ポケモンと私   作:祐。

68 / 104
人災

 森林に拓かれた小さな空間と、木漏れ日を浴びる木造の一軒家。大自然の中に馴染むよう佇むそれにアタシは唖然としていると、ハチの巣のようなそのポケモンがアタシの下へと飛んでくる。

 

 アタシの妨げとならない程度に近付いて、その場で羽ばたいていた。しかもジーッと見つめられるようにそのポケモンが居続けるものだから、アタシはそれの様子をうかがいながらも一歩、前へと踏み出してみる。すると、そのポケモンはアタシから距離を取り、一軒家に近付くなりこちらに振り向いてくるのだ。

 

 ……もしかして、あのポケモンがアタシをここまで? ふとした疑問を思い浮かべると共にアタシの視界に現れたのは、周囲の森林から顔を覗かせるように流れる水をひたひたと歩いてくる十数匹ものポケモン達。

 ウパーやハスボー、ポポッコやイーブイというポケモン達がアタシの前に姿を現し始めて、それからさらに、ミネズミとミルホッグの団体だったり、ポワルンという天候によって見た目を変えるポケモンが、通常の状態でその一軒家の周りに集まってくるのだ。

 

 中には、一軒家に空いていた穴へと入っていくポケモン達も見受けられた。ここの家主は、自分のポケモン達が自由な出入りをできるようにしてあるのかな。そんなことを思いながら、アタシは一歩ずつおそるおそると近付いていってみる。

 人間という異なる種族に対しても、これといった警戒を見せる様子はないポケモン達。むしろ、一軒家へと向かっていくアタシを見守るような視線を浴びることとなっていて、今この場で何が起きているのか、理解がまるで追い付かない。

 

 と、そこでハチの巣のようなポケモンが、一軒家の二階にあたる部分の、壁に空いた穴へと入っていった。……と共に、顔をひょっこりと出して、アタシが自身を見ているかを確認してくる。

 で、また一軒家へと入っていった。――つまり、そういうことだよね……? 自分の解釈で納得したアタシは、一軒家の玄関まで上がり、古びた木のにおいが香ってくるその扉を、ゆっくりと開けた。

 

 ぎぃ~……。軋む扉と、ボロボロな床の音。室内は一般的な家庭の家とそんな大差の無い造りでありながら、開けてすぐにもお出ましとなったリビングはとても広く、かつ、植物が所々と生えている辺りに手入れはされていないような印象を抱いた。

 他、違う部屋へと繋がる部分のドアは壊れていたり、二階へと続く階段にも穴が空いていたりと、とても人が住めるような環境ではない光景が広がっていた。これに対してアタシはただただ不思議に思うばかりで、そんな階段からはあのハチの巣ポケモンが覗いてきては、再び戻っていくその様子に、アタシは誘われるままに階段へと足をかけていく。

 

 この家に入った時にも、ミネズミやウパーがアタシを追い越すように家の中へ入ってきて、各々自由に走ったりしていたものだ。ポポッコなんかはアタシの背を押し始めていて、「分かった分かった! 行くから!」と早歩きでボロボロの階段を上っていく。

 

 そのまま二階の細い通路を辿っていき、アタシは第二のリビングとも言えるだろう空間に出てきたのだ。

 植物がびっしりと生えている建物の壁。屋根や床には穴が空いていたりと古びた様のこの室内は、照明がついていないことから薄暗く、しかし木漏れ日が目に優しい明かりとなって、この室内を鮮明と照らしていく。

 

 そして、アタシはとあるポケモンを目にすることとなった。この空間の奥に設けられた、温かそうな植物の葉や、様々な色の鮮やかな花々、メリープやモココのだと思われる羊毛をクッションとして、その上で可憐に寝込んでいる一匹の、真白なポケモン――

 

 ――ロコン? アタシは、目を凝らしてそれを眺めた。

 え、でも、ロコンの割にはほのおタイプらしからぬその、粉雪のような色合い。まるで雪国にでも生息する生き物のような体色のそれにアタシは疑問に思うものだったが、そんな白いポケモンの傍にいるのが、あのハチの巣ポケモンと、水玉のような模様をした真ん丸のみずウサギ……。

 

「……あ。やっぱ、そうだ。あなただよね? アタシを助けてくれたの……」

 

 マリルリ。溺れていた時に、朦朧としていた意識の中で見かけたあの模様。アタシが訊ね掛けていくと、マリルリは満足そうな顔でうんうんと頷いていき、こっち、こっちと、両手で来るよう促される。

 と、背中を押してくるポポッコ。分かった分かった! アタシはポケモン達の厚意……のようなもので室内を進み、白いポケモンの前まで来てから、その子を近くで眺めてみた。

 

 ……よく見ると、この子。全身に怪我を負っている。

 痣だらけの全身。粉雪のような身体に点々と存在している、生々しい打撲の痕。……なにこれ、ひどい。ポケモンのわざによって生じる傷ではないことが明らかであり、これは間違いなく、人間の手によって加えられたものであることを確信する。

 

 そして、マリルリはとても心配そうに、アタシのことを見てきていた。

 

「……もしかして、アタシに治してほしいの? この子の怪我を治療してもらいたくて、アタシをここまで連れてきたの……?」

 

 うんうん。そう頷くマリルリ。どうして溺れているアタシを連れてきたのかは分からないが、怪我を治してほしいという想いはとても強く、アタシにすがるような顔で、ずっと見てくるのだ。

 

 ……この子の怪我を治してあげたい気持ちは山々なんだけど――

 

「ごめん、マリルリ。せっかく連れてきてもらったのに、アタシ、怪我を治すためのキズぐすりが入っているバッグをあの場所に置いてきちゃったの。でもさ! あの場所さえ分かればアタシ、急いでキズぐすりを取りに行ってこれるから! だから、急ぎであの場所まで案内してくれない?」

