ポケモンと私   作:祐。

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痛感

 広場に吹き出す、強者のオーラをまといし穏やかな風。これは背筋に撫で掛けてくるかのような、得体の知れない不気味さを思わせる不穏の前触れ。

 しかし、この場における前触れは不穏だけに非ず。これは、アタシの未来に訴え掛けてくるかのような。例えるならば――試練を思わせる、緊張を届けに来る風のように感じられた。

 

 広場で遊んでいた子供たちとポケモンが、一気に静まり注目する。ボールを手に持つ男の子がじっと見据えた、赤色の花々が過激さを演出する和風のフィールド。ここに佇みアタシの前に立ちはだかったのは、風をまといながら軽く腕を組んでこちらを見遣ってくる、ユノさんの姿。

 

 ……相変わらず、雰囲気あるなぁ。敵対とまではいかないものの、彼女を相手にした瞬間から流れ込んでくる空気の変化は、まるで『クロベ湖』での戦いを思い出させる。

 ――これがもし、ユノさんが、タイチさん達の言う悪党共というのと同類だったとしたら、どうなるんだろう。そうでなくとも、もしユノさんが敵という立場でこうして相対したとしたら、アタシはきっと、気持ち的な面で終始圧倒されてしまうかもしれないと想像した。

 

 ユノさんが纏う空気は、あまりにも異質すぎる。まるで、この世界のものではないかのような異次元の存在感を醸し出す彼女の姿からは、その背後に形容し難い渦巻く謎の世界を見出せてしまうものだから――

 

「ルールは一対一。どうぐの使用は無しで行きましょう。どうぐを持たせるのはアリにするけれど、私は今回、そういった小物は所持させていないわ」

 

「ご丁寧に、手の内を明かしてくれてどうも……!」

 

 アタシは、手に持っていたモンスターボールを構えていく。こちらの様子にユノさんも合わせるようどこからともなく黒いモンスターボールを取り出すと、赤色と黄色のラインがゴージャスな印象を与えるそれを構えて、アタシらは一斉にそれを投げていった。

 

「マホミル!! ご所望のバトルだよ!! 存分に暴れてきて!!」

 

「ヒイロちゃん達をお願いね、ゾロアーク」

 

 繰り出された二体のポケモン。アタシのマホミルはボールから出てくるなり、今にも攻撃を仕掛けそうなほどの闘志を燃やした顔で浮いている。

 一方で、やはり出てきたユノさんのゾロアーク。長髪の赤いタテガミを結った人間型のそれは、出現するなり禍々しいオーラを放ち始めていて、アタシはこの時点で怖気づきそうだった。

 

「ヒイロちゃん。先行どうぞ」

 

「なめないでね、って言ったでしょ! ――ふふん、じゃあお言葉に甘えて!!」

 

 アタシの指示と共に繰り出されたマホミルのマジカルシャインによって、戦闘の火蓋は切られた。

 

 こうかはばつぐん! マホミルが血気盛んに放ち始めた全力の光が、フィールドを埋め尽くす。質量をもった光の粒がこの周囲に弾けるよう放たれると、ゾロアークはその粒の一つ一つを確認するようにギョロギョロと目玉を動かし、一気に駆け出してきたのだ。

 

 タテガミの鮮紅が残像としてフィールドに残り、マホミルの目の前に現した漆黒の姿。

 ――速い!! 相変わらずのそれにアタシは圧倒され、次にも繰り出されたゾロアークの突きによって、マホミルは開幕すぐに吹き飛ばされる。

 

 ゾロアークの動きに、無駄が無さ過ぎる。一連の動作も、まるで既に見てきたかのように潜り抜けることを容易いと感じさせる。吹き飛ばされたマホミルは、今までに相手したことが無いような強敵を前にして、むしろ逆ギレに近い表情を見せながら真正面から突っ込んでいく。

 

 って、いやいやいや!! 真正面から特攻したってまともに勝てないって――!!

 

「こうそくいどう」

 

 ユノさんの指示と共に、ゾロアークの姿は一瞬にして消失する。残像のみが頼りとなる数秒にも満たないヒントにアタシは目が追い付かず、それどころか、背後から感じられた気配に気付いたのも、自身が影に覆われてからであったものだ。

 

 アタシを飛び越える、漆黒の影。マホミルとは正反対の方向から現れたソレが目を光らせると、マホミルの液状の身体が急に、捻じれるように左右へ広がり始める……!

