「ゾロアーク! そっちをお願い!!」
真夜中のヒラキタ高原に響く、女の声。声量を抑えながらも必死になってあげた声に、赤いタテガミを揺らした人型のポケモンが大柄の男に襲い掛かる。
熟練の腕を持つポケモンに成す術も無く、男は繰り出したゴルバットを瞬く間に倒されると女のポケモンに覆い被され悲鳴をあげた。それからポケモンは攻撃を加えると、男はピクリとも動かなくなって地面に倒れ込んだのだ。
女に身柄を捕らえられた、もう一名の男。彼は大柄の男を見て自身がマシに思えてくるものだが、むしろ倒れた彼のように意識を失ってさえいれば、これからにも行われる尋問に遭わなかったことだろう――
「ち、違うんですッ!!!! 俺は別に、ただ“ヤツら”に指示されたことをやっただけで、そんな自分の意思でポケモンを処理しようだなんて思いながらあの件を起こしたわけじゃ!!!!」
「呆れたわ。あれほどまでの大事を起こしておいて、今さら言い逃れをしようとでも言うの? 自分は指示されたからやっただけ? じゃあ、貴方達の手によって命を落としていった大勢のポケモン達は、誰のせいだと言うの!?」
「お、俺はほんと……っ、ただ言われたことをやっただけだから……ッ!!!!」
「……とんだ下衆野郎。話はあとで、しっかりと聞かせてもらうから」
男の顔面に落とされた踵。ブーツに踏まれて顔を潰された男は悲鳴をあげると、彼女は男の身体にロープを巻き付けて完全に拘束していく。その間にも体重を加えられたそれによって恐怖心を与えることで身動きをとれなくさせていき、男の身体を一本の木に縛り付けると、女はスマートフォンを取り出して電話を掛けようとする。
画面に映し出された、『T』の文字。迷いの無い動作で彼女はそれへと通話を開始すると、スマートフォンを耳にあてがって、相手が出るのを待ち始める――
「凛とした手練れの、その手腕。鮮やかであり、美しくもあるその身のこなしもまた、数多の光景を渡り歩いてきた経験からなる熟練の業とも言えるだろうね。あぁ、とてもお美しいその佇まい。今宵にまみえた月夜の踊り子を、ボクは永遠に忘れることはないだろう」
…………??
耳にあてがったスマートフォンを、ゆっくりと下ろしていく彼女。通話のボタンもオフにして端末を隠すようにすると、そのまま振り向いた先に存在する、一人の道化と対面する。
爽やかでありながらも、独特な喋り方をする男性の声。若々しくも捉えどころがない、不思議な魅力が詰まったその声音。
被っている若葉色の中折れハットを、左手で押さえながら女を見遣っていた目の前の男。着用している服装も、若葉色のファンシースーツと茶色の革靴という派手な外見である彼は、琥珀っぽいオレンジ色のショートヘアーと、琥珀色の瞳を向けた端正な顔立ちで再び喋り出す。
「これはこれは、ボクはとんでもない場面と出くわしてしまったな。艶やかな体格で暗闇の中を駆けるその姿はまさに、生ける美麗とでも呼べるだろう、なんて宵闇に映えるお美しい女性なのだろうか。……だが、妖艶な存在を醸し出す、麗しき妖魔の舞いを目撃してしまった以上、ボクもまた、その舞踏会にいざなわれるのかどうか、疑問ではあるね」
「……何を言いたいの?」
「たとえボクの好みである淑女であろうとも、人を痛めつけるその様を見せられてしまっては、さすがに擁護のしようもないというものさ。それも、一方的に彼らを処理してみせた。幸いにも命を絶つほどの獰猛さは有していないようではあるが、肉食な女性もボクの好みだ。キミがこの大地に蔓延る邪悪の思惑に加担するような、生きとし生けるものに手を掛けるような快楽主義者であったとしても、ボクはキミのことを、麗しいと思い続けることだろう。あぁ、それにしてもお綺麗だ……」
「……。言い訳をするつもりはないけれど、私が捕らえた彼らは、極悪非道の団体に属する暴漢達なの。でも、彼らを痛めつける光景を見せられてしまっては、この言葉は嘘として受け取れるかもしれない。だから、私を通報するかしないかは、貴方次第よ」
「これはこれは、潔いレディーだ」
そう言い、手で押さえた帽子をより深く被っては「くっふふふ」と笑みを見せていく彼。そんな不可解な男に女は気を取られている間にも、倒れていた暴漢は地面を這い、音を殺してその場から去ろうとしていた――
「ゾロアーク!!」
女の呼び掛けによって、男の眼前に降り立つ人型のそれ。立ちはだかった存在に男が悲鳴をあげると、そうして意識を一瞬と他へやっていた女の目の前には、瞬間移動するように佇んでいた道化の男……。
「!? いつの間に――」
