「……ラルトス、マホミル、サイホーン。ごめんね、もうしばらくだけここに居てもいいかな」
口元に人差し指を立てて、「シーッ」とするアタシ。こちらの意図にポケモン達も分かっていた様子で頷いたりしていて、皆で静かにしていたものだ。
どうやら、省エネモードの完全オフデーはアタシ達だけではなかったみたい。それからというもの、アタシらは最小限の音だけで何かを食べたり動いたりして、ユノさんが目覚めるまで暫し、この公園で過ごしていた。
それから一時間は経過しただろうか。今もアタシの肩を枕代わりに、とても落ち着ける身寄りに任せるかのよう睡眠をとっていくユノさん。彼女の眠りようは尋常ではないほどの深い睡眠であるようで、寝息を立てながら瞑った目は、もう二度と覚まさないんじゃないかと思えるほどにしっかりと閉じられている。
あのユノさんが、こんなにも疲労するだなんて。今までに見たことのない彼女の様子に、アタシはユノさんが追っているという“団体”が、如何に曲者たちの集いであるのかを何となく理解する。
同時に、そんな“ヤツら”を許せない気持ちでもあった。……どうして、そんな“ヤツら”はポケモンにああいったひどいことを……!! 沸々と湧き上がる怒りに反応したのだろう、アタシとユノさんに挟まるラルトスが角をピカピカと赤く光らせてくる。
その光を見て、アタシは自分が相当怒っていることを自覚した。うん、アタシが今ここで怒っても仕方ないよね。自分の現状ではどうすることもできない無力感と共に、だからこそユノさんやその関係者の皆さんが、そういった連中を何とかするべく解決へと働きかけてくれているんだ。そして、今のアタシにできることはただ一つであり、それこそが、こうして大変な思いをしてまで奔走してくれているユノさんが、安心して眠ることができる存在になること……。
……と、ふと脳裏に巡る記憶。そこに映る、タイチさんの姿――
『この周囲で悪さを行おうとした団体が、何者かによって捕らえられていたんだ。それも、その悪い奴らがマサク――世間的にはあまり知られていないほどの、狡猾で残忍な手段を強行するような、危険な人物達だったものだから。それで、警備員や守護隊までもが出動する事態になっていたんだ』
『ふーん。タイチさんはどうしてその現場に居るの?』
『俺は、シナノ地方のチャンピオンとして、こういう地方の問題にも関わっているんだ』
『へぇ、チャンピオンって大変だね』
『ありがとう、ヒイロちゃん。俺も最近ちょっと働き詰めで疲れていたんだけど、こうしてヒイロちゃんとお話をしたらなんか、元気出てきたよ――
「――わたしに来客? シナノチャンピオンのタイチ君がお見えになってる?? 分かった。彼のとこまで連れていって」
ジムチャレンジの正装に身を纏うショウホンシティジムのジムリーダー、ラ・テュリプ。昼の休憩時間である休息の時に、ストロー付きのカップで水分補給を行っていた彼女へと声を掛けたジムチャレンジのスタッフ。
本物のシナノチャンピオンにとても興奮していたスタッフの気分とは裏腹に、ジムリーダーは真剣な表情を見せてスタッフに案内されていく。その道中にも、軍服のような赤色の上着の襟を直したりとどこか緊張感を持っていた彼女は、ジムのエントランスの出入り口付近にて、案内の下で顔を合わせたチャンピオンの、変装した姿の前に現れる。
「タイチ君おまたせ。お疲れ様」
「あぁいえ、全然待っておりませんよ。テュリプさんこそ、常にお疲れ様です。土産に、チイラのみが効いたエナジードリンクでも買ってきたんですけど、どうです?」
「あのねー、三十路手前の女の人によく、そんな身体に悪そうなものを勧められるよね。タイチ君に彼女ができた暁には、女心を理解するための猛レッスンを強制的に受けさせてやるんだから。――ま、わたしは女としての消費期限が過ぎるし、そんなの関係無しに貰っちゃうんだけどねー!」
「消費期限だなんて、そんな。安心してください。こちら買ってきたばかりなんで、そこら辺は気にしなくてもいいんですよ。ハハハ」
