ポケモンと私   作:祐。

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不穏

「へいらっしゃい!! ——おや、レミトリさんじゃないですかい! 連日でここに来るのは珍しいねぇ! 今ちょうどこの嬢ちゃんの勝利記念をお祝いしていたところですわ!!」

 

 料理人が言うその言葉に、リンゴたっぷり山菜丼を頬張るアタシは思わず振り向いた。

 お店の入り口で、「奇遇ですね」と一言添えるレミトリさん。時刻は閉店間際という夜分に再びレミトリさんと遭遇したアタシは、今日ばかりは何だかちょっと気まずい空気もあって、するすると喉を通っていた食べ物が一気に詰まってしまった。

 

「失礼でなければ、お隣にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

 もごもごとするアタシの頷きにレミトリさんは凛々しく笑みを見せてきた。その表情はまるで、お昼にもジムバトルで出くわしたあのジムリーダー・レミトリとは同一人物とは思えないほどの穏やかさ。

 いや、あの場面におけるレミトリさんが、覇気を纏う強者のオーラでチャレンジャーのアタシを迎え撃っていただけなのだ。凛々しくもたくましいその存在感であるが、レミトリさんという人物は、実はとても礼儀の良い、執事のようなお方なのだから。

 

 この日もレミトリさんは、アタシと同じリンゴたっぷり山菜丼を注文していた。しかし今日は昨日と違い、その視線をこちらに向けることなく、どちらかというと俯いて何か考えることに耽っていた様子。

 ……アタシから声、掛けにくいなぁ。そんなことを思いながらも、もぐもぐと食べ進めていくこの手は止まらない。チラッと動かしたこの視界の中、アタシのいるカウンターの上ではラルトスが、料理人が用意してくれた小さな丼物でご飯を食べている。

 

 そして、アタシの足元には、この日の激闘によって疲労困憊といった調子のサイホーンが、珍しく目を瞑って休んでいたのだ。今日はお疲れ様。あのジムバトルの後、アタシはラルトスを外に出しながらサイホーンへと駆け寄り、ラルトスと共にサイホーンの健闘を称えまくった。それからレミトリさんと握手を交わしてジムバッジを渡されたものなのだが、その時のレミトリさんの、何とも言えない、やり切ったものの至らない自身にどこかやり残したものを感じさせる表情が、今もこの記憶にしっかりと刻まれている。

 

 敗北を認める言葉の数々からも、とてもそれを本心とは思えない棒読みなところがあった。本人も試合中に口にしていたように、相当の負けず嫌いであることがうかがえる。そして彼がどこか思うその要素というものが、おそらく今回の試合では本気を出し切りながらも、どこか全力を出し切れなかったもの。

 

 つまり……アタシで言うラルトスのような、相棒又は切り札をこの試合で繰り出せなかったという、実力差的には仕方がない部分がありながらも、やはり全力の状態で再戦したいといった雰囲気がひしひしと伝わってきていたものだ。

 

 料理が出されるまでの間、レミトリさんはこんなことを呟くように口にしてくる。自分に言い聞かせるような調子でありながらも、アタシとの戦いで感じられた反省会の意味も込めてなのだろう。

 

「私は今、久方ぶりにスランプとなりました。長らくとジムリーダーの地位で様々なトレーナーを見て参りましたが、今日ほどの衝撃を受けた試合は、そう数多くありません。現在はとても不思議な気持ちに陥っております。本来であれば悔しいハズである敗北を期しながらも、私の内心ではどこか、今回の結果に諦観とはまた異なる、納得を感じられるのです。私は性格上、それを決して許すことはできません。望むなら、明日にも貴女様に再戦を申し込みたいほどに。――それはまだ叶わぬ妄言であることは承知ですが、しかし一方で、本気のメンツを揃えた全力のポテンシャルで、もう一度、ヒイロさんと戦えるような気がしてならないんですよ。私はそれを予感してしまえて仕方がないのです。今はまず、ジムチャレンジというシナノ地方の伝統をその肌身でしっかりと体験してきてください。貴女様にはその期間が必要です。ただ……ジムバッジを八つ揃えた時、私は、次こそは全力を以てして、ヒイロさんにリベンジを申し込みたいと思います。その時は、ジムリーダーとしてではなく、一人のポケモントレーナーとして、ジムチャレンジを制覇した、ヒイロという人物と戦ってみたいと思っているんです」

