ポケモンと私   作:祐。

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フィールドワーク

 『オウロウビレッジ』を目指してオンタケ山を登り始めたアタシ達。山脈に近付くなり周囲に漂い始めた神秘的な霧だったが、それは時間が経つにつれて濃くなっていき、今となっては、この視界は霧で覆われた不良な景色として広がっていた。

 

 湖の付近でその足止めを食らったアタシ達は、安全性を考慮して今日この日は野宿をすることに決定する。そうしてテントを立てられそうな、開けた場所を都合よく見つけられたことでそこを野営地にして、アタシはオンタケ山の中で一夜を過ごすことになったのだ。

 

 陽が落ち始めたその時刻。アタシは、ユノさんが仲間になった当初から知ったものの、未だにその構造が気になっていた“ある物”をジッと見つめていく。

 それは、彼女のライダースパンツのポケットの中に入っているらしいのだが……。それを実体として捉えたことがないアタシは、やはりどうしても気になると思って、そこに佇んでいたユノさんへと言葉を投げ掛けた。

 

「ねえ、ユノさん。そのポケットに入ってるってやつ……」

 

「あら、やっぱり気になる?」

 

 そう言い、ユノさんはポケットに手を入れてゴソゴソとし始める。

 アタシは、ユノさんと出会った頃からずっと気にしていたことがあった。その気にしていることとは、ズバリ……ユノさんは、バッグを持たずにどうやって私物を持ち歩いているのか、という謎。

 

 それを当初の頃に訊ね掛けたところ、ユノさんは快くそう答えてきたのだ。

 

『そうね。確かに、傍から見たらすごく気になるところかも。……一言では理解できないかもしれないけど、単刀直入に言ってしまえば、私の私物は全て、このポケットの中に入っているわ』

 

 ポンポン。手で叩くライダースパンツのポケット。アタシはこの返答に「?????」とただただ謎に思うばかりであったが、そんなアタシにも理解できるように、ユノさんは一から説明をしてくれたのだ。

 

 で、それを要約すると、どうやらユノさんのポケットの中には、“あらゆる物体を縮小して収納することができる”という特別性のボールを、そのポケットの中に入れてあるのだそう。文字からしてどこぞの何かを思い出すような高性能の代物であるが、この夢のような道具にも、しっかりとした理屈があったものだった。

 

 言ってしまえば、モンスターボールの要領で作られた、超小型の収納ケースなのだとか。モンスターボールは、ポケモンという生物すべてに共通する生態として持つ、縮小する性質を利用することでどこにでも連れて歩くことができるというどうぐである。

 だが、ユノさんがポケットの中に入れてあるそのボールは、ポケモンではなく、物体を縮小させることでそれを持ち歩くことができるという、なんとも近未来的などうぐだったのだ。

 

 これには、どうぐコレクターとしての血が騒ぐアタシは大興奮。それは一体どうやって手に入れたのかをしつこく訊ねてみたのだが、アタシの怒涛の質問攻めに対してもユノさんは、冷静に「これは特注品なの。少なくとも現在は手に入れること自体が困難じゃないかしら」の一点張り。なんだ、せっかく近未来的などうぐが手に入ると思ったのに。それをどうぐとしての使用用途ではなく、集めたいというコレクション欲で純粋に欲しいと思っていただけに、アタシは普通にショックを受けたものだ。

 

 で、そんなユノさん、ポケットに入れた手から大きな袋を取り出すと、そこから組み立て式のテントを取り出していく。「今日は男性も一緒にいるから、念のため私と同じテントで寝るわよ」と言うユノさんに、アタシは「はーい」と答えて準備のお手伝いをすることにした。

 

 二人を応援するラルトスが、テントの屋根部分の布に乗っかってフレー、フレーとする。そんな中でアタシは、ふと目にした光景にまたしても驚かされることとなるのだ。

 なんと、ランヴェールさんもまた、異次元から取り出すようにどこからともなく組み立て式のテントを繰り出していく。それも、常に被っていた中折れハットから大きなテントを取り出したものだから、まるでマジシャンのようなそれにアタシは随分と驚かされた。

 

 え、てかユノさんの特注品じゃなかったの? ランヴェールさんも持っているってことだから、やっぱりどこかで手に入るんじゃ――

 

「……ヒイロちゃん。手が止まってる」

 

 ムスッとした調子で、そんなことを口にするユノさん。

 思わずアタシは「え、ごめん!」と慌ててテントを立てるのに集中するのだが、それからというものユノさんは、アタシの傍に付きっ切りとなって行動していたものだ。

 

 

 

 

 

「やぁ、お目覚めかな。可憐なる真白のお眠な天使ちゃん。ボクはこれから、霧が晴れるまでのフィールドワークに出るつもりなんだけど、良かったら一緒にどうかな」

 