「ふむ、近くで拝見すると、よりお美しい美貌の持ち主であることが分かるね。顔立ちに恵まれていて、さぞ多くの紳士諸君を誘惑してきたことだろうし、淑女からも相当好意を抱かれてきたのではないだろうか? 男女共に魅了し、まるでこの世のものではないような、異質な雰囲気を醸し出すミステリアスな存在感。――なるほど。キミが食い止めようとしている“彼”も、この淑女をやけに気に掛けるわけだな」
「――――ッ?!」
色白の肌に血の気が引いていく、真っ青な女の顔色。
本能的に感知した危険信号に言い知れない表情を歪ませると、彼女は咄嗟に彼から距離をとって、敵意を剥き出しにしていく。
「“マサクル団”…………!!!!!」
「おや、ボクが“マサクル団”と? これはこれは、心外だな」
不敵に笑みを見せる彼。冗談のように彼は笑い飛ばすと、手を乗せていた帽子を掴んではゆっくりと下ろしていき、中折れハットを取り払う動作と共に素顔を晒していきながら、対峙する女へとそれを口にしていったのだ。
「ボクは決して、血生臭い所業に快楽を覚えるような、非道の限りを尽くすことを信条とする“マサクル団”の連中なんかではないさ。というかね、ボクを、地べたを這いつくばって生き血を啜ることしかできない“マサクル団”と一緒にしないでほしいね。ボクは、キミ達のようにポケモンと世界を愛していて、また、生きとし生ける女性のことも心の底から敬意を払って愛し尽くしている。いわば、慈愛に満ち足りた正常な人間であって、キミらと同等でもある存在さ。ただ、強いて言えば――ボクは、キミが追い求めている“彼”と同等である存在でもあることだけは、この場で明かしておくとしようか」
「…………“ルイナーズ”ッ!!!!」
この場で出くわすことは想定外と言えたのだろう。彼女は戦慄のあまりに美貌を捨てた鬼のような形相を見せていくと、相対してしまった脅威から一切と目を離すことなく手で合図を送り、地面を這う男へと仕向けていた相棒をすぐさま自分の下へと呼び戻す。
「“彼”の居場所を吐きなさいッ!!!! ゾロアーク! ナイトバースト!!!!」
「おぉ、憤怒に感情を支配されたキミの素顔も、実に美しいな。こうして見てみると、とても“彼”が懸念する危険因子であると思えないし、そうとは思いたくないほどにまで、ぜひともボクの花嫁としてお迎えしたい麗しき淑女だったものだ」
眼前から、怒り猛るゾロアークが攻撃を仕掛けていくその光景。今にも命を刈り取ろうとする獰猛なそれに対しても、彼は終始落ち着きを払いながらファンシースーツのポケットから一つのボールを取り出した。
水色の蓋に、黒色の網目状である見た目のそれ。不可解でありながらも他者を魅了する、不可思議なオーラを放つ彼をより一層と際立たせるような柄のボールを手にすると、彼は手の中で転がすようにそのボールを投げ、ポケモンを繰り出していったのだ。
今も眼前から、上げた両腕から渾身の邪気の波動を放っていくゾロアーク。主人と同じ怒りを持つそこから放たれたナイトバーストの一撃は、これまでに類を見ないほどの破壊力を以てして彼へと繰り出された。
しかし、その波動は彼の目の前で弾かれることとなる。防壁となった“それ”も、姿を現した瞬間からただでは済まないダメージを受けて若干と怯むものの、防いでいく波動越しに向けたプラスマークのような目で相手を捉え、その巨体と武者鎧のような腕で、主への攻撃をしっかりと遮断していったのだ。
防がれた様子にゾロアークは隙を見出せず、畳みかけることを躊躇ったまま様子見で対峙していくこの戦況。
……ヒラキタ高原の、宵闇の刻。月光に照らされたフィールドで向き合った双方は、睨む女と、そんな女に見惚れるように眺める男の図が展開されていく。
次にも、口を開いた不敵な男。持っていた中折れハットを再び被っていきながら、まるで全てを見通していると言わんばかりの不気味な目で対峙する彼女へとその言葉を掛けるのだ。
「悪いね。ボクにはボクの立場があるものだから、いくら麗しき淑女に内情を吐くようそそのかされたとしても、心苦しいがこればかりは口を割ることはできないんだ。――ただし、力ずくで吐かせるというのであれば話は別でね。ボクは、そういう力任せの腕っぷしに自信を持つ女性も大好きだ。だから、いいだろう。本来であれば、そこにいる“マサクル団”と合流するだけだったボクの予定だけど、予定変更で、ほんの少しだけ麗しきキミとの戯れを楽しもうと思う。……“彼”を追うキミの実力を、ボクに存分と見せてほしい。だから、精いっぱいに掛かっておいで。今宵のお遊戯会は、ボクのグソクムシャがキミを満足させてあげるから……くっふふふ」