痛い――体中が痛い。アタシはどうして、こんなにバカなんだろ。
自分の色々なものに悔いるばかりだった。全ては、至らないばかりのアタシが起こしてしまった事故が発端である。
ナガノシティを出て、ハクバビレッジへと向かうその道路。途中までは塗装された道が続いていたものだが、ハクバビレッジが近付くにつれて、それは次第と凸凹の安定しないものへと変貌する。
この地帯を踏み入れたその瞬間から、試練の始まりとも言えた。他の交通手段として、車やポケモンといった乗り物を利用する手があったものだが、アタシはそれに見向きもしなかった。今思えば、この判断が命取りになるとは知らずに。
山道の上り坂が、自転車にとってかなりきつい。立ちこぎで何とか前へ前へと進んでいくのだが、割とすぐにもアタシの両足が悲鳴をあげ始め、体力も切れてきたのか段々とフラフラした走行となりながらも、アタシは意地でもこの道を上り切ると必死になって踏ん張った。
周囲はよく育った木々に囲まれており、完全に山道と呼べる道を自転車で渡ってきた。びっしりと生えるそれらの緑は奥の景色を塞いでおり、気を付けなければ方向感覚を失って遭難してしまう危険性もあったくらいだ。
途中、休憩しようとアタシは平坦な場所へ移動した。それをたまたま見つけたのだ。今までがずっと坂道だったものだから、アタシは救われた思いさえも抱き、カゴに入っているラルトスに声を掛けながらその平坦へと駆け寄った――
だが、その判断が間違っていた。平坦に踏み入れたその瞬間、ぐにゃ、ぐしゃぁっと地面が崩れ始め、それに足を取られたアタシは自転車を投げ出しながら、盛大に落下してしまったのだ。
断末魔のような悲鳴を上げながら、ひとりでに山の斜面を転がり落ちていくアタシ。地面に身体を打ち付ける度に痛みが走り、周囲の草木を突き破って皮膚を怪我していく。踏み外したその地面は土砂となってアタシの上に降りかかり、それに巻き込まれて身体が次第と埋まっていく。
口や目の中に土が入り、アタシは助けの声もあげられず、視界も塞がされて何もできなくなってしまった。落下の勢いもすさまじく、伸ばした手は挫いて負傷、履いていたブーツも片方脱げて土砂に巻き込まれ、被っていたキャップも既にどこかへ無くしてしまっていた。
やばい。死ぬ――。命の危機に全身が危険信号を鳴らすその感覚。自転車が落ちる音が僅かに聞こえたその物音を最後に、アタシの意識は遠のいた。
……全身に巡る痛みが、アタシの意識を覚醒させる。体中が痛い。捻挫と打撲の負傷に悶えながら瞼を開くと、薄暗くなった大空の光景と、この視界の半分を占めるラルトスの顔がお出迎えする。
「……ラルトス」
アタシは、涙を流していた。ボロボロと溢れてくる涙の雫は、顔に付着していた土と共に頬を伝って流れていく。
ラルトスは、その涙を手で拭いてくれていた。とても心配そうにアタシの傍についていて、目を覚ますまで付きっ切りだったのだろう。ラルトスをぎゅうっと抱きしめてアタシはただひたすらに泣きつき、しばらく、その時間を過ごしていった。
――周囲の暗がりを受けて、バッグから一本の松明を取り出した。これがまた緊急時に役立つアイテムであり、この先端を空気で擦るように数回振っていくと……ボウッと音を立ててメラメラと炎が燃え始めるのだ。
ポケモンのほのおタイプの技エネルギーを塗りつけたその代物。熱は全くと言っていいほど感じられず、何かを焼くといったことができないという火の概念としては欠落が目立つそれ。しかし、どんな状況でも一定の周囲に明かりを灯すことができるという場面においては、無類の強みを発揮する。周囲の森や建物を焼かずに済むのはありがたい。
明かりを得たことで、周囲を照らしたアタシ。ラルトスを抱えながら眺めたその光景は、一切の明かりも見受けられない、完全な静寂の高原というものだった。
緩やかな凸凹の足場が広がり、それは山となって続いていく。視界の下側には森があり、今から踏み入れたら最後、方向感覚も視覚もあらゆるものを奪われて恰好の餌となってしまうことだろう。
高原のあらゆるところに急斜面が見られる。それは渓谷のようにもなっており、足を滑らせたらどこまで落ちていくか分からない。一番下まで落ちた頃には、斜面で擦り減った身体が、人間の原型を留めていないかもしれない。
……ここは、どこ? 人の手が一切と行き届かない、大自然の世界。まるで世界にアタシとラルトスだけが取り残されたかのような途方の無さを覚え、アタシは恐怖を感じてすぐさまここから立ち去ろうと走り出す。
――でも、どこへ? どっちへ走り出せばいいの? 頭の中が混乱する。誰もいない場所に佇むこの状況で、アタシは一体どうすれば、この窮地から抜け出すことができるの?
次第にパニックへ陥ったアタシは、ラルトスを抱えて嗚咽していた。引きつる息と、震える身体。ラルトスを強く抱きしめ、それを受けてラルトスもアタシに温もりを与えて安心させようとする。この感情を読み取れるからこそ、ラルトスはアタシにより近い距離で寄り添ってくれるのだ。
しかし、感情を読み取れる、もとい感情を察知できるのは、ラルトスだけではなかった。
ラルトスが、服を引っ張る。急にどうしたんだろう。アタシは声を殺しながら涙でぐしゃぐしゃに濡らした顔でラルトスを見ると、アッチ、アッチと必死に手を伸ばして何かを伝えようとしてくれていた。
アタシは、それを見遣る。
月の光も射し込まない、虚無の如き高原の空間。そこに浮かび上がる目玉と舌がアタシらを捉え、凸凹の足場を無視しながら一定の速度で近付いてきていたのだ。
――ゴースト。ガスじょうポケモンであるそれは、悲愴の感情を感知するアンテナを持っている。ゴーストは月の無い夜に、魂を吸い取る生命を探すために空間を彷徨うとされている。
「……イヤ、イヤ……ッ! このままじゃあ、殺される……ッ!!」
慌てて松明の明かりを消していく。数回と振ったそれは炎をすぐに鎮火させてくれるのだが、すでにこちらの存在を把握したゴーストは、虚無の空間の中を真っ直ぐ、真っ直ぐと進みながらアタシらに接近してくる。
死ぬ。死ぬ。死んじゃう。誰の目も届かない山の中で、人知れず魂を抜き取られて死んでしまう――
死を恐れる気持ちで、気が動転する。錯乱状態にも陥ってアタシは体勢を崩してしまうのだが、そんな慌てふためくこちらの様子に、ゴーストは気分を良くするのだ。
やだ、やめて。おねがい、食べないで――!!
――胸元で迸るその光。抱き抱えたラルトスのそれにアタシとゴーストが注目すると、次の瞬間にも、この意識は一瞬ばかり、遥か彼方の先へと吹っ飛んでいく感覚を覚えた。