「消費期限って、女としての、だよ? もー、タイチ君。そういうところが女心を分かって……もういいから、ほらちょうだい! 昨日のヒイロちゃんとの戦いといい、最近の若い子はエネルギッシュでわたしついていけなくて。すっごい疲れてたから、むしろそういう身体に悪いものがちょうど良かったんだ!」
手渡された缶を受け取り、ジムリーダーはそれをグイグイと飲み始める。この飲みっぷりに、それの味を知っていたのだろうスタッフは「あんなに辛いやつを、ヤベー……さすがほのおタイプのジムリーダー……」と思わず零してしまう。
そんな彼の言葉に、ジロッと視線を送る彼女。スタッフは送られたそれに気まずそうにしながら、誤魔化すように苦笑いをして「では、あちらでお待ちしております……!」と言い、逃げるようにこの場を後にした。
プハーッと半分ほど飲んだところで、彼女は目の前のチャンピオンへと向いてきた。
――恋情の如き燃え滾る灼熱を感じさせないほどの、とても深刻そうな顔をしながら……。
「タイチ君。あれはどういうことなの?」
「しくりました。俺がもっと早く駆け付けていれば、あの現場を嗅ぎつけたメディアを追い返せていたと思うんですが」
「別にタイチ君は何も悪くないって。むしろ、ああいう事を事前に防いだり対応してくれたりしてくれてるタイチ君には、ジムリーダーや守護隊のみんな感謝してるんだって。タイチ君は、一人で背負いすぎなところあるんだから。――本当に悪いのは、あんなことをしでかせる異常な精神の“マサクル団”なだけ。ただ、広まっちゃったね。世間に……」
「幸いにも、想定していたような、地方中が大混乱に……とまではいかないようですがね。それもどうやら、あれが人間の手による所業とは思われていないようで、不幸中の幸いと言いますか。しかし、“彼ら”の手にかかってしまったポケモン達が気の毒で、一刻も早く“彼ら”の居所を掴みたいところです」
「わたしも同じ気持ちだよ。この思いは、わたしやレミトリ、ラインハルトさんだって、ラオちゃんだって、他のジムリーダーとか関係者みんな思ってる。でも……今回の“マサクル団”、前よりも厄介になってない?」
「だいぶ慎重ですね。以前も人の目を忍びながら虐殺に勤しんでいた“彼ら”ですけど、どうやら今回は特に、時と場所を選んでいるように見える。前なんかは、俺が後から駆け付けても、そこにあった痕跡やらで“彼ら”の居場所を特定することができたもんだが、今回はしっかりと証拠隠滅されていて、俺もその居場所を掴むことができなくてですね」
「レミトリからも、なんか連絡来てなかった?」
「ハクバビレッジのコタニの山で、似たような形跡で処理されたポケモンの亡骸が発見されたという話ですね。それも、一種類のポケモンに絞って行われた行為であることから、“彼ら”は明確な目的を持って今回のような行為に及んでいると考えていいかもしれない。……あの、俺の推測なんですけど」
口元に手をあてがう彼。ジムリーダーの様子をうかがうようなそれに、彼女は耳を傾けていく。
「……俺の目から見た“彼ら”は、話題づくりをしているように見えるんですよね」
「話題づくり? どういうこと?」
「言葉の通りで、“彼ら”は世間一般にその所業が伝わるように、敢えて見栄えを重視した殺戮を行っているように、俺は見えるんですよ」
「見栄えを……? そんなことをして、“マサクル団”はどんな得になるの?」
「さすがにそこまでは俺にも。ただ、“彼ら”はこうして世間に何かを伝えようとしている。いや――違うか。伝えるというよりは、世間の様子をうかがっている……?」
考え込む彼。飽くまでもただの推測である彼の言葉に、ジムリーダーの彼女は嫌な汗を流しながら、次の言葉を静かに待ち続けるのだ――
「……俺が思うにだけど、“彼ら”はおそらく、意図的にシナノ地方を混乱に陥れようとしている」
「意図的に……?」
「以前までの、人目を避け続けていたそれまでの活動とは真逆にある。こうして色々な現場に赴いてきたから分かることもあって、“彼ら”は多分、自分達の行為をより世間に知らしめて、『この地方には殺戮を楽しむヤバい連中が潜んでいる』とアピールしたいんじゃないかって、俺は思うんです」
