朝方のショウホンシティ。宿泊施設のすぐ近くにあったポケモン用の大きなグラウンドに訪れていたアタシは、そこでサイホーンとマホミルを戦わせて適度に運動を行わせていた。
今もサイホーンがロックブラストを撃ち、それをマホミルがとけるで対応していく。そして、とけるによって上昇した防御力を利用する最強の一撃、その名もアシストパワーを繰り出してサイホーンにプレッシャーを与えていくのだ。
先ほどから目の前で展開される熱い戦いに、ラルトスはアタシの膝の上で双方を応援していた。そんなアタシはと言うと、二人が戦っているその光景を眺めながら、昨日の場面を思い返して物思いに耽っていた。
昨日、ショウホンシティのジムリーダーであるラ・テュリプさんと出会った。彼女はジムチャレンジの真っ只中でありながらも、与えられたわずかな休憩時間にショウホン城へと足を運んできた。その目的は、タイチさんが調べているという悪党共の調査の進捗を聞きに来たというもの。タイチさんに用があって訪れたその先で、アタシというちょっとしたチャレンジャーと出くわしてから少し話し込むことに……。
というのが、あの後の流れだった。それからと言うもの、テュリプさんはアタシとタイチさんの関係にこだわった質問攻めばかりしてきたものだから、正直アタシは彼女と話していてとても疲れてしまったものだ。
とは言え、彼女から学ばせてもらったこともそれなりにある。まずは、やっぱり前向きな気持ちを全面的に押し出したあの熱情。テュリプさんの勢いには終始圧倒されてばかりだったが、その力強いパワフルな活力には、アタシはテンションに疲れるという気持ちが一周回ってむしろ爽快だった。
彼女の強さは間違いなく、あの元気な姿にある。テュリプさんの情報として前も見たものの、彼女の原動力は行方をくらました愛人を探すためという目的によるもの。彼女は今もジムリーダーとしてその存在感をアピールし、帰ってきた愛人に見つけてもらおうというれっきとした目的を持って行動している。
……れっきとした目的。最終的な目標。アタシが今の状況から脱することができないのは、おそらく自身の中に迷いがあるからだ。
「『どうぐ』コレクターとしての旅、に引っ張られているのかな。それとも、ポケモントレーナーとしての自覚が足りないのか……」
悩んでも仕方の無いところばかりを考えてしまう。これは、アタシの悪い癖だ。
だから、考える内容を変えることにした。アタシは目についたサイホーンとマホミルを眺めて、必死に根付いた思考を抹消しようとした。何に引っ張られているとか、何が足りないとか、そういうものではない、と。今のアタシに必要なものは、長期的に見た目標ではなく、目の前の、地道でありながらも確実に一歩前へ進めるような、小さな目標――
――わざ。アタシはそれを確信した。今のアタシが目標にするべきものは、わざだ。
「サイホーンとマホミルのわざを増やしたい。……ラルトスにわざを覚えさせようとした時も、こんなことを考えたっけ。その時も結局は失敗で終わってしまったけれど、あの時に起こしていた行動は、無駄だなんて思えない」
ラルトスを抱きしめるアタシ。突然ぎゅっとされたラルトスも何だろうと思ったのだろうか、アタシの腕に手を乗っけてこちらへと向いてくる。
……そう。今は、目先のことだけに集中すればいい時期。アタシはこうして疑問に思ったことを追求し、がむしゃらに頑張ってみる期間なのだ。
「サイホーンとマホミルに、新しいわざを覚えさせる。方法や手段はこれから考えるけど、アタシなんだか、何となく“あれ”ができてしまえそうな気がするんだよね。ほら、ラルトス。前にもハクバビレッジで、技エネルギーを吸収するって石に、ライチュウの10万ボルトを吸収させてボルトネジでぐりぐりしていたやつ。あの時にアタシが引き起こした停電とかも、あれきっと、石から放出された技エネルギーが壁とか天井を巡ったからなんじゃないかなって思ったの。ショウホン城にもさ、技エネルギーを張り巡らせることで衝撃を吸収しているって話があったでしょ。――なんか、ここから、わざを作ったりすることができないかなって、アタシ思ってるんだ」
