雨上がりのママタシティ。豪雨とはいかないものの、建物の屋根を打ち付ける程度の土砂降りであったこの日のバトルコートは、満員に近い盛況となっていた。
朝から場所を確保しておいて正解だった。学校にあった体育館を六倍くらいの大きさにした、この施設。ポケモンバトル用の広大なフィールドを街が無料で提供してくれていることから、ジムチャレンジに挑戦しているチャレンジャーでない人々にも大変ありがたく思われている、シナノ地方に存在するポケモントレーナーの交流の場。
だが、建物の内部という都合上、やはり定員には限度があった。アタシはその定員に触れない程度の、雨が土砂降りになる前の段階で場所を確保しておいた先客なものだったが、その話よりも先に、まず、こういったバトルコートには、ちょっとした暗黙の了解が存在しているということを話しておかないといけないだろう。
そのフィールドこそは、みんなで共有する公共のスペースだ。だが、その人が立っている空間は、その人物の定位置という誰も突っ込まないちょっとしたルールのようなものが存在しており、アタシは定員が埋まる前からそこを維持していたことで、他のトレーナーはこちらの縄張りを把握し、そんな彼らはアタシからある程度の間隔を置いた場所を自身の定位置とすることで、荷物を置いたりして身を落ち着けていくのだ。
要は、お花見の場所取り、のような要領でみんながこのバトルコートを利用していた。もちろんこのコートには決闘用の縦に長いフィールドも確保されていて、自身らの定位置として確保したスペースからそこまで歩いていって、そのフィールドでポケモンバトルを行っていくという流れがこの空間における基本的な過ごし方である。
で、アタシも朝早くから自分の定位置を取っておいたものだから、土砂降りで混んできたという時にも余裕を持ってポケモンバトルに励むことができた。そういう雨の日はバトルコートが混むため、アタシは事前に場所を確保できていたのはラッキーだったのかもしれない。
だが一方で、アタシは自分だけがその場所を独り占めしているような気がしてきてしまい、ちょっと複雑な気持ちでバトルに挑んでしまっていた。そして、そこから来る雑念に囚われてしまっていたのかもしれないが、今日は調子があまり良くなく、アタシが指示したわざや行動はパートナーのポテンシャルを引き出せず、サイドンやマホミルが自分の意思で繰り出したものが有効に働いていたことから、アタシは「いかんいかん……」と思いながらも、結局は不調のままその数時間を過ごしていくことになる……。
アタシが采配を振るえないと一番困ってしまうのが、自分に自信を持てないことからアタシの指示のみで動くロコンの能力を引き出せないことだった。この子も素の能力が高いだけに多くのトレーナーのポケモンを倒してきたものだったが、今日はアタシの采配が不調だったために無駄にひんしとさせてしまい、「ごめんね……ごめんね……」とすごく申し訳ない気持ちになりながら、毎度の如くげんきのかけらを与えてはロコンを撫で続けていた。
そして、気分が落ち込んだアタシ。その様子にラルトスとミツハニーがアタシを慰めてくれるのだが、サイドンがアタシの肩を軽く叩くなり、建物の出口へと視線を投げ掛けるその訴え掛けにアタシはすぐ納得して、撤退の準備を始めていく。
これにはマホミルが、「もっと戦いたい!!」という不服な顔をしながらアタシの頭に乗りかかってきた。液状の身体を脳天にぐりぐり押し付ける不完全燃焼なそれに、ミツハニーがマホミルを押さえ付けようと接触を図っていくのだが、マホミルはそれを振り払ってはプンスカと怒ったような表情を見せてくるのだ。
主人であるアタシがしっかりしないと、パートナー達はみんな衝突してしまう。
というのも、ポケモンという生き物は元々、激しい闘争本能と不可思議なエネルギーを宿して生まれてくる、非常に獰猛な性質を持つ怪物として恐れられている生物だ。
で、これはアタシだけに限った話ではなく、ポケモントレーナーというのは、その怪物を如何に上手く扱うことができるかの力量が問われる、怪物使い、の位置にある人物を指す言葉として使われるもの。
闘争に明け暮れる怪物たちを管理し、それを飼い慣らすことで、ポケモンという生物が持つ不可思議なエネルギーを人間の暮らしに活かして、社会に貢献する。それがアタシ達ポケモントレーナーの称号を持つ者の使命なのであり、なにもポケモンを従えて戦わせることだけがポケモントレーナーというわけではないことを理解していないと、ポケモントレーナーという立場は務まらない。
……ということを、アタシはトレーナーズスクールで習った。
簡潔にまとめると、アタシらポケモントレーナーは怪物の調教師であり、ポケモンという獰猛な生物を飼い慣らすことでそれらが持つ能力を活かし、人間社会への貢献を果たしていく。それこそがポケモントレーナーという称号を持つ者の務めなのであり、だからこそポケモントレーナーになるには、免許や資格を取らないといけないという決まりにもなっているのだ。
で、そんな調教師である主人がこんな調子なのでは、そりゃパートナー達もカリカリしちゃうよねって話なんだよね。
「マホミル! ミツハニー! 喧嘩はダメだからね! ……でも、ごめんねマホミル。消化不良だとは思うんだけど、その分美味しいものを食べさせてあげるから、今はそれで我慢してくれないかな……? ミツハニーも、ありがとね! いつもアタシのために動いてくれるのはすごく嬉しいんだけど、今回はちょっと力ずくだったかも。アタシのことは大丈夫だから、今はもう心配しなくてもいいからね!」