 

 料理人のおじさんが、物珍しげに唸るようにその言葉へと頷いていた。アタシはレミトリさんが喋るその間にもモリモリと丼物を食べていたものだが、それを聞きながらも未来の自分をちょっと想像してみて、いや……ちょっと過大評価しすぎなんじゃない……? と、未来の自分の姿を想像できなかったことから、レミトリさんの言葉がちょっと重く感じられてしまった。

 

 とはいえ、アタシもまた、レミトリさんと戦ってみたいと思ってる。それも、次は本気のメンツを揃えた、ポケモントレーナーの本気レミトリさんと――

 

 がらがらがら。開いた入り口の音に、アタシらは反応して振り向いていった。

 こんな時間に、レミトリさんに続くお客さんが? とても不思議に思いながらもその姿を視界に入れていくのだが、目にした立ち姿を見るなり、謎の納得と共にアタシは無意識に手を振っていた。

 

「あ、タイチさんだー」

 

「おっと、やっぱここに居たかレミトリさん。と、これはこれは」

 

 長身の青年。純白のショートヘアーと、黄色のボタンと純白のジャケット、純白のパンツに白色の洒落た靴という、放つオーラから伝わる最強の美貌をまといし超絶イケメン。

 シナノチャンピオンのタイチさんだ。相も変わらず白馬の王子様の如きお美しいお姿で佇むその姿に見惚れさえしていると、驚きを隠せない料理人がサイン色紙を用意し始めるその光景を横目に、タイチさんはアタシを見遣っていく。

 

「レミトリさんに用事があって探していたもんだが、どうやら今日のMVPと出くわしてしまうなんて、俺はこの瞬間だけ世界で一番ツイている男というわけか」

 

「おおげさだよ。タイチさんも食べる? ここのリンゴたっぷり山菜丼、チョー美味いよ!」

 

「あぁ、そうしたいのは山々なんだが。閉店時間の間際に常連でもないお客さんに来られちゃあお店側の迷惑になるからね。変装をしてから出直すとするよ」

 

 それを聞いた料理人、サイン色紙を持ちながら「いえいえチャンピオンなんですから、どうぞお気になさらず!!」と促してくれたものだが、タイチさんはそれを丁重にお断りしながらも、明日か明後日にサイン色紙とそのエプロンにサインをするという約束をして料理人を納得させていく。

 

 そして、タイチさんはレミトリさんへと、ちょい、ちょいと手で招いた。それを受けてレミトリさんは「少しばかり、失礼いたします」と料理人へ一礼してから、タイチさんと共に夜の外へと出ていったのだ。

 

 と、閉じていく戸から、タイチさんが顔を出してくる。

 

「ヒイロちゃん! 今日の試合、最初から最後まで見ていたから! 変装していたけど、あのスタジアムにちゃんと居たんだぜ? サイホーンも、ナイス大健闘だった! その調子で、俺の下まで駆け上がって来いよ!! ――積もる話はあるにはあるんだが、今はちょっと急用でね。また落ち着いた時にでも、旅してきた思い出話でも聞かせてくれよな! じゃ、また巡り会いがあれば!」

 

 そう言って、タイチさんは指をピッと出しながら明るい調子で戸を閉め切った。

 店に残るアタシ。もぐもぐとその食の行為を続けていくこの中で、料理人からは「彼とは、どういった関係なんだい?」と訊ねられていたものだ。

 

 

 

 

