ポケモンと私   作:祐。

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洗礼

「ランヴェールさんからあまいミツ貰ってこないとな……。って、ちょっと――ラルトス、なに舐めてるの!」

 

 あまいミツを塗っていた木に近付いてそんなことを呟いている最中、アタシが抱えていたラルトスがそのミツを手につけ、それをペロペロと舐め始めたことで驚いてしまった。

 

 ヘラクロスを逃がしたアタシは、意気消沈としてこの辺をウロウロしていたものだ。

 もしかしたら、あのヘラクロスが戻ってくるかもしれない。そう思ったアタシは数時間ほどこの周囲を彷徨うようにしていたものだったが、いくら時間を置いてもあのヘラクロスがここに姿を現すこともなく、アタシはただフィールドワークに時間を費やしてしまっただけだった。

 

 そして、数日と経っていたことからあまいミツの効果が無くなってきたのだろう。段々とそれが木に浸透していく様子を見せ始めていくと、塗ってあった面積も心なしか狭くなってきていることに気が付いた。アタシはこれを見て、「ランヴェールさんからあまいミツを貰おうかな」と考えていたところで、食いしん坊のラルトスはそのミツを味見してしまったものだ。

 

 ちょっと、他のむしポケモンもいっぱい舐めてたやつなのに! 慌てて湖の水でラルトスの口元や手を拭いていくアタシ。

 ――ん、この湖、意外と水流の流れが速い……? そんなことを思いながらも、こちらの焦り具合もまるで気にしないラルトス。アタシが手に掬った水で洗われている間も、良い匂いがついているのだろう手をペロペロと舐めていき、とても晴れやかな笑顔でアタシに食べ物をねだってくる。

 

 あなたねぇ……。ま、アタシのラルトスらしいと言えばらしいけど。内心でそう呟いてから「はいはい分かった分かった」と言って、アタシはラルトスを傍に下ろしてバッグを置き、中を漁っていく。どこに入れてあったっけなーとしばらくガサゴソとしていると、ようやく見つけたポフィンを取り出してそれをラルトスに与えていくのだ。

 

 ラルトスは、すごく喜びながらそれを受け取った。そして、ご機嫌な様子ではむはむと食べていく。

 ……幻想的な湖で、ランチなう。ふとよぎった言葉にアタシはスマートフォンを手に取って、ラルトスの写真を撮ってパパへと送りつける。

 

 どんな反応が返ってくるかな。すでにオンタケ山を越えてオウロウビレッジに到着していることをまだ伝えていなかったアタシは、それもついでに自慢しちゃおと思って、画面に釘付けとなってその操作をしていたものだ。

 

 だからなのか、アタシは気が付くことができなかった。今も隣のラルトスは食べることに集中していて周りが見えていなかったからこそ、この背後でブンブンと虫の風切り音が鳴り続いていたことに気付くまで時間が掛かってしまった……。

 

「よし、送り終わった。パパからどんな返事が届くかなー! ユノさんと一緒に旅してることは伝えてあったけど、ランヴェールさんのことはまだ教えていなかったからなー。ね、ラルトス――」

 

 横へと向けた視線。ラルトスもこちらと目を合わせてくる視界の中、ようやくと耳に入ってきた、生理的に不快であると感じ取れてしまう風切り音――

 

 ――え? アタシは咄嗟に振り向いて、背後で滞空する“それ”を見遣った。

 

 ハチの巣に顔や羽、触覚や下腹部がついた、とても奇抜な見た目をしたそのポケモン。本能的に危険であると悟らせる黄色と黒色の色合いをしている一方で、すごく愛らしい三つの顔を持つ“それ”は、アタシから見て左にある顔は、こちらのことをキラキラと輝く目で見る顔、右にある顔は、何を考えているのか分からないくらいな真顔、そして下にある顔は、アタシという大きな生命体に対して怯えるような、とても驚いた顔をしてそれぞれがこちらを近くで眺めていたものだ。

 

 ……って、虫――ッ

 

「ひゃッ!!!! ッば」

 

 ずるっ。滑らせた足は、手に持っていたスマートフォンを投げ出して地面に落としていく。

 でもって、この身体はと言うと、そのまま後方へと倒れ込む物体の運動に従うまま倒れ込み、水面に打ち付けるかのように、アタシは湖に落下してしまった。

 

 履いていた両足のブーツと被っていたキャップを投げ出してしまい、バッグも下ろしていたことから地上に置いてきていたこの状態。

 ――そして、試練の地とも言うべき来訪者への洗礼。一見すると穏やかに見えていたこの湖だったが、中に入るなりその水流はとても激しく、アタシは成す術もなくそれに流され始め、水中に大量の泡を噴き出しながら、これに身を掻っ攫われてしまうのだ。

 

 てか、ヤバい。マジでヤバイ!! 溺れ――

 

「ガボッ、ボゴゴッ」

 

 息が、できない……!

 

 木漏れ日の日差しが遠のいていく。

 浮遊感と呼吸のできない環境に、絶命を確信した最期の光景。

 

 ――死んだ。激しい水流に呑まれるまま、アタシは揉まれるようにぐるぐると回るこの身体を、湖の深くへと沈めていったのだ…………。

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