ポケモンと私   作:祐。

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レミトリ

「ラルトスが覚える技は……なきごえとチャームボイス、あとはねんりきと、かげぶんしん……。攻撃できる技で欲しいのはねんりきだけど、この際だから攻撃できれば何でもいいし……。もし技を覚えさせる専門トレーナーに預けるなら、お金はかかるかもだけどサイコキネシスとか覚えさせてもらう……?」

 

 ボソボソと呟きながら、アタシはジムチャレンジのチャレンジャーが自由に行き来できる役所のラウンジでスマートフォンをいじっていた。イスに座り、テーブルに寄り掛かるような姿勢でその画面を見ているアタシの目の前には、テーブルの上でリンゴをかじりながら役所内を眺めているラルトスの姿。

 

 コタニの山でラルトスの訓練を行ったのが、昨日の出来事。その結果は良いとは言えず、アタシはさっそく手詰まり状態だった。まずこの子があまり戦闘をしたがらない性分で、野生ポケモンとの戦闘になるとすぐにテレポートで戦線離脱。戦いの気配が無くなると帰ってくることから、やはりラルトスは争い事を好まない性格のようだ。

 

 ポケモンという生き物が、バトルを好んで行う闘争の生物。しかし、この子はアタシについてくるほどの変わり者。そんなラルトスを無理に戦わせようとは思わないし、だが一方でラルトスには自衛できる手段を身に付けてもらいたいという思いから、アタシは今も思考を巡らせていくのだ。

 

 この子が嫌がらない程度に、バトルを染み込ませる。並大抵ならぬ難易度の高さを感じるが、ラルトスはアタシの大切な相棒なのだ。それも、お互いを分かり合える、心が通じ合ったもの同士。今までも大変な思いをしてきただろうラルトスの性格を理解できるからこそ、アタシはこうしてこの子のために頑張れるのだ。

 

 しかし、何をするにしても時間がかかる。やっぱり、衝動のままジムチャレンジに参加したのは間違っていたのかも……。圧し掛かる気持ちの重圧に、アタシは「あぁー~……」と言いながらテーブルに突っ伏す。それを見たラルトスがアタシの頭に寄り添い、よしよしと頭を撫でてくれるのだ。

 

 ありがとーラルトス。そんな気持ちも伝わっているだろう。ずっと見ていたスマートフォンから一度目を離し、役所の中を見渡して気分転換。

 ここは、アタシがコタニの山で遭難した後に面倒を見てくれた施設だ。普段はジムチャレンジを運営する役員が忙しなく活動している場所ではあるのだが、建物の出入り口付近にはラウンジが設けられており、その空間はジムチャレンジのチャレンジャーが自由に使用することができるのだ。

 

 本棚がたくさんあり、そこにはポケモンやシナノ地方の地理といったジムチャレンジに関する本が並べられている。言うなれば小さな図書館であり、チャレンジャーはこの空間で身を休めながら、持ち込み可の飲食物を片手に他のチャレンジャーと交流することができる。アタシのテーブルの周りでは、このハクバビレッジで出会ってから仲良くなったのだろう男子二人が和気藹々と話していたり、メガネをかけた女子二人が本を見ながら何かを語り合ったりしている。そのどっちのグループにもポケモンが付き添っており、互いをライバルと見たり、友達と見たりして親しくしていたものだ。

 

 アタシは、こうしてぼっちを極めている。というか、交流に気が乗らない。人と話すことは別に苦ではないし、目的があれば普通に通りすがりの人達へ声を掛けて何か尋ねたりする。コミュニケーションに問題はないのだ。ただ、こうして一人で居た方が楽なだけ。

 ジムチャレンジ中、飲食店とかで一人ボーッとしていると、たまーに知らないお兄さんに声を掛けられる。ナンパだ。アタシってそんなチャラく見えるのかな。そんなこんなで色々と誘われたりして、アタシはその度に断わっていく。それが何度かあって、外ではあまりゆっくりできなかったものだ。

 

 でも、役所という空間であれば、少なくとも下心を持つ輩には声を掛けられない。そういった民度的な部分では絶対的な信頼を寄せていたこの環境。オマケに聞き耳を立てれば役立つ情報が入ってくるし、美味しい飲み物も飲めるし、食べ物も持ち込みできるし、最高か。

