ポケモンと私   作:祐。

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価値の無いゴミ

「ねぇ、こんなところで何をしているの……? 見たカンジ大丈夫そうには見えないけれど、大丈夫……?」

 

 おそるおそると訊ね掛けていくアタシ。きっと、目の前から接近していただろうアタシの姿さえも見えなくなるほどの、ひどいショックを受けていたのかもしれない。そうしてアタシが訊ね掛けていくと、その男性船員はすごく驚いたようにこちらを見上げてくるのだが、声を掛けてきたのが十五歳の女の子というのがまた意外だったのか、彼は言葉を詰まらせたまま何も喋れずにいたものだ。

 

 ママタ貿易港の、大量のコンテナが積まれた光景を抜けていったその先。ガラル地方から遥々とやってきた、停泊する貿易船の、その前。

 アタシが抱えたラルトスも、彼に対して微笑みを見せていった。そんな、アタシという女の子と、ラルトスの小さな姿が彼にわずかながらの安堵を与えることができたのだろうか。すぐにもアタシのパートナー達がこの後ろからぞろぞろとやってくる空間の中、彼はどうして自分なんかに声を掛けたのだろう? なんていう困惑混じりの表情を見せながらそれを口にしていく。

 

「あぁ、いや、まぁ。大丈夫、大丈夫だよ。……いや、ぜんぜん大丈夫じゃないけれどね。というか、君こそ大丈夫なの? こんな、情けない男に平気で声を掛けてさ」

 

「んー、世間的に見たら大丈夫じゃないかも。でも、雨が降った後の港に、こうして座り込んでる人がいたらさ。そりゃあ誰だって、『大丈夫かな?』って思っちゃうよ」

 

「あぁ、そういうことか……。まぁさ、大丈夫だよ。雨が降る中もずっと、ここにいたから」

 

「それだいじょばないじゃん!! 下手したら海に呑まれちゃうよ!!」

 

「まぁ、そうだろうね。……でも、別にそうなったらそうなったで良いんだ。だって、俺のようなヤツが生きてたところで、誰も得なんかしないから……」

 

 相当落ち込んでるなー……。

 暇を持て余したマホミルとロコンが、アタシの後ろでじゃれ合っていくこの空間。サイドンもこちらと距離を置いた場所で佇んでおり、そんなサイドンを気遣ってミツハニーが一緒にいてくれていることから、アタシは心置きなく目の前の彼と向き合うことができる。

 

 アタシは、彼の前でしゃがみ込んだ。「よいしょ」とつま先で立つような屈むこちらに対して、なおさら不思議そうな顔を見せていく彼であったものだが、アタシはあまり踏み入るべきではないと思いながらも、当時のことを話し始めていく。

 

「アタシ、あの現場に居合わせてたんだ。あなたがガラスケースをここに落として、同じ船員の人にすごく怒られてたところもしっかり見てた」

 

「あ、あぁ。そうか……見られてたんだ」

 

「早まらないで。アタシは全くの部外者だから、あなたに口を出すことなんてできないけど。でも、話を聞くことならできるからさ。……アタシは異国に住む変哲の無いフツーな女だけど、相談になら乗れると思う。――どう? 相談所に話をする感覚で、少しだけでもさ」

 

 自分なりに、穏やかな声音でそれを訊ね掛けてみた。

 異性の年下という、頼りになるかも分からないラインの相談相手だったかもしれない。しかし、男性は少しばかりと思い悩む様子を見せてから、アタシの目を見遣りながらその言葉で返事をしてくれた。

 

「ありがとね、俺なんかのために……。自分の親にも話しにくいなって思っていたところだったんだ。きっとこれは誰にも話せないし、相談もできないなんて思っていたもんだから、まさか君のような子に提案されるなんて思いもしていなかった」

 

「うんうん。だったら、お菓子でも食べながら相談しよ。アタシ、甘いものいっぱい持ってるから。この中から好きな物を遠慮せずに食べていいから」

 

 抱えていたラルトスを下ろし、バッグを開けて中のお菓子をいっぱい取り出していく。すべてフレンドリィショップで買いこんだプレミアム・アタシセレクションであり、どれも美味しいと言われる自信のある自慢のおやつ達だ。

 それをずらりと彼の前に並べていくと、こうして寄り添ってくるアタシへ「ありがとう」と彼は呟くように言い、数個ものお菓子を手に取りながら、彼が抱える悩みをアタシへと話してくれた。

 

