「じゃあねーーーショウホンシティーーー!!!! また観光しに来るから、その時はよろしくーーーーっ!!!!」
陽が真上に昇る時間帯。今いる塗装された道路から、あと一歩この草地に踏み出せばショウホンシティを出るという境界線で、アタシは自転車に跨ったその状態で振り返ってその地に別れを告げていく。
自転車のカゴに入っていたラルトスも、一緒に手を振っていた。その小さな身体でカゴから身を乗り出し、小さな手でアタシの真似をするようにそれを行っていく。そんなアタシ達を眺めていたユノさんもまた、自転車に乗った状態でハンドルに肘を置きながら、手に頭を乗せてクールにしていたものだ。
数日前にショウホンシティジムを突破したということで、ちょっと出遅れながらも次の目的地を目指し始めたアタシの旅。一個目のジムバッジを手に入れたハクバビレッジの時とは違って、今回はユノさんという旅路を共にする心強い仲間と共に辿っていく今回の旅は、ユノさんがいるからということでアタシが少し調子に乗り、その道のりはジムチャレンジにおいて最高峰の過酷さを誇るという試練の地域を目指すことにしていた。
次に目指す地の名前は、『オウロウビレッジ』。ビレッジという名がついているだけあって、その地域もまたハクバビレッジと同様の自然に溢れた緑豊かな場所である。
しかし、『オウロウビレッジ』という地域は、ジムチャレンジなど全く関係の無い普段の生活の中でさえ、この名前を出すだけでシナノ地方の人々を震え上がらせる。というのも、『オウロウビレッジ』があるその場所は、標高の高い山脈と、木々が生えている湖といった過酷な自然環境でなり立ち、そんな渡り歩くのに困難を極める地に住む野生のポケモン達もまた実力者揃いであり、毎年もの人やポケモンが、この地域で消息を絶ったりしている恐ろしい場所だ。
しかも、その地域の五割が山脈、四割が湖で、残りの一割が『オウロウビレッジ』という極端な割合。シナノ地方に存在する村の一つとして成り立つ程度の公益がもたらされている場所であるものの、それはほぼ自然環境が占める深緑の、その奥深くに位置する秘境、とでも呼べるだろう。
とかなんとか言ってきたが、ジムチャレンジであるこの期間中であれば、実はそれほど恐れる必要は無い。ジムチャレンジ自体が冒険に慣れていないような新米達で溢れかえるような行事であるために、そういう旅に不慣れなチャレンジャーをわざわざ命の危険に晒すようなことなど地方が許さず、チャレンジャーをバックアップするガイドさんやスタッフさんがちゃんと『オウロウビレッジ』まで辿り着くための道を確保しているため、獰猛な野生ポケモンと出くわしたり、足を滑らせて森林の渓谷へと真っ逆さまなんて事故も、滅多に起こらない。……そう、滅多に起こらない。
それでも、毎年必ず事故は起きているため、油断はできないということだ。特にアタシに関して言えば、既にコタニの山で遭難するという事故に遭っていて、それはメディアに大々的に広められてしまっていたものだから、そういう前科があるため今回は慎重に、かつ、より安全で信頼できる用心棒を率いた万全の状態で、その過酷な地に臨むこととしたのだ。
ということで、元は見張りという目的だったのにいつの間にかアタシの用心棒という扱いになっていた、ユノさん。彼女がアタシの後ろからついてくる形で進んでいく自転車の旅路は、早くも次の町に到着することになる。
ショウホンシティに続くショウホンどうろを真逆に進むことで到達した、『オウロウビレッジ』へ向かうための道中の町。ここは『キソシティ』という地域であり、和風とはまた異なる、一年代前とも呼べるような、昔懐かしいような建物が並ぶ光景が特徴的だ。
その商店街に入ると、建ち並ぶお店の入り口にはモノクロのテレビが置いてあり、キャタピーの形を模した駄菓子や、コクーンをイメージしたメガホンを売っている商品棚が目に入る。道を往く人々にはそれなりのお歳である人々やポケモンが多く見受けられ、とても朗らかで、実家のような雰囲気を放つ落ち着きのある空間であったものだ。
商店街を抜けていくと、川が流れる住宅街に出てきた。この住宅街のすぐ傍にはシナノ地方特有の山脈が地平線の彼方まで広がっており、そこから下りてきたのだろうナゾノクサやクルマユといった、野生のポケモンと出くわす機会が多かった
特に目が付いたのは、住宅街に放たれているガーディやハーデリア、ムーランドの歩いている姿。どうやらここ一帯、山から下りてくる野生ポケモンによる被害に悩まされているらしく、そんな野生ポケモン達を追い払うためにこの三種類のポケモン達が町の中を巡回しているとのこと。自転車を走らせるアタシらにはこれといったこともなく素通りしていたものだが、山から下りてきたのだろうシキジカといったポケモンを見つけるなり、ガーディやハーデリアはものすごい勢いで吠えて追い払っていたものだ。