 

 アタシはラルトスを撫でた。ラルトスはとても気持ち良さそうにしてボーッとし始めて、アタシは頭部をわしゃわしゃしてラルトス成分を補給する。

 疲れた。色々とあったから疲れたのもあるし、純粋に考えることに疲れたところもある。あれをやんなきゃ、これもやんなきゃ、やりたいこととやらなければならないことの両方は湧き出てくるのに、アタシはそれらを上手く実行することができない。

 

 不器用なのだ。手先とかの器用ではなく、思考というか、ペース配分といった自己管理に関して全く器用ではない。今もラルトスには技を覚えさせなきゃと思考がぐるぐるしているのに、そこに割り込むように新しいポケモンを捕まえなきゃ、早くジムに挑戦してバッジを入手しなければ、パパがアタシの試合を早く見たがっている、こんなところをタイチさんに見られたらどう思われるんだろう、などなど。とにかく、五つ六つの思考が同時にアタシの脳みそを駆け回るから、気持ちと言葉が渋滞してしまい、身体が動かない。

 

 ……だから、周囲にも馴染めないんだよな。アタシは変わっているから。ラルトスも変わっている。分かり合える仲間ができたのは嬉しいけど、根本的な部分は解決していないし――

 

「休憩中のところ、申し訳ありません。少しだけお時間よろしいでしょうか」

 

 突然、声を掛けられた。アタシはそれにのっそり顔を上げていくと、そこには凛々しい表情のイケメンさんが――

 

 ――レミトリ。ハクバビレッジのジムリーダーであるレミトリさんが、そこに立っていた。

 鳥が翼を広げたかのようなデザインの、白色と青色の上着の彼。加えて灰色のカボチャ袴に鼠色のハイヒールブーツというファッションで、黒色の長髪を後ろで結った凛々しいそのお姿。胸元に手を添えた、まるで執事のような雰囲気を醸し出してそこにいるレミトリさんを見て、アタシは思わず飛び上がるように姿勢を直した。

 

「な、なんでレミトリさ――!? ど、どうも……??」

 

「これはこれは、失礼しました。驚かせるつもりなどございませんでしたが……」

 

「いやいや、そんな! アタシが勝手に驚いただけだから……!!」

 

 あわあわ。気まずい空気を作ってしまって、アタシはやっちゃったーーーーと内心焦る。

 しかし、レミトリさんは全く気にしていない様子だった。それどころか、とても寛容的なそのオーラ。いい匂いもするし、アタシは何だかすごく得をしたような気分になるのだが、そんなこちらに対してレミトリさんはこんなことを口にしてきたのだ。

 

「先日、コタニの山で遭難をなされたという話をお伺いしました。せっかくジムチャレンジにご参加いただいたというのに、こちらの不手際によって、死を悟るほどの怖い思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。コタニの山へと続く道には警備員を置いておりましたが、貴女様がお通りになられた道の警備が手薄となっていたことが判明しまして。今回、そのようなこちらの不手際によって辛い思いをさせてしまったお詫びをするべく参った次第です」

 

「いや、そんな! 元はと言えば、アタシが道を間違えていただけだし! レミトリさんや警備員の皆さんは何も悪くないって!」

 

「いえ、ジムチャレンジを運営する者として責任が――」

 

 そんなやり取りが、十分くらい続いた。互いに引かない謎の主張を繰り返して、ようやくと落ち着いてからレミトリさんは気を取り直すように喋り始めていく。

 

「……コホン。とにかく、このような事故が二度と起きないよう、役員共々、厳重な注意を怠らないよう務めて参ります。それと――コタニの山で遭難した際の貴女様の活動を、役員から詳しく聞きました。ご無事で良かった。本当に、心からそう思います。ゴーストに襲われたという一日目の夜の高原は、この世と冥界を行き来するヨノワールの通り道でもありますから」

 

「それ聞いて、ビックリしちゃった。今だからこそ言えるけど、ヨノワールってポケモンがそんなにヤバいんなら、むしろ一目でも見てみたかったかも」

 

