ジムチャレンジの熱が冷めやらぬ今朝のポケモンセンター。大した睡眠時間も取れず、重い瞼を頑張って開きながらアタシはラルトスと外に出た。
やけに騒がしい今日のナガノシティ。脳みそは半分寝ていたのだろう認識の遅さで、ようやくと視界の情報を読み取ったアタシは、その瞬間にも寝ぼけていたこの意識は途端に覚醒する。
ポケモンセンターとその周囲に群がる大勢の人々。ちょうど歩ける間隔を空けながら行われていたその状況は、アタシらジムチャレンジのチャレンジャーへと迫る多くのメディアたちの姿。
ジムチャレンジはなにも、アタシのような新米ポケモントレーナーだけではない。様々な経歴を持つ有名人やそうじゃなくても熟練の腕を持つようなトレーナーも参加することができる行事であるため、そういった注目の人物を追うドキュメンタリー番組のメディアなどが、そのトレーナーについていったりしているのだ。
朝なものだから、生放送の中継を繋ぐたくさんのリポーターが、周囲のポケモントレーナーに取材を行っている。双方がやる気に満ちた表情でハキハキとしており、この様子からしてナガノシティに留まらない多くの地域が更なる活性に溢れていたことが容易に想像できる。
ラルトスを抱えるアタシは、そんな状況に頭が真っ白になってしまった。
……うわー。アタシが取材されちゃったら、恥さらしになってパパの面目が潰れちゃうよ。それを思ったアタシは、この場から逃げ出すように駆け出した。まるでいないかのごとく、空気に紛れるよう存在感を消しながら。
途中、呼び掛けられたような気がした。でも、アタシはそれを振り切ってしまった。いいや、聞こえなかった。聞こえなかった! アタシを呼び止めたって、特に面白い答えは返ってこないから!!!!
あのポケモンセンターには戻れないな。それを確信し、同時に荷物もちゃんと持ってきておいて良かったと安心しながらアタシはこのナガノシティを走り回ったものだ。
ビルが立ち並ぶ、発展した街並みの方のナガノシティ。山脈の街並みにも大勢の人とポケモンが押し寄せていて、もみくちゃにされてしまいそうになったものだから、こちらに逃げてきた。
何の用事も無いのにちょっとしたビルに入って、そのイスに座って休憩した。抱えたラルトスはビルのエントランスを興味深そうにあちこち眺めている。
……これからどうしたものか。アタシはひどく悩んでいた。まず最優先として、ラルトスには攻撃できる技を覚えさせる。それが、最優先事項。これが無いと始まらない。
次に、アタシはどのジムへ向かえばいいのか。ジムリーダーの皆は、ある一つのタイプにこだわりを持ってポケモンを仕上げている。代表的なのは、このナガノシティのジムリーダー、ラインハルトさん。ラインハルトさんは、このシナノ地方を守備する、『守護隊』と呼ばれるおまわりさん以上の権限を持った人達の団長である。昨日もジムリーダー紹介の最後に呼ばれていた人だが、あの人はどうやら、じめんタイプにこだわったポケモンを揃えているという。
昨日、開会式が終わった後にもアタシは情報を集めていた。どのジムから巡った方がいいか。それを考えるために、スマートフォンでサクッと情報を集めて一覧を作っておいたのだ。
まず、『ハクバビレッジ』のジムリーダー、レミトリ。レミトリさんの二つ名は【シナノ地方の大空を支配する男】であり、ひこうタイプのスペシャリストと呼ばれている。ハクバビレッジという村は、このナガノシティから西へ真っ直ぐと進んだ先にある、山と平原、川と湖に恵まれた大自然の中に存在する村だ。そんな大自然の多くを占める要素に、大空を支配する男がチャレンジャーを待ち受けている。その凛々しいイケメン顔も含めて、強豪の一人だ。
次に、『ショウホンシティ』のジムリーダー、ラ・テュリプ。ラ・テュリプさんの二つ名は【恋焦がれし淑女】と名付けられており、ほのおタイプを扱うことを得意としている。ショウホンシティという街は、ナガノシティから南西へと進むと自然と辿り着く位置にあり、まだ戦争が続いていた頃の建物が立ち並ぶ、古くから継がれてきた和風の風景が特徴である場所だ。シナノ地方の歴史を物語る、貴重な文化遺産が多く残るその街で、熱情を滾らせたほのおタイプ使いがチャレンジャーを待ち受ける。
