ポケモンと私   作:祐。

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好意を抱く者

 オンタケ山の草木を掻き分けて獣道に従っていくと、次第と足元に流れ始めた、足の裏くらいまでしかない小さな小さな水の流れ。これをただ辿るというだけでなく、敢えて流れてくる方角へと真っ直ぐ進むことによって、アタシが湖に流されてから到達した、キノコのような木々の密集地帯に入ることができるのだ。

 

 で、そのためにも、ちょっとした裏技を用いていく。

 アタシは小さな水の流れを辿ることで到着した、アタシの肩くらいまでしかないミニマムサイズの滝まで歩み寄っていくと、その滝つぼとも言えるだろう、ちょうど人が一人そこに入れるかという大きさの穴を覗き、ゆっくりと顔をつけていくというもの。

 

 目を瞑り、心を空っぽにしてリラックスする。段々と抜けてくる全身の力にすべてを委ねて、今も頭に打ち付ける小さな滝を受けながら、水面で帽子が取れそうになったところでそのつばに手をかざした時にも感じ取れる、水が全く降ってこない不思議な感覚。

 

 そして、目を開けていく。すると……。

 

 ……はい、到着。周囲にはキノコのような木々が生い茂り、目の前の道以外に進める場所が無いという一方通行の閉ざされた空間。

 

 燦々と降り注ぐ太陽のみがこの現象を捉えることができるのだろうか。未だに此処の仕組みは全く理解できないものだったけれど、すでにポケモンという未だ謎に満ちた生物が、体内で不可思議かつ強力なエネルギーを生成して、それを事象や質量として形にできる現象が存在しているのだ。自身に降りかかる超常現象など、なにを今更といった面持ちでアタシは歩き出して、濡れると逆に心地良いこの水を蹴飛ばしながら十字路へと進んでいく。

 

 それで、この十字路を進むにしても色々と段階を踏まないといけない。まずはこっちの道を行って、次にあっちの道。それからこっちの道を行った後に、最後は来た道を振り返って、このまま一直進する。

 

 すると、あら不思議。十字路ではなく、鬱蒼とした大木に囲まれた薄暗い一本道が視界の中央へと続いていく不気味な直線が現れて、アタシを奥へといざなうのだ。

 ここに来る方法を知ることができたのも、十字路の手順も把握することができたのも全て、マリルリ達の野生ポケモンであるワンリキーやエイパム、アタシのミツハニーといった面々がアタシにジェスチャーで必死に教えてくれたからである。次第とブーツを水没させていく水位と、木漏れ日が一軒家を照らしていく幻想的な光景。

 

 これで、完全に到着! アタシは駆け寄るようにジャバジャバと一軒家を目指していくと、「みんなー! 近くを通ったもんだから、顔を出しに来たよー!」なんて呼び掛けるようにして一軒家のドアノブへと手を掛けた。

 

 ――いや、手を掛けようとした瞬間にガチャリと回るそれ。

 

 え。今までに無い現象にアタシは頭を真っ白にしながら一歩下がっていくと、次にも玄関の扉の向こうから現れたのは、背中辺りまで伸ばしたアッシュの長髪に、深緑のドレスに身を包んだ優雅な外見の淑女……!!

 

「ニュアージュさんッッ!!?」

 

「まあ!! えっと、ヒイロ様……!?」

 

 ダブルあんぐりフェイス。

 共に仰天といった具合で言葉を失っていく中で、ニュアージュさんの後ろから「どうかなされましたか!?」と四名ほどのSPが飛び出してくる。

 

 そしてアタシの姿を見るなり、SPもまた「ほぁッ!!! お嬢様以外の来訪者!!?」と、ひどく驚いた様相を見せながらもアタシを警戒して囲ってくるのだ。

 

 だが、そこでニュアージュさんは落ち着いた調子で、それをSPへと言っていく。

 

