シナノリーグスタジアムにて行われた、ジムチャレンジの開会式。開始時刻と同時に始まったのは、現地と中継の両方で眺める観客を感動へといざなうド迫力の演出の数々。
スタジアムの巨大なモニターに映し出され、シナノ地方の歴史を語る映像から始まったそれは、スタジアム周辺で打ち上げられた盛大な花火と共にフィニッシュを飾る。続けて大音量の音楽が流れ始めると、入場口からスタジアム中央へと駆けるたくさんのパフォーマーが、旗を華麗に回しながらシナノ地方伝統の芸術的パフォーマンスを繰り広げるのだ。
ジムチャレンジは、シナノ地方に住む全国民の活力の源となる気持ちを提供する祭典。前向きに頑張るトレーナーとポケモンの姿を、ポケモンバトルという容態でシナノ地方全域にお送りするお祭りであり、たくさんと存在するポケモントレーナーの努力と絆を全国に放映することで、地方全体が活力と熱気に包まれる最大級の催し物。
シナノ地方の繁栄を願うそれは、国が総力を挙げて開催しているといっても過言ではない。毎年開かれるそれは年に一度の大規模なイベントで、熱気で満たされた会場の様子は他の地方からも注目を浴びている。
パフォーマンスの終わりを見計らい、モニターの下にある演台へと歩き進める一人の男性。ずんぐりとした体格の男性がマイクを手に取り、「レディースアンドジェントルマン!」の言葉と共に開会の辞を述べていく。
男性が喋るこの時間、あれほどまでに歓声で盛り上がっていたその音が一気に静まる。これは神聖な伝統ということもあり、皆が彼の言葉を大事に思い、一体となってその開会の辞に耳を傾けるのだ。
それが終わりを告げ、全てを述べて深々と礼をする男性。彼の動作に続いて会場の皆は大盛り上がりの歓声を上げ、その熱気と活気を再びスタジアムに呼び戻す。
そして、とうとうアタシ達の出番というわけだ。今回のジムチャレンジに挑戦する、シナノ地方を代表する勇ましき戦士達の出場。男性が入場口へと誇らしげに手を伸ばすと、それを合図としてアタシ達はスタッフに入場を促されるのだ。
ぞろぞろと入場を始めていく、大勢のポケモントレーナー。皆が私服といういつもの格好でスタジアムに姿を現し、アタシもラルトスを抱き抱えながら皆にならって入場していく。
歓声に包まれた、とてつもなく広大なスタジアム。今までテレビや雑誌でしか見てこなかった、その実物の神聖な地に足をつけているという実感で、アタシは一気に緊張を帯びて表情がこわばってしまった。
入場したポケモントレーナーは、総勢三百四十八名。今年は特に挑戦者が多かったらしく、その数は、歴代で二番目なのだそう。
この半分にいくかいかないかの人数は、この前ポケモントレーナーになったばかりの新米トレーナーらしく、その駆け出しの頃からジムチャレンジという盛大なお祭りに参加する心意気を、よくチャレンジしてくれたと強く買われていた。
メディアにもそれは伝わっており、歴代二番目の参加者ということもあってか今年は特にカメラが多い。辺りから囲われた観客とメディアの目を受けて、アタシは余計に緊張してしまってラルトスをぎゅっと抱きしめていく。
だって、ついこの前まではインドア派としてコソコソとどうぐを搔き集めていた身なのだ。ちょっとした心変わりで何となく旅立って、それから急にジムチャレンジなのだもの。テレポートだけというラルトスの技のラインナップも相まって、アタシはなんだか場違いな気がしてしまえて仕方がなかった。
出場者が中央に並ぶと、しばらくはアタシ達を歓迎する歓声と拍手に包まれる。それが次第と収まっていくと、次に男性は来賓の挨拶として、姿を現した数名のお偉いさんの長い話が始まった。
この間、アタシらはずっと立ちっぱなしだ。自転車の旅で鍛えられた足でなんとか我慢できたものだが、このシチュエーションはなんだか、ほぼ不登校だった学校生活を思い出す……。