バチバチと火花を散らす二匹を、アタシは抱え込んでいった。すると、主人に抱き抱えられた二匹は自然と穏やかな表情となっていき、マホミルは「勘弁してやるか」と美味しい物に簡単に釣られ、ミツハニーも三つの顔で嬉しい表情と、それでも心配する表情と、そんなことどうでもいいというそれぞれの表情を見せながらアタシを見遣ってくる。
そして、そんな二匹を抱えていると、その二匹の間に割り込むかのようにラルトスがテレポートで加わってきた。これで一気にぎゅうぎゅう詰めとなり、マホミルとミツハニーが窮屈そうにもがいていく中で、ラルトスだけはすごく嬉しそうな顔でアタシを見上げてきてキャッキャと笑っていたものだ。
……相変わらずだなぁ。どのポケモンも必ずと言っていいほど闘争本能を持ち合わせているというハズなのに、やっぱりとも言うべきかアタシのラルトスはその本能をまるで感じさせてくれない。
まぁ、それがこの子の良い所でもあるんだけどね。アタシは「腕の中がいっぱいだよー」と苦笑いしながら言葉を掛けていくのだが、そんなアタシの足元では、この腕の中に加わろうと必死に脚をよじ登ってくるロコンの頑張る姿も見えていたために、アタシは抱え切れないパートナー達に埋め尽くされて、しばらくその場でわちゃわちゃと戯れていたものだ。
雨上がりのママタシティを歩いていくアタシとパートナー達。青空には陰りを持つ怪しい雲が漂い続けていくという天候の下、アタシ達は海と面するママタ貿易港の近くで目的の無い散歩を行っていた。
腕いっぱいにパートナー達を抱え込んだ、先ほどまでのバトルコートはもう見えない。今ではラルトスのみを抱えて、他は自由に走ったり飛び回ったりしていたものだ。
それにしても、こうしてパートナー達みんなを外に出した状態で散歩をするだなんてことは、今までにもしてきたようで、実は全くしてこなかった。そのためか、気を配る場所は多いものの、たまにはこういうのもいいなと新鮮味を感じながら、この御一行はアタシを筆頭として、海沿いのコンクリートの上を辿るようにふらつくことでこの街を満喫していく。
特に何の目的もなく、ただ歩き進めていくだけの道のり。この間にも磯の香りと吹き抜ける海風がたいへん心地良く感じられたものだが、一方で雨が降った後ということもあり、増水の危険を訴え掛ける看板を引っ提げたペリッパーなどが、そこら中を飛びながら喚起を行っていく光景を目にしていく。
また、サイドンが海を極度に嫌っていた。元々が水を苦手とする体質のために、内陸側へ距離を取りながらアタシについてくるその様子に、そろそろ海から切り上げるかーとアタシが考え出していた、その時であった。
……貿易港として栄えている、大量のコンテナが山積みとなって置かれた目の前の光景。
あぁ、いつの間にかママタ貿易港の中に踏み入れていたか。道理で見たことのある景色なもんだわ。何となくそう思いながらもアタシは光景を適当に流していき、じゃあサイドンのために内陸側へ戻るかと踵を返す、その動作の途中にも視界に入った、一人の人物の姿。
貨物船のすぐ傍で、膝を抱え込むように座り込んだ、絶望する表情でやつれた顔を見せていく若い男性船員。雨が降った後ということで増水の危険性があるというのに、そんな海のすぐ傍でなんか落ち込んでいたものだから、アタシは「なにやってんだろ……」なんて内心で思いながらも、しかしその顔を一目で見た時から脳裏でチラついていた既視感の正体に、ふと気が付いてしまう――
『抱えるラルトスが見上げてくるのに視線を合わせ、アタシはうりうり~と顔をラルトスに擦り付けながら語り掛けていく。それが満更でもないというラルトスもキャッキャとして喜びを見せていくものだから、アタシはこの様子をパパに見せてあげようと思ってスマートフォンを取り出してから、自撮り機能で自分とラルトスを映してそのままパシャリ――』
『――いや、パリンッ!!! という割れたガラスの音が響き渡った。』
『え、なになに? 貿易船の方から聞こえてきたそれにアタシは気を取られると、そうして向けた視界の中では、若い男性が荷物を落としたのだろうその足元に散らばる、見るに堪えないほどのガラス片……。』
――あの時、遥々と運んできたガラスケースを落としてしまったことで、このママタ貿易港にカセキっぽい貴重な石を大量にぶち撒けてしまった大失態君だ。
あれからどれほどの日数が経過していただろうか。同じ船員から、彼が気の毒と思えるくらいの勢いで怒られていたその姿を最後に、アタシはもう彼の姿を見ることはないだろうと思っていたものだったけれど……。
まさか、このタイミングでまた目にするだなんて。しかも、増水しているだろう海とほぼ隣り合わせの場所で、絶望した表情と共にそこで座り込んでいるものだから、あれからもずっと苦労をし続けてきたんだろうなと、哀愁さえも漂わせた、なんだかその放っておけない雰囲気……。
……あまり厄介事には首を突っ込みたくはないもんだけど。でも、あのままじゃあ、いつ彼が増水した海に呑まれてしまってもおかしくないし。
アタシなんかが誰かの力になれるとは思っていないけれど、せめて一声だけでも掛けておこうかな。これは果たして、親切心にあたるのか、お節介にあたるのか。その真相は自身でさえも定かとはなっていなかったものだが、アタシはそれでも放っておけないなーなんて思った若い男性船員のことが気になってしまい、つい、そちらへと足を運んでいってしまったものだ――