今朝、昨夜に決めた目的通りに『ショウホン城』へと赴いたアタシ。しかし、観光気分で立ち寄ったこの場所で、思わぬ現場と居合わせることとなった。
ガヤガヤと落ち着かない周囲。訪れた観光客や関係者が城の外で様子をうかがうこの光景に、アタシは抱えたラルトスと目を合わせた。
というのも、数十人もの警備員が出動する騒ぎへと発展していたのだ。今この現場からは特に何もうかがえない上に、現在は城の中にもこれといった問題は見られなさそうで、どちらかというと終息へと向かった出来事を処理しているようにも見て取れる。
しかし、城の中からは守護隊が出てきたのだ。守護隊は以前のジムチャレンジ開会式なんかでも少し関わってきたが、ナガノシティのジムリーダーであるラインハルトさんが率いるシナノ地方専門の自警団のようなものであり、それでいてこの地方においては警備員よりも強い権力を持っている。そんな守護隊が数人とぞろぞろと出てきたものだから、アタシは何事だろうと思って一旦、この場を後にしたものだ。
それからというものの、アタシは別の場所で観光を行った。サイホーンをモンスターボールから出してラルトスと三人で歩き、お土産屋さんが建ち並ぶ商店街で『ソバ』という食べ物を試食したり、ネコブのみの漬物を食べてその独特な味わいを楽しんだり、通りすがりの男性ポケモントレーナーから聞いた観光スポットへと赴いて、そこで豊かな緑に囲まれた自然の河原で水浴びをしたりと、アタシ達はこの日、ショウホンシティという街を心行くまで満喫していった。
二人と過ごすその時間の間も、アタシはやはりジムチャレンジのことが頭から離れずにいたものだ。――あの時、ラ・テュリプさんのギャロップをどのように突破すれば良かったのか。いや、それ以前にバクガメスをもっと手際よく処理できていれば、まだ抗えるだけの余力は残せたのかもしれない。なんて、そんなことがずっと頭の中をよぎっていた。
……ダメだな、アタシ。こんなに楽しい時間を過ごしているというのに、楽しいことじゃなくて、辛かったことばかりに意識が行ってしまう。これは幼い頃から続く悪い癖で、アタシが自分をダメだなと思う根本的な理由でもある。
ネガティブな気分の中で、どこか盛り上がらせようと無理をしていたのかもしれない。頑張って絞り出した元気の証でとにかく川の水をバシャバシャとかけていくのだが、水を浴びすぎたサイホーンはクールな表情を崩すほどの必死な様子でアタシから逃げ出していく。
あ、そういえばサイホーン、みずタイプは大の苦手なんだった。アタシはひたすら謝りながらサイホーンに駆け寄り、その先にあった丸太のイスで休憩をとることにした。
ラルトスがサイホーンの上に乗り、キャッキャと楽しげに笑っている。アタシは二人がのんびりと過ごすその様子を眺めていき、ポケモンバトルから距離を置いた、とても穏やかな時間を送っていった。
翌日。アタシは再びショウホン城へと向かった。だが、そこでもやはり警備員が周囲を巡回しており、不審な人物を探しているような目で業務に務めているようだった。
……観光は無理そうかな。アタシはラルトスを抱えながらその場を去ろうと踵を返していく。――と、その時だった。
「ヒイロちゃん。俺だよ」
背後から掛けられた、透き通るようなイケメンボイス。
え、白馬の王子様が迎えに来てくれた? なんて思いながらアタシは振り返っていくと、そこには純白のショートヘアーに黒いハット、サングラスと口周りのヒゲ。ゆったりとしたガラ入りの白い上着と、黒色のカーゴパンツの怪しい男性が……。
「うわ! 変質者!!」
「ちょ、ちょちょちょ! 待って待って! 俺だよ、タイチ!!」
アタシの言葉で周囲の警備員が目を光らせる。それに慌てるかのようにサングラスと帽子を取ったタイチさんが、その素顔を見せてくるのだ。
「ヒイロちゃん、それは洒落にならないって!」
「アタシだってビックリするんだから! ……で、どうしたのタイチさん?」