 

 すると、マリルリは晴れた顔をして動き出した。その真ん丸の身体でトコトコと部屋の出口まで移動したマリルリは、振り返るなり、こっち、こっちとアタシを手招きしてくるのだ。

 うん、見るからにアタシをバッグのある場所まで連れていってくれる雰囲気だ。周囲のポケモン達も希望に満ちたような顔を見せていく中、アタシもそれについていって、一軒家から飛び出していく。

 

「急ごう、マリルリ! アタシはどうやってここから出ればいい?」

 

 こちらの問い掛けに対して、マリルリは案内するといった具合に手招きをしながら、十字路へと続く道を走り出していくのだ。

 再びあの迷路へと行くのか。若干とよぎった不安にアタシは唾を飲むものの、こうして現地のガイドさんもついてくれている状況なら安心だという思いから躊躇うことなく、アタシもマリルリに続いて駆け出していく。

 

 ――と、その時だった。

 

 ガサ、ガサガサッ。森林から、慌てるように飛び出してきた一匹のミネズミ。赤い目をさらに赤くしながら血相を変えて一軒家の前まで移動すると、そのミネズミは大きな鳴き声を上げて、何かを呼び掛け始めたのだ。

 

 それを聞いたマリルリが、足を止めてすぐに振り向いてくる。アタシもそれに続くよう振り返っていくと、この空間にいたポケモン達が皆、顔色を変えてきびきびと動き始めたのだ。

 複数のミネズミがか弱いポケモン達を一軒家の中へと誘導し、ミルホッグやポポッコといった腕っぷしの強いポケモン達は、この空間の外へと向かうように森林へと姿を消していく。見るからにただ事ではない様子であることを察することができたこの事態に、マリルリも同様、アタシの案内どころではないと駆け出していくと、ふとこちらへと振り返ってきて、ペコペコと頭を下げ始めていく。

 

 ……え、何だろう。慌ただしく動き回る周囲の、緊張感に包まれたこの光景。足を止めて何かを懇願するようなマリルリにアタシは近付くと、それを承諾と受け取ったのだろうか、こっち、こっちと手で招きながらマリルリは走り出し、森林の茂みへと姿を消していったのだ。

 

 いや、なになに!? アタシは困惑して、あたふたとしてしまう。

 だが、次にも見た光景を目にしてからというもの、アタシはここに住んでいるのだろうポケモン達が、“かの件”と密接に関わっていることを瞬時に理解する――

 

 茂みから現れたワンリキー。必死な顔で大急ぎ一軒家へと向かっていくそれだったが、ワンリキーが抱えていたあるポケモンを見ると、アタシもまた顔を真っ青にしながら、事の全てを把握することとなってしまうのだ。

 

 ワンリキーが抱えていたハネッコが、惨たらしく痛めつけられていた。描写できないほどに全身を刻まれたその身体は、見るからに生死に関わる大惨事である。

 しかも、アタシに助けを求めるくらいに、この周辺には傷を癒せる薬草などが存在しないのだろう。痛めつけられたハネッコは力無く目を閉じており、呼吸をしている様子も全くうかがえない。……考えられる中で特に最悪とされる事態に陥っていることは確実であり、このワンリキーに続いて、ミネズミやエイパムといったポケモン達が森林から飛び出してきては、傷付いた被害者たちを次々と一軒家へと運んでいくのだ。

 

 同時に、それらを見送る中で目についた、一軒家の裏。この家の裏庭とも言えるだろう手の行き届いたその空間には、一定の間隔を置くように並べられた大量の石が見受けられる。

 ――うそ、でしょ。身体の芯を凍らせた、現在の状況に戦慄を覚えるアタシの感情。同時に巡ってきた危険信号がアタシの心臓を速まらせ、理解とは遅れてやってきた身の危機に、これまでに感じたことのない、遭難や溺死の可能性とは全く異なる方向性の恐怖を覚え、思わず立ち竦んでしまう。

 

 いや、そんな。だって、これはユノさんが成敗してくれていたんじゃないの……!? 頭の中がぐちゃぐちゃとなって、目が回ってくる感覚を覚える錯乱状態。今すぐにでもここから逃げ出したい思いに、アタシは自身の思考の中で立ち往生を始めてしまうのだが、そんなアタシを焦らせるように、決死な顔をしたマリルリがアタシを呼び掛けてくるのだ。

 

 ……アタシが? うそでしょ……?

 しかし、命を張っているのはむしろ、彼らの方だった。この件で人間が被害を受けた事例は今のところゼロであるとはいえ、その可能性こそがゼロであるとも言えなくもない、あまりにも凶暴な事件性。

 

 だが、“それら”から自分達を守るために、今も彼らは命を懸けて戦っている。あの二階で傷付いていた白いポケモンもきっと、“それら”との戦いによって負傷してしまった被害者なのだろう。

 ……こんな状況の中で、逃げ出すわけにはいかないでしょ……! 自分に何ができるかなんて全く分からなかったし、むしろ自分はポケモンのように戦えるわけでもないから、護身術も覚えていないような非力で頼りのない人間がどこまでできるかなんて、正直、自分自身に期待ができない。

 

 だからといって、彼らを見捨てるわけにもいかなかった。

 ――ええい! もう、どうにでもなれ!!!! やけくそに近い感情で、振り切るようにマリルリの下へと駆け出したアタシ。こちらに対して、こっち、こっちと案内するマリルリの後を追うように森林の茂みへと突っ込んだアタシは、その先にも続いていたアリの巣のような膨大な通路の中を駆け抜けて、急ぎで向かう森のポケモン達と並びながら、アタシは“ヤツら”の退治へと臨んだのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。