ポケモンと私   作:祐。

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第一歩

「パパ。アタシ、ポケモントレーナーに興味ある」

 

 朝食の時間、料理した玉子焼きの皿を運びながら、アタシはそんなことをパパに言ってみた。

 空間に走る、無の静寂。迸ったありとあらゆる感覚にパパは暫しとフリーズしてから、ようやくと理解が至ったその時にも、驚きのあまりに飲んでいたコーヒーを口からぶちまけて、椅子から滑り落ちて盛大に腰を打っていく。

 

 後ろへとひっくり返り、その足でテーブルもひっくり返して研究所の休憩室を一気に地獄絵図へ塗り替える。その音を聞きつけた数名の研究員が慌てて駆け付けるのだが、足元で転がっていたパパが喜びのあまりに満面の笑みを浮かべていたことで、研究員は二度驚いた。

 

 すぐにもパパは起き上がってアタシへと駆け寄ってきた。その眼鏡にはぶちまけたコーヒーが付いていて、そんなんじゃあ前見えないでしょと思いながら。

 

「あぁ、ヒイロ!!!! あぁぁぁヒイロ!!!! 今、何て言った!?!? パパ!! とても信じられなくてもう一度だけその言葉が聞きたいよ!!!!」

 

「おおげさだなー。パパ、アタシ、ポケモントレーナーに興味ある――」

 

「ポケモントレーナーに興味ある!!!! ポケモントレーナーに興味ある!!!! あぁそうかヒイロ!! そうかそうかそうかそうか!! ヒイロにもとうとうこの時がやってきたか!!!! いやパパは信じていたぞ!! 野生のラルトスのためにポフィンを作ると言い出したその時からパパは信じていた!! いやまさか本当に言い出すなんて思いもしていなかったけど!!」

 

 それ信じてないじゃん。内心でツッコミながらも、パパに激しく揺さぶられる上半身でガクガクと揺らした視界の中で、研究員たちも驚きと喜びで狂喜乱舞な様子を見せていく。

 その日、研究所の中でパーティーが行われた。だからいちいちおおげさなんだってば。そんなんされたらやる気が冷めちゃうよ。とは思いながらも、博士の娘のためにここまで喜べる人達というのも滅多にいないだろうとも考えた。みんな温かい人達なんだなと自分の中で納得してから、その日は余計なことを言わないまま素直に祝福されたものだ。

 

 それからというもの、アタシはトレーナーズスクールという教習所に通った。どうやらポケモントレーナーになるには、それを裏付ける免許が必要になるとのこと。そんなことなど全く知らなかったものだから、まさかここにきて勉強をすることになるとは思いもしていなかった。

 

 勉強の内容は、学校でやっているような頭の痛くなってくるようなものではなかった。まずポケットモンスターという生物の基礎知識。例えば、ポケモンは人間の言葉をある程度なら理解することができるとか、ポケモンをモンスターボールと呼ばれるあの小さなボールの中に入れることで自分のポケモンになるだとか。ほんとに、初歩中の初歩というポケモンのルールをアタシは一から学んでいった。

 

 講習を受ける周りの生徒は、ほとんどがアタシよりも年下だった。というのも、ポケモントレーナーになる資格の最低条件として、年齢が十歳以上であることというルールがあるらしい。アタシはそれを知らず、それでいて、この世の皆がポケモントレーナーに憧れを持つため、十歳を超えた大体の子供がその時点でトレーナーズスクールに通い、ポケモントレーナーになるのだとか。

 

 あぁ、だからちょうどそのくらいの時期、学校のクラスががら空きになっていたのか。長年の謎がようやくと解消されてスッキリしたものだが、如何せんアタシは周りと比べて随分と年上。更に年上の方もいたのに、アタシの根っからの雰囲気だとかで年下にからかわれる始末。

 

 このクソガキ……。なんか思いながら、悔しさのあまりにアタシは猛勉強を重ねた。

 しかし、何をやってもダメなアタシ。学校に通っていないという不真面目さから時間だけは確保できていたハズなのに、物覚えが悪くて勉強の中身が全く入ってこない。

 

 結局、成績も周りのガキんちょに負けてしまった。特に、タイプ相性というものがボロボロだった。

 ポケモンの未知なる可能性を完全になめていた。タイプの数が多すぎる。ほのおタイプとか、くさタイプとかみずタイプとかならまだ覚えられたけど、他のタイプさえまだあやふやなのに、そこに相性とかが関わってきて、それがもうボロボロだった。

 

 てか、フェアリーってなんだよ。

 

 そんなこんなで余計に周りのガキんちょになめられて、アタシはすごく悔しい思いをした。なんだよ、せっかくポケモン嫌いから頑張ってここまで来たというのに、その先でどうしてこんな思いをしなきゃいけないんだよ。

