ポケモンと私   作:祐。

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見守る者

 草木を掻き分け、アタシは全速力でダッシュしていた。このままでは呑み込まれてしまう。今も全身に巡る危険信号に振動を打ち鳴らしながら、目先の道なき道を無理やり突き進んで必死に逃げるのだ。

 今も後ろから迫る悪魔。毒々しい紫色の身体をうねらせて、流れるような動作で周囲の木々に移りながらスルスルと高速でアタシを追いかけてくるそのポケモン。

 

 その正体は、アーボックだった。コブラポケモンであるアーボックは、アタシを獲物として認識してから、このようにずっと追跡をしてくる執念深い性質の持ち主。その腹に広がる、不気味を越えた戦慄走る模様でアタシの動きを止める算段だったんだろう。だが、アーボックに襲われたことを悟ったアタシがすぐに逃げ出してから、このようにずっとアタシを追いかけてくるのだ。

 

 もはや、食べること目的ではなく、狙った獲物は逃がさないというアーボック自身の性質を感じさせた。食という本能ではなく、獲物を逃がして堪るかと執念にとりつかれたアーボックは、アタシがテレポートで逃げた先にも現れて、このようにしつこくと追い回してくる。

 

 まさか、ラルトスのテレポートの先を読んでいただなんて。偶然かもしれないが、それにしては目の前から飛び掛かってくるタイミングが完璧だった。どうやらこのアーボック、相当な手練れのようだ……!

 

「ラ、ラルトス!! テレポート!! テレポートッ!!」

 

 ラルトスは今も力を振り絞ってツノに力を蓄えている。テレポートという技は膨大なエネルギーを消費するらしく、ラルトスは既にこれを三回使用している。一日に四回もテレポートを使わせることは今までに無かったため、疲労が募った身体に力が入らないといった様子だった。

 

 距離を十分に詰めたアーボックは、太い樹の枝から発出するようにアタシへと飛び掛かってきた。それが音で分かるため、アタシは「いやぁぁあああああッッ!!!!!」と死に物狂いで叫びながらすっ転ぶ。

 

 足が思うように動かず、その場で転倒した。確実に死んだと思われたこの場面、しかし盛大にコケたことで本体が射程からズレたらしく、アーボックはアーボックでアタシの目の前で盛大に地面を転がっていく。

 だが、あちらは体勢をすぐに立て直した。それはすぐに地面を這ってアタシを襲い、大きな口を開けて丸呑みにしようとする。

 

 ――だが、次の瞬間にもアーボックは、アタシの視界から消え去った。いや、その図体は上へ上へと連れていかれ、この視界は伸び往く根っこで覆われていく。

 背筋が凍る、不穏な空気。空が段々と暗くなっていくその光景に、アタシは動けずにいた。その間にも頭上では、アーボックは周囲にヘドロばくだんをまき散らすことで抵抗を行い、この樹木の根を操る本体をこの場に引きずり出してくる。

 

 次第にも、アタシの目の前に現れた一つ目の怪物。老木の身体に乗り移ったかのような黒い霊が隙間から垣間見える、この世のものとは思えないおぞましさ。

 後に、このポケモンはオーロットと呼ばれていることを知った。アタシはオーロットにひどい恐怖感を覚え、オーロットはオーロットで、アタシを横目にアーボックを縛り付けていく。

 

 だが、アーボックもただではやられない。相当な手練れで、年季もあるのだろう。キバに炎を宿すとそれで自身に絡みつく根っこを噛みつき、解けたところで落下と共に口から勢いよく毒の塊を繰り出してきたのだ。

 ほのおのキバと、ダストシュート。特にダストシュートが強力だったのか、まともに食らったオーロットは毒の塊に押しつぶされて、身動きが取れずにいた。

 

 植物の根は、意思を持つかのように動いていた。アーボックがそれに苦戦している間に、アタシはラルトスにテレポートを指示してこの場を脱出する。結局この後、あのポケモン二匹がどうなったかは知る由もない。アタシは命辛々という言葉のまま危機から脱出し、高台に移ってきた安堵からその場で寝転がって休息をとっていった。

