ポケモンと私   作:祐。

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彼女

 地面の雪に刻まれた足跡。歩幅の広いそれが続いていく先には、この連峰の出っ張った足場で佇む、一つの背中。

 

 腰まで伸ばした、白色のポニーテールが特徴的だった。他、黒色のジャケットっぽいパーカーに、赤色のチュニック。大人びた黒色のライダーパンツに、膝下までありながらも動きやすそうな黒色のロングブーツという身なりをした女性。

 身長も高く、脚が長い。間違いなく、彼女がつけてきた足跡だろう。それを確信した時にもアタシは、こちらへと振り返ってくる女性と、邂逅を果たしたのだ。

 

 ……え? 足跡で誰かいることは薄々と感じていたけれど、遭難にしては清々しいほどのクールな表情でアタシを見てくるその女性。そんなこちらの様子に可憐な笑みを見せると、彼女はそれを説明し始めたのだ。

 

「ここは『クロベ湖』。オオチョウシティ地域に属する連峰のオオチョウ山に存在する湖で、地図にも載らないまま長年、人知れずこの神秘的な光景を維持し続けているの。何時、ここに湖ができたのかは未だに謎。いえ、謎と言うよりも、未知ね。そもそもとして、この湖を発見した人なんて、まだいないのだから。そう考えると、貴女がこの湖の第一発見者ってことになるかもね。地図を塗り替える、前代未聞の大発見よ。おめでとう」

 

 湖の祠に手を差し伸べながら、女性はアタシを見遣ってそれらを言ってきたのだ。

 

 ……? アタシは、状況が呑み込めずにいた。今もスカートから入り込む冷気なんてどころじゃない。とにかく今は、その、『クロベ湖』とかはどうでもよくて――

 

「あの、あなたは遭難して……るようには見えない、けど……?」

 

「大丈夫、この辺のことなら誰よりも詳しい自信があるから。――ね、それよりも、あの祠」

 

 湖へと差し伸べていた手で指を差し、女性はあの祠を示していった。

 

「あの中に、何がいると思う?」

 

「え?」

 

 ……突然の質問。雪がチラつく人気の無いこの場所で、アタシは「え、えーっと……?」と、今も困惑する思考のまま頑張って考えてみた。

 

「……何かいる、って感じはするけど。でもこんな、野生ポケモンも見かけないような場所に、何かがいるだなんても思えないし――」

 

「何かがいる、としたら?」

 

 ……え?

 内心で呟いたハズの、その言葉。しかし無意識にこれを発していたらしく、後になって気付いたアタシは思わず口元に手を押さえていく。

 

 この時にもアタシは、こう、内側から蝕まれていくかのような、言い知れない形容し難い何かからの支配を受けたかのような感覚が、全身に巡り始めていた。

 

 これ以上、知ってはならない気がする。それをもし知ってしまったとしたら、アタシはきっと正気を保つことができなくなり、精神が破壊され、全細胞が壊死したかのような中身の無い人間となって、二度とこの正常な身体で歩くこともできなくなりそうな、そんな予感をしてしまえたから――

 

「真相を探るかどうかは、貴女に任せるわ。ただ、私は安全を保障できない。もしも先ほどの言葉で、この世界の深淵を覗いてみたいという衝動に駆られたのであれば……私の言葉の真偽を、その目で目の当たりにしてみる手もある。っていうだけの話。それじゃあね、通りすがりの旅人ちゃん」

 

 そう言うなり、女性は意味深なその言葉を残して立ち去ろうとした。

 ……って、いやいやいや!! ここは一応雪山だし、アタシのラルトスのテレポートが無いと――

 

「あの――」

 

 女性はアタシに背を向けてこの場を去ろうとしたために、アタシは呼び止めるように声を上げながら走り出した。

 そんなこちらの必死な様子に、女性は不思議そうに振り向いてくるのだ。とてもクールなオーラを放ちながら、まるで何事も無いかのように。

 

「『クロベ湖』とかはよく分からないけれど、ここが地図に載ってないのなら、危ないって! アタシのラルトス、テレポートしか使えないんだけどさ! でも、テレポートでここから脱出はできるから、そんな無理に一人で行こうとしなくても、アタシがみんなのいるところまで案内できるよ!!」

 

 ザッザッザッ、と雪の上を走って女性に追い付くアタシ。その足場も凸凹とした崖であるために、落ちないよう慎重になりながらもようやくと彼女の服を掴むことができた。

 

 ……一方で、親切心でそれらを口にするアタシを、ただただ見遣ってくる女性。こうして近くまでくると、その際立つクールビューティな顔立ちがすごく美人さんで、意外と色白な肌をしているし、なんだか包み込まれるような良い匂いもしてくるものだけど――

