宵闇のヒラキタ高原で対峙する二つの人影。それらは互いに一匹ずつのポケモンを場に出していくと、それぞれゾロアークとグソクムシャという構成で戦いの火蓋が切られたのだ。
「ゾロアーク! こうそくいど――」
「であいがしら、だ。グソクムシャ」
美貌を捨てた、鬼のような形相で指示する女。しかし彼女の指示を上書きする先制攻撃によってグソクムシャが瞬間的にゾロアークへ接近すると、外殻のような重厚な腕によって上空へ打ち上げられるゾロアークの姿。
こうかはばつぐんだ。怒りのあまりに冷静さを欠いていた女は、この一撃でより焦りも抱え、さらに渦巻く感情に囚われる。
「ナイトバースト!! そこから、こうそくいどうでかく乱させて、じごくづき!!」
「キミに飼い慣らされたポケモン達が、実に羨ましいよ。そのゾロアークはオスのようだからなおさら羨ましく思うし、嫉妬の念さえも抱いてしまうね。グソクムシャ、まもる」
上空から放たれる、邪気の波動。ドス黒く破壊力も詰まった怒りの一撃がグソクムシャに降り注ぐと、グソクムシャは自身の目の前に張り巡らせた、透明な防壁のようなものでその攻撃を完全にシャットダウンする。
しかし、そうして守りの態勢であるグソクムシャの隙に、ゾロアークは空中を蹴り出して即座に動き出す。そのわざは今まで同行してきた女の子の仲間や、多くの敵方のポケモンをかく乱させてきた、翻弄の一言に尽きる刹那の極み。
紅のタテガミが残像として空中に残ると、グソクムシャの背後へ回ってきた影の化身。目に見えない速度で裏をとるなり、脇をしめるように引き絞られた鋭い突きが、グソクムシャの背にヒットする。
その一撃に思わずよろけるグソクムシャだが、死角のゾロアークへと薙ぎ払いで反撃。これを容易く避けるゾロアークだったが、そうして距離を取らせたところで、グソクムシャは自分の番だぞと言わんばかりに攻撃を繰り出していったのだ。
「アクアジェット、だ」
技エネルギーを足元から発生させると、その力は勢いの強い大量の水を形成して纏い出す。それを纏ったグソクムシャは勢いに身を任せるがままゾロアークへと突撃すると、二メートルを超える巨体であるにも関わらず、弾丸の如く一直線に発射されてゾロアークに直撃するのだ。
「ナイトバースト!!」
むしろ、攻撃を敢えて食らう戦法だった。こうして返しの一撃が飛んでくることを見越したゾロアークの波動は、グソクムシャに押し出されながらも両腕を上げ、そこに破壊力を詰め込んだ波動をつくり上げてグソクムシャの脳天に叩き付けていく。
なんとも捨て身な攻撃だった。それによって地面に叩き付けられたグソクムシャだったが、パートナーが押されている戦況を目の当たりにしてもなお、男は「ほぉ……」と余裕な表情を見せて次の指示を出していくのだ。
「アクアブレイク。そこから発生した技エネルギーに対して、シザークロス」
叩き付けられた状態から、飛び上がるようにアッパーを繰り出していくグソクムシャ。それをゾロアークは食らう寸前に回避していくのだが、そのアッパーに付与されていた、水の力に質量を破壊する効果を生み出すアクアブレイクの飛沫によって、ゾロアークの視界が奪われる。
すぐさま、こうそくいどうでその場を離れようとしたゾロアーク。だが、こうそくいどうで移動した先にも現れた巨体の腕がゾロアークの身体を打ち付け、さらにはもう片方の腕に挟まれる形で斬りつけられると、ゾロアークは声を上げながら吹き飛ばされて大木に打ち付けられたのだ。
あんな体格で、行動が素早い。グソクムシャがゾロアークを押していく様子にギリギリと歯を食いしばる女。
