ポケモンと私   作:祐。

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取捨選択

「ユノさんやっほ。昨日の別行動からユノさんの姿を見なかったけど、悪いヤツらを懲らしめてたの?」

 

 ヒラキタ高原の、拓けた広場。そこで出している屋台から買ってきたパイルのみジュースを飲みながら公共のイスに座っていたアタシは、凛々しい顔でこちらと合流してきたユノさんへと言葉を投げ掛けていった。

 

 宿屋で泊まって、翌日となったこの日。まだまだ朝日が眩しいそんな時刻から活力で漲るアタシは、居ても立っても居られないと思って、こうして外でユノさんが戻ってくるのを待っていた。

 足をバタバタさせながら見遣っていくアタシからの視線。それを受けたユノさんは、どことなく疲れた様子で軽く頷き、アタシと相席するなり丸いテーブルに突っ伏してぐったりしていく。

 

「……ユノさん、寝る?」

 

「いえ、平気。ありがとね、ヒイロちゃん。仮眠はとってあるから、少しだけ休んだら『オウロウビレッジ』へ向かいましょう」

 

「そう? ――あ、もしかして、そういう日? 薬とかあるから、いつでも言って」

 

「ううん。そういうわけではないのだけど、ちょっと今回ばかりは中々にくるものがあって。でも、少し休めば平気よ。ありがと」

 

「そっか」

 

 ユノさんから目を離して、テーブルの上で座っていたラルトスを見る。ラルトスもちょうどアタシにねだろうとしていたのか、空っぽになったカップを持ちながら、アタシの手をちょい、ちょいと突っついておかわりを促してくるのだ。

 すぐにも、「えー、それで三杯目じゃん! まだ飲むのー!?」と驚きながらもラルトスのためにジュースを買いに行くアタシ。そのついでと言ってはアレだけど、自分の分とユノさんの分も買ってきたジュースをテーブルに置いていき、ラルトスがそれをぐびぐび飲んでいくところをスマートフォンのカメラで撮影してユノさんを待っていくのだ。

 

 まだ十分かその程度しか経っていないその頃だった。周囲ではヒラキタ高原に訪れた曲芸師の団体が、どうやら無料で芸を披露するということで開けた場所でワイワイとやり始めたこの空間。バリヤードとドードリオによる、パントマイムと三つの頭を利用したモグラたたきのコントみたいな芸でヒラキタ高原に来ていた多くの人々を笑いへといざなう中で、アタシはそれを遠目で眺めつつも、ふと、ユノさんのために用意しておいたジュースを見遣る……。

 

 ……って、なんか小さなキツネのようなポケモンが、ユノさんのジュースを咥えようと――

 

「あ!!! こら!!!!」

 

 怒鳴ると同時に、立ち上がった衝撃でテーブルがガタンッと揺れる。それに驚いたキツネのようなポケモンがビックリすると、咥えたジュースを横にして中身をドボドボ零しながら、そのポケモンは必死に逃げ出していくのだ。

 

「おい待てやゴラァッ!!!! ラルトス!! テレポート――」

 

 先回りしてやると、ラルトスを抱えて急ぎで指示を送っていくアタシ。

 だが、そうしている間にも逃げるキツネのようなポケモンの前に立ちはだかった、一つの人影。それが目の前に現れるなりキツネのようなポケモンは動きを止め、咥えていたジュースを落としながら慌てて森林地帯へと逃げ出していったのだ。

 

 そして、ポケモンが落としていったジュースを拾っていくその人物。アタシがそれに気が付いた時にも視線を向けていくと、その人物はとても目立つ服装で、左手で中折れハットを押さえる独特な雰囲気を醸し出しながら声を掛けてきたのだ。

 

「繭のように真白な心を持つ、純粋無垢のいたいけな美少女にあのような行為を働くだなんて、あのポケモンも中々に解せないな。しかし、気持ちは分かってしまえるというものでね、ヒイロちゃんという、健気で根が優しい見た目をした女の子にぜひ近付いてみたいというあのポケモンの行動自体には、ボクにも共感できるものがある。――ついでに、先ほどのポケモンはクスネと言ってね。他のポケモンや人の食べ物を掠めることで生きているポケモンなんだ。だから、これも生態の一環として大目に見てくれると嬉しいな」

 

 爽やかでありながらも、独特な喋り方をする男性の声。若々しくも捉えどころがない、不思議な魅力が詰まったその声音。

 見間違えるハズのない、若葉色のファンシースーツ。アタシは「あ!」と大きな声を出し、指を差してしまいながらも、差した指で手のひらをつくって、それちょうだいと促していく。

 

「ランヴェールさんだ! ランヴェールさんナイスナイス!! 取り返してくれてありがと!」

 

「あぁ、麗しき可憐なる乙女のヒイロちゃんにお褒めの言葉をいただけるなんて、ボクはとんだ幸せ者だな」

 