 

「じんつうりき」

 

 開いていた輪ゴムをとじる要領で、バチンッと元の姿に戻ったマホミル。だが、その反動で小さな身体が吹き飛ばされると、その先には邪悪な波動を両腕にまとって振りかぶっていたゾロアークの姿――!!

 

「ナイトバースト!」

 

 繰り出される、渾身の一撃。マホミルに叩き付けられると同時に発生したドス黒い衝撃波がアタシへと襲い掛かり、思わず数歩と引き下がりながら戦況を見据えていく。

 

 ……フィールドに埋まったマホミル。呼吸を荒くしながらもまだまだ大丈夫そうなその様子に、アタシはタイプ相性を思い出す。

 そっか。あの必殺技、なんか見た感じあくタイプっぽいから、フェアリータイプのマホミルはこうかがいまひとつなんだ。クロベ湖で見た惨状は、サイホーンがあの必殺技を等倍で食らっていたことによるもの。今回はタイプ相性では有利となる戦いであるため、アタシらの手の内が完全にバレる前に、一泡吹かせてやりたい……!!

 

「マホミル! マジカルシャインで自分の姿を隠して!!」

 

 アタシの指示と共に、カッと目を見開くマホミル。放たれる光は質量を以てしてゾロアークへと繰り出され、それに包まれたゾロアークもまた、こうかはばつぐんという相性もあってか、軽やかな動作で後方へと下がって距離を離していく。

 

 周囲に巡らされた妖精の淡い光。それにマホミルは姿を隠してゾロアークへと近付き……。

 という戦法であったのに、あろうことかマホミルはそのまま真正面からゾロアークへと突っ込んでいった。

 

 お、おいおいおい!!!! アタシが「マホミル!! 違うって!!」と声を上げていく様子を背景に、マホミルはマジカルシャインの輝きを身に纏う突進をゾロアークにかましていったのだ。

 

「じごくづき」

 

 脇をしめた鋭い一閃。ゾロアークの突きは突撃してくるマホミルの正面からぶつかり合い、抉るように振り抜かれたそれによって、マジカルシャインを纏っていたマホミルを退けていく。

 ウソでしょ!? タイプ相性的にはマジカルシャインが勝っているはずなのに!! アタシは目撃した実力の差に思わずと圧倒されてしまうのだが、一方で、マホミルはこの現実と直面してもなお、むしろ好戦的な表情をしかめていき、ブチ当たってやるぜ!! と言わんばかりにマホミルはまたしても、真正面から突撃していってしまうのだ。

 

「マホミル!! もっと戦略的に戦わないと!! 相手に突っ込んでいくことだけがバトルじゃないんだって!!」

 

「ヒイロちゃんの新しいお仲間さん、すごく面白いわね。血の気が多いマホミルだなんて、初めて見るかも」

 

 余裕綽々といった態度で、組んでいた腕を上げて右手を口元に添えていくユノさん。彼女はラルトスのように、目新しいものを好む性分の持ち主だ。今もマホミルが行っていく鉄砲玉のような戦い方はともかくとして、そんな好戦的なマホミルのことを、ユノさんはとても興味深そうに眺めている。

 

 ……クッソー。なめられるとかの問題じゃなくて、なんだか普通に恥ずかしい!!

 

「ええい、マホミル! ゾロアークの攻撃に合わせてとける!!」

 

「貴女のマホミル、後で触れ合いたいわ。――ゾロアーク。こうそくいどう」

 

 とっしんにも満たない頭突きでゾロアークへと飛び込んでいくマホミル。これを容易く避けたゾロアークは、残像をフィールドに置いて姿を消していく。

 ……どこからくる!? アタシは周囲を見渡してゾロアークの動向をうかがうのだが、次の瞬間にも、アタシは目を疑うような光景を目の当たりにすることとなった。

 

 ――アタシの視界に突然入ってきた、液状の身体を持つ小さなポケモン。ソレはキリッとした表情を浮かべてアタシの真ん前に現れるのだが、今もマホミルを捉えていたアタシは、突然と視界に現れたソレに「え?」と言葉を漏らす。

