「あの時、貴女達に覚悟があるのかを試したの。どんな局面に立たされても動じないような、いつ迎えるかも分からない死と向き合い、恐怖を凌駕することでどんなに敵わない相手が立ち塞がろうとも、決して諦めず食らいつけるような。自分やその仲間達が傷つき死んでいく現実に耐え切ることができるだけの力を持っているのかを、私はあの時に試していたの」
死と向き合い? 恐怖を凌駕する? 死んでいく現実……?
昨日見た『クロベ湖』の光景から、理解が追い付かないことばかりでアタシは混乱していた。しかも感覚的にヤバいと感じ取ったあの場所や幻獣との戦闘だけならず、今日はそのヤバいという感じが、言葉で直に伝えられていたような気がしたものだから。
それが理由だったのだろう。ユノさんはこれを話すと一通り終えたように区切っていく。だが、さらにそこへ言葉を付け加えていったのだ。
「でも、戦闘してみて分かったの。貴女達は、違うってこと。何の関係も無い通りすがりの旅人だってことは分かったのよ。ただ……一つ、気になったことがあって」
アタシをじっと見つめてくるユノさん。
「あの時どうして貴女は、私を呼び止めたの?」
「え?」
フラッシュバックする記憶。あの雪山で彼女へと駆け寄ったアタシ。その服を掴んで足止めしていると、彼女は掴むアタシの手に自身の手を絡ませてくるのだ。
『貴女、何のつもり?』訊ねる彼女に対してアタシは、『分からない……! 分からないけど……あなたをこのまま、行かせてはならない気がする……!!』と訴えかけていく。
意識が戻ると、そこで佇んでいたユノさんが、アタシへと歩み寄っていた。
「本当に、そこに根拠は無かったの? 理屈は? 私は遭難している人間かもしれないから、ラルトスのテレポートであれば私を助けることができる。だから、あんな必死になって呼び止めていたの?」
ラルトスを抱くアタシの手に、彼女は手を絡ませてくる。
色白の肌から感じられる、わずかながらの温もり。冷え切ったような色合いから伝わってくる温かな感触が、彼女もまた生きていることを思い知らせてくるのだ。
「アタシは……。分からない。あの時、どうしてあんな必死にあなたを呼び止めていたのかが、分からない。でも、ほんと、あなたをこのまま行かせてはならない気がした。ただ、それだけ……」
「…………」
絡めた指を、するすると離していく。次にラルトスの頭を撫で始めたユノさんは、とても穏やかでありながらも、今までとは異なる雰囲気でそれを訊ね掛けてきた。
「今も、そう思う?」
「え……?」
「私を、このまま行かせてはならないかも、って」
「……何となく、思う」
「そっか。――その直感、間違ってないかもね」
……?? アタシに背を向けて、少しばかり離れてから、ユノさんはどこかへと右手を差し伸べるような動作を行った。
――瞬間、空間に伝った邪悪な波動。昨日にも見たドス黒いそれと酷似していたため、アタシは一気に跳ね上がらせた心臓を鳴らしながらラルトスを抱きしめて、身構えていく。
影が実体となったかのような、二足の黒い生物。赤色の長いタテガミを結った人間らしい見た目とは相反する、紅に染まった目元と手足の爪。先ほどまで佇んでいたユノさんがそれへと変貌して、目の前に存在している。
……また出てきた!! アタシは恐れながらも堂々と立ち向かい、『ソレ』を睨んでいく。『ソレ』もまたアタシとラルトスを見るなり、不敵に笑みを浮かべながら、一歩、また一歩と近付いてくるのだ。
――すごく、怖い。けど、今のアタシは、昨日の自分じゃない……!
睨み合いが続く中、アタシの闘志は次第と湧き上がってきた。何なら、サイホーンに頼らなくても、お望みならアタシ自身が相手してやろうじゃないの!! 若干怒りにも近しいその感情に感化されたラルトスもプンスカと怒った顔で『ソレ』と対峙していく。
この状況がそれなりに続くと、アタシとラルトスも削がれてきた気力で疲れの顔を見せてしまう。
と、その瞬間にも『ソレ』は、そっぽを向いてどこかへと歩き出したのだ。――陰から、ユノさんの姿を露わにしながら。
「ユノさん……!?」
「何を驚いているの?」
「え、だって――ユノさんが、二人? え?」
「いいえ、私は元から一人よ。私も、“この子”みたいな変幻自在に変身できる能力があれば良かったのにな」
そう言うと、自身の傍に来た『ソレ』の頭を撫で始めたユノさん。それでいて、彼女に撫でられると一変、悪魔の如き『ソレ』の顔は、飼い慣らされた小動物のような明るい笑みを見せてきたのだ。
「『ゾロアーク』。私の相棒よ。ずっと昔から一緒についてきてくれていて、私と共にいろんな世界を飛び回ってきたわ。他にも私には仲間達がいるけれど、ゾロアークは私の活動にピッタリな体格や能力を持っていて、こうして常にモンスターボールの外に出てもらって働いてくれているの」
ゾロアーク? ユノさんとそのポケモンの様子を見てからというものの、アタシは一気に抜けた力でへなへなっと座り込む。
ペタンとついた尻。そんなこちらにユノさんは申し訳なさそうに微笑を見せて、アタシへと手を伸ばしてきた。
「どこかへ行かないよう、私を見張ってみる? ――いいわ。貴女が望むなら、私はしばらく、貴女の付き添いをしてあげる。今も私にその、言葉にならない不思議な気持ちを持っているのならば、私にこの世界を案内してよ。私としても、何処も知っている場所なのに目新しいものばかりでさ。貴女のような、元からいるガイドさんが傍に居てくれた方が、私も色々と知りながらこの世界を旅できるから」
純粋無垢の微笑みを浮かべるユノさん。
アタシは、伸ばされた手を掴んだ。掴むとアタシを立ち上がらせてくれたユノさんは、アタシの服についた砂埃やらを手で払ってくれていた。
……見張るだなんて、そんな。やっぱりアタシ、この人のことサッパリ分からないかも。
セリフの数々にも何か違和感があって仕方が無い、謎に満ちたクールビューティ。昨日の出来事は出来事だったけれど、やっぱり普段そんなことをしているような人には見えないし、むしろ、そんな強い人が常に居てくれるのであれば、自衛にもなるし、サイホーンを鍛えてくれるかもしれないし……。
アタシは、色々考えた。そして――
「――じゃあ、見張る。アタシ、あなたのこと見張るから。だから、勝手にアタシの傍からいなくならないでよ……?」
「おっけー。よろしく、ヒイロちゃん」
イェスの返事と共に、彼女から出された清々しい手。アタシは少しだけひねくれた気持ちでそれを掴むと、お互いに強い握手を交わし合った。
なんとも不思議な縁で、旅を共にすることとなった不思議な女性、ユノ・エクレール。正直それを仲間と呼べるかは分からない位置にいる彼女だが、少なくとも、この旅の中で彼女から危害を加えられるといった出来事は起こらなかったものだ。