「ユノさん、体調が悪いんなら今日はもう休も? 明日はここ出発するんだし、無理してアタシに付き合わなくてもいいからね」
夜間という時間帯でありながらも賑わいを見せていく、オウロウビレッジのレストラン。村の中でも一番高い位置にあるここは、豊富なメニューと豪華なディナーに加えて、そのテラス席から眺めるオウロウビレッジの景色も一緒に楽しむことができる、観光における絶景スポットでもあった。
そんな人気の高いレストランとは無縁であったアタシだが、ニュアージュさんがアタシの席を特別に用意してくれたことから、現在、彼女のご厚意に甘えることで心行くまで堪能していたというもの。
それでいて、あのニュアージュさんがこの席を用意してくれたんだし、このご厚意を断る理由も無いかな。なんて思ったアタシは、じゃあユノさんとランヴェールさんの二人も誘っちゃおう、と考えてから三人分の席をニュアージュさんにお願いして、今に至るということだ。
しかし、合流したユノさんの下にはランヴェールさんの姿は無かった。しかも、ユノさんが言うにランヴェールさんは、別件の用事で忙しくなったという関係で、アタシの旅から急遽外れなければならないことになったと言う。
そっか、ランヴェールさんいなくなっちゃったんだ。ユノさんに知らされてから、心のどこかにぽっかりと空いた穴。せめて旅に付き合ってくれたお礼だけでも言いたかったから、アタシはその感謝の言葉も伝えられなかったことに虚しささえ感じてしまう。
でも、ランヴェールさんがいなくなってからというもの、その様子に一番の変化があったのはユノさんだった。
……現在もパイルソーダの入った細長いグラスを手に持つユノさんは、どこか浮かない顔をして豪勢な料理をじっと見つめるばかり。なんだか思い詰めているような表情で終始こんな感じで、アタシは不思議に思うことしかできずにいた。
アタシの横で料理を食べているラルトスも、彼女を心配するように顔を覗き込んでいく。それに反応するようにユノさんは「大丈夫よ。ありがと」と、先にもアタシがかけた言葉に対する返答と共に、ラルトスの頭を撫でていくのだ。
……でも、大丈夫というには深刻そうな寂しい顔をずっとしている。
――ユノさんに何かがあったことは確実ではあったけど、ランヴェールさんと二人で出掛けてからのこの調子、もしや……。
「ユノさん、ランヴェールさんにフラれた?」
「…………え?」
予想外。そんな顔をして視線を投げ掛けてくるユノさん。
「アタシ、大人の恋愛ってよく分かんないんだけどさ。でも、ランヴェールさんがいなくなったタイミング的に、そうなのかなって。……あ、余計なこと言っちゃった……?」
「いいえ、余計でもなんでもないわ。彼に、フラれる? 私、そんな風に見えたのかしら」
「でも、何だかんだでユノさん、ランヴェールさんと一緒にいる機会が多かったじゃん? だから、二人ってもしかしてデキてたのかななんてもちょっと思ってて。――なんかしくじったの? それとも、ランヴェールさんの意外な一面で冷めちゃった? それか、年収とかお金の関係? ……あ、もしかして、えっちなことの相性?」
「ヒイロちゃん、悩む大人をあまり詮索しない方がいいわよ。こういう大人は、貴女が思っている以上の深刻な事態を抱えていたりするから、下手に口を出すとろくなことにならないわ」
「ん、そっか。――まぁさ、もしアタシでも相談に乗れることならさ、アタシにじゃんじゃん話してよ! アタシはいつもユノさんに助けられてばかりだから、たまにはアタシがユノさんを助けたいし! ……その、恋愛とかえっちなことは未経験だから、力になれるか分かんないけど……」
「ありがとう、ヒイロちゃん。その気持ちだけでも、すごく嬉しい。ただ、色恋沙汰とか金銭問題とか、あとは大人なことを期待していたんなら、それだけは絶対に違うって断言しておくわ。別に、彼とはそういうことしてないもの」