「だから、いちいちおおげさだよー」

 

 そんなことを言いながらも、ランヴェールさんから受け取ったユノさん用のカップ。中身はドボドボ零れてしまって半分にも満たない量しか残っていなかったものだが、ユノさんが起きる前に新しいの買ってこようと手に持ったそれをテーブルに置こうとした時、既に顔を上げていたユノさんが視界に入ったものだ。

 

 ……とても、驚いたような、仰天というか。とにかく目を見開いて、口を開けた「どうして……!?」みたいな顔をしているユノさん。まぁ、確かにそう思うのも分かる。だって声は綺麗だし、顔もイケメンだし、ちょっとどころかかなり怪しいところはあるけれど、何だかんだで生粋の紳士なものだから、さすがのユノさんでも見惚れるか。

 

「ユノさん、この人はランヴェールさん。昨日知り合ったんだけど、とても良い人だから安心して。ね、ランヴェールさん」

 

「んー、ヒイロちゃんという無垢の少女からそう言われてしまえば、きっとボクはそう映える人物なのだろうね」

 

「うんうん。じゃ、アタシちょっと新しいジュース買ってくるから。……ジュース一杯分を無駄にしたクスネってポケモン、絶対に許さないんだから」

 

 ボソボソと呟きながら歩いていくアタシ。ラルトスを抱えたその状態でテーブルから離れていくその間にも、こちらの背を見送っていたのだろう二人からの視線がとても熱かったものだ。

 

 

 

「……貴方、あの子にまで手を出したの……!? 私が関わっているから、人質にでもしようと企んでいるんでしょう……!!」

 

 力む手を握りしめた、恨めしい顔をして男を見遣る彼女。

 しかし、そんな目を向けられる覚えは無いと言わんばかりの疑念を抱きながら、彼はその言葉を返していく。

 

「ボクから言えることは、ヒイロちゃんという可憐なる乙女を汚らわしい手で触るつもりなど毛頭無いということだけさ。だからこそ、さすがに凛々しく気高い精神で生き抜いてきた美しき旅人であるキミの言葉であろうとも、か弱くいたいけな女性を人質呼ばわりにされてしまっては、ボクの堪忍袋の緒が切れてしまっても何らおかしくないものだ。――言っただろう? ボクは、生きとし生ける女性のことも心の底から敬意を払って愛し尽くしている、と」

 

「“ルイナーズ”の分際で、よくそんなことを言えるわね……っ」

 

「ほう、だったら如何にボクが、女性に対して誠実な気持ちを抱いているかを証明してみせるかい?」

 

「ヒイロちゃんには、手を出さないでッ!! あの子は、この件とは無関係なのッ!!」

 

「おぉ、怒鳴り散らすキミもまた、美しきかな」

 

 卑しくケタケタと笑う彼の様子に、女は切羽詰まった心情で自身を反省していく。

 ――やっぱり、彼女と行動を共にしたことが間違いだった。彼女が直感で感じ取っていた、自分を見放してはいけない気がしたというその言葉。もしかしたら、自身がこれまでにも出会ってきた“英雄”と同様に、彼女にもその素質があるのかもしれないという期待を持ててしまえたからこそ行動を共にしたものだったが……。

 

 自分と関わったことで、最もバレてしまってはならない人物に、彼女の存在を知られてしまった。それも、本当に彼女は今回の件に無関係である部外者であるからこそ、彼女の日常を壊してしまうような、巻き込んではならない戦いに招き入れてしまった。

 

 ……私としたことが、どうしてそんなことも考えられなかったのだろうか。本当に馬鹿だ――

 

「ユノさん? さっき大きな声出してた?」

 

 

 

 抱えたラルトスを片手に、もう片手にジュースを持ったアタシはユノさんへと訊ね掛けていく。

 ……なんか、心なしか顔色が悪い。やっぱりまだ、寝不足なのかもしれない。

 

「……ユノさん? 大丈夫?」

 

「……えぇ、大丈夫。その、ね。ヒイロちゃん。ごめんなさい。私、やっぱりまだやり残した用事が残っていて……。その、ヒイロちゃんには先に行ってもらって、ジムチャレンジを進めてもらいたいの……」

 

「え。……え!? うそ! アタシ一人!? これから『オウロウビレッジ』なのに!?」

 

 ガーン、ショック。せっかく心強い用心棒が一緒に居てくれると思ったのに。いや、用心棒抜きにしても、アタシはこの先も何だかんだでユノさんと一緒に旅をするつもりでいたからこそ、これってもしかしてお別れなのでは? と察しがついて衝撃を受けてしまう。

 

 ……黙り込んでしまった。あまりにも急だったから。

 

 ――でも、ユノさんは悪いヤツらを成敗するので忙しいんだもんね。なら、仕方ないよね。

 

 ……待てよ。

 

