月の光が町を照らし、代わり映えのしない鮮やかなジョウダシティの夜景が展開される。
バイト終わりに店から出てきたアタシの視界。今も活気にあふれ、大勢の人々とポケモンが行き交う街道。これがとても、午後の十一時くらいの時刻であるとは思えない。
帰るのがだいぶ遅くなってしまった。一人っ子のアタシのことを研究所で待つポケモン博士の父が、一緒に食べるんだと頑なな姿勢で夕食を用意したまま、アタシの帰りを待ち続けているだろうに。
……シナノ地方のポケモン博士という名誉ある称号を持つ父親を持っておきながら、その一人っ子の娘がポケモンに無頓着というのも、随分と可笑しな話ではある。そんなことを考えながら、アタシは自転車を押しながら夜のジョウダシティを歩き始めた。
この日は、明日が休日ということもあって多くの人々が浮かれて騒いでいた。顔を真っ赤にして酔っ払ったサラリーマンに肩を貸している、水色の体色をしたしゃもじのような形のポケモン。彼の大きな独り言に対して、ポケモンはずっと「そーなんっす!」と繰り返している。
アタシの歩く道を塞いで行われていた、ポケモン同士の喧嘩。ボクシングのグローブのようなハサミを持つカニのポケモン同士が、お互いに殴り合って決闘をしていた。
彼らにはトレーナーがいないらしく、どちらも野生であることが一目で分かった。周囲にはそれを観戦する人々が集まっていて、とても興味深そうに眺めていた。通り掛かりに小耳に挟んだ会話によると、どうやらそのカニのポケモンをシナノ地方で見ることは滅多に無い模様。あまりにも珍しいことから、おまわりさんに通報したというくらい、らしい。
まあ、だから何だという話ではあるが。相変わらずポケモンには興味を持つことができない。アタシはカニのポケモンを横目に自転車を押していき、人通りが少なくなってきた頃合いを見てサドルに跨っていく。
ペダルをこぎ出し、ゆっくりと速度を上げていった。学校にも行かない不真面目な自分ではあるけど、交通のルールなんかはしっかりと守っている。自転車を漕ぐにあたって気を付けなければならないことは、人よりもポケモンだった。
例えば、こう。自転車に乗り始めてすぐに出くわしたが、真横の道から急に飛び出してくる何かを感じ取ってアタシはすかさずブレーキを掛けていく。
その直後にも、ウシのようなポケモンが暴走気味に目の前を駆け抜けていったのだ。アフロのような頭をしていて、そこからツノが飛び出ている。とてもインパクトのある見た目をしており、見るからに手に負えないようなそれを、後ろから追い掛ける数名の団体がアタシの目の前を横切っていく。
……行ったな。右を見て、左を見て。また右を見てからアタシは再び自転車を進め始める。自転車を利用するということは、常に危険と隣り合わせと考えていい。人や車が飛び出してくることもよくあるものだが、それ以上にポケモン絡みの事故が頻発している。それもそのはず、町中にポケモンを野放しにしているから。あんな生命体が町を自由に徘徊していたら、そりゃそうなる。
ジョウダシティは、特に解放的だった。人とポケモンがより自由を謳歌できる場所を豪語しているみたいだが、その分そういった問題事も頻発しているのだから、もうちょっとしっかりとしてほしい。と、どこから目線だよと自分にツッコミを入れながらアタシはいつもの帰路を辿っていった。
……明日は休みだ。休日は特に忙しいものだが、入ってきてくれたばかりの新入りさんに全て押し付けたことで明日は念願のお休みを迎えることになった。
明日は何をしようかな。一日だけのお休みではあるけど、遠出をしてみるのも悪くはなさそう。真面目に学校に通っている性根の腐ったあの学生共は、テスト期間に悶えて色々とグチグチ言っていることだろう。アタシも学生という立場の一人ではあるけど、なんかもう、全てがどうでもよくなった。
久しぶりに、採掘でもしようか。ジョウダシティの外れにあるジョウダ発掘所という公共施設では、料金を支払うことで自由に石を掘ることができるサービスが提供されている。発掘所を利用する客層は主に、ポケモンの進化のために必要な石を得るために通うみたいだけど……アタシの場合は、そんなこと心底どうでもいい。
通りがかったいつもの店。扉の横にあるガラス張りの大きなケースには、古びたプレートがいくつか飾られていた。
赤やらピンクやら黄色やら、様々な色合いのプレートがそこに並んでいる。その店は少々と異質な雰囲気を放つ、所謂マニア向けの代物を扱うお店だった。それらも確かにポケモンのためになる道具の数々なのだろうが、アタシはその道具を、ポケモンのために入手するのではなく、自分のために集めている。
アタシは、『どうぐ』という小物が大好きだ。
『どうぐ』というのは、ポケモンの更なる力を覚醒させたり、ポケモンに進化を促したりといった、ポケモンに持たせたり使ってあげたりすることにより、その個々の潜在能力を引き出すトリガーとなり得る品々のことを指している。
アタシはその、ポケモンのために使う『どうぐ』を、自分の欲のためにかき集めている。自室には幼い頃からずっと収集してきた大量の道具が保管されていて、ポケモン博士の父親はアタシのコレクションに目を光らせている。あわよくば、いくつか拝借して研究に活用できないだろうか、って。
もちろん、お断り。ポケモンなんかのために使うのなら、アタシのコレクションとしてずっと保管する。今も勉強机の上には、ディスプレイケースに入れられた進化の石が綺麗に並べられている。残るは、やみのいし。それさえ揃えば、進化の石はコンプリートになる!