それが終わると、第一部として、このシナノ地方の歴史を振り返る話へと入っていく。
その内容は、シナノ地方では古くから人とポケモンによる戦争が続き、血みどろな争いを幾度となく繰り広げられてきたというものだった。それが全盛期となるとより一層もの激しさを増し、その波瀾を乗り越えてきた二人の人間が、大勢の人とポケモンを率いて天下を分けた合戦を行ったという。
二人が行った大戦は、このシナノ地方の全土に渡るものであり、それによって、地形を大きく変えたのだそう。山の国と言われるようになったのも、この二人による戦で地盤が削れたことで凹んだからだという。こうして凹みは現在のシナノ地方独自の特徴となり、外側へと広がる山々は、当時から今も残されている歴史的な山脈として各地方へPRを行っている。
そして、このシナノリーグスタジアムが存在する、ナガノシティの山頂。ここで、二人の一騎討ちが行われたという。その結果は、相討ち。消耗し切った互いは、しのぎを削り合った互いを讃えながら眠りについた。そうして激闘を繰り広げた二人の墓標として後にスタジアムが建設され、ポケモンバトルという伝統と、激闘を繰り広げたその歴史を、二人が眠る墓の上で行おうということで、この場所でポケモンリーグが行われるようになったのだ。
……という話が終わり、男性は一礼をして第一部を締めくくる。次に第二部へと移行したその瞬間から、若干と静まり返っていたその会場は、大歓声という音圧で先までの空気を吹き飛ばしたのだ。
なんだなんだ。ポケモンリーグ自体をよく知らないアタシはラルトスを強く抱きしめると、この視界の奥で幕が上がるその演出と共に、男性は端へと避けながら“彼ら”の紹介を行ったのだ。
「それでは、ジムリーダーのみなさん!! 姿をお見せください!!」
紙吹雪が発射されるスタジアムの奥側。周囲のポケモントレーナーも身を乗り出すように注目すると、その奥からは八つの人影が堂々とした様で入場をしてきたのだ。
その八名は直に、スタジアムから向けられたライトと共に陰りのシルエットを脱ぎ捨てる。
男性四名、女性四名で並ぶ彼らの一列。それがある程度まで前に進み、スタジアムと出場者の全員に見える位置で立ち止まる。彼らは皆この場の空気に慣れた様子で、まるでその座を死守してきた猛者のよう。ある者は悠々とした立ち振る舞いで、ある者は健気な活気を見せていき、ある者は誘惑するようにウィンクを投げ、ある者は気だるげな瞼でどうでもよさそうだ。
「ジムリーダーの皆さんが、出場なされました!! もうすでに皆さんは知っているかと思われますが、それぞれ一人ずつ紹介していきましょう!!」
左端に立つ男性に照明が向けられると、彼は数歩前に出てから礼儀の正しいお辞儀で一礼を見せていく。
鳥が翼を広げたかのようなデザインの、白色と青色の上着の彼。加えて灰色のカボチャ袴に鼠色のハイヒールブーツというファッションで、黒色の長髪を後ろで結った凛々しいその姿。
「華麗なる翼で、シナノ地方の大空を支配する男!! 『ハクバビレッジ』のジムリーダー、『レミトリ』ーーーーッ!!!!」
「出場者の皆さま、『ハクバジム』への来場を心よりお待ちしております」
眉の整った凛々しい表情でそのセリフを言い、『ハクバビレッジ』のジムリーダー、レミトリは後ろへ下がった。
続けて、レミトリの一つ右へと移ったスポットライトに照らされた彼女は、ハッとして慌てて前へ出ていく。もう出番か! そんなうっかりな様を中継のカメラにしっかりと収められながらも、彼女は手を振って歓声に応えていく。
蜜柑色の髪を左側で束ねたサイドテール。軍服のような赤色の上着に、茶色のプリーツスカートを揺らしながら全力で手を振っている。
「その熱情は、恋焦がれる少女の如し!! 『ショウホンシティ』のジムリーダー、『ラ・テュリプ』ーーーーッ!!!!」
「今回も頑張るから、みんな応援よろしくーーーーーーッッ!!!!!」