 一時間くらい話し込んだだろうか。アタシのパートナー達はだいぶ手持ち無沙汰となってしまったものだったが、みんなにもポフィンといったおやつを与えていくことで何とかその場を保ち続けていく。

 そして一段落といった具合にアタシも彼もふぅっと息をつき、「大変だったね……」とアタシが声を掛けながら、お菓子を勧めて彼に手渡していった。

 

 話をまとめると、下手すれば彼は暗殺されてしまうかもしれない命の危機に瀕していた。あの時に落としてしまった石はやはりポケモンのカセキであったらしく、それも、ガラルで採れたポケモンのカセキは、シナノ地方にとって現地以上の価値があったために、複数個にも渡る高値のそれらを落下させて真っ二つに割ってしまったことは、つまり大金を損なったと同義であると考えるべきだろう。

 

 この一件によって、自身の勤める会社の人間ほぼ全員から彼はバッシングを受けたという。更には取引先であった研究所からも契約を打ち切られ、挙句には会社への信頼を損なったとして、カセキを提供してくれた採石場からも会社を見限られたという。

 ……悩む大人を詮索しない方がいいわよ。そんなことをオウロウビレッジでユノさんに言われたものだったけど、こうして話を聞いていくにつれて、ユノさんがどうしてその言葉を口にしてきたのが何となく分かった気がした。

 

 これ、アタシにはどうすることもできないというか、全く助けになれないというか。それどころか相手が抱え込む複雑な事情に首を突っ込んだわけだから、その内容も共有してしまったということはアタシもまたそれを共に背負い込む、責任のようなものを感じてしまえて共に絶望するハメとなったのだから……。

 

 それで、大失態をやらかした彼は、同じ船員から「殺してやる」と殺害予告をされているという。ここまで来てしまえば、ポリスや守護隊に助けを求めた方がいいんじゃないかとアタシは言ったものの、彼は「いや、俺がやったことだから、全部俺が悪いんだ……」と他の手段を考える余裕が無いほどに追い込まれていることがうかがえる。

 

 彼も、落としたくて落としたわけじゃないのに……。と思う反面で、会社側からしたら確かに彼を責める気持ちも分からなくもない……。というどちらの状況も想像できるからこそ、すごく辛かった。――ま、さすがに「殺してやる」は同情もできないけどね。

 

 一言で暗殺と言っても、この世界にはポケモンという多種多様な技エネルギーが豊富である以上、それを事故と偽装しての殺害事件なんてものも割とよく耳にする。代表例で言えば、ゲンガーやヨノワールといった強力なゴーストタイプのポケモンを有する人物が運営する、暗殺を専門的に取り扱う会社への依頼といった手段がある。実際にそれが繁盛しているあたりに人間の闇が垣間見えることだし、何ならタイチさんだって暗殺されそうになったっていう体験談をこの前、テレビで話していた記憶がある。

 

 とにかく、アタシは彼に対して何もしてやれない。ここまで来て無責任すぎるかもしれないが、彼は「話を聞いてくれてありがとう。話していたら少しだけ前向きに考えられるようになったというか、今は失った信頼を取り返せるように、また一からやり直していくよ」と力無く言うものだったから、うーん大丈夫かなー……と内心で思ってしまいながらも、アタシは屈んだその姿勢で「いつでも話聞くからね」と返していく。

 

「でもお兄さん、ホントに命がヤバいと思ったら、シナノ地方のポリスにすぐ駆け込みなー? 全部自分が悪いからっていうのも、分からなくはないんだけど、だからと言って頭ごなしに殺されていいわけでもないんだから」

 

「ありがとう……。こんなに温かい言葉を掛けてくれるなんて、君はすごく良い子だ……」

 

「あの現場を見ちゃったんだもん。お兄さんが他人だとしても、ちょっとあれを見た後だと、助けたくなるし。……じゃ、アタシはそろそろ行こっかな。またここを覗きに来るからさ、気持ちが辛かったりしたら、いつでもアタシに話し掛けてよ。夜遅くまでは一緒にいられないけどさ」

 

 お菓子もある分を全部彼にあげてから、アタシはラルトスを抱えてその場で立ち上がった。

 と、その時にも彼から「あぁ、待って」と声を掛けられたため、アタシは何だろうと思いながらも船員の服のズボンをがさごそとしていく彼を眺め続けていく。

 

 それを取り出すなり、彼は両手に持った二つの小さな石をアタシへと差し出しながら、それを言ってきたのだ。

 

「これ、落としちゃったヤツ。上司から押し付けられたんだ。こんな一銭もの価値にも満たない石っころなんざ、お前にくれてやるって。お前もこの石っころ同然に何の価値も無いんだから、お似合いだろう。って」

