「見てラルトス!!! 海だよ!! うはぁぁーーー!!! すごい! アタシも自分の目で見るのは初めてだよー!!!」
一面と広がるアクアマリンの光景。燦々と照り輝く太陽の下、その海上を走る貿易船が行き交う異文化との交流の場に到着するなり、アタシは誰よりも先を往くように走り出して高台からのそれを眺めていった。
ママタシティが誇る、このシナノ地方の貿易の要。カントー地方やジョウト地方を始めとした様々な地方からやってきた貿易船が出入りする、磯の匂いとキャモメの群れというアクセントが加えられた輸入出の拠点。
『ママタ貿易港』。その名で知れ渡る観光名所であり、ほとんどの観光客がまず最初に訪れることとなるであろう、山の国シナノ地方の玄関とも言える活気づいた出会いの地。山に囲まれた地形の関係上で、海を見たことが無いというシナノ民は数多く存在している中、アタシは念願となる海を初めて見た感動から、その一帯が波打つ青色で、あらゆる方角から貿易港を目指す船の数々。そして、あの地平線の先には、未だ見ぬアタシの知らない世界が同じ時間の中を生きているんだなと思うと、今まで閉じこもるように生きてきた世界からは想像もし得ないほどのワクワク感で、感極まってしまったものだ。
アタシの後から駆け寄ってきたクルミ君。ニッコニコな笑みでアタシの肩に腕を掛けながらこの光景を一緒に眺めていき、彼に続いてグレン君とカナタさんも寄ってきてママタ貿易港を見遣っていく。……尤も、カナタさんに関して言えば、クルミ君をアタシから引き剥がすことばかり考えていただろうけど……。
と、そんな三人はすでに一度、このママタシティに訪れてここのジムに挑んでいる身だ。
この貿易の要ママタシティにてジムを構える、ジムリーダーとポケモン博士の両方を兼任するスーパー博士のラオさんは、はがねタイプを得意とするジムリーダーとして有名である。でもって、グレン君はいわタイプを専門的に扱うそのこだわり上、ラオさんが使用してくるはがねタイプのポケモンがあまりにも鬼門すぎて当時では突破できなかったことから、一旦ママタジムへのチャレンジを諦めることで他を回りながら力をつけようという方針にシフトしたという過去があったらしい。
だから、ママタシティはグレン君のリベンジ戦の舞台でもあった。クルミ君が笑顔で「グレンも、この時を楽しみにしてたよな!!! オレもグレンとヒイロのことを応援してっから、二人とも頑張れよなーーー!!!」と、アタシとグレン君の背を叩きながらエールを送ってくれる。
それからアタシらに追い付いてきた、ユノさんとレイジさん。大人な二人は落ち着いた様相でこの潮風に吹かれながら佇んでおり、この高台から眺める景色に無言を貫いていた。
……ママタ貿易港まで来てしまえば、ママタジムもそう遠くないとのこと。つまり、アタシはすぐにも次なるジムの攻略へと臨んでいかなければならない。
気を引き締めないと。みんなとの旅を楽しく思うばかりか、若干と緩んでいた気持ちがそれを憂いに思いながらも、いやいや、そのためにアタシはジム巡りをしているんだからと自分を言い聞かせるようにして、前を見遣っていく。
視界を覆い尽くす大海原。その上を往く貿易船の数々や、ラプラスというポケモンの背に乗って海上を移動するポケモントレーナーの姿が見受けられるそれを眺めて、アタシはその光景を美しく思いながらも、海の上を力強く進んでいくそれらに感化されるように決心した。
……次も、絶対に勝つ。そして、このママタシティで四つ目のジムバッジを手に入れるぞ――!!