今日一日、休憩無しにずっと自転車を走らせてきた。それもあってか脚がパンパンになってしまったアタシは、ちょうど目についた温泉でゆっくり休むことにした。
大きな露天風呂を扱っているというその温泉。今まで全く話さなかったことだが、このシナノ地方、実は数多の地方の中でも温泉の質がめちゃめちゃ良いということでかなり有名である。
特に、『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』という温泉村が存在するくらいには温泉が沸き出している地方であり、「~そうだ、温泉に行こう~」なんていうキャッチコピーが綴られたシナノ地方をPRするポスターなんかは、ここから割と近くにあるというカントー地方やジョウト地方にまで発布されているほど。
で、ジムチャレンジの開会式からかなり時間が経っているから忘れられているかもしれないが、実はその『ノザワタウン・ホットスプリングビレッジ』という地域にも、ジムがある。それも、どくタイプ使いである、人としても恐ろしい雰囲気を放つダーキスさんというジムリーダーが待ち構えているため、いずれにしてもアタシはこの温泉村に赴くことになるだろう。
そんなこんなで、自転車を停めてウキウキで露天風呂へ進行するアタシ。ラルトスを抱えてさっそくとお邪魔した解放感あふれるお湯の光景に、アタシは他のお客がいるにも関わらずラルトスと一緒にお風呂へ駆け込んだ。
山脈だらけのシナノ地方。見渡すかぎりの山という景色には正直ちょっとうんざりくることもあったものだが、それは見方を変えれば、季節によって姿を変える、自然の衣替えが頻繁と行われる豊かな有様を、どんな時でも眺めることができるということでもある。
こうしてジムチャレンジという疲労困憊の期間に訪れる温泉は、身体の疲れを洗い流してくれると共に、山という起伏や高度が織り成す絶景をいつもの何倍も楽しむことができるという、とにかくもう、最高な一時を過ごすことができるのだ。なんて最高なんだ――!!
「ヒイロちゃん、隣いいかしら」
掛けられた言葉。アタシは振り向くと、そこにはいつもの腰まで伸ばしたポニーテールではなく、頭に巻いたタオルにそれをどうやって収めたのかがよく分からないままの、掻き上げた髪型のユノさんがそこに佇んでいた。
……って、衣類をまとっていないし、バツグンなスタイルが目の前に――
「……ヒイロちゃん?」
「ぇ!? あっ!! 何でもない何でもない!!!! 隣いいよ!!」
「そう? ありがとう。――ねえ、ヒイロちゃん。のぼせてない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ダイジョウブ!! ほら、ユノさんも浸かって浸かって! じゃないと、なんか、アタシなんかユノさんの体を変に意識しちゃうからっ!! もー、ほんと! 思春期のお年頃って大変ですねっっ!!!!」
「??」
首を傾げるユノさんのくびれをがっしり掴みながら、沈めるようにユノさんを温泉に浸からせるアタシ。ラルトスはすでに温泉の縁に下ろしてあり、アタシやユノさんが浸かることで流れ出してくるお湯を浴びて気持ち良さそうにしていたものだ。
そうして過ごした至福の一時。風呂上りの一杯としてモーモーミルクをガブ飲みし、そこで買ったポケモン用の温泉まんじゅうをサイホーンやマホミル、ラルトスに食べさせてあげてから再び自転車でキソシティの中を駆け出していく。
この旅路のペースはだいぶ早く、キソシティを抜けるのに数日は掛かるかなと思っていた見積が、なんと明日にも『オウロウビレッジ』が属する地域に入れそうだということに気が付いて、想定外の早さでこの冒険を進めていたことを知っていく。
だからと言って焦って進むことは決して無く、今日はキソシティの中で休むことにしたアタシとユノさんは、別々の部屋でキソシティの宿屋に宿泊した。そうして翌日の朝にも再び自転車でキソシティの中を駆け抜けていくのだが、『オウロウビレッジ』が属する地域に入るかどうかというその境界線で、この日にもアタシはとある邂逅を果たすこととなる。
……それが良い出会いだったのか、悪い出会いだったのか。この時にはまだ分からなかった。
ただ、明日にもアタシは、今もシナノ地方の水面下で蔓延っているとされるある思惑に、片足を突っ込むこととなる――