 

「……もらっていいの? だって、これ。ポケモンのカセキなんでしょ……?」

 

 アタシはそれを訊ね掛けながらも、しかしどうぐコレクターとしての血が騒ぐ興奮によって無意識と伸ばしてしまっていたこの両手。その二つの石を彼から受け取ると、落とした際に割れてしまったのだろう真っ二つの断面に刻まれた、太古の時代を生きた歴史的なポケモン達が眠る様子を目の当たりにする。

 

 一目で見ても、それが何のポケモンであるのかが全く分からない。しかし、こうして手に取っていると、手のひらにひしひしと伝わってくる生命の鼓動を、何となく、感じ取れてしまえたものだ。

 貰うまでの流れが流れであったものの、アタシは、初めて手にした命が宿りしロマン溢れるどうぐを入手した瞬間にも、お初にお目にかかるガラルのカセキ達とのご対面によって内心ではものすごく感動してしまっていた。

 

 ――大地に眠り、今も仮死状態で力強く生き続ける生命のエネルギーを感じる。

 両手に持つ二つの断面。よくよく目を凝らしてみると、それは海の生物っぽさを感じられて、一方でもう片方に持つカセキからは、なんだか脚部のようなものを見て取れることから、それぞれ異なる生命がここに眠っているんだなと思えてくる。

 

 と、ここで彼はそんなことを言い出してきた。

 

「あはは……こんなゴミを押し付けちゃってごめんね。本当なら俺、君には相談料としてお金を渡すべきだったんだろうけど、あいにく財布も盗られちゃってて、もうお返しはこれぐらいしかできないんだ」

 

「…………ゴミ? ……そんなことない。お兄さん……そんなことないよ……!!!」

 

 再び屈んで、彼と目線の高さを合わせていく。同時に、大事に握りしめた二つのカセキを感動のままに震わせながら、アタシは何度も何度も首を横に振って彼の言葉を否定し続けていく。

 

「ありがとう……!! 大変な状況なのに、それでも精いっぱいのお礼をしてくれて……!!! アタシ、これをすごく大事にするから……!!! ――このカセキ達は、アタシにとってゴミなんかじゃない!! なんなら、もう今からでも宝物として大事に大事に保管したいくらいの、絶対に失いたくないぐらいのすごく大切な物なの!! だからね、お兄さん。お兄さんも、価値の無いゴミなんかじゃない。お兄さんのことを大事に思ってくれている人達の顔を思い出して。アタシが今こうやって二つのカセキを手に持っている時の気持ちはね、お兄さんが思い浮かべた人達の気持ちと同じものなんだから!!!」

 

 …………。

 言葉を失う彼。次第と顔を赤くしながら目をうるうるとさせ始めた彼の様子に、アタシは「あっ」と声を出してしまう。

 

 彼は、すごく嬉しそうで、それでいて申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「……ありがとう。ありがとう……。ありがとう……っ。俺、そのカセキが一体なんのカセキなのかってことも知らないんだけど、上司はそれを、ママタポケモン研究所にいる、“セイガ博士”っていうカセキ鑑定ができる研究員に渡すと言っていたから、さすがにその状態じゃあポケモンの復元はできないかもしれないけど、もしカセキの名前を知ることだけなら、その博士に頼めばできるかもしれない……」

 

「分かった……! ありがとね、お兄さん!」

 

「話を聞いてくれてありがとう……! 俺、やっぱ死にたくねぇよぉ……!!! 父ちゃんと母ちゃんのためにも、また一から頑張るからぁ……!!」

 

 そのまま彼は号泣を始めていくと、アタシはカセキをバッグにしまいながらもそんな彼に寄り添い、よしよしとしばらく背を撫でていった。

 

 彼が落ち着いたところで、次第と港に姿を見せ始めてきた船員の仲間達。これを見て彼は、「雨で仕事が中断となっていたけれど、そろそろ再開になる時間だ」と言って、アタシに何度もお礼を言いながら、賑わい始めたママタ貿易港の中へと消え去っていった。

 

 それを見送ってからというもの、アタシはパートナー達を引き連れながら、ママタポケモン研究所へと足を運ぼうと考えた。

 どうぐコレクターなるもの、入手したどうぐを保管する際には、その名称を完璧に把握しておくべし。あのかなめいしに代わる新たな宝物を手にしたアタシは、こうして手渡されたどうぐに失礼の無いよう名称を解明しておくべく、迷いの無い足取りでママタポケモン研究所へと直行した。

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