるようにと釘を刺された。アタシがポケモンを毛嫌いしていることを知っている割には、とてもソフトな口調だったものだ。アタシのことをそれなりに理解してくれている、優しさと寛容に溢れた人格の持ち主だ。

 

 そんなこんなで今日も慌ただしい一日がようやく終わった。まだまだ明日も明後日もあるために、この生活をずっとずっとこなしていくのかと考えると、ただただ憂鬱になって気分が重くなる。

 

 自転車を押しながら歩く帰り道。建物と街灯に灯る明かりが町全体を鮮やかに照らしていて、この地域が活気に溢れるとても大きな場所であることが伝わってくる。

 この『シナノ地方』全体で見ても、アタシの住むこの地域はすごく大きいことで有名だ。名前は『ジョウダシティ』。お城や桜なんかを観光スポットとして推しているこの町には、他の地方からの観光客なんかが年中訪れている……らしい。

 

 別に地域愛なんか無いし、詳しいことはどうでもいい。そんなことを考えながら、視界に映る様々な光景を流していって帰路を辿っていく。

 この夜もいろんな光景を目の当たりにした。レストランの中に限らず、外でもやっぱりポケモンの共存。それも、外の方が一層と際立つものだ。今日の帰路で見かけた光景は、まず水色の体色と赤いトサカが特徴の、それなりな大きさのワニのようなポケモン。赤の他人の自転車に噛みついてしまったようで、トレーナーは自転車の所有者にひたすら謝りながら、ワニポケモンを剥がそうと必死になって引っ張っていた。

 

 酔い潰れて道端で寝転がる男性には、風船のような球体のポケモンが彼を持ち上げようと頑張っていた。色は紫で、レストランで大声をあげてしまった虫ポケモンに似ている。しかし、細い腕のようなものが伸びており、頭部には白い雲のようなもの、そして口らしき部分には黄色の×印のようなものがついている。……主人を起こそうとしているのかな? そんなことを思いながらアタシは彼の横を通り過ぎていった。

 

 町の広場では、人だかりができていた。そこからは濃い青色を放つ衝撃波や、時空を歪ませてドラゴンのようなポケモンを持ち上げる超常現象が繰り広げられていた。トレーナーは、愛情を注いで育て上げたポケモンを戦わせる。それはポケモンバトルという名前で広く知れ渡っており、この闘争は正式な決闘とも言える……らしい。

 

 アタシから見れば、どうして可愛がっていたペットを傷付けるようなことをするのだろうと、日頃から疑問に思っていた。それって虐待にあたるんじゃないか、と。しかも、このポケモンバトルという決闘は、地方が定めた正式なスポーツ。それも、このシナノ地方に限らない。ほぼ全ての地方における、共通認識。

 

 ……分からない。アタシには理解が及ばなかった。だから、この世界に適応できなくて除け者扱いにされるんだろう。そんなことを思いながらアタシは水色の体色と紅の翼を持つドラゴンのポケモンを横目に、自転車に跨ってペダルをこぎ始めていった。

 

 ――みんな、ポケモンポケモン言って得体の知れない生命体との共存に適応している。これに疑問と恐怖を抱くアタシは、我ながら本当におかしな人間であるとも自覚はできている。

 

 でも、本当にアタシはポケモンという生命体を心から拒んでしまう。だって、中には人とそんな大差の無い見た目の生き物もポケモンとして扱われていて、しかも、その彼だか彼女だかを、赤色と白色の小さなボールに閉じ込めて平然と持ち歩いているのだから。

 

「……分かんない。理解できない」

 

 熱い死闘を繰り広げた広場からこみあげる、熱意の歓声。バトルに勝利したドラゴン使いは英雄視されるこの世界に、正直アタシは狭苦しい思いを抱いていた。

 

 ポケモンを受け入れられない。ポケモンが怖くて仕方が無い。それでもって、そんなポケモンを所有して、狭いボールに閉じ込めて、持ち歩いて、戦わせて傷を負わせる人間という種族にも若干もの嫌悪感を持っている。……ただただ胸が苦しかった。色々と混ざり合う、言葉にならない様々な感情が、アタシにどんどんと迫ってくるものだったから。

 

 ――だが、直にもこの思いは少しずつ変化を迎えることとなる。その変化が形として現れたのは、明後日のバイトを終えた直後のことだった。

 

 あれほどポケモン嫌いだったアタシの下に、人生の転機が訪れた。そして、変わらない日々にウンザリとしていたこれまでの人生と、アタシは別れを告げることとなる――――

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