夕焼けをバックにしたショウホン城は、その和風テイストな街並みに哀愁を思わせる、エモーショナルさを演出していた。
古くからこの地方を見守り続けてきた伝統のそれを眺めるアタシ。ラルトスを抱えてこの景色を見ていると、夕焼けの淡いオレンジ色が、蜜柑色の髪を左耳に束ねたサイドテールのラ・テュリプさんを思い出す。
……次こそは、負けない。一度敗北している身として思うところは色々とあるけれど、その敗北の後から様々な出来事と出くわすことによって、気持ち的にも技術的にも、そしてポケモンバトルとしても一歩前進したという自信がアタシの背を強く押してくれている。
後ろから聞こえてくる足音。それはアタシへと真っ直ぐ向かってくると、佇むこちらの横に立った女性は、そのサイドテールを揺らしながら語り掛けてくるのだ。
「わたしは、このショウホンシティが大好きなんだ。そりゃあ最愛の彼と初めて出会った場所って意味でも大好きなのだけど、それとは別に、本当にただ……ショウホンシティという地域のことが好き。大きいからいろんな人達やポケモン達と出会えるし、昔の人達が遺してきた歴史を尊敬しているところもあるから、それを廃れさせたくなくて、この手で継いでいきたいとも思っているの」
そう言って、アタシの横に佇むラ・テュリプさんはこちらへと振り向いてきた。
「明日だね、ヒイロちゃん! この前の出来事が出来事だったから、わたしちょっとだけ心配してた。もしかしたら、挫けてしまってリベンジをしてこないかもしれないって思っていたから」
夕焼けに照らされた、黄昏を帯びるアタシとテュリプさん。今もアタシの目の前には落ち往く太陽が姿を隠していくのだが、一方でこの隣には、また異なる太陽のようなお人が居たものだから、その灼熱の日差しの如く熱い存在感を醸し出す彼女に押されながらも、アタシは夕焼けを眺めたまま返していく。
「正直、あの時ばかりは落ち込んだよ。アタシ、やっぱりポケモントレーナーは向いていなかったなって。でも、そんな時にアタシの背を押してくれたのが、このショウホンシティと、ショウホン城。それと、タイチさんと、テュリプさん。あとは旅を共にしている仲間の女の人と、アタシのポケモン達。みんなが関わってくれたことでアタシは割とすぐに前を向くことができて、それから自分に対して新しい発見もできて、自信を持つことができた。もちろん、アタシのポケモン達も成長したし、新しい仲間が増えたから、二対二で戦えるんだから」
黄昏の光源を目に反射させ、アタシはテュリプさんへと力強く振り向いた。
――こちらの眼差しをじっと見つめる彼女。直にもサングラスをかけていたテュリプさんはそれを手で上にずらし、こちらの目と合わせてから自信満々にそれを口にしてきたのだ。
「元から油断するつもりはなかったけれど、今回のヒイロちゃんに対して、わたしは一切油断できないかもしれない。――タイチ君もイイ子を見つけてきたね。タイチ君は見る目もあるから、彼が目星をつけたトレーナーってジムリーダーみんなが警戒するの」
「タイチさんには困ってるの。なんでアタシなんかにそんな期待して、いちいちハードル上げてくるんだろって。でもね、そのプレッシャーも、アタシに良い意味で緊張感を与えてくれているのかなっても思ってた」
「うふふ、やっぱお似合いだね!!」
「え?」
ずいっ、と寄ってくるテュリプさん。一気に距離を近付けてアタシの顔を覗き込んでくる彼女に、アタシは一歩引いて圧倒されてしまった。
「わたしはね、恋愛の見る目はあるんだよ!! んーーー、やっぱねー、タイチ君も今までいろんな女の子と話してきているし、そんな場面をわたしはいっぱい見てきた!! でもねでもね! タイチ君があんなに活き活きとしながらヒイロちゃんと話しているところはね、わたし多分初めて見た!!! タイチ君はあんなにカッコいいクセに恋愛には恐ろしいほど疎い男の子でさー。ねえちょっと、ヒイロちゃん。やっぱ貴女達は相性すごく良いと思うから、いっそのこと思い切って付き合っちゃいなよ!! ちょっとタイチ君に大人の恋愛を教えてあげて!! ね!?」
……あぁ、やっぱりこういう話になるのか。
ずいずいっ、とどんどん迫ってくるテュリプさんにアタシはただ一歩ずつ後ろへ下がることしかできず、そんなこちらにもお構いなしと色恋の話に情熱を注ぎまくる彼女は、困惑するアタシとラルトスに容赦の無いマシンガントークを繰り広げていったのだ――
膝に乗せていたラルトスをモンスターボールに戻し、バッグの中に並ぶ三つのボールから、二つを今すぐにでも取り出せるように配置しておく。
今も熱気に包まれた控え室。目の前では簡易的なスタジアムでポケモンバトルを行うトレーナー達がいたものだが、そんな活力あふれる様子とは無縁と言わんばかりに、アタシはベンチに座ったまま目を閉じていく。
――集中するんだ。今まで通りにやっていけばいい。ハクバビレッジの時には一切感じることのなかった重圧感に押しつぶされてしまいそうになるが、今ここで信じられるものは、敗北の後から学んできた様々な経験と、アタシについてきてくれるだけでなく支えてまでくれている、親愛なるパートナーの三匹のみ。
いや、それで十分だ。気持ち的には十分に満たされている。心のピースに欠けた部分は無く、今のアタシは猪突猛進に前へと突き進む勇猛なチャレンジャーである。
……まさに、突進するサイホーンと、血気盛んなマホミルの二人を混ぜたような心境。パートナー達を十分に信頼し切れている証だ――
「次のチャレンジャーは、こちらへお願いいたします」
名簿を持つスタッフの声でアタシは立ち上がり、手で促されたその通路を道なりに進んでスタジアムを目指していく。
薄暗くて圧迫感のある通路の先には、煌びやかなフィールドが広がっている。それは前々回も前回も見た光景であり、今回の入場口も、いたって代わり映えの無い試練への一本道。今もこの心臓は張り裂けてしまいそうになるくらいに鼓動を響かせているのだが、これで三回目となる道のりに、アタシはだいぶ慣れを覚えていたものだ。
ショウホンシティジムのスタジアムは、目と鼻の先にまで迫った。
しかし、ここでアタシは一度立ち止まることとなるのだ。その理由もその通りで、どうやら先ほどまでの試合によってボロボロとなったフィールドを整えているらしい。今も慌ただしくゴローニャがハードローラーで整地を行っており、入場口付近にいたスタッフからは、手の合図で止まってくれと指示されたものだったから。
アタシはそれに従って、あと一歩でフィールドに足がつくというその位置で決闘の時を待った。
……今も、このチャレンジャーの入場口の正反対にあるジムリーダーの入場口から、恋情の如き熱い存在感を解き放つラ・テュリプさんと見つめ合いながら――