ポケモンと私   作:祐。

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ニュアージュ

「お? やっぱり、ヒイロちゃんか!」

 

「え? ――あ、タイチさん!」

 

 変装した、付けヒゲ姿のジェントルマン・タイチさん。いつもの如く変な方向性に趣がある、あの超絶イケメンのシナノチャンピオンとはとても思えないセンスのそれに、通りすがる皆が彼の変装に気がつけないものだろう。

 

 だからこそ、こうしてお互いに安心して話すことができるのだ。あの変装を知る者は少なくとも、センギョクタウンという旅立ちから間もないアタシくらいしかいなかったものだか……ら――??

 

「え??? タイチ??」

 

「は?? タイ……?」

 

「…………っ」

 

 ――見遣る三人。一瞬にして凍り付いた、唖然の言葉に相応しいこの空間。

 あんぐりと口を開けたクルミ君。口元を引きつらせたグレン君。そして、有象無象に興味無さげな顔をしていたカナタさんでさえも少し驚いた顔を見せていく。

 

 ……やっ、ちゃ、たぁーーーーーっっ。

 ゆっくりと口を手で押さえていくアタシ。今からでも間に合わないだろうか。ほんのわずかながらの可能性を信じて行っていく無意識の動作であったのだが、目の前では「おっ、とぉ……!」と余裕そうな顔をして汗を流しながら、帽子を深々と被っていくタイチさんの様子に、アタシはこの世の終わりのような感覚を覚えた――

 

 ――そして、身を乗り出すクルミ君。

 

「タイチ……タイチ……。あ、あぁーーーーー!!!! チャンピオンの!! タイ――――むぐッ!!」

 

「待てクルミッ!! こればかりは、さすがにマズイッ!!! 有名人のプライベートっつーことで、そっとしておいてやれっての……!!」

 

 叫びそうになったクルミ君の口を強引に押さえていくグレン君。後ろから回り込むようにクルミ君を捕まえて、いつものテンションを抑え込もうとするのだが、それでも溢れんばかりの興味が先走りするクルミ君が必死にもがいてタイチさんへと駆け寄ろうとする。

 

「もが、もがもがもがッ!!!」

 

「も、申し訳ねェ、チャンピオン! 確かにお会いできたっつー機会に俺も内心こいつと同じ気持ちだ!! だがっ、プライベートのところ、こんな……っ! ちょ、こいつ――カナタ!! インテレオンを頼む!!」

 

「あんたの言う事は聞きたくないけど、クルミのことなら聞き入れてあげなくもないわ。――お願い、インテレオン」

 

「何だっていいから、早くしてくれっ!!」

 

 気に食わないという顔をしながらも、モンスターボールを取り出してそれを投げていくカナタさん。気だるげに投げられたボールが開いて光が迸っていくと、そこからは一匹の賢そうなカメレオンっぽいポケモンが姿を現し、腕を組んだ理知的な様で長いシッポを巧みに操ってクルミ君の身体を拘束していく。

 

 全身に絡まるように巻き付いたシッポ。その先端でクルミ君の口を塞いでいくと、カナタさんが役所の出口へと歩いていく姿についていくように、インテレオンというポケモンもまた、クルミ君を連れて歩き出していくのだ。

 

 身バレしそうだったというこんな時でも、タイチさんは「ほう、中々に勇ましい顔をした、強さと賢さを特に両立している良いインテレオンだ」と、とても興味深げにポケモンを眺めていた。チャンピオンたるもの、どんな時でもポケモンのことが気になるようだ。

 そして、その後ろからは、グレン君が一息といった具合に「ふぅ……」と言葉を漏らしながら、汗を拭う動作と共にタイチさんと、歩み寄ってきたアタシへと言葉を投げ掛けていく。

 

「チャンピオンとヒイロがどんな関係かっつーことは、詮索なんかしねェ。ただ、騒がしくして悪かった。俺らは外で適当にやっているから、二人は気にせずプライベートの時間を楽しんでもらいたい。――ヒイロ、お前さんは相当恵まれてんだから、上手くやれよ。じゃあな」

 

 ……え? なんか、勘違いされてる?

 アタシの肩を叩いて励ましてくるグレン君。怖い目つきとは裏腹の心遣いにアタシは「う、うん……」なんて答えていくと、一刻でも早くと立ち去るようアタシらに背を向けて走り出していくその後ろ姿。

 

 取り敢えず、騒ぎにならなくて良かった。チャンピオンのタイチさんは色んなメディアに引っ張りだこなものだから、マサクル団の件で一層とオウロウビレッジに訪れているメディアにこれを勘付かれてしまっては、タイチさんの悪党共を追っていく活動にも支障を来しかねない……。

 

「タイチさん、ごめんなさい。アタシ、迂闊だった……」

 

「ん? なんか謝ることでもあった?」

 