健気で元気いっぱいなその言葉を残して、『ショウホンシティ』のジムリーダー、ラ・テュリプはトントンと後ろへ下がっていった。
まだまだ続く。一つ右へスポットライトが移ると、そこに佇んでいたのは一人の女性。周りと比べて若々しくも、その立ち姿は正に絵本の表紙を飾るお姫様。彼女がゆったりと歩き出したのは、紹介する男性が喋り始めた後だった。
背中辺りまで伸ばしたアッシュの長髪。深緑のドレスに身を包み、迷える森を歩くようにゆっくり進むその女性はマイペースに周囲を眺めていた。
「麗しきその姫君は、雪化粧を身に纏う!! 『オウロウビレッジ』のジムリーダー、『ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ』ーーーーッ!!!!」
「皆さん、ごきげんよう。今日も良いお天気ですね」
フワフワとした雰囲気でそのセリフを言ってから、『オウロウビレッジ』のジムリーダー、ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズはゆっくりと後ろに下がった。
この勢いは止まらない。一つ右へとずれたその照明を受けるなり、棒付きの飴玉を咥えていたその女性はスマートフォンから顔を上げる。
歩き出すと共に揺らしていく、腰まで伸ばした青色のポニーテール。白衣に青のシャツ、黄緑のズボンに青色の縁のメガネという、周囲と比べると一般的ながらも、どこか奇抜なオーラを放つその女性。
「ポケモン博士とジムリーダー、その両方を担うシナノ地方の奇才!! 『ママタシティ』のジムリーダー、『ラオ』ーーーーッ!!!!」
「好きなものは機械いじりとナナの実のジュース。よろしく」
そう言うなり適当に下がって一列に収まった、『ママタシティ』のジムリーダー・ラオ。視線は既に手元のスマートフォンへと向けられていた。
これで半分だ。もう四人のゾーンへと踏み入れたそのライトを、待ってましたと言わんばかりに浴びながらセクシーなポージングを決めていくその女性。
褐色の肌で、もみあげを腰まで伸ばした紫色のボブヘアー。右が水色で左がピンクのオッドアイで艶やかな表情を見せていくと、女性は丈の短いフレアワンピースを際どく揺らし、ゴシックなニーハイソックスを見せ付けるように歩き出して男性諸君を魅了していく。
「妖精を率いる、魔性の女!! 『カルイザワ・ダウンタウン』のジムリーダー、『リオラ』ーーーーッ!!!!」
「いつでもあたしの下へいらっしゃい。その時は、心も体も昂っちゃうくらいの最高のおもてなしを、し・て・あ・げ・る」
胸を強調するセクシーポーズと共に、出場者へと向けてウィンクを一つ。去り際にも投げキッスを行い、『カルイザワ・ダウンタウン』のジムリーダー、リオラは後ろへ下がった。
会場の熱は更に盛り上がる。一つ右へ移ったそのスポットライトに照らされた彼は、自身にそれが降りかかるなり、眩しいといった様子で手をかざす。
どこかで見覚えがある、青色のショートヘアー。濃い青色のジャケットと黒色のシャツ、白色のズボンで長身というそのスタイルにもどこか見覚えがある彼は、歩き出す。その目元を、やけに黒く染めながら。
「兄の背を追い、竜の軍勢の指揮を執る知将!! ジョウダシティのジムリーダー、『ダイチ』ーーーーッ!!!!」
「シルエットでよく間違えられるけど、僕はダイチの方です。どうぞよろしく」
気だるげに手を振り、力無く笑んで見せるジョウダシティのジムリーダー、ダイチ。まさか地元のジムリーダーが“あの彼”の……!! アタシは驚きのあまりに唖然としてしまいながらも、だるそうに下がっていく彼からスポットライトが移っていく。
その照明は、既に次のジムリーダーを照らしていた。しかしそこに存在する男性は、ライトを退けるよう手を振り払って佇んでいる。