グソクムシャは、既に五つのわざを繰り出した。それらはわざのタイプに偏りがあることから、それらを組み合わせた派手なコンボを生み出すにまでは至らない。だが、主力とするわざの数々はどれもグソクムシャと同じタイプであることから、本人が得意とする技エネルギーを立ち回りで上手く活用することで相手を押していく、云わば、正統派の戦いでゾロアークを着実と追い込んでいた。
……裏を秘めていそうな人格の主人に対して、戦い方があまりにも素直すぎる。なおさら彼という人物に警戒心を強めた彼女は、ゾロアークへと指示を出していく。
「かえんほうしゃ!! そこからじごくづきで正面から当たって、ナイトバースト!!」
ゾロアークは、打ち付けられた大木を蹴り出すように飛び出していく。そして口から大量の炎を噴出していくと、それはグソクムシャに降りかかって身を焦がしてくるのだ。
すぐにもアクアジェットが繰り出され、グソクムシャはゾロアークのかえんほうしゃを掻い潜って接近を果たしてきた。それに対してゾロアークはじごくづきで迎撃すると、互いにぶつかり合って怯んだその隙にゾロアークが破壊の波動を解き放っていく。
放たれたナイトバーストは、グソクムシャに直撃した。これを受けたグソクムシャはダメージを受けると共にゾロアークと距離を空けていくのだが、その間にもゾロアークは再びナイトバーストをつくり出していくと、なんとそれを自身に浴びせるよう放っていったのだ。
「おぉ、これはこれは。どうやら、これからが本番といったところのようだね。じゃあ……グソクムシャ、ボクらもそろそろ本気と行こうじゃないか」
今もナイトバーストを自分で浴びていくゾロアーク。同時にじんつうりきも繰り出しているのだろうか、目元と思われる部位が超常現象によって発光を始めると、邪悪の波動から見えているその姿は次第と、ぐんぐん大きくなりはじめる――
そして、かえんほうしゃも繰り出していくと、その噴出する炎もじんつうりきで操り、自身の周囲に巡らせていくのだ。
――溢れ出したドス黒いオーラ。浴びていった破壊の波動を、じんつうりきでアーマーのように身に纏うと、さらには、ゾロアーク“だったもの”の、赤いタテガミだった部分にかえんほうしゃの炎が配分されたことによって、邪悪の波動を身に纏った、灼熱のタテガミを持つモンスターへと変貌を遂げていた。
……炎は目元でも燃え盛り、佇むそれはもはや、ポケモンとして認知することができない。
これこそが、破壊の化身とも呼べたことだろう。技エネルギーを組み合わせることで形成され、異なるフォルムへと変化したゾロアークは前のめりとなり、そして、待ったなしだとグソクムシャへと高速の接近を果たす。
――目に見えない、鋭利な突きが一閃。邪悪の波動によって射程範囲も伸びた攻撃に、グソクムシャはその巨体を揺るがして思わずと体勢を崩していく。
だが、続けて放たれたじごくづきを、グソクムシャは見極めて受け止めていた。いや、シザークロスの技エネルギーを常に両腕へ生成することで、こうかはばつぐんの相性でその威力を軽減させていたのだ。
破壊の化身となったゾロアークの、怒涛のラッシュ。それらを確実に見極めて受け止めていくグソクムシャ。……グソクムシャとしても、今までは小手調べだったのだろう。フォルムを自らつくり上げることでより全開となったゾロアークは、まさかこの力を以てしても強固な相手を崩せないとは思っていなかったのだから、こうして本気を出した今でも自分の攻撃が中々通らないことで、より猛攻を極めて前のめりとなっていく。
――と、その瞬間にもゾロアークに走った強い衝撃。怒涛のラッシュの、わずかな隙を突くように繰り出されたアクアブレイクがゾロアークに直撃し、これによって動きを止める。
「シザークロス、だ」
この男、冷静だ……!!