 翌日。テントでユノさんの抱き枕となっていたアタシは、そこから抜け出すようにテントから出るなり目が合ったランヴェールさん。

 水色の寝間着姿だったアタシは、既にファンシースーツという正装に着替えてあったランヴェールさんに対してちょっと恥ずかしい思いをする。だが、そんなこちらのことを気にすることなく、アタシの手を取って、いざなうように甘美な声音を掛けてくるランヴェールさん……。

 

「ん、霧がまだ立ち込めてるんだね。こんな様子じゃまだ進めないだろうし、この周辺を歩くんならアタシも一緒に行こうかな――」

 

「ヒイロちゃん!!!! 私も行くわ!!!」

 

 うおっ!!!! 生えるようにテントから顔を出した、髪を結っていない長髪姿のユノさん。すごく必死な調子にアタシは驚いてしまいながらも、ランヴェールさんは「ふむ、日々の緊迫から解放されし純正の眠れる姫君。その浅くも渦巻く混沌の夢から覚めた姿もまた、絶世とも呼べる美しさを放っているね」と、卑しい目を向けながらそんなことを言っていく。

 

 ランヴェールさんの言葉で、不機嫌な顔を見せていくユノさん。それから急いで身支度を整えてアタシに駆け寄ってくると、ゴージャスボールを片手に常備するといういつでも戦える状態で、ランヴェールさんから引き離すのだ。

 

「貴方ね……! いくら旅に同行しているからって、こんな女の子をこの山奥で連れ出そうとするなんて、許さないから……!!」

 

「んん、相も変わらず感情に流されるままの怒れる形相もまた、絵になるものだ」

 

「…………ッ」

 

 ……あれ、もしかして、この二人って相性悪い? ビリビリバチバチとする空気に、アタシは若干と感じ取るようにそれを思っていく。

 

「貴方にはヒイロちゃんを任せられない。ヒイロちゃんと行動を共にする以上、私の監視の目があることを忘れないで!」

 

「これはこれは、警戒されてしまっているね。しかし、か弱きプリンセスをお守りする赤黒きヴァルキリーが常についていてくれるからこそ、ボクとしてもヒイロちゃんの安全が確保されている安心感で、夜にも心地の良い眠りにつけるというものさ」

 

「あのー……とりま、アタシ着替えてきていい……?」

 

 

 

 まだまだ霧が立ち込めるオンタケ山。出発は難しいと判断された今、ここで朝食と昼食をとってから様子を見ようという方針になり、それまでの間として周辺でフィールドワークを行うことにした。

 アタシの手を取るランヴェールさん。「ここに段差があるよ。木の根っこにも気を付けてね」と、ものすごく優しく言葉を掛けてくれる彼にアタシは頷きながら前に進んでいき、そんなアタシらの後ろから、ユノさんがついてくる。

 

「ヴァルキリー。キミも足元には気を付けて。ボクはプリンセスのエスコートに手を尽くしてしまっているが、もちろんキミのことも心配に思っているし、心から愛おしく思っているよ」

 

「……前を見て歩きなさい。貴方がよそ見して転んだら、ヒイロちゃんも転んで怪我をするかもしれないじゃない」

 

「おっと、これは失礼した。ボクとしたことが、二人の乙女に見惚れるがあまりに自分の身を疎かにしてしまうだなんて。いやこれは失敬失敬」

 

 怪しく笑う彼は、帽子に手を置きながらオンタケ山の道なき道を進んでいった。

 そして到着したポイントは、昨日見た湖を二回りも三回りも大きくした、超巨大湖が見える湖畔の広場。同じ高さの木々が綺麗に並ぶその有様は、まるで神の手によって意図的に植えられたかのような、偶然とは思えないほどの完璧な行列。

 

 湖にも多くのポケモンが泳いでいる中、ランヴェールさんはアタシの手を離して先を歩くなり、木々に手を当ててその質感を探り始めていた。

 

「何をしているの?」

 

 アタシは訊ねる。すると、ランヴェールさんは取り払った帽子へと手を突っ込みながら、そんなことを話し始めたのだ。

 

「ボクの日課とも言える、ポケモン観察のための下調べさ。ボクは、ポケモンとこの世界が好きだ。だからね、この世界のポケモンを今の内によく眺めておきたくて、より多くのポケモンを観察するべく様々な手法でポケモンをおびき寄せているんだよね」

 

「ふーん。今の内にしかポケモンを観察できないの? ランヴェールさん、どっか行っちゃう予定とかあるんだ?」

 

「…………そうだね。そう遠くない内にも、ボクは此処を去るつもりなんだ」

 

「へえ、なんか寂しいな。だったら、今の内にシナノ地方をいっぱい見ていってよ! アタシも出身なのによく知らないんだけどね」

 

「くっ、ふふふ! いやいや、ありがとうヒイロちゃん」

 