 店から少しばかり離れる二つの人影。人目の無い裏地に回った二人は周囲をうかがい、声をひそめながらその会話を繰り広げる。

 

「ジムの方で何かありましたか? 人身事故でしょうか?」

 

「いーや、それよりももっと深刻な話ですよ」

 

「では……?」

 

「『マサクル団』が現れた」

 

 タイチの言葉に、レミトリは驚愕と、唖然の顔を見せていく。

 

「……我々で滅ぼしたハズでは?」

 

「復活した、とも言うべきか。犯行予告というか、既に実行された悪質な挑発で、その存在が確認された」

 

「被害は?」

 

「ママタシティの郊外近辺。それも、学校付近だ。惨憺たる光景で、第一発見者である地元の小学生はトラウマになっている。俺も現場に駆け付けたけど、ひどい有様だった。とても人間の手による行為とは思えない所業だ。ポケモンの原型を留めない惨く残酷なあの現場は間違いなく、一度壊滅へと追い込んだ俺達への、『マサクル団』からの挑戦状だ」

 

「ラオさんは?」

 

「ジムチャレンジとポケモン博士の仕事を切り上げて、駆け付けてくれた。普段は温厚で何を考えているのかも分からない彼女だが、その光景に憤りを見せながら対応にあたってくれた」

 

「他に被害は?」

 

「今のところ確認されていないが、無いとは言い切れないのが現状。といったところです。これをレミトリさんの耳に入れておきたくて、頃合いを見計らっておりました」

 

「報告、感謝いたします。他のジムリーダーもこのことを?」

 

「あとは、オウロウビレッジのニュアージュちゃんに。連絡は行き届いているかもしれないが、万が一のことも考えて俺が直々に赴きます」

 

「チャンピオン以外の仕事にも精力的に取り組んでくださるその心意気、心強く思っております。以前にもタイチさんは、チャンピオンになる前にも『マサクル団』の壊滅に最も貢献なされた豊富な経験もございますから、今回の件においてもきっと、貴方様の協力は必要不可欠になると思われますので」

 

「俺もそのつもりですよ。せっかくと盛り上がりを見せてきたシナノ地方の平穏なんだ。またしても流した血で地面を覆うようなあの日々なんて、御免だ。――今回も、『マサクル団』の存在は極秘で取り扱うように。シナノ地方全域に混乱を招く事態だけは避けなければならない。ラインハルトさんからの伝言です」

 

「承知しました。私も、ハクバビレッジとその周囲を厳重な警戒態勢で見張っていきます」

 

「じゃ、俺はこれからオウロウビレッジに向かいますんで」

 

「……明日か明後日に、この店に?」

 

「ちゃちゃっと行って、帰ってきますよ! 本来なら往復でも早くて一週間はかかりますけど、自慢の相棒たちですっ飛んで行きますんで!」

 

「フフッ、その行動力は、我々ジムリーダーでさえも見習えないほどの活力で溢れておりますね。では、ニュアージュさんのことを頼みましたよ」

 

「りょーかい!」

 

 手でビシッと敬礼するタイチ。月の光も当たらぬ陰りの中、取り出したモンスターボールから一匹のドラゴンポケモンを繰り出すと、その背に乗って空へと指差していった。

 

「行くぞボーマンダ! お前の苦手なオウロウビレッジのニュアージュさんへ会いに行くぞ! 少し長い道のりになるけど、お前ならやれるもんな!」

 

 ボーマンダと呼ばれる水色と紅の翼が特徴的なポケモンは、闇夜に吠えるようその鳴き声を上げてハクバビレッジを飛び立つ。

 羽ばたく翼を見送るレミトリ。最後にタイチへと手を振ると、タイチもグッジョブのジェスチャーをしながら勢いよく飛び出っていった。

 

 彼の背を眺めるレミトリ。そして、復活したとされる不吉の象徴にその凛々しい顔を、とても険しく、深刻な様子でしかめていた。

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