あのシナノチャンピオンであるタイチさんが姿を現したというのに、周囲の警備員はまるで驚きもしない。この様子にアタシは不思議に思ってこれを訊ねていくと、タイチさんもそれを切り出そうとしたのか、すぐにも本題を口にしてきたのだ。
「急に悪いね、ヒイロちゃん。もしもジムチャレンジの気晴らしでショウホン城に来たのであれば、ごめんね、今はちょっと取り込んでいて」
「見れば分かるよ。昨日は守護隊もいたもん。何かあったの?」
「あぁ、見た通りにちょっと色々とあってね」
ショウホン城を見遣っていくタイチさんの視線に、アタシは続いていく。
見たところ、特に問題は無さそうなそのお城。相変わらずその趣のある風貌で佇むそれは、よくテレビや雑誌といったメディアでよく目にするものとまるで代わりがない。……じゃあ何があったんだろう
「見た通りだとアタシ、普通のお城にしか見えないよ」
「あぁ、ショウホン城自体には特に問題は無いんだ。……ただね」
そう言って、タイチさんはアタシの耳元に顔を近付けていく。
――え、ちょ。さすがにアタシでも、このシチュエーションはちょっとドキドキしちゃうって……。
「この周囲で悪さを行おうとした団体が、何者かによって捕らえられていたんだ。それも、その悪い奴らがマサク――世間的にはあまり知られていないほどの、狡猾で残忍な手段を強行するような、危険な人物達だったものだから。それで、警備員や守護隊までもが出動する事態になっていたんだ」
「ふーん。タイチさんはどうしてその現場に居るの?」
「俺は、シナノ地方のチャンピオンとして、こういう地方の問題にも関わっているんだ」
「へぇ、チャンピオンって大変だね」
「ありがとう、ヒイロちゃん。俺も最近ちょっと働き詰めで疲れていたんだけど、こうしてヒイロちゃんとお話をしたらなんか、元気出てきたよ」
ハハハッと軽快に笑んでいくタイチさん。しかもこんな超絶イケメン王子様にそんなことを言われたのだから、アタシはなんだかちょっと、照れ隠しでそっぽを向いてしまう。
……と、そうしていた間にも、タイチさんはタイチさんで話を進めていく。
「ふう、全く大変だよ。シナノ地方の各地を毎日のように飛び回っているけれど、その先々でいろんな問題と直面する。一昨日にもこのショウホン城で悪党共をひっ捕らえたという連絡を受けてね。その悪党共はさっきも言ったように、とても狡猾でありながら悪質な行為を働き、しかも面倒なことに神出鬼没さも兼ね揃えた予測のできない連中なんだけどね。そいつらを事前にひっ捕らえるだけでなく、俺がこうして奴らを追っていることも知っているという人物から急に連絡が掛かってきたんだ。電話越しの声は機械で加工されていて、男なのか女なのかすらも判別できない。ただ、相手は“JUNO”と名乗ってから電話を切られてさ。いろんな問題とは直面するが、面倒事が更に増えたような感じがして、もうクタクタだよ」
「ジュノー?」
アタシは、その名前を聞き返した。こちらの反応に、タイチさんはうんうんと頷いていく。
「そう、JUNO。確かにそう聞こえたんだけどね。でね、JUNOってなんだろうって思って、俺、調べてみたんだよ。でも、検索結果には出てこないんだ。おそらく、名乗るためにつくった造語だろうね。ただ、人の名前でたまにあるらしくて、その場合は、“ユーノー”とも呼ばれるみたいだね」
「……ユーノー?」
とてもよく馴染みのある響き。アタシはそれを聞いてから、タイチさんへとそれを伝えた。
「アタシ、ユノさんっていう人と旅をしていたの。でも一昨日のジムチャレンジの後から姿が見えなくて」
「……ほう」
これを聞くなり、タイチさんはすごく興味深そうな顔をしてアタシを見遣ってきた。
何かを見つけたかのような、確信に近いその表情。それはきっと理屈や根拠に乏しいなにかによる察知なのだろうか。タイチさんは「その話を詳しく聞きたい」と言ってアタシを手で招きながら、現在は関係者以外の立ち入りが禁じられているショウホン城についてきてほしいと、任意の同行を求められた。