 と言って、帽子の中から一つのビンを取り出したランヴェールさん。中には甘い香りのする蜜がたくさん入っていて、一目見ただけで胃もたれしそうになる。

 

「ヒイロちゃん、これを知っているかな?」

 

「え? 非常食??」

 

「んーーーー、とても可愛らしい回答だね、ヒイロちゃん。でもね、残念ながら不正解さ。これはね、れっきとしたどうぐなんだよ」

 

「え!!!! どうぐ!!!!」

 

 ソウルワード着信!! 一気に釘付けになった視線でそのビンを食い入るように見ていると、ランヴェールさんは微笑ましく笑いながらそれを続けていくのだ。

 

「これはね、“あまいミツ”というどうぐなんだ。使い方はいたって簡単で、こうして、ポケモンが好みそうな絶好のポイントに、こうやって塗りたくる……。これで完了さ」

 

 ビンに付属していたスプーンであまいミツを掬っていくと、ランヴェールさんは慣れた手つきで木にミツを塗っていく。

 その手つきはどことなくやらしく感じられたものの、アタシはそんなことなど全く気にしないと言わんばかりに工程を眺めていく。で、それからどうなるの!? まさかの使用用途にそのどうぐの在り方が気になりすぎてワクワクが止まらない……!

 

「ランヴェールさん! これで、どうなるの!?」

 

「くっ、ははは! おー、よしよし。イイ子だヒイロちゃん。これはね、決して焦ってはならないことが重要なんだ。というのもね、あまいミツというのは、言ってしまえば、むしタイプのポケモンを呼び寄せることができる代物でね。ボクがこうして塗ったポイントには、数日の内にも大量のむしポケモンが集まってくることだろう」

 

「え。う、うぇえ……むしタイプのポケモン……? アタシ、むしタイプって苦手なんだよね……」

 

 なんか、予想外な使い道を聞いてしまったものだから、アタシは舌を出しながらそんなことを言っていく。

 すると、こちらの頭を優しく撫でてきたランヴェールさん。手にはいつの間にか網目状が目立つモンスターボールが握られており、アタシにその言葉をかけてきたのだ。

 

「確かに、ヒイロちゃんのような反応を示す女性も少なくはない。ボクとしても、好き嫌いをハッキリと表に出すことができる、感情表現が豊かな女性は実に大好きなものさ。――ただ、同時に少しばかり悲しいかな。隠すもなにも、ボクはむしタイプをこよなく愛するポケモントレーナーでもあるのだからね」

 

「え……? そうなの? ――あ、ごめんなさい。そんな、別にランヴェールさんを残念な気持ちにさせようだなんて思っていなくって……」

 

「気にしないでおくれ、ヒイロちゃん。ハッキリと好き嫌いを言えるところもまた、繭のように真白な純粋無垢のその在り方に、より一層もの拍車をかけるというものさ。……ただ、こうしてボクらが巡り会えたのも何かの縁だろう。ボクと出会ったことを機会に、ヒイロちゃんが少しだけでもむしタイプのポケモンを好きになってくれると、ボクとしてもこの上なく嬉しいな。――例えばだけど、こんなむしポケモンはどうかな? 行っておいで、ハハコモリ!」

 

 ランヴェールさんの呼び掛けに応じるよう、投げられたボールから繰り出された一匹のポケモン。

 そこから現れたポケモンを見るなり、アタシはむしタイプというイメージの悪さが少し払拭された気がした。そこには細身な女性と思しき佇まいが特徴的な、鋭利な腕と優しい顔立ちのむしポケモンがアタシへと華麗なお辞儀をしてきたのだ。

 

 そのお辞儀も、まるで第二のランヴェールさんのようだった。こうして初めて見たむしタイプのポケモンに心が惹かれたアタシは、「可愛い!! 触っていい!?」とランヴェールさんに訊ね掛けて、彼はそれに対して「心行くまで、いいよ」と穏やかに返してくるのだ。

 

 アタシは、ランヴェールさんのハハコモリと戯れた。

 さらには、アタシもモンスターボールからラルトスとサイホーン、マホミルを繰り出して顔を合わせていく。と、その瞬間にもマホミルがマジカルシャインをぶっ放してアタシもろとも攻撃を浴びせられてしまうのだが、その暴走をサイホーンが食い止め、ハハコモリは不意打ちされたにも関わらず母性溢れる表情で許してくれたりと、アタシは苦手意識を持っていたむしタイプと心行くまで触れ合ったものだ。

 

 ……そんな戯れる少女を眺める、二人の人物。

 得意げな顔で、自身を見張ってくる女性へとウィンクを飛ばしていく男。そんな彼からのアピールに、女は軽く腕を組んだ佇まいで複雑な表情を見せながらも、これといった口出しをすることなく少女を見守っていったのだった――

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