メカニックな機械がずらりと置かれた、個室程度の小さな空間。ジムと直通する通路をしばらくと進むなり辿り着いたその部屋に招かれると、アタシはセイガ博士の案内のままに部屋の一角へ行くよう手で促され、そこに構えられたテーブルとソファの談話室っぽい雰囲気のスペースで待機を命じられた。
ラルトスを抱えた状態で、アタシはソファに座っていく。とてもふかふかとしたソファであり、座り心地は抜群。何なら実家の自室にでも置いて、ここで寝て過ごせるくらいには質の良いソファで、アタシはこのまま溶けてしまいそうな気持ちになりながらも、そこらを忙しなく歩いては台所でお茶菓子なんかを用意してくれるセイガ博士を眺め続ける。
で、その一環でアタシは周囲を少しばかり見渡した。
なんともまぁ、研究所と自室を融合させたかのような、仕事とプライベートの両方を兼ねた空間と言うべきか。台所にはフライパンといった調理器具なんかも完備されていたことから、ここで料理もしているんだろうなとセイガ博士の生活がうかがえる。
それでいて、機械がたくさんと置かれたスペースには、ローラー付きの棚と、それに入れられたり乗せられた大量の実験器具の数々。さらには縦に長い壺のような形をした機械であったり、セイガ博士並みの大きさである顕微鏡のような機械も置かれているという、専門外の人間からすれば一目では理解もできないほどの、とてもメカニカルな光景が広がっていたものだ。
少しして、セイガ博士はお茶とお菓子を乗せたお盆を持って、アタシらのとこにやってきた。
「名前、ヒイロちゃんだっけね。時間は? 余裕ある?」
「うん。アタシは時間に余裕あるけれど、セイガ博士は大丈夫なの?」
「おっと、俺の心配をしてくれるのかい。ありがとさん! ま、本当なら今も研究員として勤務中なもんだが、今は休憩時間なんだ。あまり長い時間は取れないもんだけど、復元ならともかくカセキの鑑定くらいならすぐにできるさ」
「休憩中? カセキの鑑定もセイガ博士のお仕事じゃないの?」
「カセキの鑑定は、俺が自主的に取り組んでいる、まぁ趣味みたいなもんさ。でも、大手の企業からの依頼かなんかが舞い込んでくると、そちらの対応をするようラオ博士が特別に手を回してくれる。そのおかげで俺はカセキの鑑定や復元に集中することができるし、俺がそちらの作業に集中できることで、カセキの復元といったより多彩な活躍もできる研究所として他にPRすることもできる。ラオ博士ってどんなことでも結論をすぐ求めたがるお人なんだけど、ここら辺に関してはすごく柔軟に対応してくれるもんだからね。はい、自由に食べたり飲んだりしてな」
テーブルに置かれた、お茶の入ったグラスと小さな皿に入れられた袋入りのお菓子。そして、ラルトス用にとポフィンも添えてくれたセイガ博士の心遣いにアタシは「ありがとう」とお礼を言っていく。
セイガ博士も、アタシと対するソファに腰を掛けていくと、両膝に両肘をつけ、その両手に顎を乗せながら、少し食い入るよう早速といった具合にそれを口にしてきた。
「それで、カセキの鑑定だけでいいのか?? 復元も、カセキの質によっては数十分ほどで出来上がるけど」
「あー、そのことなんだけど、アタシの持ってるカセキってちょっとワケありで……」
そう言いながら、バッグから取り出した二つのカセキをテーブルに置いて、セイガ博士へと見せていく。
彼はそれを待ってましたと言わんばかりに目にすると、外していたゴム手袋を再び付け直してからそれらを手に取って、真っ二つと割れた断面を興味深げに眺めていった。