要は、アタシは今、“わざマシン”となる代物を自力で開発してみようと意気込んでいた。
何かが分かりそうなのだ。理屈も根拠も無い、完全な感覚による脳内実験の結果が、アタシにそう告げている。タイチさんも昨日、周囲に溶け込んでいたカクレオンの居場所が分かったというそれも、感覚というか、直感というか、そんなもので分かったんだと言っていた。
つまり、そういうものなのだ。アタシは、自分の中で納得がいった。そして、この納得に自分が自信を持つと、どんなに無謀で実現できる可能性が低くても、自然とやる気が出てきて前向きな気持ちになれる。そう、この前向きな気持ちこそが、ラ・テュリプさんの強さでもあるのだ。
よっしゃ、頑張ろ! 気合いを入れたアタシは静かに「うっし!」と呟いていく。
――と同時に起こった大惨事。マホミルのマジカルシャインが周囲に放たれると、その攻撃は周りのポケモンにも直撃してしまってトレーナー達から睨まれてしまった。
「え、あ!! ご、ごめんなさい!! ちょ、マホミル! ストップ!! こら、ストップ! ストップって言ってるでしょッ!! まって、とまって――って、サイホーン! おいおいおい! こらこらこら二人共、止まって!! おい、待って。おい、おいコラ!! おいゴルァ!!!! 止まれや二人共ッッ!!!!」
グラウンドから逃げるように立ち去ったアタシは、ラルトスを抱えてショウホンシティの中を歩いていた。
趣のある和風の商店街。ここからでもショウホン城が見える小さな街道は、人々やポケモンが行き交う活力にあふれた景色を展開している。
道中、アタシはショウホンせんべいというお菓子を売っているお店で買い物をした。急にせんべいが食べたくなったものだから。
お店の看板ポケモンである、ルンパッパというパイナップルのようなカッパのポケモンに見守られながらのお会計。口を開いたまま陽気な表情でじっと見てくるその視線は、アタシが店を後にしてもなお、向けられていたことだろう。
で、買ったせんべいをラルトスと分け合いながら、歩き食いでボリボリ食べていく。途中、ナンパっぽい感じで男達に声を掛けられたものの、アタシはそれを適当に断わって歩いていき、人混みに隠れるような進路で彼らから離れると、そこで辿り着いたのが、赤い花が咲き誇る木々の広場。
和風なテイストのショウホンシティに、赤い花々。古き良き空気と交わった情熱的な赤色に惹かれてしまい、アタシはこの場所で考え事をしながら過ごすことにした。
木に寄り掛かりながら、周囲を眺めていく。人が少なくて、さっぱりとした空間。ここにいる人々やポケモンも、観光客という外部からの人間というよりは、普段からこの街で暮らしているような、通い慣れた感を醸し出す子供たち。ポケモンも、ヌマクローやダンゴロといったメンツで子供たちと遊んでいるものだから、なんだか微笑ましいなと思っていたものだ。
「アタシ、ジムチャレンジのことばかり考えていて、あまり周りが見えていなかったな。こうしてゆっくりと街を見て回ったり、いろんな人と話したりしている内に、自分がいつの間にか、目の前のことで精いっぱいだったことにようやく気付けた気がする」
ラルトスをぎゅうっと抱きしめて、その頭に顔を埋めていく。
「……アタシなりのペース。自分なりのペース。今まで、それを最も重要としてきていたのに。アタシはいつの日からか、周りの目ばかり気にするようになって、自分の実力とか、現状の悪い所ばかりを見るようになっていて、この旅を心から楽しめていなかった気がする。――だから、今、思い出すべきだと思う。アタシは本来、このシナノ地方の各地に存在する色んなどうぐを見て回れる旅をしたかった。そして、これを今からでも意識するべきだと思う。だって、そうじゃなきゃ……これは、アタシの冒険ではなくなってしまうもの」