 え。

 ケロッとした調子で、逆に訊ね掛けられてしまうアタシ。それと共にコツコツとこちらへと歩み寄ってくると、タイチさんはアタシが抱えていたラルトスの頭を撫でて、触れ合い始めていったのだ。

 

 ラルトスも、タイチさんから差し出された指を小さな両手で掴んで、キャッキャと喜んでいた。まだまだ旅を始めたばかりからの顔なじみなものだから、ラルトスとしてもタイチさんに会えることはとても嬉しいことだったのだろう。

 一方で、アタシはタイチさんがどうしてここに訪れたのかが気になっていた。――やっぱり、タイチさんが追っている悪党共って……。

 

「タイチさん。やっぱ、オンタケ山のことでここに来たんだよね」

 

「そうだね。よく分かったねヒイロちゃん。今回の件も、俺が追っている悪党共が密接に関わっている可能性が非常に高いものだから――」

 

「マサクル団、だよね」

 

「……ッ!?」

 

 アタシの口から、その言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 悠々とした調子から一転とした、変装道具のサングラス越しからでも分かる真ん丸な目。驚きと、恐れ。その両方をタイチさんの両方からうかがえたアタシは、やっぱり……なんて確信を抱きながらそれを口にしていく。

 

「アタシ、今回の件の当事者なの。たぶん今回の件の、唯一の目撃者だと思うから、タイチさんがマサクル団を追っているのなら、今回のことを詳しいとこまで話せるよ。……もちろん、このことはメディアに一言も言ってないからね」

 

「……非常に助かるよ。できれば、ヒイロちゃんをこの件に巻き込みたくはなかったが、起きて欲しくない偶然ほど、現実のものとなってしまうな……。――実はね、俺はここでオウロウビレッジのジムリーダーの、ニュアージュちゃんと落ち合う予定だった。彼女もマサクル団を……いや、言ってしまえば、ジムリーダーの皆さんが、マサクル団という団体と因縁のある方々でさ。とにかく、ニュアージュちゃんが合流した時にでも、詳しい話をしてくれると嬉しいな」

 

「おっけー。じゃ、それまでここで待つって感じだね」

 

 アタシは、さっきまで座っていた丸テーブルへと促した。それを見てタイチさんは笑んでみせて、「ありがとう」と言うとアタシと共にその席に座っていく。

 

 それから、十分くらい経過した頃だろうか。仲間になったばかりの子だよーとモンスターボールから出したミツハミーをタイチさんに見せていると、タイチさんはミツハミーを凝視するように眺めていき、それに対して、「こんなにもそれぞれの表情が豊かなミツハミーは初めて見たな……!」と、すごく興味深そうにアタシのミツハニーと触れ合っていた。

 

 どうやら、ミツハミーのそれぞれの顔には意思が宿っているとされているものの、決してそれほどの大差の無い感情を持っているとのことで、表情にはそれほどの違いは見られないとのことらしい。

 しかし、アタシのミツハニーは、アタシから見て左の顔は、タイチさんという人間にものすごく興味津々な明るい笑顔を見せており、右の顔は、タイチさんなんてどうでもいいと言わんばかりの不愛想な表情を、そして下の顔は、タイチさんに限らず人間という存在に終始驚いているような、常に焦っている慌ただしい表情を見せていたものだ。

 

 ……なんか、つい先ほどまで話していた三人に似ているな。アタシもそんなことを思いながら、「へー、珍しいんだ」なんて適当な相槌をしてソーダをチューっと飲んでいくと、その時にもタイチさんは顔を上げて、複数もの足音からなる集団へと視線を投げ掛けていく。

 

「ニュアージュちゃん! こっちだ!」

 

 手を振るタイチさん。アタシもそれを聞いてミツハニーを手で寄せながら振り向いていくと、そこには一人の美麗な女性が佇む姿と、その女性を囲うように存在していた六名ほどの黒スーツSP……!

 

 女性の立ち姿は正に、絵本の表紙を飾るお姫様とでも言うべきだろうか。背中辺りまで伸ばしたアッシュの長髪に、深緑のドレスに身を包んだ優雅な外見。まるで迷える森を歩くような足取りでカフェに姿を現すと、タイチさんを発見するなり優雅な様子で、貴族が着けるような白色のグローブの手を振り返していくのだ。

 

 ――いや、だからって大掛かりすぎない!? ジムチャレンジの役所のカフェに出向くまでに、なんつー連中を連れてきているの!? 内心で驚いているアタシが圧倒されている間にも、そこではタイチさんとジムリーダーさんの会話が繰り広げられていく……。

 

「あら、タイチ様。フフッ、今日もお素敵な変装でございますね。テーマはズバリ~……ジェントルマン、でございますかー?」

 

「へぇ! ニュアージュちゃんから見ると、俺はそんな風に見えているのか! ジェントルマンか……イイな、それ!」

 

「タイチ様とお会いになる度に、そのお姿を変幻自在と変えていく、なんとも豊富なバリエーション。タイチ様はまるで、ゲッコウガ、でございますねー。ウフフ、次回は青色の忍者服と赤色のマフラーでもお巻きになられてはー?」

 

「俺自身がゲッコウガになるのか! ふむ、それはナイスアイデアだなニュアージュちゃん! その案、もらい受けるとするよ!」

 

 え、採用!?