「そんなことをしたら、“マサクル団”はもっと肩身が狭くなって、行動にも支障が来すと思うけど……」
「……既に、行動する必要も無い段階まで来ている。としたら」
「そんな、ちょっと。やめてよタイチ君。冗談だとしても趣味が悪い……」
「テュリプさんも食い止める側だったから分かると思いますけど、“彼ら”って本当に陰でポケモンの命を奪うことを信条とする連中ですよね。やる事なす事すべてが卑劣で下衆で、そのくせして狡猾でタチが悪い。だからこそ、世間の表に出てこない“彼ら”に我々は手を焼いたものですが、そんな“彼ら”は復活するなり一転として、自身らの殺戮をあっさりとメディアに流して、その行為を地方に晒していった」
「……タイチ君。何が言いたいの?」
「我々はあの日、“マサクル団”を滅ぼしたと思っておりましたが、違ったんです、きっと。当時の親玉を、俺のルカリオが吹っ飛ばして拘束するに至りましたけど。もしかしたら、あの時に拘束した親玉は、本当の親玉ではなかったんじゃないか、と」
「影武者? だとしても、“マサクル団”にとって自分達の活動が公に出ることは、地方の人達に知れ渡ることになって、自分達の立場がただ危うくなるだけだと思うんだけど……」
「だからこそ、徹底してメディアの目を避けてきた“彼ら”が、自分達の活動を公に出したことを俺は不思議に思っていたんですよ。きっと、水面下での活動が十分となり、完全に準備が整ったことで、宣戦布告を行ってきたのではないかな、と」
彼の言葉に、ジムリーダーの顔色は次第と青ざめていく。
「…………ッ」
「これから午後の部というのにすみません。ただ、相手は“マサクル団”なので、最悪のシチュエーションを本気で想定しておかないと、マジで取り返しのつかない大惨事が起こってしまうかもしれない」
「本当にあり得そうな話だから、こうして気分悪くしてんのさ……。それに、もー……ほんとやめてタイチ君。タイチ君ってそういう、貴方の直感がどれだけ本物だったのかは自覚してるの?」
「ハハハ、ほんと俺って直感が冴えてますよね」
「お気楽ねぇ……」
そう言って、片手で頭を抱えた彼女。交わす話の中で体調を崩したのだろう顔色の悪い様子で少し俯くと、少し考えてからその言葉を彼へと託していくのだ。
「その話、ラインハルトさんにしてあげて。きっと、守護隊隊長のラインハルトさんも、わたしみたいにかなり落ち込むと思うから」
「では、このままナガノシティへと直行するとします。他になにか連絡とかはございました?」
「いいえ。ただ、引き続きラオちゃんとこのママタシティを警戒ね。――あ、それと、カルイザワ・ダウンタウンのリオラちゃんからも連絡があったかな」
「リオラが?」
「『タイチが来たら、アタシんとこにも顔を出しなさいよ! って言っておいてほしい』だってさ」
「アッハハハ! リオラらしい。小さい頃からそんな感じなんですよ、彼女。俺ら幼馴染ですけど、リオラって今では派手な見た目をしているけど、性格は意外と奥手だからちょっと遠回しな言い方で遊びに誘ってきたりするんですよね」
「……タイチ君。リオラちゃんはきっと、貴方に心配してもらいたいんだと思うんだけど」
「心配、ですか? リオラなら大丈夫ですよ。何せ彼女は、俺と一緒にジムチャレンジを最後まで駆け抜けて、シナノリーグのグランドファイナルでも衝突し合った仲ですから!」
「はーーーーーー、もー!! タイチ君!! そういうところっ!! そういうところが、女心を分かっていない証拠なんだからッ!!」
「おわっと!? テュリプさん!?」
バシバシと肩を叩かれる彼が驚く間にも、ジムリーダーの彼女はいつもの調子に戻ったと言わんばかりにその恋情の如き声音でチャンピオンを指摘していく。
深刻な空気から一転した、至って日常的なその光景。しかし、彼らが直面している現実も刻一刻と成長を続けており、今も水面下で蠢くドス黒い邪悪の思惑は、そう遠くない内にもこのシナノ地方全土に手を掛けることとなるのだ――