「人は誰だって、目的を見失ってしまうものよ。そして、自分の中につくり出した自家製の迷路に迷い込んでしまうの。それは、一度でも入ってしまったら最後、貴女はその迷路と永遠に向き合っていかなければならなくなってしまう。ここで大切になってくる心がけは、なにも思い出すことだけではないわ。――自分を許せるかどうか。嵌ってしまった思いがけない状況に対して、貴女はそこに嵌ってしまった自分自身を許せるかどうか。その状況に嵌ってしまった自分を許せるのであれば、その気持ちと共存する道を選ぶことも一つの手だと思うし、その状況に陥ってしまった自分を許せないのであれば、一時期でもいいから、素直にそこから距離を置くべきよ。……貴女は、今いる自分自身の状況を、どのように思う? 自分の中に問い掛けてみて。今の状況を、愉快と見ることができるのか、それとも不快として捉えてしまうのか。自分に素直になって、時間をかけながら、ゆっくりと考えてみて」
「んー……アタシはそれが簡単にできないから、こうして悩んでばかりになっちゃうんだよね。でも、ありがとユノさん。…………ユノさん??」
アタシは、声のする方へと振り返った。
同じ木に寄り掛かる、もう一人の姿。腹部の辺りで軽く腕を組んだクールビューティが、アタシを見守るかのように佇んで存在していた。
「いつの間に、そこに……。って、ユノさん。ちょっと、今までどこに行ってたの!?」
「ごめんなさい。私用で少しばかりショウホンシティを離れていたの」
「私用って……アタシ、あなたを見張っているつもりだったんですけど」
「どうしても外せない用事があって。いえ、何も言わずに出て行ってしまってごめんなさいね。お詫びに、貴女の相談事に乗ったりできるから。なんでも言ってちょうだい?」
「もー……。これ、ユノさんまた勝手にどっか行くパターンじゃん」
ジト目でそんなことを彼女に言ってみるのだが、この言葉に対してユノさん、反応することなく微笑でそれとなく受け流していく。
あ、絶対にまたいなくなるパターンだ。そんなことを思いながらもアタシは、それじゃあちょっと仕返ししてやろーなんて考えて「じゃあ、なんでも言っていいんだね?」と訊ね掛けていく。
それに対しては、ユノさんはクールに笑みを見せながら「えぇ、いいわよ」と答えていく。おっしゃ、本人がそう言うんだ。アタシはしめしめと心の中で笑いながら、ユノさんに向けてそれを言ってみせた。
「じゃあ、アタシとポケモンバトルして!!」
バッグから取り出したモンスターボール。アタシのそれに、ユノさんは「あら、そんなことでいいの?」と余裕な表情。
いや、そんなことでいいの。だって、あなたとのバトルの中で、わざマシンをつくるにあたってのインスピレーションが湧き上がってくるかもしれないのだから。
アタシは心の中でそう答えながらも突き出したモンスターボールで訴え掛け、こちらの目を見たユノさんもまた、寄り掛かっていた木から背中を離し、広場の方へと歩き出したのだ。
「それじゃあ、一戦交えましょう。手持ちは?」
「んー、本当なら二対二がいいんだけど、アタシの新しいポケモンがユノさんにどれだけ通用するのかを見たいから、一対一で!!」
「おっけー。どんな勝負でも一切手を抜かないから、よろしくね」
「手を抜かれちゃったら、この勝負の意味が無いし!! なめないでね!!」
あのユノさんに堂々と食らいつく調子で返していくアタシ。なんだか急に沸々と湧き上がってきた闘志も、眼差しとなって表れていたのだろうか。こちらの様子を見たユノさんは次にも、穏やかでありながらも、真剣ともとれる表情でアタシを見遣り、そのまま手で広場へと促す様でポケモンバトルへといざなってきたのだ。