 内心でガビーンとするアタシ。ただでさえジェントルマン・タイチさんでチャンピオンの風格が崩れ去っているというのに。

 

 しかも、この二人の会話がフワフワしていながらも微妙にどこかズレている内容なものだったから、レミトリさんとテュリプさんという、今まで出会ってきたジムリーダーからは全く感じられない、初めてとなるおっとり空間にアタシは黙りこくってしまっていたものだ。

 

 そして、そんなアタシへと視線を投げ掛けてきた、オウロウビレッジのジムリーダーこと、ニュアージュさん。アタシよりも若干ながら年上かなという未成年の雰囲気を醸し出しながらも、その外見に相応しいお嬢様な喋り方でこちらへと訊ね掛けていったのだ。

 

「タイチ様、こちらの方は?」

 

「あ、アタシはヒイロって言い……ます。ハイ……。アタシもジムチャレンジをしているチャレンジャーで……す。ハイ……」

 

 なんか、ニュアージュさん相手に今までのタメで話すと、周りのSPにしばかれそうな気がした。とても慣れない調子で敬語を交えてそんなことを言っていくと、タイチさんがフォローするように紹介を行ってくれるのだ。

 

「ニュアージュちゃん。彼女はヒイロちゃんだよ。ほら、開会式の時に、俺が最も注目している新米ポケモントレーナーだって話した、あの子」

 

「あら! あらあらあら~! 貴女様がヒイロ様ですね! お噂は常々、タイチ様やレミトリ様、テュリプ様からもお伺いしておりますー! こうしてお会いできたのも何かのご縁ですね。ぜひとも握手を~!」

 

 そう言って、ニュアージュさんはドレスに身を包んだその格好で慣れない小走りを行っていくと、それを心配する周囲のSPもぞろぞろとアタシへと駆け寄ってきて「ひぇ……」と思ってしまう。

 そして、差し伸べられたお嬢様の手。貴族のグローブを着けたそれに、アタシなんかが触れてもいいのだろうか……。躊躇いでアタシはミツハニーから手を離しながらも、礼儀をと思って自分の服で手を拭い、それからニュアージュさんの手を取って、握手を交わしていく。

 

 なんか、今までで一番緊張する場面かも……。

 この一瞬だけでも相当疲れたアタシが内心でそう呟く間にも、タイチさんはニュアージュさんへと紹介を続けていくのだ。

 

「ニュアージュちゃん。ここからは例の話になるんだけど、今回はヒイロちゃんも交えて話をしたいと思っているんだ。というのもね、今回の一件はどうやら、ヒイロちゃんが当事者であるらしい。俺もニュアージュちゃんが来る前にちょっとだけ話を聞いたんだけど、彼女は不運な事故がもたらした偶然によって、事件に巻き込まれてしまった被害者だ。それでいて、“JUNO”という謎の人物を除いて、これまでの件には今までに無い、唯一の“彼ら”の目撃者でもある。実際に対峙したともいうから、休憩時間が許す限りまで、ヒイロちゃんから詳しい話を聞きたいと思っているんだ」

 

「はい、承知しました。オンタケ山の一件については話をうかがっておりましたが、まさかヒイロ様が当事者であったなんて……。さぞ、わたくしの想像し難い災難に深く傷ついたかと思われます。――SPの皆さま、ヒイロ様に労いのお食事をお持ちいただけますか? ヒイロ様、お好きなメニューをお頼みくださいませ」

 

「え。もう食べ……ましたが――あ、ハイ。じゃ、じゃあ……これと、これをお願い……します」

 

「では、SPの皆さま。ヒイロ様のお食事をお願いしますね」

 

 いや、SPって従者とは違くない??

 何から何まで意外性に富んだ、これまた変わった人物が現れたものだ。彼女の指示にSP達も一切の疑問も持たないのか、守るべき対象をアタシらのところに置いといて、黒スーツの六名がこぞってカフェの出店へと走っていく。

 

 ……うわぁ。今日はいろんな発見があるなぁ。そんなことを思いながらも相席してきたニュアージュさんを交えていくと、タイチさんに「ヒイロちゃん。話をお願いできるかな」と真剣なトーンで声を掛けられたものだから、アタシはすぐにも気持ちを切り替えて、あの時に味わった恐怖や怒り、“ヤツら”が繰り広げた凄惨なる行為や野生ポケモンの様子といった細かいところまでを、余すことなく二人へと話していった――――

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