審判が旗を振り上げていったその瞬間にも、この試合の再開を静かに待ち続けていたアタシとニュアージュさんが一気に指示を繰り出していく。
「マホミル!! アシストパワー!!」
「グレイシア、こおりのつぶてでマホミルの攻撃動作を妨害してください!」
確実にほぼ同じタイミングだったその命令。スタートダッシュは好調で、アタシは最大限まで高まったマホミルのアシストパワーで、グレイシアを一気に倒してしまおうと考えていた。
しかし、そんな思惑とはまるで相反する事態が起こる。マホミルもやる気が十分な顔でアシストパワーの光を蓄え始めていったその瞬間にも、グレイシアは生成した氷の粒を瞬きの速度でマホミルへと飛ばしてきたのだ。
――速い!! マホミルに直撃するなりバチバチッと弾けるグレイシアのわざ。その威力自体は大したことのないものであり、マホミルがそれで致命的なダメージを負うわけでなく終わった地味な攻撃。
だが、こちらの行動を妨害するのには、実に打って付けなわざだった。マホミルが怯んだことによってアシストパワーが不発で終わってしまうと、この隙に付け込むようグレイシアは走り出していく。
「グレイシア、ふぶき!」
グレイシアから溢れ出す、こおりタイプの技エネルギー。それがアタシに届く距離まで一気に放出していくと、突如として現れた大量の雪による暴風。
アタシらの視界いっぱいに広がり出した雪景色。この現象がスタジアムを駆け抜けるグレイシアの背から流れ出してくると、マホミルを確実に仕留めるべくニュアージュさんはさらなる采配を振るっていく。
「出し惜しみは不要ですね! グレイシア、ミラーコート!!」
疾走するグレイシアの目の前に現れた、ひかりのかべとは異なる淡いピンクの透明な防壁。それが、今もマホミルへと迫り来るふぶきの技エネルギーに反応を示していくと、この瞬間にもミラーコートに伝う波紋と同時にして、受けたこおりタイプの技エネルギーを反射する形でマホミルへと攻撃を仕掛けてきたのだ。
アタシはすぐにも、マホミルにとけるを命じていった。その行動によってマホミルは分散し、ミラーコートの反射によるエネルギー弾は避けることができたものだったが、しかしグレイシアが纏うわざの数々に、アタシは思考をかき乱されていく。
事前にもふぶきを撃っておくことで、こうして迫り来る大寒波の嵐を目に見える形で見せておく。それでいて、次第と迫ってくる高威力のわざに相手を焦らせていきながらも、ミラーコートというマホミルのわざを跳ね返してくる攻撃を敢えて晒していくことで、アタシがマホミルに攻撃させることを躊躇わせる作戦なんだ。
頭では、それを理解していた。だが、それでもアタシはニュアージュさんの作戦にまんまと嵌ってしまっており、今もドクドクと胸を打ち鳴らす心臓の鼓動でより一層もの焦りを抱いていくばかり――
「マホミル!! マジカルシャイン!!」
「グレイシア、ミラーコートです!」
マホミルが放つ光の粒を、グレイシアはミラーコートで跳ね返していく。その返ってきたエネルギー弾をマホミルが避けていくこの間にも、グレイシアはふぶきを連れながら颯爽とこちらへ駆けてくるのだ。
と、その時にもニュアージュさんから下されたその命令――
「では、グレイシア。ふぶきの中に隠れてください」
え?
瞬きを一切していなかったから、アタシはグレイシアから一瞬たりとも目を離していなかった。それなのに、グレイシアは先ほどまで駆け抜けていたにも関わらず、その姿を忽然と消してマホミルの前から消えていなくなってしまったのだ。
……いや、消えたんじゃない。ニュアージュさんの言葉通りに、グレイシアは――!
