「ラルトス! もう一回! ねんりき!」
コタニの山で、遭難した時に見つけたリンゴ畑にアタシは声を響かせる。狙う対象は、樹に実っているみずみずしい赤いリンゴ。「食べたいのなら、自分で採ってみなさい!」とアタシは心を鬼にして指示したこれを受けて、ラルトスがその角を光らせて力を使い始めたのだ。
――来た!! 今までいろんな方法を試してもダメだったけれど、やっぱラルトスの大好きな食べる事を絡ませればうまくいくんだ!! 内心によぎる確信にアタシは希望を見出し、「いっけーーーーッ!!」と高らかに声をあげた。
ラルトスのねんりき!! 歪む時空と、リンゴに加わる変化。やった! 成功だ! アタシは心から湧き上がってきた感情に両手を上げ、感極まって喜んだ!!
……のだが、次にも目にした光景は、枝に乗ってリンゴをその手で収穫するラルトスの姿。
「いや、テレポートで採りに行くんかい!!!!」
ズコーッと盛大にズッコケるアタシをよそにして、ラルトスはとても満足げにリンゴを食べていた。
難航を極めるラルトスの訓練。一日、また一日と経過していく時間の流れに、アタシの焦りはどんどん募っていく。
まさか、技を覚えさせてくれる専門トレーナーさんも予約がいっぱいだったなんて。やっぱりアタシのような考えを持つトレーナーも少なくないようで、しかもジムチャレンジが始まってから間もないというこの時期、ジムリーダーに破れたり、自身らの未熟を自覚した者達がポケモンに新たな技を習得させようと専門員に頼るのだ。
さらに、ハクバビレッジはナガノシティやジョウダシティと比べて、建物や人口が少ない。その分そういった人材や施設が貴重であり、数に限りがある。アタシがそういった専門トレーナーの下へ向かった時には、しばらくは予約が取れないという手遅れ状態に陥っていた。
なんか、予約が取れないことが多いな。うまくいかないことばかりで心が挫けてきたアタシ。ラルトスと一緒にいるのは落ち着くしお互いに安心し合えるイイ関係だから、これからもずっと一緒に居たい気持ちはあるけど……。
「なんかもう、どうしよ……」
太陽の光が眩しい、コタニの山の高原。背もたれにちょうどいい岩があったため、それに寄り掛かりながらアタシは景色を眺めていた。
気持ちはテンション爆下げ。着実と追い詰められていく感じがして無気力になってきたこの身体は、グダーッと座っていて全く動けない。
ラルトスは、そこら辺を歩いていた。動き足りないのか分からないけど、自然の中を歩いているだけでも楽しいらしい。
……ポケモンって、不思議だな。この未知な部分を怖いと思っているから、実を言うとラルトスのことを今でもちょっとだけ怖いと感じている。
ただ、そんな未知と心を通じ合えたという経験が、今のアタシを生かしているのだ。あの時ラルトスから来てくれていなかったら、アタシは今も死んだ心でこの世を憂いに思いながら、ポケモンのことをずっと怖いの一点張りで避け続けていただろう。
少なくとも、アタシは成長できているはず。それを信じて、立ち上がった。
ラルトスがこちらに気が付くと、その小さな身体でトコトコと寄ってきて手を伸ばしてくるのだ。アタシはいつものようにラルトスを抱え、周辺の高原を散歩しようと歩き出した。
遭難していた時は、地平線を埋め尽くす山の光景が絶望的に思えていた。あれから数日が経って、ガイドさんに道を教えてもらい、一人でも何度か出入りを繰り返してこの地形をだいぶ覚えることができていた。
そこから見える高原の景色は、自然の雄大さを肌身で感じられる素晴らしいものだった。何事にも、余裕があるのと無いのとで、見える世界が変わってくる。切羽詰まっている時に見る景色は果てしなく途方に思えるし、既に知っていたりと気持ちが楽な時に見る景色は、色々な特徴や良い所に自然と注目することができる。全ては気持ちの持ちようであることは分かっていた。だけど、それは頭で分かっていても、心に余裕が無ければ理解も難しい。
結局、人間って気持ちに左右される生き物なんだな。ラルトスを抱えて歩く高原の中、白色のキャップで陰りをつくったこの目元で、白色のジャンパーと青色のスカートをそよそよと風になびかせなから目先の緑を踏みしめていく。
この高原はどんどんと上がっており、気付けば標高がそれなりにある地点まで上ってしまっていた。
降りるのも大変だなと思いながらも、まあラルトスのテレポートがあれば余裕か、なんて思って構わず上り続けていくアタシ。今はそういう気分なのだ。たまに、無性に何かに上りたい気分に駆られる。今がその時なのだ。色々と考えることに疲れてしまって、だからこそ、今は無意識の中にある自分の願望に身を任せてみようと思う。
岩がポツポツと落ちている高台。雲も心なしか近く感じられて、あぁ、アタシは上ってきたなと実感する。