「ほお、シナノでは見ないカセキだな」
「そー。話がちょっと長くなるかもだけど、そのカセキはね――」
「ガラルで採れたやつだな。――ははぁ、話が見えてきたぞ。だからドタキャンしてきたんだな」
悪戯っぽい笑みを見せながら、カセキを一目見ただけでその裏側を全て悟ったかのような顔で彼はアタシを見遣ってくる。
「どういったご縁でヒイロちゃんがこれを手にしたのかまでは知らないが、俺としてもガラルのカセキを鑑定できるという期待感が少なからずあったもんだから、こいつぁとてもありがたい案件だ。んで、こりゃ確かに復元は無理だな。二つとも、元となる素体がパックリといっちまってる」
「アタシとしても、そのカセキはどうぐとして保管したかったから、鑑定だけの方が都合が良いかも」
「へぇ、カセキそのものに興味を示すなんて、ヒイロちゃん変わっているね」
「……やっぱ、変わってるよね」
ちょっとだけ、アタシは気にしてしまった。尤も、彼は手にしたカセキに意気揚々としていて、アタシどころではなかったものだけど。
と、いうところで、彼はふとこんなことを訊ね掛けてきたのだ。
「んで、だ。ヒイロちゃん、ここからは大事な大事なお話になってくるんだけど。……ところでヒイロちゃんは、鑑定料ってのは持ち合わせているのかな?」
「……え?? 鑑定料……!!?」
うそ!? 鑑定ってお金掛かるの!?
完全に情報不足だった……!! でもそうだよね、よくよくと考えてみればそりゃあ、カセキの鑑定で食べている人達も存在しているよね……!!!
アタシの反応に苦笑するセイガ博士。でも彼の様子は既に想像ができていたというか、アタシがとてもその資金を持ち合わせているとは思っていなかったという、想定内の反応に悪戯に笑んでみせたような表情を向けてきたものだ。
「ごめんなヒイロちゃん! 俺も本当はタダで見てやりたい気持ちは山々なんだけど、こればっかりは、銭というか、コッチ、の事情も少なからずとあって!! それも、二つのカセキの鑑定を依頼するのだとすれば、そうだな……ざっと、これくらいは掛かるもんだから……!」
そう言って電卓を取り出してきたセイガ博士がポチポチと入力していくと、それをアタシへと見せてきてすごく申し訳なさそうにしてくる。
アタシはその数字を見て、ぎょっと目を見開いてしまった。うわ、カセキの鑑定ってこんなにするの!? あまりにも想定外すぎた金額に、これじゃあパパに払ってもらうしかないじゃん!! という手を出せない領域のそれを目にして気が遠くなってきてしまう始末。
そんなアタシの膝の上では、ラルトスはとても満足げにポフィンを平らげていたものだ。
「ご、ごめんなさい……! アタシ、カセキの鑑定にお金が掛かるってこと、知らなくて……!」
「あ、あぁあぁ! 心配しないで!! まだ! まだ完全に鑑定し切っていないから、何も今すぐ払えってことではないから! さすがにそんな、知らないじゃあ済まさせないぜ~みたいな悪魔のようなことはしないから!!」
「う、うぅーー……」
アタシを落ち着けるように声を掛けてくれるセイガ博士。手に持っていたカセキをテーブルに置いていきながらも、明るい調子でそんな言葉を投げ掛けてくれたものだから、アタシはすごく申し訳ない気持ちを感じてしまいながらも、渋々とカセキをバッグに戻してこの場は撤退することを決めていく。
とは思うものの、セイガ博士は「だからと言って、ヒイロちゃんを追い返すこともしないさ。むしろ俺としては、ヒイロちゃんのような女の子が、カセキという年配の物好きな方が趣味で採集するような代物に興味を持ってくれていることを、すごく嬉しく思っているんだぜ!」と言いながら、本棚から大きな本を取ってきて、それを開いてテーブルに広げてくる。
