噴き出る大量の汗。心地が良かったあの清々しい朝の日差しも、時間の経過によって燦々と照り輝き始めたこの時刻。服をハタハタさせて肌に風を送り、汗をタオルで拭って水筒で水分補給をしていくアタシの後ろでは、今も互いにわざをぶつけ合い、白熱としたポケモンバトルを繰り広げていくクルミ君とカナタさんが存在していた。
……さすが、バッジをたくさん持っている人達なだけはある。今も審判をするグレン君なんかも疲れた顔など一切見せず、ただ黙々と目の前の激しいやり取りを目で追ってその役割をきっちりこなしていくのだ。無論、今もポケモンバトルに取り組んでいるクルミ君だってカナタさんだって、立て続けと頭をフル回転させながら何度も何度もポケモンバトルで熱い戦いを交わしていき、トレーナーも持ち合わせた無尽蔵な体力を、ここぞとばかりに発揮していく。
少なくとも、あの三人についていけなければ、アタシもバッジ六個とかそういう境地に辿り着けないのかもしれない。ジムリーダーのような立ちはだかる障壁とはまた異なる、同じ立場であるからこその隣にそそり立つ壁を肌身で感じさせられたアタシは、今もこのグラウンドのベンチで溶けるように倒れていたマホミルに水をかけてあげながら、闘争心の強いこの子でさえ疲れ切って動けなくなるようなハードスケジュールに、現実をよくよく思い知らされる。
アタシもポケモンバトルやりたい。ジムバッジ二個のアタシが生意気にも口にしたその言葉に、クルミ君は大歓喜を見せながら「おおーーー!!! ヒイロもやろーぜーー!!」なんて言って快く受け入れてくれたものだ。
カナタさんとグレン君に続く、三連チャンという大きなハンデの中で挑んだクルミ君との戦い。一対一のルールでグレン君が審判をしてくれたこのバトルは、アタシがサイホーンを繰り出すことでクルミ君のでんきタイプのポケモンにだいぶ有利をとっていたにも関わらず、クルミ君が選出してきたレントラーというポケモンによって、アタシのサイホーンは敢え無く撃沈してしまった。
うへぇ、ユノさんもエグいくらいに強いけれど、クルミ君も中々にパワフルで強いなー……。そんなことを思いながら倒れたサイホーンを労わっていくアタシ。相性では完全に有利であったにも関わらず、そのタイプ相性による不利を強引に覆してくるクルミ君の力強い、とても強気なその采配にアタシは成す術も無かった。
とにかく攻撃を押し付けてくる勢いはまるで稲妻とも例えられると思えるし、しかもその裏では、きちんと計算されたクルミ君の戦略が着実と展開されていたものだから、押し付けられる戦況の中で次第と追い込まれていくという、まるで追い込み漁をされている魚のような気分を味わったこのバトル。
アタシは、クルミ君の活発的すぎるその性格を舐めていたのかもしれない。やはり人間は外見じゃなくて中身。正直という言葉よりも真っ直ぐなポケモンバトルへの取り組みにアタシは実力だけでなく気持ちでも完敗し、しかも勝負後の握手の時なんかにはクルミ君、「ヒイロのサイホーン、今までに戦ったじめんタイプの中でも特にイカしてた!!! ヒイロもポケモンと戦況を見る目があるし、トレーナーになったばかりなのにジムバッジを二個もゲットできた理由がよく分かったぜ!!!」と、手厚いくらい讃えてきてくれたものだから、アタシは敗北に清々しいほどのものを感じてさえしまえて、精進しなきゃなと心から思えたものだ……。
それから、ようやくと休憩と言い出したクルミ君。あれから何時間経ったんだろう。朝日がすでに燦々と照り輝くその中で、汗をだらだら流しながらポケモン勝負に励んでいたその三人。みんなのパートナーも含めて誰一人として疲れた様子を見せることなく最後までやり切っていくと、クルミ君はアタシの下へと駆け寄ってくるなり、それを言い出してきたのだ。
「なーなーヒイローーー!!! ヒイロって、このオンタケ山のどこかに潜んでいるっていう、ぬしポケモンってヤツは知ってるか!!?」
アタシの背中を軽く叩きながら、そんなことを訊ね掛けてくるクルミ君。さり気無いボディタッチに反応するようにアタシはクルミ君へと振り向いていき、「ぬしポケモン?」と、いかにも知らないといったニュアンスで答えていく。
すると、クルミ君は汗だくながらも爽快なほどのニッとした笑みを見せながら、簡単な説明をしてくれるのだ。
「そーーー!! オレもよく知らねーんだけど! でも、響きからしてめっちゃ強そうじゃん!!? もしそんなヤツと出会えたら、きっとイイ特訓になると思うんだよね!!」
「お前さん、本当によく知らねェじゃねぇか。……っつーことで俺から補足をさせてもらうと、ぬしポケモンという言葉自体は、アローラ地方の文化かなんかで根付いているもんらしくてな。どうやら、特定の人物によって世話をされた野生ポケモンという位置にある、特別な個体のことを指しているとのことだ。で、アローラの文化が無いこのシナノ地方においては、その強そうな言葉の響きだけが海を渡ってきたことで、人があまり出入りしない地域に生息する、その地域を掌握するんじゃねェかってぐらいに強力なポケモンのことをぬしポケモンって呼んでいるっつーことだ。――って、おいクルミ、つい先日にもこの山で問題事が起きたばかりってんだ。まさかお前さん、そんな状況の中でぬしポケモンを探しに行くだなんて言わねェだろうな?」