直角に近い猫背で、折りたたんだ姿勢。しかしその背は二メートルを超えているだろうかなりの長身。黒色に近い肌と、塗り潰したようなピンクのショートヘアー。白と灰のボーダーシャツに、ピンクの長ズボンという外見。ひどく細めた目つきと、ひどく歪めた口元が彼に凶悪な印象を与える。
「その男、毒を以て命を制す凶悪無慈悲の暴君!! 『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』のジムリーダー、『ダーキス』ーーーーッ!!!!」
「強ェやつだけを所望する。弱ェやつは門前払いだ。以上」
吐き捨てるようにそのセリフを言うと、『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』のジムリーダー、ダーキスは後ろに下がった。
そのスポットライトは、残る一人を照らしていく。照明が降り注ぐ自分の出番になると、男性は出場者へと一礼、そのまま数歩前に出てから、自身らを囲むスタジアムの全員に向かって律儀にお辞儀をしていってから出場者へと向き直る。
とても大柄なこの男性は、この場にそぐわない和の甲冑を着込んでいた。金色の刈り上げた短髪に、年齢相応の厳つい顔。しかしその穏やかな表情を見せながら各メディアのカメラへと手を振り、中継の先の民にまでしっかりと挨拶を行っていく。
「そして、最後はこのお方!! シナノ地方の大地を愛する守護神!! 『ナガノシティ』のジムリーダー、『ラインハルト』様ーーーーッ!!!!」
「えー、今現在の私の心境を話し始めたらきっと日が暮れてしまうと思いますので、今回もこの場は一言だけで済ませたいと思います。えー、皆さま。今年もこうして、シナノリーグスタジアムにて、シナノ地方恒例のジムチャレンジを無事に開催できたことを、心から喜ばしく思っております。開会式も毎年毎年、大きな規模でパフォーマンスが行われておりますが、今年のパフォーマンスも実に素晴らしく、シナノ地方全土もきっと、大盛り上がりとなったことでしょう。えー、私も開会式を最初から拝見しておりましたが、今年も見事なパフォーマンスで、特にゴリランダーが太鼓を叩くという演出には、今までに無い試みに私自身、大変驚かされて――」
「ラインハルト様! 一言、一言!」
「ぉ、おっと。これはすまない。これも毎年恒例だと思ってもらえると何よりです。えー、あとは……まぁ、キリがなくなってしまうので、以上で終わります。ありがとうございます。皆さま、どうぞ今年のジムチャレンジも楽しんでいってください。終わります」
進行のツッコミを受けながらも、『ナガノシティ』のジムリーダー、ラインハルトは何度も何度も礼をしながらゆっくりと下がっていった。
こうして、ジムリーダー全員の紹介が終わったところで第二部は終了となった。この後にも第三部が続き、そこでは現シナノチャンピオンであるタイチさんが登場するという流れでこの開会式は終わりを遂げたのだ。
ポケモンセンターの宿泊施設で泊まるアタシ。個室でラルトスを抱きしめながら、必死に眠りにつこうとする暗闇の空間。
しかし、興奮が冷めやらない。まさか、あれほどまでにジムチャレンジで興奮するとは思っていなかったからだ。第三部のタイチさん登場で、会場のボルテージはマックス。シナノ地方のスーパースターである彼が手を振りながら、ジムリーダーたちの後ろから歩いてくるという場面は今でも鮮明に思い出すことができる。
でも、アタシは自然と盛り上がらなかった。彼と話してから、随分と変わってしまった。アタシはもう、彼に対して何も感情を抱けない。タイチさんという存在は、アタシにとって乗り越えるべき最後の壁として、遥か彼方の先で佇んで見えているものだから……。
「……タイチさん。アタシも、あなたみたいに……」
その言葉は、寝言によるものだった。口にした記憶が残っている感覚を覚えながらも、アタシは瞑っていく瞼の僅かの隙間から、後光が射した彼のシルエットを捉えていた――