 

 色々と苦しく思う時期を乗り越えながらも、アタシはなんとかトレーナーズスクールを卒業することができた。通う期間も周りより長くなってしまい、その原因が確認テストと、卒業テスト。それぞれ三回と五回落ちてしまい、からかってきた周りのガキんちょは先に卒業してもはやアタシ一人取り残された状況。

 

 しかも、アタシがポケモン博士の娘であることが教習所にも伝わっていたから、余計に冷たい視線を向けられていた。アタシは自分自身に留まらず、パパのメンツも汚してしまったのだ。

 

 生き恥だ。アタシなんか生まれてこなければよかったんだ。最後は傷心のまま卒業を迎えて、何とかポケモントレーナーの免許を入手。それをパパに見せたら、パパは喜びのあまりに大号泣。その日と翌日は仕事に手がつかず、行き過ぎた感動が身体にダメージを与えたことで寝込んでしまった。どうやら徹夜が続いていたらしく、研究の疲れとアタシがポケモントレーナーになった安堵から、パパは数日の間だけポケモン博士をお休みした。

 

 アタシがポケモントレーナーになってから、数日が経過した。

 時期的にも、正式なポケモントレーナーとして旅を控えた新人冒険者たちが新たなパートナーを研究所から受け取りにくる頃らしく、アタシが免許を手に入れてから研究所は常に大慌ての様子で様々な手筈を整えていた。

 

 パパは、他の地方から送られてきた大量の箱を運んでいた。中には大量のモンスターボールが入っているとのことで、その中には、冒険の最初のお供に相応しい、初心者でも扱える優れたポケモンたちが選ばれるのを待っているのだとか。

 

 で、パパはポケモン博士らしく、新米ポケモントレーナーに向けたスピーチの内容とその訂正、どの成績のトレーナーに、どのポケモンを勧めるか。更には、中のポケモンの性格や個体差などを一匹ずつ間違いなくデータとしてまとめていき、迫る新米トレーナーの送迎会の日に向けて忙しくしていた。

 

 パパは、とても真面目だった。ポケモントレーナーとして記念すべき第一歩を踏み出すのだから、その一人一人に寄り添って、よりよい冒険を体験できるためのサポートを最初から最後まで全力で尽くしていきたい、と。ポケモンのことを学んでから、アタシはパパの偉大さに初めて気付かされた。

 

 今まで、この時期をすごく憂いに思っていた。同じクラスの意地悪なメンツもパパにはイイ顔をして、とても素直なイイ返事をしている様を陰から見ていた時には苛立ちも半端なかった。でも……その立場に自分も置かれたからこそ分かることもあるわけで、アタシは今も心の中で抱いている確かな高揚感に、自分もその当事者なんだなと改めて認識させられた。

 

 

 

 桜という花が満開に咲き誇るその季節。今までの終わりと、これからの始まりを告げる、儚くも希望に溢れた温かい時期。

 

 ポケモン研究所に集った人だかりは、この時期に旅立つ新米ポケモントレーナー達だ。皆が高揚感に期待を膨らませて、今か今かと自分の相棒に会いたがる。

 既にモンスターボールを受け取ったトレーナーたちは、研究所に背を向けて己の道を歩き出していった。桜舞い散る光景の中、自転車を走らせ、バスに乗り、迎えの鳥ポケモンで飛び立ち、中には自らの足で地平線を目指していく者たちの背中。

 

 それを、アタシはパパの手伝いの中で見送ってきた。モンスターボールが入った箱を運び、パパのスピーチを何度も聴き、研究員の皆さんに差し入れの飲み物を渡しながら、アタシに訊ねてきた新米ポケモントレーナーへの対応。などなど。

 

 一日中、働いた。下手すればいつものレストランの接客以上に疲労を感じた。しかし、アタシは未だこの胸に宿した高揚感によって、疲れなんかで足も意思も止めることはなかった。

 

「ヒイロは、明日だね」

 

 疲労困憊のパパが、疲れ切っていながらも優しく、とても穏やかな調子でその言葉を掛けてきた。

 

「うん。そうだね。アタシの旅は、明日から始まるね」

 

 桜吹雪に吹かれる中、アタシの片手に握りしめられた紅白のモンスターボール。

 その小さなボールの中で、アタシの感情を読み取ったのだろう。手のひらでボール越しにぶるるっと震えて、“この子”は応えたのだ。

 

 準備はできている。あとは明日を迎えるだけ。夕暮れの儚い日差しを眺めながら、アタシはラルトスを入れたモンスターボールをギュッと握りしめた。

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