 

「……ありがと、ラルトス。何回もテレポートさせてごめんね。疲れちゃったよね……。今は、一緒に休も……? リンゴも、食べたいね……」

 

 流す涙は、身体に残っていない。空っぽになった目元とは一方に、ダラダラに流した涙の後の鼻水をティッシュで拭きながらアタシはバッグを漁っていく。

 そこから取り出したリンゴをラルトスに渡すと、ラルトスはものすごく疲れ切った顔でそれを受け取り、リンゴを抱きしめたまま横になって寝てしまったのだ

 

 あのラルトスが、何かを食べようともせず寝てしまうのだ。余程の疲労だったのだろう。力をいっぱい使わせてしまったと申し訳なく思いながら、アタシはラルトスの頭を撫でてこの高原に滞在した。

 

 

 

 ……ラルトスの元気が無い。夕方になったコタニの山で、アタシはリンゴを口にしないラルトスに不安を覚えていた。

 この子、ただ戦闘を避けているだけではなかったのだ。そういう性格として納得するのではなく、なぜ、どうして戦闘を避けたがるのか、という理由をもっと追求しておくべきだった。

 

 この子は多分、技エネルギーをコントロールすることが苦手なのだと思う。テレポートという技は主にケーシィが使用すると言われており、一日の大半は寝て過ごしているというそのポケモン。寝ているために外敵に狙われることが多いみたいだが、ケーシィはその危機を感じ取ると、テレポートで逃げるという習性を持っている。

 

 ラルトスはケーシィというわけではない。ただ、テレポートという技を行うにしても、それを平然とやってのけるポケモンは存在しているのだ。それも、その平然が至極当たり前という認識で……。

 

「……ラルトス」

 

 分かるよ、その気持ち。アタシもそうだった。周りが平然とやってのけるその物事。周りが当たり前だと思っているそういうのが、自分は当たり前のようにできなかったり、平然とやってのけなかったりするよね。それが常識だという物事が、実は自分にとってはすごく大変なことだったりするんだ。アタシも同類だから、よく分かるよ。

 

 アタシは、ラルトスからリンゴを回収して、この子を抱き抱えた。

 帰ろう。アタシはラルトスにそう言って、ゆっくりと歩き出していく。

 

 夕暮れが沈んでいく地平線。夜にこの山に残ることは危険とされている。その前に、帰ろう。アタシは夜を迎えたコタニの山の山道を歩きながら、ラルトスと技について色々と考えさせられていた。

 やっぱり、この子には戦わせないほうがいいのかもしれない。それ以外の道でなにかできることを見つけさせて、そこでうまくやっていけるようなサポートをしていった方がいいのかもしれない。ラルトスの将来のことを考えているこの間は、自分の意識の中に浸っていて感覚が機能していなかった。

 

 だからなのか、真横で揺れ動く草木の異変に、気付くことができなかった。それが、なんか変だなと思って振り向いた頃には、既に遅かったものだから――

 

「い、いや……ッ!!」

 

 そこから姿を現したポケモン。黒く染まった身体と紅く光らせた眼光が、アタシにヨノワールを想起させて恐怖を抱かせる。

 ――もうダメだ、死んだ。ラルトスを抱きしめる腕の力が強まり、この子だけは……という気持ちで、アタシは数歩引き下がってラルトスを逃がそうとした。

 

 しかし、目の前にいた“それ”は、アタシに襲い掛かろうとしなかったのだ。

 そして、何かがおかしいと恐怖よりも不安へと移ったその感情で見遣ったこの光景に、アタシはとても驚くこととなる。

 

「…………サイホーン?」

 

 その姿に、見覚えがある。高台で見た群れのそれらとまるで同じその姿なのに、なぜかこの子からは既視感を感じられるのだ。

 いや、感じられるハズだ。だってこの子は間違いなく、“あの時”のサイホーンだったのだから――

 