「ヒイロ様も勘付かれたかと思われますが、わたくしのグレイシアは、特性ゆきがくれ。ゆきがくれの効果は主に、天候があられの際に発揮するものでございますが、特性というものもまた、わざと同様に応用が利くというものでございます」
押し寄せていたふぶきが、まるでドラゴンの如くうごめき始めていく。
中にいるグレイシアが操っているのだろうか。アタシらを焦らせようというゆったりとした進行から一転として、まるで意思を持った生き物がマホミルへと飛び掛かるように、一つの塊となって襲い掛かってくる目の前の光景。
「こうして、過酷な自然環境を乗り越えてまでしてオウロウビレッジにお越しいただいたんです。せっかくですので、生命の灯火を宿した、凍てつく氷のポケモン達が織り成す優美な舞いを、ご覧になっていってくださいね」
「マ、マホミルっ!! アシストパワーっっ!!!」
横殴りのふぶき。拳のような、竜の頭のような、ただ間違いなく雪の現象ではない滑らかな動きでマホミルを横から襲い掛かった、生ける暴風雪。
わざと、特性のコンビネーション。ゆきがくれで姿を消したことにより、本体を攻撃しようにもその居場所を認識することができない。
だから、アタシはアシストパワーの超高出力エネルギーで一気に吹き飛ばそうと考えた。そうして命じた攻撃技にマホミルが渾身の一撃をふぶきへと解き放っていくのだが、なんと、そのふぶきは本当に生きているような滑らかな動きで、アシストパワーのビームを回避してきたのだ。
中にグレイシアが入っているから!? アタシが圧倒されて思考停止してしまったこの瞬間にも、アシストパワーを放ち続けるマホミルの姿を呑み込むように、ふぶきは横から降りかかる。
本体が攻撃を受けたことで失せていく、アシストパワーのビーム。そのビームが放たれていた一直線を沿うようにふぶきが通り抜けていくと、次にもふぶきが去った場所で倒れ込んでいたマホミルの姿。
こおり状態となったマホミルが、ひんしとなって凍り付いていた。
――抱くことさえも叶わない、無情にも変わり果てたマホミルの姿。仕留め切ったことを確信していたのだろうグレイシアもまた、ふぶきを解除して本体を露わにしていく。
そして、グレイシアは凛とした様子でニュアージュさんの前で佇んでいた。
……停滞した試合の流れ。審判もまたマホミルの状態を目でしっかりと確認するなり、「マホミルのひんしを確認!! マホミル、戦闘不能!!」と下していったのだ。
あっという間に、一体目がやられてしまった。フリージオとの戦いで活躍してくれたマホミルが、こうもあっさりと――
「マホミル、ありがと。……ボールの中は温かいのか分からないけど、今は凍えた身体を休めていってほしいな」
凍り付いたマホミルを、モンスターボールに戻していく。
……この声が、マホミルに届いていたのかは分からない。ただ、最後まで戦ってくれたにも関わらず、その感謝の気持ちが本人に届いていないかもしれないと思うと、それだけで本人の頑張りがまるで無くなったかのような虚しささえも感じられてしまって、アタシは言葉にできない感情を抱いてしまう。
――だからこそ、マホミルが繋げてくれたこのバトンを、アタシ達は絶対に無駄になんかしたくない……。
「お願い!! ロコン!!」
次に繰り出していったのは、新メンバーのロコン。相手のグレイシアもおそらくはこおり単タイプだろうと睨んでいたところでの、まさかの同じタイプ同士の対決へと持ち込んでいくアタシ。
ロコンが場に登場するなり降り出した、オウロウビレッジジムにのみ発生したあられの粒。アタシのロコンに限らない話であるのだが、ゆきふらしといった、天候を上書きさせる特性を持つポケモンは、闘争を認識するとその感情の昂りを引き金として、自身の頭上にこういった現象を自然発生させていく能力を持っている。
こうして、しとしとと、しかしパラパラと音を立ててスタジアムに落ち始めたあられの光景。それを受けたニュアージュさんは、水を得た魚のように両手を軽く上げて、まるで恵みとも見て取れる様子であられを肌身で感じていく。