アタシはそれを見るなり、宝物庫の中を目撃したかのような輝きが視界に飛び込んできた気がした。
大量の写真が収められた、一冊のアルバム。そこには、これまでにも研究で取り扱ってきたカセキの写真がびっしりと並べられており、その際にとったメモなんかも一緒に添えられていたことから、カセキという太古のどうぐを解き明かした数々の成果を、お金も払わず生で見せてもらえた感動で思わずと感極まってしまう。
――言葉を失うほどの絶景。どうぐ好きには堪らない、本の形をした至高の宝箱。
アタシの様子に、セイガ博士はものすごく珍しげなものを見る目で、驚いていた。同時にして気分を良くしたのだろう、アタシのような女がこんなにもカセキというどうぐに興味を示していくその反応をうかがうように、彼は一ページ、また一ページとアタシに見せびらかすようにそれらを見せていってくれる。
「せっかく、こうして訊ねてきてくれたんだ。それなのに何の成果が無いのは、あまりにも心寂しいもんだろう? カセキの鑑定については、まぁヒイロちゃんに任せるとして、今日はカセキに興味を持ってくれたヒイロちゃんを歓迎する意味も兼ねて、時間が許すかぎりに俺の研究成果を見せてあげよう!」
「い、いいの……!!? アタシ! 小さい頃からずっと、どうぐコレクターをやってきたものだから!! そ、その……!! 今、めっっっちゃ興奮してるっ!!!!」
「おぉ!! どうぐコレクター!! これまた渋い趣味をしてるねぇ!! どれどれ、それじゃあ、今の若者には珍しい趣味を持っているヒイロちゃんに、今この時だけこのアルバムを貸し出してあげよう! さすがに外に持ち出されちゃうと困るけど、俺の休憩時間内だったら、好きなだけ見ていってくれ!」
「ホント!!? いいの!!? わぁ……!! カセキ自体が、アタシの地元じゃ全く採れなくて……! だから、長年ずっとどうぐコレクターをしてきたのに、今の今までカセキの実物さえも見たことなかったから。わー、こんなにもたくさんの種類のカセキが、あぁ……すごい……!!!!」
うっとり……。セイガ博士の研究成果がただただ眼福だったアタシ。たくさんのカセキが写るその写真だけでも大満足でお腹いっぱいだと言うのに、このアルバムは現役の鑑定士がまとめた宝物。セイガ博士直筆のメモも付いてきていたことから、それと写真を見合わせることでカセキと現役鑑定士の説明の両方を堪能することができるという夢のような至福の一時を、アタシは過ごしていったものだ……。
「おっと、そろそろ俺の休憩時間が終わっちまうな。――あぁ、そんなに悲しい顔をしないで! 俺としても、まさか自分の研究成果をここまで喜んでくれる人がいただなんて、思いもしなくってな! 同じくどうぐコレクターを自称する周りの研究者でさえ、俺の成果をあまり気に留めないというのにな。そんな点では、ヒイロちゃんはとてもイイ目の付け所をしている! カセキの鑑定とかは関係無く、また来てくれれば好きなだけ見せてやれるからな!」
コーヒーを入れたカップを持ちながらそれを言うセイガ博士。彼の言葉に、アタシは「また来てもいいの!? 絶対に来る!!」と目を光らせながら、アルバムを閉じてテーブルへと戻していく。
あぁ、思わぬ収穫があった。本来の目的は達成できず終いだったけれど、まぁそれとほぼ同義となる想定外の利益があったものだから、まぁこれはこれで良し!!