「……どうしたの? アタシが道に迷ってるって思って、また助けに来てくれたの?」

 

 言葉を投げ掛けてみるのだが、サイホーンは表情ひとつ変えずにアタシをただただ眺めてくる。

 そして、ひとり歩き出した。アタシを背にして、アタシの帰り道を辿るように。それを見てアタシも歩き出し、サイホーンと並列になりながら夜のコタニの山を後にする。

 

 ハクバビレッジの夜景が見える大草原。

 ここに来てから、どれくらい経ったんだろう。そんなことをふと思った。それから、ジムチャレンジの期間を浪費していく自分の行動力に落胆の念さえも抱いてしまい、なんだか気持ちもあの夕暮れの太陽のように沈んでしまったアタシ。

 

 そして次第と、自分の殻の中に閉じ籠るように、この意識は内側へと向いてしまっていたのだ。その状況も、いつ夜行性のポケモンに襲われるかも分からないという油断できないものであったのに、だ。

 

 しかし、アタシは気を許してしまっていた。いや、そうさせてくれていたのだ。今思えば、アタシは安心感に包まれていたのだと思う。その時は、ハクバビレッジに着いた後もなお、横にはサイホーンがついてくれていたからだ――

 

 

 

 翌日になって、アタシは宿屋から出ると一直線にコタニの山へと向かった。

 衝動のままに駆け抜ける、上りの山道。流れる景色に目も暮れず、アタシは心の何処かでそれを信じたまま、ただひたすらとこの足を走らせる。

 

 次第に見えてきた、通い慣れたリンゴ畑。みずみずしい実がなっているその空間にアタシは踏み入ると、まるでこちらの訪れを待っていたと言わんばかりに、“それ”は起き上がってこちらへと向いてきた。

 

 この空間で出会うのは初めてだ。いつから、アタシらがここに通っていることを知っていたんだろうか。それはきっと、最初に出会った時からだったのかもしれないし、それ以降だったとしても、ずっと遠くから見守ってくれていたんだなとさえ思えてくる。

 

 アタシは、お礼を言いたかった。ラルトスとはまた違う距離感で、自分を支えてくれる“その存在”に。このことを思い返す度に、感謝の言葉が溢れてくるからだ。特に、この前助けてくれた時と、昨夜もナーバスだった気持ちの時に寄り添ってくれた時のことで、アタシはお礼を言いたかった。

 

 元気になったラルトスを抱きしめて、アタシは大声をあげた。それは、土砂に巻き込まれた時以来の、腹の底から振り絞った精いっぱいの声による、心からの感謝の言葉――

 

「ありがとうッ!!!! お礼が言えなかったこと、すごく後悔してたのッ!! 高原で一緒に付き添ってくれていた時のこととか、ハクバビレッジに初めて到着した時とか!! 昨日も、アタシを守るためについていてくれてたんだよね!? 分かるんだから!! 雰囲気で!! だから、言わせてほしいの!! 遅れてしまったけれど、アタシを支えてくれてありがとうッ!!」

 

 ハァ、ハァ。相変わらず、自分は不器用だ。声量も調整できない力のコントロールの下手さに、自己嫌悪に陥る。

 だが、そんなアタシの言葉を聞くなり、“それ”は警戒することなく、むしろ近付いてきたのだ。そこからとっしんを繰り出すというわけでもなく、アタシに敵意を向けるどころか、むしろ同調するかのように……。

 

 “それ”は、紅の瞳をじっと向けていた。その小さな脳みそで、一体何を考えているのだろう。いや、考える知能も無いくらいに、“それ”の脳みそは小さいと言われている。だからこそ、アタシは不思議で仕方なかった。これはきっと、思考による同調ではなく、本能を凌ぐ、性質による直感の行動であったのだろうから。

 

 そんな様子に、アタシはクスっと笑ってしまった。抱えていたラルトスを地面に下ろしながら、バッグから取り出したモンスターボールを握り締めて――

 

「……ほんと、あなたも“変わってる”ね。サイホーン」

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