「ハクバビレッジ、今までありがとー!! またねー!!」
村の門から出たアタシは、振り返ってからそれを叫んでいった。
自転車のカゴに入っているラルトスも、手を振って感謝を示していく。そしてアタシは押していた自転車にまたがると、ペダルを強く踏み込んで軽快と大草原の中を走り出していくのだ。
ジムチャレンジの開始から、それなりに経過した。この出だしは、周りからすればだいぶ遅れをとったスロースターターだろう。しかし、アタシは自分のペースでこのジムチャレンジを巡っていくと決めていた。これは誰かのための挑戦ではなく、自分のための挑戦なのだから。
ようやくと入手したハクバビレッジのジムバッジ。これでやっと一個目となる、光り輝く努力の証拠をもぎ取って、アタシは次なる目的地、『ショウホンシティ』を目指していく。
次に挑むジムには、ほのおタイプを専門とするラ・テュリプさんがチャレンジャーを待ち受けている。彼女の二つ名は、『恋焦がれし淑女』。アタシが家でぼっち極めていた時にも、メディアかなんかで度々とその名前を見てきた。なんでも彼女、急に姿を消してしまったという彼氏に見つけてもらうべくジムリーダーへとのし上がったという、ちょっと変わった経歴の持ち主。
彼氏とは長年の付き合いであり、プロポーズもされて結婚をしようという段階まで至っていたらしい。しかし、その約束も虚しく、彼氏は突然の失踪。理由も事情も何も知らされていない彼女は嘆き悲しみ、彼氏を探す旅に出たという。それと同時期にジムチャレンジが開催され、もしかしたら伝統的な催しであるジムチャレンジに姿を見せるかもしれないという考えから、ラ・テュリプさんもそれに参加。結果、ジムバッジを八つ集めるまでに至り、そしてジムリーダー入りを果たしたという。
それでも本命の彼氏は見つからず、他の地方へ探す旅に出ることも考えたという。しかし、もし彼氏が戻ってきた時に入れ違いになるのは嫌だと思った彼女は、こうしてシナノ地方に留まり、ジムリーダーというメディアによく取り上げられる媒体で「ここにいるよ!」といつでも伝えられるように、今日もシナノ地方の代表として猛威を振るっている……というのが次のジムリーダーの情報だ。
そこから名付けられた二つ名が、恋焦がれし淑女となる。正直、アタシはそういう大事な人という存在を全く知らないものだから、彼女の動力源に同情できるかは微妙なところがある。
ただ、最も失いたくないものを失ってしまった悲しみ、ということであればそれなりに。とにかく、次にアタシへ立ちはだかるのは、その恋情の如き熱血の炎で挑戦者を焼き焦がす淑女ということだ。
走らせる自転車が、地面の石でガタンゴトンと跳ねていく。カゴにいるラルトスもそれに合わせて浮いたり驚いたり、そんな道のりを辿っていくこの日の天気は、雲が全く見られない快晴の青空であったものだ。
ハクバビレッジを出発してからの数日。『ショウホンシティ』へと向かうその道は途中、『オオチョウシティ』という大きな町に入った。そこで休憩を取りながらも適度にポケモンバトルでサイホーンを鍛え、観光も済ませてそれじゃあ自転車で一気に駆け抜けようとした時のことだった。
ふと、目についた看板。観光客への案内なのだろうそれを読み進めていくと、アタシの性分に訴え掛けてくるかのような文章を見ることになる。
「……山岳観光『オオチョウ山』。季節限定ではあるが雪の大谷が売り。連峰はロープウェイやケーブルカーで移動できて、オオチョウ山でしか見られない連峰と湖の景色やダムを楽しむことができる。……いや、うん。まぁ、シナノ地方は山が多いし、それを売りにする所は多いよね――ん? 山頂でしか採れない『どうぐ』?」
アタシは、自転車にまたがろうとしたおっぴろげな足のまま、その看板に釘付けとなった。スカートというファッションでありながらの大胆な女である。
「オオチョウ山の山頂では、奇跡的な確率でしか生えてこない植物がある。その植物から採れるタネは『どうぐ』として大変貴重なものであり、マニアからは高値で取引されるほど。今日もそのタネを求めて多くの登山者が訪れている……」
上げていた足を、ゆっくりと下げていく。踏むはずだったペダルの、その横へと足をずらしながら――
「――アタシの『どうぐ』が、他の人に取られちゃう!!」
いや、アタシの、じゃないだろ。
内心でツッコミを入れながらも、そんなに貴重な『どうぐ』が誰かの手に渡ってしまうかもしれない!! なんて謎の強迫観念に囚われてしまったアタシは、ジムチャレンジどころじゃないと、慌ててその山へと向かうことにした。
急な目的の変更でラルトスが唖然としていたものだが、それもお構いなしにアタシはすぐさま自転車を漕ぎだしてオオチョウ山を目指し始める。
これが本当にあのレミトリさんに勝利したポケモントレーナーなのか。傍から見れば誰もが疑問に思うかもしれない。けど、そうなんだよ!! こういうトレーナーもいるんだよ!! 自分の中で何かと戦うように内心で声を荒げながら、アタシは今も急ぎでその自転車を走らせた――――