「ヒイロちゃん!!! ここすごいわね!! 川でできた村だなんて私、初めて見たわ!! あ、あっちには一面が湖になった住宅街があるわね!! ねぇラルトスのテレポートで、あっちも見に行きましょう!!」
無邪気に表情を輝かせるユノさんの姿。掬った水を両手にさらさらと流しながら、彼女はクルミ君に負けず劣らずな好奇心でアタシへと振り返っていた。
オウロウビレッジを出発して数日は経過していた。その際にもたまたま合流したクルミ君御一行と目的地が被っていたため、アタシは若干強引な話ながらも、彼らのペースに乗るままその三人組とも旅を共にすることに。
そうしてユノさんも交えた五人組という、今までで最多となる人数での旅となったこの日々。この道中も、すごく賑やかながらも退屈のしない充実としたものであったから、アタシは今、最高に青春していると内心でワクワクしながらそれらを過ごしていたものだ。
試練の地と言われていた山脈を抜けると、久しぶりと思える木々の無い平原がアタシらをお出迎え。久々となる起伏の無い地形を辿り、逆に森林ではないからこその広々とした光景で吸う空気を堪能しながら、アタシらはものすごい早歩きで山の国シナノ地方を歩き進めていく。
早歩きになっていたのも、クルミ君という無尽蔵な体力を持つスタミナお化けのペースが、あまりにも早すぎたためだ。これにいつも付き合わされているのだろうグレン君とカナタさんは、それに疑問さえも抱く様子も無かったものだし、ユノさんも熟練の冒険者ということから、クルミ君の旅のペースにも余裕についていくその悠々とした足取り……。
で、そんな四人に置いて行かれる形で足を引っ張ってしまっていたのが、アタシだった。「み、みんなー!! 速いよーー!!」なんて言いながらヒーヒー言って追い掛ける光景も、もはや見慣れたものだったかもしれない。
何なら、アタシだけ自転車を使いたいくらいだった。オンタケ山やオウロウビレッジに入ってから急に存在感が無くなった愛用の自転車だが、これは現在ユノさんが預かってくれていたために、決して無くしたわけではない。
前にも少しだけ話したことだが、ユノさんがポケットに仕込んであるという、倉庫のように扱えるモンスターボールが自転車の持ち運びを可能としてくれていた。特注品であるそれは、ポケモンがモンスターボールに入る際の、自身の身体を縮小させてからその球体に身体を収める性質を利用したその一品。
そんなポケモンの生態を参考にして作られたとされるユノさんのポケットは、あらゆる物体を縮小させて容易に持ち運ぶことができるという、なんだか何処かで聞いたことがあるような超高性能なそれによって、アタシは今も彼女に自転車を入れてもらって、こうして楽をすることができているというわけだった。
……とか言って、いっつもユノさんに頼ってばっかりなアタシ。それでいてみんなに置いて行かれることから、抱えたラルトスに定期的にテレポートをしてもらっては、その度に何とか追い付いてという繰り返しを行う旅路を、ここ数日と送ってきていたものだ。
尤も、みんなに置いて行かれると言っても、ユノさんとグレン君はアタシを気に掛けてくれるから、よく足並みを揃えてくれたり、エールを送ってくれたりと、もうそれだけでも頑張れちゃう二人の気遣いにアタシは感動さえしてしまう。
特に、グレン君。バンギラス並に怖そうな顔をしていながらも掛ける言葉は優しくて、アタシをちゃんと女子として扱ってくれるだけでなく、身の回りの些細なことにもしっかりと気付いてくれて、休憩をしようとか提案してくれる。ほんとに何なのこの人。ユノさんやランヴェールさんみたいなアダルティさを感じさせる。
次の目的地である『ママタシティ』という街に近付いてきたという時にも立ち寄った、ムーランド牧場という多くのムーランドと触れ合うことができる公共の場。そこでも丸太のイスに座ってへばっているアタシへと、自販機で買ってきてくれた缶を手渡してくるグレン君……。
「悪ぃな、クルミのペースに合わせてくれてよ。ヒイロだって無茶して付き合ってくれてるんだろうが、それで身体を壊しちまったらヒイロのジムチャレンジが台無しになっちまう。相変わらずクルミは制御の利かねェ野郎なもんだが、ほんとヒイロはよくやってるもんだぜ。……ったく、あいつはあいつで、ヒイロのことを気にしなさすぎなんだよな。逆に俺らのような奴らが珍しいってのに……」
「グレン君ーー。いつもありがとー……」
缶を受け取って、アタシはその飲料水をガブ飲みしていく。
もはや、女であることを忘れた必死の補給。ぐびぐびとのどごし爽やかに飲んでいくアタシに対しても、グレン君は「気にすんな。ヒイロにも、ユノさんにも世話になってる分のささやかな礼だ。まぁ、きちんとした礼はママタシティでさせてくれ」と言って、アタシの隣に腰を掛けて傍に居てくれた。