「心配は要りません。こちらは、シナノチャンピオンのタイチ様が今期のジムチャレンジで最も推されていらっしゃる、有望なチャレンジャー様のお一人でございます。わたくしは以前にも彼女との面会を果たしており、例の件の、唯一の情報提供者でもございますので、ご安心くださいませ」

 

 ニュアージュさんへと注がれる視線。彼女がそれを説明すると、SPはアタシに頭を下げながら一斉に下がって、ニュアージュさんに道を空けていくのだ。

 

 そして、この空気を感じ取ったのだろうか、周囲の野生ポケモン達も顔を出して姿を現してきた。それからというものアタシを見たポポッコやマリルリ、ウパーといった面々が押し寄せるようにアタシへと向かってくると、SPを退けていったポケモン達に囲まれて、アタシはてんやわんやと忙しく頭を撫でたりしたものだ。

 

 ちょっと、みんなを撫でるには腕が足りない……! 抱えたラルトスを近くにあった切り株に下ろそうと思ってアタシがそこを目指して歩き出していく最中にも、この光景を麗しい瞳で眺めていたニュアージュさんが、ハッと気付くようにそれを口にしてくる。

 

「……あの、以前にもマサクル団を追い返してくださった際に、ヒイロ様は野性ポケモンと力を合わせて戦ったとおうかがいしましたが。もしやー……?」

 

「ん! そう! アタシ、ここのみんなの力を借りて、マサクル団とか言う奴らと戦ったんだよね。……たくさんの犠牲も生まれちゃって、アタシじゃあ力不足だった感もあったけれどね」

 

「まあ、そうだったんですねー。わたくしも、この子達が人の子と勇敢に戦ったとうかがっておりまして。まさか、ヒイロ様でしたなんて。わたくしからも感謝の言葉を送らせていただけますか? ……その説は、誠にありがとうございました。この子達は、わたくしの家族も同然の子でございまして。時期が時期なだけにジムチャレンジで不在にしていた最中にも、家族の命を奪われる事態にわたくしは悲痛な思いでこちらの件と向き合っておりました」

 

「家族……。そっか、この子達――」

 

 アタシはラルトスを切り株に下ろしてあげてから、今もアタシを歓迎してくれている野生ポケモン達の顔を見遣っていった。

 ……犠牲になってしまった子も、たくさんと出てしまったマサクル団の一件。それを家族と言うニュアージュさんのお気持ちを考えると、それだけでも心がすごく、痛くなってくる――

 

「――ごめんなさい、ニュアージュさん。アタシがもっと、ポケモントレーナーとして強ければ、今頃は生き残れた子達がもっといたはずなのに……っ」

 

「そんなことはございません! わたくし共は、ヒイロ様によってお命を救われたも同然なのです! ヒイロ様の救いの手がございませんでしたら、最悪わたくしの家族は皆……。――ヒイロ様。本当にありがとうございました。ささやかながらのお礼しかできませんが、何かがご所望なのであれば、お申しつけください。わたくしの全財産で叶えられるものでございましたら、何なりと!!」

 

「え、え。いや、そんな! そういうのは求めてないから、アタシ……」

 

 急に悲しくなってきた気持ちでアタシは今にも泣きそうにさえなっていたのに、そこにぶっ込んできた冗談にもならないニュアージュさんの言葉にアタシは圧倒されて、涙も引っ込む勢いで頭と首と手を横に振っていく。

 SPに囲まれるほどのお嬢様が、全財産で何かを叶えるだなんて、そんなの冗談でも怖すぎて普通にビビるわ!! アタシは愛想笑いでなんとか誤魔化しつつ話題を逸らそうと思考の中をぐるぐると巡らせていると、その時にも一軒家の開いた扉から大慌てで駆けつけてくる、一つの小さな影。

 

 その真白がアタシへと一直線に駆け寄ってくると、次にも勢いよく飛び込んでアタシの顔にダイレクトで突撃してきたのだ。

 