ボーッとする。雲が近いってより、雲が空を覆い始めていた。雨でも降るのかな。まあずぶ濡れになってもいいか。いやダメだ。ラルトスが風邪をひいてしまうかもしれない。――頭の中が落ち着かない。巡る思考を止めることができない。何かに行き詰った時の、アタシのサインだ。
「……分かってるよ、そんなこと」
ボソッと呟く独り言。意味はないけど、言わないとやってられなかったから。
ラルトスが見上げてくる。ごめんね、一人でこんなブツブツと呟いていて。言葉にしなくても、きっと感情で伝わっている。そんなことを思ってアタシはそのままでいたのだが、少ししてラルトスが服を引っ張ってきたのだ。
違ったのだ。アタシを慰めようとかの仕草ではなく、アタシに“それ”を伝えるための動作だったのだ。
「……なに?」
ラルトスが手を伸ばす方向。それを見遣ると、アタシはとある群れを目撃した。
とげとげとして鎧のような背を持つ、灰色で四足のポケモンの群れ。その頭のツノと、ラルトスのような紅の瞳が、それがサイホーンの群れであることを理解させる。
それらが、アタシらを眺めていた。じっと見つめていて、動かない。
アタシも一斉に見られていることに気が付いて、思わず立ち止まってそのままでいた。すると、その内の三頭がこちらへと駆け寄ってきたのだ。
……なんだか、あの時を思い出すな。遭難した時に、アタシをハクバビレッジへ導いてくれたサイホーンのこと。懐かしくも思えてくる感傷でアタシはじっと見ていると、次第にもそれらはアタシらの傍に寄ってきて――
――いや、違う!!
「――ッ!!!!」
反射的に動いた身体。投げ出した自身の身体は、ラルトスを強く抱きしめて地面を転がる。
危なかった! あのサイホーン達は、敵意を持ってアタシらにとっしんを繰り出していたのだ。しかも三頭が列になっていたから、アタシは余計に飛び込む羽目になって……!
「っ、イッタ……!」
準備運動もしていないなまった身体で、激しい動きを行った代償。飛び込む時の踏み込みで右足を捻ったらしく、これでよく飛べたなと思いながらも、立ち上がるのもキツい身体で体勢を立て直す。
三頭はアタシらを通り過ぎると、振り向くのに時間をかけていた。その間にもまた四頭が群れからこちらへと走ってきて、完全に敵意を剥き出しに襲い掛かってくるのだ。
「ちょっと! アタシらが何をしたって言うの!?」
疑問を問い掛けても、彼らは反応を示さない。ポケモンは人の言葉をある程度理解するんじゃなかったの!? キレ気味に抱いたその言葉を心に控え、アタシはどんどんととっしんを仕掛けてくるそれらから逃げるので精いっぱいだった。
逃げている間にも、アタシは次に何頭来るかを見るために群れへと向く。そしてこの時にもアタシは、なぜサイホーンの群れがアタシらをガンガン襲ってくるのかが何となく分かった気がした。
一頭のサイホーンが、倒れている。目には光がなく、あれは、明らかに――
「目立った外傷は無い。争った形跡も無いし、サイホーンは重いから動かすと引き摺った跡が残るハズ……! それも見当たらないから、あのサイホーンは……」
……不運にも、冥界に魂を持っていかれてしまったか……?
周囲のサイホーンの気が立っているのも、仲間が不幸に見舞われたからだろう。ここはあまり人が来ないだろうし、野生のポケモンにとっては過ごしやすい環境のはず。そんな穏やかな場所で、仲間を失ってしまったのだ。その感情はきっと、どこにもやり場が無かったのだろう。
「分かった! 分かったから!! だから止めてって!!」
捻った右足で逃げていくアタシ。ラルトスも角を光らせており、いつでも行えるようスタンバイしている。
……するしかない。命が掛かっているし、負傷しているから機敏に動けないし……!
「ラルトス! テレポート!!」
アタシが指示をした瞬間、この意識は遥か遠くへと飛んでいく感覚を覚えた。
ラルトスのテレポートも、すごく頼りになる技だ。なにも攻撃できる技だけが全てではない。ただ、ジムチャレンジという試練においては、攻撃できる技が優遇されるだけという話なのだ。
アタシは、ポケモンが繰り出していく技について色々と考えさせられた。テレポートで戦うことはできないかと考えてみたが、スタジアムという平等な環境においては活躍の見込みは薄いだろう。
飛んだ意識の中で、考えが整理された。クールタイムを挟んだからだろう。
……同時に、とある疑問が浮かんできた。アタシなんかがそれをやってのけるかは分からないが、こう、感覚としてイケてしまう気がしたからこそ、閃いたのだと思う。
ドリルライナー。ロックブラスト。テレポート。とっしん。
――ジュエル。その言葉がよぎると、アタシは現在の立場と、ポケモンの技エネルギーという概念に焦点を当てた。
――技マシンって、自分で作れるのかな。