「そっか。ユノさん一緒に来てくれないんだ……。なんか、すごく寂しいな。ユノさんと一緒に旅するようになってからさ、アタシやっぱ、ユノさんのような人と一緒に巡るジムチャレンジもすごくいいなって思えてたからさ……」

 

「…………ごめんなさい。でも、これがヒイロちゃんのためになるの――」

 

「ランヴェールさんも、ジムチャレンジしてるトレーナーさんなの?」

 

 ランヴェールさんは、あまりにも予想外な反応をしてこちらに向いてきた。しかし、そんな彼以上に驚くようにアタシを見遣ってきたのは、「え?」と呟いたユノさん。

 

「ボクかい? んー、ボクは生憎、ジムチャレンジというものとは無縁の人間でね。――でも、今の話から大体は察したよ。次に向かうのは、『オウロウビレッジ』なのだろう? でも、その『オウロウビレッジ』に向かうには、『オンタケ山』という山脈を越えなければならない。その『オンタケ山』は、すごく過酷な環境で、試練の山とも呼ばれていることはボクも知っているさ」

 

「そー。だから、アタシ一人なのもちょっと不安だし……お願い! 『オウロウビレッジ』に到着するまででいいから、付き添ってくれない!?」

 

「んーーーーー、そうかそうか。いや、そうだねー。本来ならボクも男性であって、ヒイロちゃんのような健気で可憐なる絶世の美女を連れて歩くというのは社会的にどうなのかとも思うのだけれども、本人からのお願いであるのならば、ボクはこれを断ってしまえば男が廃るというものさ。――いいだろう! ヒイロちゃんの冒険心溢れる快活でフレッシュなその旅路、ボクがお供しようじゃないか!!」

 

「ホント!? ありがと!!」

 

 よろしくー! とさり気無くランヴェールさんの手を握って握手していくアタシ。ランヴェールさんもランヴェールさんで、満更でもない様子でアタシと握手を交わしてくれたものだ。

 

 ……と、ここでユノさんが声を掛けてくる。なんだかただならないような、とにかく引きつった声であるかのような落ち着かない様子で。

 

「え、ヒイロちゃん。待って。その、私はそういう意味で言ったんじゃ……」

 

「もちろん、アタシはもっとユノさんと旅をしたかった。でも、ユノさんも忙しいもんね。だから、ユノさんを安心させたくて、代わりに同行してくれる人をユノさんの前で見つけられたらなって思って! そしたら、ちょうどそこにランヴェールさんがいたんだもん!! ラッキー!!」

 

「え、え。あ、ヒイロちゃん。その――お、思い違い!! あ、そうそう!! 思い違いをしていたわ私っっ!!!! あー、今すぐに行かなきゃと思っていた用事、まだ当分先でも良かったかもーーーーっっ!!!!」

 

「え?」

 

 ???????????

 困惑するアタシ。だがユノさんもユノさんですごく必死で、正直この状況が何が何だかよく分からない。

 

「だから、ヒイロちゃん!!!! まだ大丈夫!! まだ私、一緒に居られるから!!!! だから、これからも二人で旅を続けましょうっ!?!?」

 

「え、うーん。でもそうなると、せっかくランヴェールさんがついてきてくれるって言ってくれたのに」

 

「ボクは、ヒイロちゃんの好きなようにしてくれればと思っているよ。いつ如何なる時でも、レディーファースト。これが、ボクの信条だからね」

 

「んー、そっか」

 

 どうしよう。アタシは少しだけよく考えた。

 ユノさんはきっと、休む時間がとれていなかったから、頭が回っていなかったんだろうな。だから、外せない用事がある気がしていたのかもしれない。もちろんユノさんをものすごく頼りにしている部分はあるけれど、なにもユノさんに頼りっきりではいられない。しかも、思い違いするくらいに疲れちゃっているユノさんを一人送り出すのも気が引けるし、一緒に居てくれるのなら傍で支えられるし、普通にすごく嬉しいな。

 

 ランヴェールさんも、せっかく来てくれるって言ってくれたのに、やっぱりいいですなんて断わるのは失礼にもほどがあるし。というか普通にエスコートしてくれる究極の紳士であることが昨日の内にも判明しているから、ついてきてくれるだけでもすごく心強いし、普通にありがたい。

 

 アタシは、悩みに悩んだ。そんなこちらをユノさんは必死な形相で見ていたものだし、ランヴェールさんは「ずっと待ち続けるから、いくらでも考えていいよ」と声を掛けて余裕な様子でアタシを見遣っていたものだ。

 

 ……どうする、アタシ。しばらくと悩み続けた内に、アタシはもっと、根幹的な部分を見落としていたことに気が付いていく。

 そして、アタシは取捨選択という固定概念の存在に辿り着いた。……うん。うんうん。そっか。そうだよね。自分の中でも納得がいった、ある一つの、たった一つの答え。

 

 ――うん、決めた。

 

「じゃあ、三人で旅しよ!!」

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