 

 マホミルが、もう一体……? アタシが混乱している間にもソレはフィールドへと飛び込んでいくと、その先にいたもう一匹のマホミルへと、攻撃を繰り出していったのだ。

 

「じごくづき」

 

 もう一体のマホミルから伸びた、獣と人間を足して割ったような邪悪の腕。可愛い風貌をぶち破るように出てきたそれは、ゾロアークの姿を見失っていたマホミルの背後から攻撃を食らわせて、吹き飛ばしていくのだ。

 奇襲によって地面に落ちたアタシのマホミル。唐突な出来事に顔を上げていくのだが、その先から迫るもう一体のマホミルが、こちらのマホミルへと怒涛の猛攻を仕掛けてくる。

 

「かえんほうしゃで逃げ場を無くして、こうそくいどうで惑わしてからいつもの連撃」

 

 あのマホミルが口を大きく開くと、液状の身体からは灼熱の炎が噴き出してきたのだ。

 ……いや、あれは見るからにマホミルじゃない!! この時にもアタシは、ソレが有する特性を初めて理解すると共にして、まだまだ広い世界の片鱗を味わうこととなる。

 

 アタシのマホミルを囲う炎。直接と攻撃してこない相手の行動に、アタシのマホミルはいつもの如く突っ込んでいってマジカルシャインを放っていくのだ。

 あぁ、もう!! 相手が攻撃してきたら、とけるをしてって言ったでしょ!! 内心で叫びながらも状況を見極めようとするアタシ。目の前の今起きている現象を注意深く観察していき、“ソレ”から繰り出される最強のコンボを食らわないよう細心の注意を払っていく。

 

 突っ込んでいったアタシのマホミルは、敢え無く返り討ちにされてしまった。マジカルシャインの光をことごとく回避していった相手のマホミルは、その鮮やかな動作で浮遊しながらこちらへと接近し、ただのタックルでアタシのマホミルを退けていく。もはや立ち回りのみであしらわれているこの状況に、アタシも、そして、アタシのマホミルも、目の前の立ちはだかる絶壁に絶望さえ感じてしまえたものだ。

 

 ――と、ここでアタシのマホミルは、急に動かなくなった。それを好機と見た相手のマホミルが真正面から突っ込み、再び漆黒の腕による突きでこちらへと攻撃を仕掛けてくる。

 これを冷静に見た、こちらのマホミル。ここに来てようやくととけるを使用してくれ、まずは突きの一撃を受けることに成功した。急な受け身の姿勢にユノさんも若干と眉を動かし、口元にあてがった手をそのままに、指示を行っていく。

 

「じんつうりき」

 

 うわ、それはどう足掻いても避けられない……!! アタシは「急いで離れて!!」とその場から離れるよう指示を送るのだが、マホミルはそこから動くどころか、ソレを迎え撃とうとマジカルシャインを放ち始めてしまったのだ。

 

 質量をもった光が、かえんほうしゃによる逃げ場のないフィールドを照らしていく。だがしかし、この行動も虚しく、マホミルはとけた状態でじんつうりきを食らってしまい、とけていたその身体を戻されてしまったのだ。

 その上、戻された身体はいつもの姿となりながらも、吹き飛ばされることもなくその場に留まってしまう。――じんつうりきの力で、マホミルは身動きを取れずにいた。

 

 前方から迫る、ドス黒いオーラを放ち始めたもう一体のマホミル。液状の身体は次第と黒く染まり始め、目元と口元、頭部に紅を浮かべ、段々と大きくなる身体は、人のような姿を象っていく……。

 液状のゾロアーク。ドロドロとした表面がアタシのマホミルを見下ろし、振り上げた腕からはドス黒い波動を溜め込んで必殺技の準備を整えていた。

 

 ――絶望的だ。アタシは、半ば諦めの境地へと至っていた。こうなってしまっては、もはや相性の有利不利の話ではない。悔しい気持ちが巡ってくると同時に実感した、まだまだ敵わない圧倒的な経験と実力。アタシはキャップのツバを摘まむようにして若干と下げていくのだが……。

 