「ぐほォ!! ――ろ、ロコンっ! ぅわっ、前、見えな。ぉ、よーしよしよ、待っ、毛が口に入っ」

 

「あら、まあ。あのロコンが、こんな……!」

 

 な、なになになに。今もアタシの顔面に張り付いては尻尾をぶんぶんと振っていく真白なロコン。そこからアタシの額をベロベロと舐めてぐりぐりと身体を押し付けてくるものだったから、アタシはロコンの熱烈な歓迎に押されるあまりに後ろへと転げて、スカートというファッションで盛大にひっくり返っていった。

 

 そこから追撃のように顔を舐めてくるロコン。頬もまぶたも、口も鼻も、ありとあらゆる顔の部位を余すことなくベロベロと舐めてくるそれにアタシが「う、うぁはは!! ぅはは!!! ま、待って待って! ギ、ギブ!! ギブギブギブッ!! ぶはッ!!!」と嬉しい気持ちと慌てる気持ちの両方が合わさった声でロコンを制御しようと必死になっていくばかり。

 

 それでいて、ニュアージュさんはニュアージュさんでとても意外そうにしていたものだったから、アタシはようやくと捕まえたロコンを掲げるように抱えながら起き上がり、それを訊ね掛けていったのだ。

 

「この子も、ニュアージュさんのご家族さん?? ひと際元気があって、なんかもう、すっごいね!」

 

「はい。ヒイロ様が掲げていらっしゃいますそちらのロコンは、オンタケ山に迷い込んで衰弱していたところを、わたくしがこちらの別荘で保護した野生のポケモンでございます。ロコンと言えば、妖艶な赤の体色でこちらのシナノ地方にも生息する、ほのおタイプのポケモンであることは存じていらっしゃると思いますが、そちらのロコンは、アローラ地方という遥々遠い地方から訪れた貨物船かなにかに紛れ込んでしまったと推測できる、所謂リージョンフォームと呼ばれる、生息する環境に適応するべく原種から異なる進化を遂げた、亜種に該当する種類の個体でございます」

 

「へー! リージョンフォーム!! そういうことだったんだ! 前にも、お菓子のようなフワッフワな見た目のライチュウを見たことがあったけれども、このロコンもリージョンフォームで変化したロコンだったってことなんだね! ニュアージュさん、分かりやすい丁寧な説明ありがと!!」

 

「いえいえー! わたくしがヒイロ様のお役に立てたのでございましたら、恐悦至極でございますー!」

 

 パァッとした満天の笑顔で、両手を合わせながら喜びを表現してくるニュアージュさん。なんだか次第とこのお方と話すことに緊張しなくなってきたぞ、なんても思いながらアタシはロコンに顔をベロベロと舐められていくのだが、次の時にもニュアージュさんはこちらのことをジーーーッと見つめ始めてきたものだから、アタシはヒヤッとする意味でもドキッとして、その視線に耐えていく。

 

 ――と、直後にもニュアージュさんが、こんな提案を投げ掛けてきたのだ。

 

「あの、差し支えがなければ、そちらのロコンをぜひ、ヒイロ様に貰っていただけないでしょうか?」

 

「え?」

 

 あまりにも唐突だった。

 アタシは、彼女の言葉に呆然してその場で立ち竦んでいた。この間にも顔面はロコンにベロベロと舐められていてだいぶテカりを帯びてしまっていたものだが……。

 

「わたくしは生まれながらにして、こおりタイプのポケモンの心を読むことができます。こおりタイプのポケモンと気持ちを通じ合わせることによって、言葉を不要とする会話を行い、インスピレーションに近しい感覚で対象の気持ちを感じ取り、それをわたくしは言葉という形にして表現することができる能力を有しているのです。なので、そちらのロコンから、例の一件による当時の状況などもうかがって参りました。――そのうかがってきた話の中でも、ロコンが特にわたくしへと訴え掛けてきたその気持ちが、ふとこちらに現れては皆を指揮するトレーナーとなり、その救世主によって残りの命が救われたという一人の人間に抱いた好意でございました」

