静かな闇に包まれる自室の空間。手に持つ分厚い本をドカッと勉強机に置くと、机の照明を点けて椅子に座りながらそれと向き合っていく。
時刻は午前の一時。仕事終わりで心身ともに疲労したこの身体は、僅かながらと感じる高揚からなる鼓動のままに未だ眠りにつけずにいた。
……アタシ、何をやってるんだろ。自分の行動に疑問と戸惑いを隠せない。あれほどまでにポケモンを毛嫌いしていたものだったから、ポケモン博士である父に“こんなこと”を言い出すことがすごく恥ずかしく、それでもって、勇気を出さなければならなくなるなんて。
父は、アタシの人生の中でトップ三を争うレベルの大歓喜を見せていった。アタシがそのことを言い出したら、父は最初、唖然の言葉に似合う目の開き具合で、飲みかけのコーヒーを口から流しながらアタシをじっと見つめてきた。
それから、アタシの言葉をようやく理解したのか、父はものすごい大喜びではしゃぎ始め、しまいには残業していた周囲の研究員にもアタシのことを言いふらし始めた。アタシが父の娘であることは周囲も分かっていたことだし、アタシがポケモンを毛嫌いしていることも、当然の如く知っている。
だからこそ、周囲からも期待の眼差しを向けられた。……その、とにかく止めてほしい。確かに周囲からしたら喜ばしいことなのかもしれないけど、アタシからすれば、そんな一気に注目されたら、逆にやる気が失せるから――
「……みんな、おおげさなんだよ。いいじゃんか、アタシが“これ”を読んでみてもさ……」
そんなこんなで、アタシが父から借りてきた一冊の本。思った以上に分厚くて、それだけポケモンという生命体が数多く存在し、かつその謎を追う者もまた多い、ということなのだろうか。
照明に照らされた本の表紙をまじまじと読んでみる。『ポケモン大図鑑』。そのままの意味である。アタシとしても、これに手を染めたことは予想外だった。ポケモンに関する本に触れるだなんて、この先永遠に無いと思っていたものだから。
最初から目を通すつもりは無いため、図鑑を傾けるようにバラバラッとページをめくってみる。そのめくれていくページの一枚一枚にも、ポケモンの図となる写真やイラスト、そのポケモンを説明しているのだろう詳細の文字がずらりと並んでいることが分かった。……これだけの密度があるんだ。ポケモンという生物に魅入られて研究している人達は本当に多いんだな。ポケモン博士の娘であるアタシは、そんな他人事のような感想を抱いた。
……きっと、パパが研究した内容もここに載っているんだろうな。脳裏でそんなことを考えながら。
そうして自然と開いた運命的なそのページ。分厚く紙の匂いが濃厚なそれを手で押さえると、アタシは目についた一匹のポケモンの説明を、何となく読んでみることにした。
「スワンナ。しらとりポケモン。なんかすごく綺麗……。スワンナは、夜明けと共に踊り始める習性を持っていて、この真ん中で踊るスワンナが群れのリーダー。クチバシの攻撃は強烈で、長い首をしならせながら連続で突きを繰り出す。優雅な見かけによらず、翼で力強く羽ばたいて数千キロもの距離を飛行する。……へぇ」
ラルトスの、あの小っちゃい身体で行ってきた瞬間移動の力を体験していたからこそ、この図鑑の説明を素直に受け取ることができる。
あの時、アタシはラルトスの力を受けてとてつもない衝撃を受けた。物理的な衝撃ではなくて、精神的な、元々から持っていた常識を覆された意味での衝撃。ポケモンのことは不気味だと思っていて、ラルトスの力でその思いは更に強まっていたはずなのに。
だけど、その不気味ながらも理解の及ばない超常的で得体の知れなさが、かえってアタシに興味を抱かせた。内心はすごく怖い。こんなのがうじゃうじゃと生息しているのなら、人間なんて瞬殺じゃん、と。でも、そうじゃない。ポケモンはそんな力を持っていながらも、むしろ、人間との共存を望んでいるのだ。人間もポケモンとの共存を大切にしていて、種族は違えどその想いは互いに同じものなのだ、と。
だからこそ、ラルトスのような恐ろしいパワーを持っている生命体のことを、まだ受け入れることができていた。
人間とポケモンは、繋がり合い、支え合い、共に過ごすことでこの世を築いてきた。アタシがあれほど散々と不気味で、気持ち悪いとまで思っていたポケモンという生き物は、自分で思っているほどのものではないのかもしれない、と……。
じゃあ、どうしてポケモンという生き物は、アタシらのような人間との共存を望んでいるの? 浮かび上がってきた疑問に、アタシは頭を悩ませる。
……尤も、その疑問は今も謎に満ち溢れているのだろうし、そういったまだまだ謎だらけの未知を解明するために奮起しているのが、パパのようなポケモン博士なのだろうけど。
「ここは親譲りってとこなのかな」
ボソッと呟いて、本命のページを探すことにした。
図鑑の目次を眺め、ずらりと並んだポケモンの名前からラルトスの文字を探していく。意外と早くそれを見つけることができたアタシは、そのページを探して開き、図鑑に載せられた人の子のような姿を食い入るように眺めた。
「ラルトス。きもちポケモン。頭のツノで人の気持ちを感じ取る。人前には滅多に姿を現さないが、前向きな気持ちをキャッチすると近寄ってくる。人の感情を察知する力を持っており、トレーナーが明るい気分のときには一緒になって喜ぶ……」
おまわりさんが言っていたことと、大体一緒。だからこそ、アタシはあの時に出会ったラルトスに、共感をすることができたのだ。
……やっぱり、あのラルトス。もしかして……。
「……好物、なんだろ」
気付けば、自室のカーテンからは朝日が射し込んでいた。
悠々と徹夜をしてしまったらしい。身体の疲労さえも忘れて、久々に没頭という没頭で意識を集中させたこの数時間。こうなってしまったのも、ラルトスの好物を知るために他のポケモンの好物も参考にしようと、ページをパラパラとめくって色んなポケモンの説明を読んでいたから。
……寝る間も惜しむなんて、道具のコレクションに熱が入ったとき以来だった。まさかこんなにのめり込めるだなんて。自分の意外な一面を知って自分自身で驚きながらも、これからにも父に、ポケモンに普段どんなご飯を与えているのかを訊ねてみようと思った。