そう言ってユノさんは微笑しながら、いつものようなクールビューティの表情を取り戻して料理に手を出し始めていく。
それでもやっぱり、どこか晴れ晴れとしないその顔。……大人が抱えるそういう問題っていうのは、たとえユノさんのようなハイスペック人間でもどうにもならないことなんだな。そんなことを内心で思いながらもじろじろと視線を向けていると、ふと見遣ってきたユノさんと目が合うアタシ。
……サラダを頬張るユノさんは、どこか食べ辛そうにしていた。というより、食べているところをまじまじと見られるのが、ちょっと恥ずかしかったのかもしれない。
ユノさんは、少し照れ臭そうな表情を見せていった。口元に手を当てながら若干と視線を逸らし、口の中のをもぐもぐと噛んでいってそれを呑み込むと、彼女から問い掛けてくる。
「ヒイロちゃん。私の顔になにかついてたかしら……?」
「別に? ……んーーー? もしかしてユノさん、食べてるところをじっと見られてて恥ずかしかったの??」
「誰だって恥ずかしいでしょう。もう」
「にひひ、ちょっと顔赤くなってる。ユノさん可愛いーーー」
「こーら、大人をからかわないの」
珍しくアタシにいじられたことで、今までに見たことのない一面を見せてくれたユノさん。
そして、こういうのにも意外とノリが良かったものだから、アタシも何だか楽しくなってきちゃって、ユノさんをいじるのがちょっとクセになりそうだった。
……あぁ、いいな。こういうの。
ラルトスを始めとした、ポケモンのパートナー達とはまた異なる仲間。旅を共にする同じ人間と過ごす一時の時間は、これまでの人生の中でもそんなに経験してこなかった、今までのアタシに足りていなかった要素の一つ。
それを、現在進行形で心の底から楽しんでいる。……まぁ、唯一の贅沢を言ってしまえば、これがもし同い年の友人達とだったら、どんな旅になるんだろう? なんていう、もしものことを少しだけ考えちゃうところが気掛かりではあったけれども。
と言いながらも、今の生活がずっと続けばいいのになと、アタシは心底渇望していた。
これからも、アタシはユノさんを始めとしたいろんな人達との出会いに恵まれるのかな。期待に胸を膨らませるジムチャレンジの旅。道中で流れていく光景すべてが新鮮である未だ見ぬシナノ地方を巡るこの旅路。そして、なにも人間との巡り会いが全てではないことを教えてくれる、ラルトスといったアタシの最高のパートナー達による忙しくも楽しい日々。
生きていて良かったなぁ。心からそう思える日が来るだなんて、過去のアタシでは絶対に信じられなかったことだろう。
ユノさんと笑い合いながら、豪勢な料理を頬張っていくアタシ。そんなアタシの傍では、ラルトスがキャッキャと微笑みながら小さな手を伸ばして、アタシに抱っこをねだってくる。
そうしてラルトスを抱えた温もりがアタシの胸を温めていき、今この瞬間にも刻々と進んでいく時の流れに、より一層もの彩りを与えてくれるのだ。
こんな日々が、ずっと続けばいいのに。そしてこれからも、アタシはこの世界で自分らしく生きて、後悔の無い生涯を歩んで一生を終えていきたい。
「ねえ、ユノさん。――アタシね、今すっごく、生きてて楽しいんだ!! これからもアタシ、この世界で自分らしく生き続けたい! もちろん、そんなアタシの傍には、ユノさんもちゃんといるんだから! だから、これからもよろしくね!」
今までの人生で、一番とも言える笑顔を見せることができたかもしれない。
この想いを万遍なく行き届かせることができた、一生の内でこれが最初で最後かもしれないと思えるほどの最高の笑顔。そう自負できるほどのそれでアタシは微笑んでみせると、これを見たユノさんもまた笑みで返しながらアタシの言葉に頷いてくれるのだ。
……だが、ユノさんはきっと、本心では同意していなかったのかもしれない。この時にもユノさんが見せてきた微笑みからは、切なさを感じさせる悲愴の想いのみを感じ取れてしまったものだから――――