と、首を突っ込むようにこちらの会話へと参加してきたグレン君。呆れた調子でそう声を掛けてくるグレン君に対して、クルミ君は笑顔を絶やさずそんなことを言っていくのだ。
「でも、立ち入り禁止になってる場所に行かなければいいだけだろ!!? なら、せっかく試練の地って呼ばれてるオンタケ山に来てんだし、今の内にやっておけることをやっておきたいじゃん!!」
「お前さんなぁ……。大量のポケモンが不可解な死を遂げたっつー山の中に、よく行こうと思えるよな。ヒイロ、こいつの言うことは真に受けない方が良い。それがヒイロの身のためになる」
「えーーー!! ヒイロもイイ経験になると思うから、一緒に探しに行こうって誘おうと思ってたのに!!!」
「馬鹿かお前さん。そんな危ない所に、ヒイロっつー俺達の旅に関係の無い第三者を連れ込もうとするな。俺達三人に何かがあれば、そりゃ俺達の問題で済むが、ヒイロに何かあったとなりゃあ、俺達はヒイロに関する責任を取ることができねェ。もちろんヒイロに危ない目を遭わせたくもねェから、そんな噂話程度のぬしポケモンの話で、今は特に危険な状況のオンタケ山に彼女を連れていくのは非常によろしくねェってことなんだよ」
「ヒイロが危ない目に遭ったら、オレ達で守ればいいじゃん!!!」
「だから、そういう問題じゃねェってんだよ!!!」
「えーーーー!!!」
「えー!! じゃねェ!!!」
クルミ君の声とグレン君の怒号が、ポケモンバトルに勤しむ活力溢れるグラウンドに響き渡った。
――熱中としていた競技の最中にも、水を差すように聞こえてきた二人の声。それを聞いた周りの人達はこれによってざわざわとしてしまい、熱を削いできた彼らに対する冷たい視線が、アタシ達に集中して注がれてくる。
……ちょっと、この空気はよろしくないな。これで何か揉め事になったらイヤだし、二人の考えを同時に汲み取れる妥協案を、アタシから提案しなければ――
「ね、ねぇ。クルミ君の気持ちも、グレン君の考えもよく分かったの。だから、こうしようよ。もし、ぬしポケモンを探しに行くのであれば、アタシもついていく。ただ、アタシが活動する範囲は、ジムチャレンジのスタッフさんの目に届く場所まで。それならどうかな、二人共」
アタシのそれを聞いた二人がこちらに視線を投げ掛けてくると、すぐにも嬉しそうな表情でアタシの肩に腕を回してきたクルミ君と、少し考えた後にも仕方ないといった具合に頷いていくグレン君が、複雑な顔をしながらもこちらを見遣ってくるのだ。
「ホント!!? じゃあじゃあ! さっそくぬしポケモンを探しに行こうぜ!!! ほらヒイロ!! グレンもカナタも!! ほら、レッツゴー、レッツゴー!!!」
「お、おい待てクルミ!! スタッフの目が届く場所限定だと言っただろうが!! ――ヒイロもすまねェな、こいつのワガママに付き合ってくれてよ。お前さんを危険な目に遭わせるつもりなんて毛頭ないもんだが、もし万が一のことがありゃあ、俺達がお前さんを危険から守る。だから、今は特に警戒が必要な状況のオンタケ山なもんだが、まぁ、気軽に行こうぜ。……カナタ、クルミ達についていってくれ」
「だからいちいち言わなくても、私はクルミだけについていくから気にしないで」
「だな。それじゃあ俺は、バトルで使っていたグラウンドを整備してくる。次に使う人達のためにも、散らかしたままにはできねェしな。――おいクルミ! 俺は後から追い付くが、くれぐれもヒイロには無理強いをさせんじゃねェぞ!!! いいな!!」
「はいはーい!!! じゃ、ヒイロ!! カナタ!! 先にオレらでぬしポケモン探ししよーな!!!」
ニッコニコな笑顔で、アタシの手を引いてくるクルミ君。そのまま思い切り走り出したものだから、「ま、待って待って!」というアタシの静止も彼に届かず、サイホーンに乗ったラルトスや、空を飛べるマホミルとミツハニーといったアタシのパートナー達は、クルミ君に連れていかれるアタシに追い付くべく急いで動き出していったのだ。
……駆け出す二人の背へと向けられた、一つの恨めしい視線。対象となる忌々しい存在を突き刺すようなそれで歩いていく最中にも、この後ろから仲間の彼に声を掛けられる。
「カナタ、お前さんも分かっているだろうが、これも一時ばかりの辛抱っつーもんだ。そりゃあクルミの野郎は、性別や年齢を分け隔てなく、誰とでもあんな調子で接して打ち解ける気さくな奴だし、それが何よりの長所であることもお前さんは頭で理解しているだろうよ」
「何が言いたいわけ?」
「ヒイロのことは、目の敵にすんじゃねェぞ。何だかんだで、俺もお前さんとは長い付き合いだ。だから、お前さんの気持ちを俺が知らないわけじゃねェ。だからこそ、早とちりだけは絶対にするなって忠告をしたかったっつーだけだ」
「うるさいな……。あんたなんかが私を理解したつもりにならないで」
「そうだな。俺には確かに、男に恋をする気持ちはまるで理解できねェ。――話はそれだけだ。俺が行くまで、二人のことは頼んだぞ」
「私は、クルミだけが心配だからついていく。ただそれだけ」
「問題ねェよ。ヒイロの心配なら、俺に任せておけ」
「ふん」
不機嫌を全面に押し出した、不愛想な表情。妖しくも妖艶なピンク色の眼差しが日光で反射されていくと、今も自身の視界の中央で“彼”が夢中となっている忌々しい存在を捉えていくなり、彼女は歯ぎしりをしながら黙々と歩き出していくのだ――