――そして、ニュアージュさんは、アタシのロコンを待ち望んでいたかのような瞳を向けてくるのだ。
「ニュアージュさん。アタシ、ジムに挑むまでの二日間でロコンを磨き上げてきたんだから。……こおりタイプのエキスパートとして、アタシのロコンをしっかりと目に焼き付けていってよね!」
「ふふふ、ヒイロ様の采配で、ロコンがどのような戦いを披露なされるのかが楽しみで仕方がありません。――さぁ、早く始めましょう?」
待ち切れない。ニュアージュさんの静かなる闘志が、目と声音として現れていたのだろう。
審判へと向けられた、高貴なるお嬢様とは言い難い闘争にまみれた催促の視線。強く訴えかけてくるそれを受けた審判は若干と意外そうにして唆されながら、アタシのロコンに不正がないことを確認するなり手に持つ旗を上げて、試合の再開を合図していったのだ。
――振り上げられた審判の旗。
それと同時に命令を出していく、アタシとニュアージュさん。あられが降る天候の中、まるで思考がシンクロしたかのように同じわざを口にしていくのだ。
「ロコン!! ふぶき!!」
「グレイシア! ふぶきです!」
双方の陣営から猛烈な勢いで吹き出した暴風雪。あられという天候で威力も速度も増した強力な攻撃が繰り出されていくと、発生した二つのふぶきがスタジアム全体を真白に染め上げ、いつしかのオオチョウ山の積雪が目立っていたあの地帯の如く、一気に視界が不良となっていく。
ぶつかり合うふぶきのエネルギー。雪に埋まった鈍くも水分を含んだ音がありとあらゆる場所から響き出してくると、アタシもニュアージュさんも共に有利となるこの状況において、より自身らが勝利へと近付くための次なる一手を指示するのだ。
「ロコン! フリーズドライでグレイシアの居場所を探って!! 見つけ次第に、ムーンフォース!!」
「グレイシアは、ミラーコートでロコンのふぶきを押し出していってください。それから、シャドーボールの黒き照明でふぶきの中を照らし、あたかもそこにグレイシアが潜んでいるよう影を生成して惑わす戦法でいきましょう。――猛吹雪の中で出くわす正体不明の陰りに、貴女様はどこまで対抗することができるのでしょうか。ウフフフ……」
ロコンのフリーズドライが周囲に巡り出すと、少なくともつい先ほどまでは居ただろうグレイシアの位置を氷漬けにしていく。
だが、手応えは無い。あらゆる位置から、彷徨う魂のように発生し始めたシャドーボールの灯りから見るに、グレイシアは特性のゆきがくれで姿をくらましつつ、今もロコンの居場所を一方的に捉えながら着実と場を整えてきている。
天候のあられも相まって、グレイシアはより有利な局面へと差し掛かっていたものだろう。アタシはふぶきの中から見えてくるいくつもの影に向かって、ロコンにムーンフォースを撃たせていった。……しかし、それは飽くまでも、幻影にも満たないただの影に過ぎないものだった。
あのシャドーボール、アタシのロコンが迂闊に動いた際にも接触するように設置している罠というわけではなさそうだ。今も、ふぶきの中で不気味と揺らめくシャドーボールの灯りからはグレイシアと思しき影が量産されており、それがまるで、本当にグレイシアが迫ってきているように見えてくるものだから、アタシはこれに惑わされないよう目を凝らしながら状況をうかがっていくのだ。
そう、少なくとも視界の中にある四つのシャドーボールの全てから、その球体から生まれてくるよう歩み寄ってくるグレイシアの影たち。それが本当に歩いているような揺らめきで段々と陰りが大きくなっていき、そして、ロコンにそのフェイクへとムーンフォースを撃たせることで、そのわざの隙を突くようにグレイシアが攻撃を仕掛けてくるという戦法なのだろう。
――どうする、アタシ。完全に不利を背負った今の状況でできること。
必死に巡らせていく思考の数々。四つ覚えているわざと、ゆきふらしという特性をうまく利用した戦術でグレイシアを翻弄することができなければ、この戦いもロコンを打ち負かされて終わりになってしまうかもしれない……!