 と、レミトリさんは一瞬だけじっと見遣ってくる。

 やばいこと言っちゃったかな。そう思うアタシを他所にして、意外にもレミトリさんは凛々しい表情を崩してフフッと笑みを見せてきたのだ。

 

「これはこれは、頼もしいですね。しかし、絶対に遭遇を試みてはいけませんよ」

 

「分かってるよ! アタシ自身、ポケモンのことちょっと苦手だし。変に近付かないから、大丈夫」

 

 足をバタバタさせながらアタシはそう答えると、レミトリさんは少し目を開きながらそう訊ねてきたのだ。

 

「お名前は、ヒイロさんと言いましたね」

 

「そ。で、こっちはアタシの相棒のラルトス」

 

「お噂は常々耳にしております」

 

「え? アタシなんかやらかした?」

 

「いえいえ、そんな。ただ――あのチャンピオン、タイチさんに一目を置かれている、今チャンピオンに最も期待されているであろう注目のポケモントレーナーとして認識している、とでも答えましょうか」

 

 え、ぇーー…………。

 タイチさんなに話してくれちゃってんの。そんなことを思いながら聞いたレミトリさんの話ではどうやら、ジムチャレンジの開会式の控え室にて注目のポケモントレーナーの話が出ていたらしい。そこで皆がそれぞれその界隈で有名なトレーナーの名を挙げていく中で、タイチさんだけは全くの無名である新米ポケモントレーナーのアタシの名前を挙げたとのこと。

 

 皆が興味を持ち、タイチさんはその理由を説明したみたいだ。とはいえ、タイチさんのその理由もまたハッキリしたものではなく、「直感で、自分と似たようなものを感じられた」という答えのみ。それを聞いてその場の一同はタイチさんらしいと言って笑いながら流していったという。

 

 アタシからすれば、地獄に落とされたかのような気持ちになった。覚えている技はテレポートだけというラルトスのみを連れて、つい最近ポケモントレーナーを始めたというそんな立場でありながら、皆が憧れるチャンピオンから変に期待されている上にそれをジムリーダーの面々に吹き込まれてしまうだなんて――

 

「あ、あの。レミトリさん。ア、アタシそんな、タイチさんがそう言っていたからと言って、強いってワケじゃなくて……」

 

「おや、これはかえって緊張させてしまいましたか。申し訳ございません」

 

 丁寧な口調と相反して、レミトリさんはアタシのテンパった様子を見て微笑ましく思っている。なに面白がってんだよーーーーー!!

 だが、その調子もすぐに凛々しい表情で上書きしていくレミトリさん。すぐにもスッと戻った気持ちの切り替えで、レミトリさんはチャレンジャーであるアタシにそのセリフを残していったのだ。

 

「ただ、チャンピオンが注目する人物だからと言って、ひいきするつもりは毛頭ございません。これはジムチャレンジ。シナノ地方の活性化に繋がる誇り高き伝統に、私情をまじえるだなんてもってのほか。お相手がチャンピオンのお気に入りであろうとも、スタジアムに入れば皆等しく一人の挑戦者でございますから」

 

 レミトリさんは目だけを動かし、役所の時計を確認する。

 

「そろそろ時間ですので、私はこの辺にて。機会がございましたら、またお会いしましょう。では」

 

 そう言って、踵を返してアタシに背を向けたレミトリさん。コツッ、コツッと靴音を立てながら歩き去っていく彼の背を、アタシはただただ見つめることしかできなかった。

 

 ――違う。アタシの意識が、彼の言葉にひどく戦慄を覚えていた。身体を動かそうにも、なぜか動かせない。あの背から目を離してはいけない気がする。全身のあらゆる感覚を支配されたそのセリフに、アタシはただ、心臓をどくどくと鳴らすことしかできずにいた。

 

 こんなに緊張したのは、初めてだ。同時に、アタシは今、自分にとってものすごく大事な局面に立たされていることを自覚する。

 ポケモントレーナーとして旅立ったこの運命も、単なる思い付きや偶然によるものではなかったのかもしれない。今もバクバクと脈打つ心臓の鼓動を身体の芯で感じ取りながら、アタシはタイチさんのその前に立ち塞がった新たな壁に、直面していた――

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