 

「私のことなら心配しないで。大丈夫、こういうのは慣れてるから」

 

「いやいや!! 慣れててもこんな無人の山奥に、女の人をひとり置いていけないよ!!」

 

 と、服を掴むアタシの手に彼女は手のひらを乗せながら、そのセリフを口にしてくるのだ。

 

「いえ、貴女はこれ以上、私と関わってはいけない」

 

 真剣な眼差しで、突然そんなことを言われた。

 ……なに? 何なの? さっきから胸騒ぎがして仕方が無い。アタシはどこからともなく巡ってくる、言葉にならない不思議な危機感に襲われていた。これは、根拠も理屈も何もないところから生まれ、目の前の存在とは関わり続けてはならないと思わせてくる、本能からなる危険信号。

 

 ――でも、同時に引き下がってはならないような気がした。こうして彼女に頑なに引っ付くことが、今のアタシには必要な気がしたから。……これも試練だ。ふと脳裏によぎった軽々しい言葉。やっていることはただのお節介であるのに、なぜだか、今こうして彼女の行動を必死こいて止めている今の時間こそが、何よりも必要なように思われたものだから。

 

 瞬きをすることも忘れて、アタシは彼女をじっと視界の中央に捉えていた。まるで、彼女の動向を見張るかの如く。普段は絶対に見せないと自負できる真剣な顔をしてまでして、初対面の彼女のことを、強く、強く捉え続けていくのだ。

 

 ……アタシに絡まれたからなのか、こうして見ず知らずの女から睨まれているとでも思ったのか。彼女の考えは分からないが、これをしばらくと続けた後にも、彼女は服を掴むアタシの手に、自身の手を絡ませてくる――

 

「貴女、何のつもり?」

 

 訊ねてくる言葉は、先までの可憐な笑みからは想像できないほどの鋭い調子だった。

 ……それでも、引けない。アタシは自分でも何をしているのかが分からなくなりながらも、首を横に振りながら答えていく。

 

「分からない……! 分からないけど……貴女をこのまま、行かせてはならない気がする……!!」

 

「どうして? なにを根拠に言ってるの?」

 

「それも、分からない……!! 自分でも、よく分かっていないの……!! でもね、すごい胸騒ぎで、なぜかこうしていなきゃってばかり思っちゃって……! 頭のおかしいヤツって思ってもらっても全然いいからさ。だから……ほんの少しだけでいいから、アタシと一緒に来てよ。オオチョウ山の山頂には、登山のガイドさんとかもいるから。その人達に従って下山した方が、絶対に良いって……!!」

 

「私がいつ、下山するって言ったかしら」

 

「……?」

 

 なに、もう。何がなんだか、分からない……!

 どうかしてしまった自分は、彼女の言葉で一瞬だけ力を緩めてしまった。

 

 ――と、その瞬間だった。

 

「私は、上るの。ここから更に、上へ――」

 

 手首が締め付けられる感覚。突如として強い力で彼女に掴まれたアタシは、咄嗟にそれを振り解いて後ろへ下がっていく。

 抱えるラルトスが、ひどく怯えていた。胸の中で今までに無いくらいに身体を震わせたそれを受けて、アタシは「どうしたのラルトス!?」と声を掛けていく。

 

 しかし、ふと視界に入ったドス黒い波動に気付き、崖から離れるようその場から飛び込んで緊急回避を行った。

 

 ――――ッ!!!! 破壊される足場。つい先ほどまでいた場所は、ドス黒い波動の一撃で粉々に吹き飛んで湖へと落ちていく。

 

 そして、アタシは彼女へと見遣った。

 

 ……彼女を、見遣った。

 

 …………いや、彼女は、何処——!?

 

『邪魔ヲ、スルナ』

 

 影が実体となったかのような、二足の黒い生物。赤色の長いタテガミを結った人間らしい見た目とは相反する、紅に染まった目元と手足の爪。

 神秘の加護を纏いし湖の隅。そこで展開されていたのは、目の前の黒き幻獣から放たれる漆黒と鮮紅のオーラ。これが妖しく幻獣の周囲を漂っていると、次第と範囲を広がったそれで、アタシらの退路を塞いでくるのだ。

 

 ……なに、なんなの、これ!? ポケモンなのかどうかすらも怪しい眼前の存在を前にして、アタシはバッグから取り出したモンスターボールからサイホーンを繰り出していく。同時に”ソレ”が禍々しい雄叫びをあげていくと、次にもアタシは、襲い掛かってきた『ソレ』との戦闘へと突入したのだ――――

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