他にもいろんな道具をアタシは所有している。例えば、りゅうのウロコ。父によれば、りゅうのウロコは海に住むとあるポケモンの進化を促すらしい。とはいえ、ただ与えれば進化をするというわけではなく、何故そのウロコがそのポケモンの進化を促すのか。そのウロコが無いと、そのポケモンは進化することができないのか。そもそもとして、りゅうのウロコとは一体何なのか。ポケモンというものは、常に未知と隣り合わせだと父は言っている。そして、その未知を解明することこそに、生き甲斐を感じているのだとか。
と、そんなことで、アタシのコレクションが常に狙われている。他にも、メタルコートという鉄製の塊を毎日磨くことが日課になっているし、海辺の橋で拾ったハネなんかも、父曰くそのハネはポケモンに持久力の向上を促す可能性を秘めているとかなんだで、アタシが手放すその時を待ち続けている。
妖しい紫色に輝く球体は、アタシのお気に入りの一つ。触るとなんだか心臓がすごくバクバクしてきて、心なしか体内で何かを削られるような感覚を覚える。それも父はぜひとも研究に~とか言って目を光らせているけど、絶対にあげないんだから。
あとは、どうぐとは何の関係も無いだろうけど、ひとりでに揺らめく不気味な黒い布だったり、ただ割れているだけのポットなんかも大事に保管している。その二つは正に、このお店で購入した変わり種の品。どっちもお店のオークションで売りに出されていて、アタシのお小遣いがそれによってぶっ飛んでいった。
お店の人は、アタシの顔をよく知っている。何故なら、アタシはその購入したどうぐを、ポケモンに使ってあげないから。とても不思議そうに尋ねかけてくることが多くて、そんなに自分のために集めているということが謎なのかと、ちょっとイラッとする。でも、道具の話ですごい盛り上がれるから、アタシの数少ない理解者の一人、とも言えるかもしれない。
また今度来よう。そんなことを思って、アタシは再び帰路を辿り始めていった。自転車に乗って軽快に進んでいくこの街道。気付けば時刻は午前零時になりそうで、さすがに父も心配するだろうとアタシはバッグからスマートフォンを取り出した。
でも、自転車に乗りながらだと違反になる。そんなことを思ってアタシは自転車から降り、更には話し声が他の人の迷惑になることを気にして、人気の少ない路地に移ってからスマホをいじり始めていく。
周囲には灯りが無かった。奥に続く小道と、その両側には建物の壁という、その奥行きの先に何かが立っていてもまるでおかしくない暗がりの空間……。
……零時、か。なんだか不気味な響き。その時間帯に何があるってワケではないものの、零って言うと、こう、霊の方を想像してしまうというか――
ガタッ。……想像と共に、何か物音が聞こえてきた。音のした方向は、この小道の奥行きの先。
はー……ちょっと、マジ止めてよ。だからポケモンが嫌いなんだってば。中には人を驚かせることが大好きなポケモンも存在するとかそんな話を知っていたからこそ、その恐怖はより一層と増していく。
……小道の先を、恐る恐ると見遣ってみた。そこには確かに、何もいない。だが、先ほどまでには無かったはずの、木の板が倒れているのだけは確認できる。
なんだ、あれが倒れただけか。ビビリが極まる恐怖心を落ち着かせるため、そんなことを自分に言い聞かせながらホッと一息をついていく。こんなところに長居はできない。さっさと電話を済ませてしまおう。恐怖に煽られるままにアタシはスマホをポチポチと押していき、通話するためのボタンをタップしようと視線を僅かにずらした、その時だった……。
……足元に見えた、小さな物体。鮮やかな緑色の頭部と、そこに埋め込まれるよう突き出た赤い何か。白色の体色をしていて、どこか人間の子供のような形を成した“それ”が、確かにアタシの脚にくっ付いていた。
ヒッ――。心臓がキュッと縮こまる感覚と同時に、“それ”は顔を上げてアタシを見遣ってくる。
緑の髪から覗く、血のように染まる紅の眼光。人の子のようで、人の子ならざる不気味な印象に、アタシはあまりものショックを受けてその場で卒倒してしまったのだ。