……シャドーボールで、影を生成している……。
「……それなら! ロコン! あなたも、ムーンフォースでシャドーボールのように周囲を照らしていって!! きっと、ムーンフォースの光で本物のグレイシアの姿が照らされるはず!!」
アタシの指示と共にして、ロコンはムーンフォースを張り巡らせるように周囲へとばら撒いていった。
洗練されたグレイシアのシャドーボール戦法が、お手本のように目の前に存在しているのだ。これを再現するのには、それほど苦労もしなかったのだろう。ロコンはアタシの思惑通りの働きをすると、ロコンが放っていったムーンフォースの数々もまた、妖しい輝きでふぶきの中を照らす照明となることで視界が少し開けてくるのだ。
そして、ちょうどムーンフォースの攻撃の隙を突こうとしていたのだろうか。ロコンのすぐ傍まで迫ってきていたグレイシアが自身の姿を照らされると、見つかった焦りと共に急接近を果たしてその攻撃を仕掛けてきた。
「グレイシア! 慌てないでください! トリプルアクセルではなくシャドーボールを――」
「ロコン!! オーロラベール!!」
飛び出すグレイシアによる、四足から繰り出された滑らかな蹴り攻撃。三連続にもなる接触技で奇襲を試みたグレイシアであったのだが、そのこうかがいまひとつな攻撃を、ロコンは美しき白色や赤緑色の光による防壁でよりダメージを軽減させて、耐えていく。
そして、正体を現したグレイシアが、焦りからなる冷や汗を流していく様相をしっかりと捉えていくと、アタシは怒涛の攻めへと転じるようロコンの采配を振るっていくのだ。
「ムーンフォース!!! ひたすら連打して!!!」
至近距離からぶつけられた、ロコンによるムーンフォース。ロコンから発射された淡いピンクの輝きがグレイシアに直撃すると、グレイシアはそれに吹っ飛ばされて自身のシャドーボールと衝突していく。
衝突と同時に爆散するシャドーボールの暗闇。それがグレイシアの周囲に漂うことで相手の視界を奪うことに成功すると、そこへとさらなるムーンフォースを発射していくことで、グレイシアをふぶきの中で転がすように押し出していく。
だが、さすがはジムリーダーが育成したポケモンとでも言うべきか。自身らの戦術を即興で真似られてもなおその戦意は挫けることなく、ニュアージュさんはグレイシアへとそれを命じていくのだ。
「グレイシア! ふぶきで身を守ってください!」
ニュアージュさんの指示によって、グレイシアは体勢を立て直すとすぐにもふぶきを繰り出して、ロコンからの攻撃から身を守るべく自身の周囲に暴風雪の防護壁を生成していく。
現在もシャドーボールの暗闇が視界を覆う劣勢の中で、グレイシアは冷静にふぶきを纏っていった。――グレイシアを中心とした、あられによるブーストがかかった強力なふぶきの渦。おそらくマホミルやサイホーンで戦っている際にこのふぶきで身を守られてしまっていたら、きっと勝利からはだいぶ遠のいてしまっていたかもしれない。
「ロコン!! ふぶき!!」
ロコンからも繰り出していく、同じく強力な猛吹雪の波。それがグレイシアのふぶきへと襲い掛かると、アタシのロコンとニュアージュさんのグレイシアのふぶきがぶつかり合う、荒ぶる真白による攻防戦が繰り広げられていった。
技エネルギーに対して、技エネルギーを暴力的に叩き付けていく光景。徐々にグレイシアのふぶきの防護壁が削られていく戦況に、ニュアージュさんがグレイシアにエールを送る働きかけを行ってくる。
「グレイシア! この攻撃を耐え凌げば、わたくし達の勝利が目前となります! 最後の最後まで諦めずに、今までの訓練で培ってきた力を存分に発揮してくださいませ!!」
「ロコン!!! あなたならできる!!! 絶対にできるって、アタシ知ってるんだから!! ――だから、ロコンはアタシのことを信じて、自分の力を振り絞っていって!!!」
ある日突然と姿を現しては、仲間達が瀕していた命の危機から皆を救うべく共に奮闘した、自分の憧れの存在――
目を見開くロコン。カッとした目つきで、残るすべての気合いを注入したやる気十二分な様で自身の能力を振り絞っていくと、ロコンのふぶきはグレイシアの防護壁にヒビをつくり、そして……。
決壊するふぶきの壁。雪と雪が衝突することで砕け散ったような、鈍くこもった音。その短くも大きな音と共に姿が露わとなったグレイシアは、次にも視界いっぱいに広がったロコンのふぶきを前にするなり、迸った緊張で目を丸くして、それを被るように浴びながらスタジアムの壁まで吹き飛ばされていったのだ――