次に、『オウロウビレッジ』のジムリーダー、ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ。ニュアージュさんの二つ名は【雪の姫君】とシンプルなものであり、こおりタイプを使わせたらピカイチだと言われている。オウロウビレッジはナガノシティから随分と離れた南西の位置にある村で、そこに辿り着くには、標高の高い山脈と、木々が生えている湖といった過酷な自然環境を越えなければならないという。その地域の五割が山脈、四割が湖で残りの一割がオウロウビレッジという割合。雪の姫君は、この過酷な試練を乗り越えしチャレンジャーの来訪を待ち受けている。
次に、『ママタシティ』のジムリーダー、ラオ。ラオさんの二つ名は【シナノの奇才】と、これまたシンプルなもの。その異色の経歴として、なんとポケモン博士を兼任するはがねタイプ使い。ママタシティは、ナガノシティとは正反対の位置に存在する街であり、広大な土地を利用したたくさんの建物が立ち並ぶ地域だ。商業から住宅まで様々な顔を見せていく建物の中、ポケモン研究所に備え付けられたスタジアムにて博士がチャレンジャーを待ち受ける。
次に、『カルイザワ・ダウンタウン』のジムリーダー、リオラ。リオラさんの二つ名は【妖精を率いる魔性の女】であり、フェアリータイプを専門的に扱っている。カルイザワ・ダウンタウンはナガノシティの東南に位置する割と近い地域であり、二つの顔を持つことでも有名。一つは繁華街として華やかに発展したヤングの街並みと、もう一つは裕福層が暮らす高級住宅街としての街並み。雑誌モデルである彼女はタイチさんの幼馴染を公言しており、タイチさん本人もそれを認めているという関係性。二つの顔を持つ街のスタジアムで、彼女はチャレンジャーを待ち受けている。
次に、『ジョウダシティ』のジムリーダー、ダイチ。ダイチさんの二つ名は【竜の軍勢を指揮する者】と呼ばれており、ドラゴンタイプの調教師という世界で数人しか持っていないとされる免許を持っている。ジョウダシティはこのナガノシティの東南に位置する地域であり、言わずもがなアタシの地元でもある。ダイチさんは、あのシナノチャンピオンであるタイチさんの実の弟ということもあり、その面目を潰さないためにと、彼はジョウダシティのスタジアムでチャレンジャーを待ち受けている。
次に、『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』のジムリーダー、ダーキス。ダーキスさんの二つ名は【凶悪無慈悲の毒男】とされており、どくタイプを扱う手腕は彼の右に出るものはいないとされている。ノザワタウン・ホットスプリングビレッジは、ナガノシティの東北に位置する小さな村でありながら、そこの温泉は他の地方から秘湯として取り扱われるほどの大絶賛。街中の至るところで温泉が沸いているという夢のような場所で、凶悪無慈悲の毒男が毒手を構えながら、猛きチャレンジャーの来訪を心から待ち受けている。
最後に、『ナガノシティ』のジムリーダー、ラインハルト。ラインハルトさんの二つ名は【シナノの守護神】であり、既に説明はしてあるがじめんタイプの実力者を揃えてチャレンジャーを待ち受けている、皆のパパだ。その名声は地方の全域からなるもので、守護隊というシナノ地方の平和の均衡を保つ団体を率いる団長さん。シナノ地方の伝統である和の甲冑を着込んでいるのだが、彼曰く、洋の甲冑の方が自分に似合うからそちらを着て出歩きたいなと常々口にしているらしい。