尤も、あわよくばこれでアタシの持っているカセキの名称なんかも分かればなと、微かながらの期待もあったものだけども。結果としては、アタシの持つカセキに関する写真も情報も無かったから、この思惑は失敗で終わり。
でもすっごく、充実とした時間を過ごすことができた気がした。アタシは「ありがとうセイガ博士!!」とアルバムを渡していき、それを受け取った博士も「おう! またいつでも来なよ!」と清々しい調子で言ってくれながら、そのアルバムを本棚へと戻していく。
と、そんな彼の動作を眺めている最中にも、アタシはある物を目にすることとなった。
この視界にふと入ってきた、本棚の一角に立てられていた複数もの写真立て。縦にも横にもなって置かれたそれらに写る大勢の人々が、白衣であったり、私服であったり、時には泥まみれの汚れた作業着姿であったりと、それぞれの表情を見せたりポーズをしていく、このママタポケモン研究所を楽しく過ごす研究員達の様子が垣間見える写真を発見したアタシ。
みんな、楽しそうだな。……アタシの実家のパパ達も、こんな感じでみんな楽しく研究をしているのかな。ポケモン博士のパパを持つ者として少なからずの感情が巡ってきた、その写真の数々。そして、ジョウダポケモン研究所での集合写真なんかにもアタシは誘われたりしていたなと。まあ、当時はポケモン嫌いだったものだから、結局はパパ達のお誘いを断って、アタシだけこういう写真に一切と入らなかったりしていたなと、過去の自分と今の自分を照らし合わせてしまったりして、ちょっと寂しくなったりとノスタルジックな感傷に浸っていく。
――と、その写真を眺めていく中で、縦に立てかけられた一枚の写真にアタシは注目した。
髪の長い、一人の少女。九歳か、十歳くらいの、アタシよりも年下で、そろそろポケモントレーナーの免許が取れるか取れないかといった具合の年齢をうかがわせる、まだまだいたいけなその姿。
幼さを思わせながらも、とても綺麗で、可憐な少女だった。色白でまつ毛が長くて、白色の長髪を腰辺りにまで伸ばした、まるでお人形さんみたいな美少女。その子はニコニコと笑いかけながらも、今にも元気よく声を掛けてきそうなピュアな面持ちで、両手のピースを見せ付けるように写っていた。
可愛いな、この子。もしかして、セイガ博士の娘さんかな。
でも、それにしては似ていないというか、セイガ博士の子供と言うにはその特徴を引き継いでいないというか。
……というか、待てよ。この雰囲気、どっかで見たことがあるような……。
「ねぇ、セイガ博士。その写真に写ってる、小さい子は……?」
アタシは、無意識にそれを訊ね掛けてしまっていた。
アルバムを戻した彼が振り向いてくる。そしてアタシの視線を辿った末に目についた少女の写真に気が付くと、彼は「あぁ」といつもの清々しい調子で答えながら、それを喋り始めていったのだ。
「俺が面倒を見ている子でな、今は一緒に暮らしているんだ。俺は独身なもんだし、実の娘ってワケではないんだけどな。ま、ちょっとワケありな事情を抱えていて、今は俺がこの子を預かっているっていう。……そうだなぁ、養子、とでも言えば分かるかな」
「へぇ」
養子かぁ。よそ様のそういう事情に関しては、アタシは口出しするつもりなんか無いけれど。でも、それにしてはちょっと意外だったというか、セイガ博士も複雑な事情を抱えた大人なのかなっていう雰囲気が伝わってくるというか。
そんなことをアタシが内心で考えている間にも、セイガ博士はその子の写真を手に取っては、どこか遠くを見つめるような目でそれを見遣っていく。
……じっと見つめ、少女と見つめ合うようにしていたセイガ博士。少ししてその写真を元の位置に戻していくと、次の時にも、セイガ博士は何気なく、その言葉を口にしてきたのだ――
「子育てってのは、難しいもんだよな。俺もヒイロちゃんの頃の時なんかヤンチャばかりしていたもんだから、父ちゃんと母ちゃんを散々と困らせてきたもんだが。いざ育てる側の立場になってみりゃあ、俺は本当に両親を困らせて育ってきたんだなって、すげー反省したな。……俺はこいつの親に成り切れているのかどうか。預かって二年は経ったけど、今でも不安に思うことはいっぱいあってな。俺は本当に、こいつを幸せにしてやることができるのだろうかって、今も毎日そんなことを気にして生きちまってる。……あ、あぁ、悪いな。突然、変なことを語り出して。今ではこの子、俺の自慢の娘なもんでさ。名前は『ユノ』って言うんだけどな――――」