 

 歩み寄ってくるニュアージュさん。アタシよりも背が高い彼女がロコンに手を添えていくと、アタシとニュアージュさんに掴まれるロコンはピタッと動きを止めて、あの忙しないほどの歓喜が嘘のように静まっていく。

 

「――この子は元々、生まれた地にて恵まれない環境にひどく憤怒しておりました。きっと、そこから抜け出したい一心で、貨物船に乗り込んだのでしょう。そして移り渡ったシナノ地方にて一時の平穏を過ごして参ったものですが、その平穏を破りし邪悪なる化身、マサクル団の手によって、自身とその身内がひどく傷ついてしまうことに……。それからロコンは、マサクル団に抑え切れないほどの憎悪を覚え、それに心を支配された過度のストレスに侵されていたようです。……ジムのお仕事が多忙であったため、皆が辛い目に遭っていることを知ることができなかったことを、悔いるばかりでございます……」

 

「……ロコンが、憎しみに支配されちゃってるような場面なら、アタシも見た。だから、それもあって、アタシはみんなの期待に応えられる人間ではないよって言って、アタシについていきたそうにしていたロコンを一回、跳ね除けちゃったんだよね……」

 

「ですが、それからというもの、ヒイロ様のご活躍があったことで脅威が一時期に取り除かれ、その期間にも次第と心の傷が癒えてきたロコンは、その憎悪をも凌ぐ、好意の感情でヒイロ様の訪れを待ち望まれていたようですよ」

 

「……そうだったんだ」

 

 ロコンにとって、アタシは唯一無二のヒーローだったのかもしれない。

 アタシは、ロコンを優しく抱きしめた。フワフワなその毛皮は、こおりタイプであることから心地の良いひんやりな体温で程よいクッションとなっており、ぎゅっと胸に抱えていくと、ロコンもまた目を瞑って、すごく穏やかな様相でアタシの体温を感じ取ってくれるのだ。

 

 ……トクッ、トクッ。ロコンの心臓が、アタシの胸に伝ってくる。とても緩やかで、気持ちを落ち着かせてくれる、こおりタイプとは思えないほどの好意的な熱を含んだ優しい鼓動。

 

 ――今のロコンなら、アタシの旅にも理解を示してくれるのかもしれない。いや、時間を置いて精神的に落ち着きを取り戻したことによる、この行動こそが、冷静になった思考の中で見出した、ロコンなりの答えだったのかもしれない。

 

 アタシは、これを同意として受け取った。

 ……そして、胸に埋めたロコンへと見遣っていく。

 

 ――目が合うと、ロコンは歓喜の笑顔と共にアタシの顔へと鼻をひくひくさせて、尻尾をぶんぶん振っていくのだ。

 

「おっけー……! 分かった! アタシ達と一緒に強くなって、最強、無敵のコンビでどんなヤツでも蹴散らせるようになろうね! ――これからもよろしく、ロコン!!」

 

 パチ、パチ、パチ、パチ。前方から響く、手と手が打ち合わされる、祝福の音。

 ニュアージュさんの手から、おしとやかに響いていたそれ。これを見た周りのマリルリやポポッコ、近付いていたワンリキーやエイパム、ミネズミといった面々もまた手を打ち鳴らしていき、それに続くように、四名のSP達からもまた、拍手が響き渡ってくるのだ。

 

 ……なんか、照れ臭いな。

 抱っこをねだってくるラルトスも一緒に抱えてあげると、アタシは今こうして自分の胸の中に抱えられた二つの存在を掲げるように木漏れ日へと照らしていきながら、この瞬間にも新たに仲間となった新メンバー、アローラロコンを心の底から歓迎していった――――


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