――こうして、四人に何とかついていくことができていたアタシ。道中でもユノさんに気に掛けてもらえていたものだったが、アタシはオウロウビレッジでの彼女の様変わりしたクールな姿に馴染んでいたものだったから、ランヴェールさんが去った後のユノさんの性格の変化に、そう言えばユノさんってこういう人だったなと、ショウホンシティでの彼女の姿を思い出すことになる……。
くるぶしくらいまでの川をじゃぶじゃぶと駆けていくユノさん。キラキラとした、まるで子供みたいな瞳でアタシを見ながら、奥にある湖の上の住宅街へと指を差していく。
アタシ達は、『ママタシティ』に向かう道中にあった、『オオクワビレッジ』という村に訪れていた。このオオクワビレッジという地域はその地域の大半が川といった水辺で成り立つ特殊な地形が特徴であり、雨の少ない天候と、常に水が張っている透き通った空気感が、シナノ地方の数ある地域の中でも特に異質な雰囲気を醸し出している。
今もアタシがいる場所は、オオクワビレッジを横切る川が穏やかに流れている一帯であり、周囲には川に浮かぶよう建てられた建築物や通路となる足場、浮きがついた看板や照明なんかが見受けられる。しかも地形が安定していないのもこの村の特徴であり、至る所にこの村の水が流れ落ちていく段差や坂があって、時折その勢いで足を取られてしまうこともしばしば。
見た目は素晴らしいけど、住むとなったら大変だな……。そんなことを思いながら、アタシは水辺に造られた、人やポケモンが行き交うための足場へと見遣っていく。
なんだか青いバリヤードが、道行く人々に宿屋を勧めていた。水辺の上に建つ宿屋での一泊を推していくオオクワビレッジのそれに、あぁ確かにそれは魅力的だなとアタシは思えてくる。
で、そのバリヤードのことをすごく興味深そうに見ている、クルミ君。バリヤードは業務で忙しいというのに、クルミ君はそんなことおかまいなしに、「なーなー!!! オマエってもしかして、ガラルの姿のバリヤードだよな!!? すげーーなーーー!! オレ、ガラルの姿ってやつを初めて見たよーー!!! なーなーバリヤードーー!! オマエって戦うと強いのか!!? オレとバトルしてくれよーーー!!」とか言いながら、ぐいぐい迫ってバリヤードを困らせていくのだ。
で、グレン君に「おいクルミ!!! だからよそ様に迷惑をかけんなって言ってんだろッッ!!!」と暴力的に引っ張られていく、全くもっていつものやり取りが展開される。
そんな二人の傍ではカナタさんが佇んでおり、ひとりスマートフォンをたぷたぷといじって興味無さげにしていくその様。……あの三人、どこに行ってもこんな調子なんだな――
「ヒイロちゃん!! 此処のオオクワビレッジには滝に打たれ続けているお寺があるみたいなの!! 私、すごく気になるわ!!」
ぐいっ! 視界の死角から引っ張られたアタシの腕。
ラルトスを抱えた状態で上半身が揺らぎ、アタシはそれによって思わず倒れ込みそうになる。
「ひゃっ!!」
「あ、ヒイロちゃん!」
抱きとめられるアタシの身体。ラルトスがテレポートを準備していたその最中にも、足元が水辺という転倒してしまったら後が面倒なそれに対して、ユノさんがきちんとアタシを受け止めてくれたことで、なんとかびしょびしょを回避することができた。
……アタシは、「もー」と不機嫌そうに彼女へと向いていく。
「ユノさん、羽目を外しすぎ。確かに、ユノさんってそういうキャラだったけどさぁ……」
「ごめんなさい! 私、新鮮に思うものを見てしまうと、つい……」
「……んー。アタシ思ったんだけどさ、ユノさんってそういうおちゃめなキャラ、たぶん似合わないよ。もっとこう、落ち着いた雰囲気をしてるっていうか、服装とか見た目的にもクールなお姉さんってカンジなんだしさ、もっとこう――」
「……ヒイロちゃん。私、そんなに変だった?」
「え?」
ふと、至って平然とクールな一面を見せてくるユノさん。
さっきまでの、子供っぽい無邪気な顔がまるで見る影もない。……このあまりもの様変わりにアタシは、さっきまでのユノさん、どこ行ったんだろう? とさえ思いながらも何故だか困惑してしまって、ただただ彼女の顔を見遣ってしまうばかりだった。
「ヒイロちゃん? どうしたの、そんなに私の顔をじっと見て」
「え。あ、いや。……何でもないよ。受け止めてくれてありがとね、ユノさん。で、滝に打たれ続けてるお寺? なにそれ、変なの。アタシもそれ気になるから、一緒に見に行こうよ」
「お寺? ――えぇ、そうね! じゃあ、一緒に見に行きましょう」
「……? うん」
なんだろう、この違和感……。
元々からして得体の知れない要素が多い人物だったけど、こうして共に過ごす時間を重ねてくるにつれて、その謎がより一層と深まってきた気がする。
……ま、いっか。世の中には、クルミ君やグレン君、カナタさんやランヴェールさんのようないろんな変わった人達がいるんだし。細かいことは気にしない気にしない。そう思いながらもアタシはユノさんの手を引いて川を歩き、「たぶんこっちだよね。ほら、行こ行こ!」と言って、無邪気にもお寺を見たがっていた彼女を引っ張るようにアタシはこのオオクワビレッジを散策した。