「……って意気込んだはいいけど、せっかくだから観光もしたいよね。ねー、ラルトス」
目の前にした海に魅入られ、アタシは引き締めた気持ちがすぐさま緩んだ甘々状態でママタ貿易港の中を歩いていた。
目的地に着いたものだし、そろそろプライベートの時間も欲しいよね。あの高台でそんな話が出てきてからすぐにも決まった、各々がそれぞれの活動に勤しんでいく自由時間の確保。主にユノさんが「こういう時間も大切にしていきましょう」という提案から始まったこれは、云わば観光も楽しむ心の余裕を持っていこうというユノさんからのメッセージも込められていた。……のかもしれない。アタシの、都合の良い勝手な解釈ではあったけれど。
で、話の流れでジムチャレンジを忘れた観光タイムが設けられたのであれば、アタシもそれに乗らないわけにはいかないよね。しかも、人生で初めて見た海なんですもの。アタシはすぐにもママタ貿易港へと向かって駆け出していってから、現在では荷台やコンテナが大量に置かれた港をウロウロとしていたものだ。
貿易船から降ろしてきた荷物を運ぶカイリキーの姿。四本の腕で自分よりも大きな箱を軽々と持ち上げながらアタシの周りを行き来しており、続いてドテッコツというポケモンも横に長いコンテナを悠々と持ち上げながら、指示された場所にドカッと下ろしてすぐさま船へと向かっていく。
また、海に生息しているマンタインが水面を飛び跳ねた音に、アタシは驚かされた。普段の生活では馴染みの無い波の音と水飛沫に、アタシは「うわっ!」と声を上げて思わずそちらを見遣ってしまう。
……なんか、海ってすごい! 貿易港という忙しない環境の邪魔にならない程度に散策するアタシは、今この時さえも冒険だと思い込んで心から楽しんでいた。そんなアタシの感情と共鳴するようにラルトスも初めて見る光景の数々にキャッキャと笑顔を見せていき、たまにあっち、あっちと指を差したりして意思表示も行ってきていたものだ。
貿易港の他にも、この近くには浜辺も存在していた。そこでは水着姿で燦々な太陽の下を満喫する人々や、浜辺を走り回るガーディやヨーテリー、さらには砂浜がひとりでに動き出して周囲を見渡していくという不可解な現象のようなものさえも見受けられたことで、アタシの興奮はより高まっていく一方……!
「あぁぁ~~、いいなぁぁああ! こうして初めて海に来たんだから、アタシもちょっと大人な水着を着ながらあのビーチで日光浴してみたーい!! ユノさんに頼めば一緒に付き合ってくれるかなー! ラルトスも、浜辺に流れ着く海水で遊んでみたいと思わなーい?」
抱えるラルトスが見上げてくるのに視線を合わせ、アタシはうりうり~と顔をラルトスに擦り付けながら語り掛けていく。それが満更でもないというラルトスもキャッキャとして喜びを見せていくものだから、アタシはこの様子をパパに見せてあげようと思ってスマートフォンを取り出してから、自撮り機能で自分とラルトスを映してそのままパシャリ――
――いや、パリンッ!!! という割れたガラスの音が響き渡った。
え、なになに? 貿易船の方から聞こえてきたそれにアタシは気を取られると、そうして向けた視界の中では、若い男性が荷物を落としたのだろうその足元に散らばる、見るに堪えないほどのガラス片……。
そして、そこに入れられていたのだろう、何やら複数もの石が港の足場に転がっていた。
見るからに、掘り出されてからそのまま保管されていたのだろうか。今では落下の衝撃で真っ二つになってしまったりしているが、きっと当時の状態を維持するために厳重な管理の下でそれらの石をシナノ地方まで運んできたのかもしれないなとうかがわせる。
あちゃー……。見ているだけで気の毒に思えてくる。どうぐコレクターのアタシから見るに、それらの石は多分カセキなのだろうと判断できたためだ。
若い男の人が、船員と思しき男から信じられない勢いで怒られていた。しかもその船はガラル地方というだいぶ遠い場所から遥々とやってきたみたいで、長い長い航海の末にようやくと辿り着いた目的地の港で、大切に運んできた石の価値を損なう大失態――
なんだか、全く関係ないはずのアタシが切なくなってきた。アタシはすぐにも「ラルトス、行こっか」と言ってその場を立ち去り、しばらくはここに来なくてもいいかもなと思えてしまうくらいに、今見た光景に結構ダメージを食らってしまう。
……もしあれが本当にカセキだったのだとしたら、あの男の人はどうなってしまうんだろう。もちろんクビになるだろうけれど、それにしてもあの量の石を、ドカドカと港にぶち撒けて……。
太古を生きたポケモンが眠る、歴史的な価値を秘めた繊細な代物。それの復元が上手くいけば当時のポケモンをそのままの形に現代へ降臨させることができる他、復元しないにしてもカセキという生命の宿る石には高値で取引されるほどの、いや下手すれば金でも買えないほどの希少価値がある神秘的なロマンを放つ魅惑のどうぐ。
うはぁ……あれを自分の手で壊してしまったと考えてしまうと、アタシならきっとショックで飛び降りるかもしれない。あの立場を想像しただけでひどく戦慄する光景がやけに脳裏にこびりついてしまったアタシはその日、みんなと合流した後のディナーの席でもそれをずっと考えてしまったりと、目にしたショックにだいぶ心を痛ませたこの衝撃を抱えたままその数日を過ごすことになるとは、まるで思いもしていなかったものだ――