……以上が、各ジムの地域と、そこのジムリーダーの情報。アタシは、ラルトスというポケモンだけで挑めるジムなんて無いな、と思っていた。ラルトスはエスパータイプとフェアリータイプの複合タイプ。まず、ママタシティのラオさんがはがねタイプを扱うという時点で、アタシはラルトス以外のポケモンを用意しなければならないことが明白だった。このジムリーダーのメンツで弱点を突けるのが、どくタイプを扱うノザワタウン・ホットスプリングビレッジのダーキスさん。でも、あの怖い雰囲気からして、アタシはすぐさま門前払いとなってしまうだろう。
ルールとして、このジムチャレンジで挑むべきジムに順番は決められていない。チャレンジャーは、好きなジムに挑戦してバッジをもぎ取ってくればいいのだ。順番は無いということで、このナガノシティにあるスタジアムは大変混み合っていた。理由は単純で、近いから、である。尤も、それに加えてラインハルトさんという守護神と会える機会でもあるから、ファンは彼の下へと駆け付けるだろう。
近さで言えば、『ハクバビレッジ』とジョウダシティ、『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』が現地点で近い地域となる。しかし『ハクバビレッジ』は大自然に囲まれた雄大な土地。ジョウダシティはあのタイチさんの弟でドラゴンタイプ使い。『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』に関して言えば、それこそどくタイプの怖いダーキスさんが待ち受けていて、どれも億劫に思えてしまう。
その上に、ここから近いそれらの地域は人気がある。近いからだ。ナガノシティのジムが混み合っているから、次に近いそれらへと挑もうという算段で各地域へ赴くトレーナーたちも多く見受けられる。逆に人気が無いのは、ナガノシティから最も遠くに位置する『ママタシティ』と、過酷な自然が試練となる『オウロウビレッジ』。それぞれ、はがねタイプを扱うポケモン博士のラオさんと、こおりタイプを使用するニュアージュさんが待ち受けている。
どうやらこのジムチャレンジ、誰よりも早い段階で八つのバッジを集めた者達には特別な賞を与えるというのだ。それにこだわるポケモントレーナーは、最短距離を走るために様々なプランを立てているらしい。そして、調べたところ、タイチさんは歴代で三番目に早く八つのバッジを集めたトレーナーとして受賞されている。
と、そんなことでいろんな事情が渦巻くジムチャレンジの模様。アタシはおそらくこの中で最も不利な位置に存在するだろうポケモントレーナーだろうが、底辺は底辺らしく考えに考えて、アタシは一つの決断を下した。
「……決めた」
昨夜から、色々と考えてきていた。その考えがここに来て、ようやくとまとまった気がする。
それを呟いてから、アタシはラルトスを抱えながら立ち上がった。
……まずは、ひこうタイプのスペシャリストが待ち受ける『ハクバビレッジ』を目指す!
「ラルトス。途中で新しい仲間を捕まえるよ! それに、この道のりであなたにも戦えるだけの技を頑張って身に付けてもらうからね。もちろん、そのためにアタシも精いっぱいサポートするから。だから、ラルトス……一緒に、頑張っていこ!」
ラルトスの角が、トクン、トクンと光っていた。ラルトスがアタシの感情に共鳴している証拠だ。これが良い意味なのか悪い意味なのかは分からないけど、少なくともラルトスはアタシの気持ちを読み取ってくれていた。
ラルトスをぎゅっと抱きしめたアタシは、おもむろにビルから飛び出していった。周囲の人々を掻き分けるように走り抜けると、ポケモンセンターに置いてあった自分の自転車を引き出して、ラルトスをカゴに乗せて颯爽とナガノシティを走り抜けていく。
目指すは、ここから西に位置する『ハクバビレッジ』!! その道中で、ひこうタイプに強い新しいポケモンを捕まえる!!
あわよくば、その旅先で珍しいどうぐと出会えればいいな。そんな本来の旅の目的の事を考えながら、アタシはどうぐコレクターとポケモントレーナーの二つの志を引っ提げて、次なる目的地、『ハクバビレッジ』へと向かった――