 ……マホミルは、この状況を前にしても、決して諦めていなかった。

 

 視界に走り出した、マジカルシャインの質量ある光。アタシがそれに気が付いて視線を向けていくと、マホミルはなんと、もがくことでじんつうりきの拘束から抜け出していたのだ。

 ウソ。アタシは目を丸くして、マホミルを見遣っていた。――この時アタシは気付くことができなかったものの、アタシが諦めに達してお通夜のようなオーラを出していたその間にも、ユノさんはその揺ぎ無い眼差しを、じっと、マホミルへと向けていたのだ。

 

 ゾロアークのナイトバーストが繰り出される。破滅的な破壊力を持つその波動が眼前から襲い掛かろうとも、マホミルは勇猛果敢にそれへと突っ込んで姿を消していく。

 ドス黒い波動に呑み込まれた。アタシは行方をくらましたマホミルの身を案じるのだが、その心配もまるで不要。散らばった液状が波動から抜け出すようにゾロアークの周囲へと飛散すると、それは高速の修復を以てして、ゾロアークの目の前にマホミルの姿を形成していったのだ。

 

 今までに見たことのないわざ。少なくとも、マホミルはあのわざを覚えていなかったはず――

 

「おめでとう、ヒイロちゃん。貴女のマホミル、絶体絶命の窮地という逆境に立ち向かうことで、新たなわざを身に付けたみたいよ。見た感じ、じこさいせい、といったところかしら」

 

 じこさいせい。本来であれば、このわざは負傷した自身の身体を自力で修復することによって体力を回復することができるという、回復を主な目的としたわざだ。

 しかし、アタシのマホミルに限って言えば、血気盛んで好戦的なその性格が、わざわざ体力の回復という回りくどい立ち回りなどしないことだろう。マホミルはその回復するわざを、なんと戦闘中の立ち回りに応用してしまったと考えるべきだろう。

 

 自身の身体をとけるによって分散させ、その分散させた身体でわざを受け止めることにより、通常よりも受けるダメージを軽減させていく。それでもって、この状態で自分の身体を修復するという性質を持ったわざを使用することにより、散らばった身体を瞬時に元に戻すことで、すぐに戦線復帰するという回復以外の目的で、マホミルはじこさいせいを行ったのだ。

 

 ――あぁ、アタシって、なんてバカなんだろう。この時にもアタシは、自身の未熟さを痛感した。

 今も、あのゾロアークを相手に食らいついていくマホミルの姿。その勇敢な姿に対して、アタシはつい先ほど、無礼なことをしてしまった。

 

 ……自分のポケモンを、最後まで信じることができなかった。あぁ、もうダメだ。これではもう勝てない。その時にも抱いてしまった諦観の念に、アタシはひどく恥じることとなった。それも、今からこの腹を切ってでも、マホミルに詫びたいと思えてしまえるほどに、アタシは一人のポケモントレーナーとして、勇敢に戦ってくれているパートナーに対する無礼な行為を働いてしまったのだ。

 

 ――マホミルが繰り出す、渾身の一撃。秘めに秘めた、湧き上がる神秘的なパワー。とけるによって上昇した防御力を力に変換するその一撃は、あのサイホーンさえも吹き飛ばすほどの威力を誇る。

 

 最後に、力を振り絞ったマホミルの反撃。それはアシストパワーというわざとなって、眼前に佇むゾロアークへと放たれた。

 ……強力な一撃が、その漆黒の身体を呑み込んだ。見るからに、相手もただでは済まないことだろう。マホミルも、やり切った、とも言わんばかりの勇敢な表情を浮かべていたものの、次の瞬間にもその覆われた神秘の光から伸びた漆黒の腕。

 

 こうかが、なかった。マホミルの勇気ある最後の抵抗も虚しく、影のように伸びたゾロアークの鋭い突きの一撃を受けたマホミルは、吹き飛ばされてしまった。

 アタシは、そのマホミルを追い掛けて走り出す。――最後まで諦めない。この場面で痛感させられた、痛いほどの気持ちに任せるがまま両腕を伸ばしていく。そして、マホミルが吹き飛ぶ射線上に飛び出したアタシは、反動も顧みずに、抱き抱えるようにマホミルを受け止めた。

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