怒りに囚われるあまりに、守りが疎かになっていたことを自覚する女。次にも繰り出された両腕のクロスを食らったゾロアークは吹き飛ばされると、纏っている破壊の化身状態でヒラキタ高原の木々へと突っ込み、周囲の自然を身に纏う波動で辺りを散り散りにしながら、なんとか起き上がってグソクムシャを見遣っていった。
……沈黙する空間。互いに動向をうかがい、相手に一撃を叩き込むタイミングを見計らうのだ。
と、その時にも動き出したグソクムシャ。アクアジェットで瞬く間にゾロアークへと突っ込んだのだが、それを見越してかゾロアークは、月をも震わす甲高い雄叫びを上げると、その瞬間にも身に纏っていた全ての技エネルギーを一気に放出し、それをグソクムシャへと塊ごとぶつけていったのだ。
「お、っと……!」
破壊の波が押し寄せる。アクアジェットはそれに敵わず、それに呑み込まれたグソクムシャを案じたのか彼は表情を一変させた。
すぐにも、網目状の装飾が目立つボールを構えた彼。だが、じきにも目にする光景に安堵も見せながら、手に持つボールはそのままに再び双方の睨み合いへと発展する。
この空間に刻まれた、漆黒と鮮紅の強大なエネルギーの跡。地面を焦がしたそれが未だバチバチとエネルギーを弾けさせているその中央には、多大なダメージを負いながらもゾロアークと対峙するグソクムシャの姿。
……再び訪れた沈黙。いや、これは沈黙というよりは、キリがないと判断した双方による、次第と失せてきた戦意による静けさだった。
負ったダメージで、共に膝をつくゾロアークとグソクムシャ。そんな二匹の様子に二人は一息をおいていくと、次にも男がそのセリフを口にしてきたのだ。
「こんなところでいいかな? 気が済んだかい、赤黒き勇猛なるヴァルキリーちゃん」
「…………ッ」
睨むように向けたその視線。彼女から送られたそれに、男は愛でるような視線で応えていく。
……フン。鼻を鳴らすようにした彼女は、足元にあった石ころを蹴りつけた。それが音を立てながらコロコロと転がっていくと、そんなものに興味無いと彼女は歩き出して、木に縛り付けていた暴漢の脇に佇んでからその言葉を口にした。
「“ルイナーズ”である貴方を、ここで仕留め切れるだなんて端から思っていなかったわ。それでも、私は絶対にいつか、貴方から“彼”の居場所を吐き出させてみせる。それまでは、貴方のお仲間さん達から地道に情報収集していくとするわ」
「お仲間さん? くっ、ははは!! あぁ、確かにそれはボクに堪えるな。さっきも言ったように、ボクは“マサクル団”なんかと一緒にされることが嫌なんだ。ボクは、ポケモンや世界のことが大好きさ」
「“彼”が目的を達成したら、貴方の好きなポケモンも世界も、大好きな女の人だって消えて無くなるのよ。それなのに、どうして貴方は“彼”と共に破滅の道を歩んでいくの?」
女の問いを耳にした瞬間、男は冷酷な表情を見せた。
……一転して、彼女を睨むように見つめた男。その心理など読めるわけもなく、彼女もまた、真剣な眼差しを向けて、男のことを見遣り続けていく。
――ふぅ。そんな気が抜けるような音が男から出てくると、被っている中折れハットを手で押さえながら、そんなことを口にして踵を返し始めていったのだ。
「どうやらボクもまた、キミとは深い因縁の下で成り立つ関係となりそうだ。キミの存在自体は“出身の世界”で聞かされていたものだが、ここに来てようやくとお目に掛かれるとはね。どうやら“此処”は、ボクにとっても特別な場所となりそうだ。――同時に、キミが滅び往く姿を見たくなくなった。“彼”はキミを何度も排除しようとしていたものだけど、その度に思い出といった記憶の補正が抑止力となって、キミを消すことができずにいたみたいだ。……ならば、むしろキミも、ボクらと共に来るかい? “ルイナーズ”は、キミの加入を拒むことはないよ」
「貴方達と道を共にするのなら、私は喜んで破滅する世界の中に身を投じるわ。死んだ方がマシよ」
「おっと、それは残念だ……。いや、心底残念に思っているよ……。キミが持つ天性の美貌や、強気と慈愛を兼ね揃えた性格。強くたくましく生きてきた、人として素晴らしくもどこか儚さを帯びたその存在感は、ボクも“彼”も本当に大好きに思っているんだけどね」
「……。彼らは私が預かるから、貴方は今の内に自分の大好きなものでも愛でていればいいわ。――大好きなこの世界が、滅びる前までにね。ま、私がなんとしてでも食い止めてあげるけど」
皮肉や嫌味に似た調子でそれらを言うと、女は傷付いたゾロアークと共に二名の暴漢を運び、宵闇に紛れるようにこの場を去っていった。
……漆黒と鮮紅のエネルギーが今も地面に残り続けるその空間。佇む男は被る帽子をより深く被るように手で押してから、隠していた目元をわずかに覗かせながらそれを呟いていったのだ。
「…………分かってるさ。言われなくても、言動が矛盾していることなんてボクが一番理解している。――でも、これしかないんだ。ボクに残された道は、これしか……」