ポケモンと私   作:祐。

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研究員

 ママタ貿易港から、それほど遠くない所にある山脈の一部分。急斜面で人もポケモンも登るのに一苦労しそうな地形がうかがえるその山脈の、まさに急斜面の部分に建てられたドーム状の大きいメカニックな建物。

 

 天井を覆った、吹き抜けではないこれまでと異なる造り。きっと研究所という施設も兼ねているから、外との接触をなるべく避けた結果の構造となっているのかもしれない。

 翌日となったこの日のお昼頃。クルミ君らは特訓だと言って、ママタシティにあるポケモンバトル用のコートに向かっていく中、アタシは下見をしようと思い立って一足先にママタジムに訪れていた。

 

 山の国シナノ地方が誇る、地方全土に広がる山のその斜面に無理やりと建てられたママタジム。段々ともなっていない、まるで数学に出てくる二等辺三角形の斜辺みたいな坂に抗うよう、よりにもよって何故この土地を選んだと思えてくる場所に佇むそれへと踏み入れていくアタシ。

 

 今回はジムに挑むというよりは、本当にただの下見で訪れただけである、散歩がてらの場所確認。とても分かりにくい所にママタジムがあると聞いたアタシが不安になったことで、それじゃあ場所を確認してこようかとクルミ君から教えてもらった所をウロウロすること一時間。ようやくと見つけることができた、緑の豊かな景観に浮き出るメカニックなそれに、アタシは一目であれだと認識することができたものだ。

 

 でも、アタシは今まで山で遭難したりと災難続きだったものだから、実は一人で山に来るのがちょっとだけ怖かった。いやむしろ、あれだけ命に関わる出来事に巻き込まれていきながら、よく山がトラウマにならないな。

 果たしてこれは勇敢なのか、それともただただ学んでいないだけなのか。自身でさえよく分かっていない何とも鈍感な感覚で山に踏み入れたものだが、自分の足で歩くなりさっそくの迷子。ママタジムがあるという看板やジムチャレンジのスタッフさんに従いながら歩を進めていたはずなのに、気が付けばあちこちで天然の噴水が地面から噴き出す幻想的な一帯に出てしまったものだから、えぇ、ここどこぉ!? なんて思いながら自分の方向音痴さを呪ったものだ。

 

 ということで、こんなこともあろうかと予め施しておいたアタシなりの対策。必殺、ユノさんと一緒を発動したアタシ。心細いから一緒についてきてと宿屋から彼女を引っ張り出してきていたものだから、アタシはユノさんにギブアップを宣告すると、ユノさんは微笑を浮かべながらも「たぶん、こっちかしら」とアタシを連れて歩き出していく。

 そして、山の急斜面に出てきたなり、山の景観とはまるで馴染まないママタジム兼ママタポケモン研究所が見えてきた。というのが昨日までの大まかな流れである……。

 

「ユノさん行こー! なんかジムの中に研究所もあるみたいだから、ジョウダポケモン研究所で育ってきた身としてすごく気になる!!」

 

「私は黙々とヒイロちゃんについていくから、私のことは気にせずにヒイロちゃんは自分の旅を自分なりに楽しんでいってちょうだい」

 

 フフッ、と笑みを見せてくるユノさん。常時クールビューティで、微笑むとまるで女神様。同性としてずるいと思えてしまえるほどの、完璧なご尊顔を持つユノさんが笑む度に周囲が振り向いてくる光景も見慣れてしまったな。

 

 とか思いながら、アタシは「あーい!」とか言ってご尊顔を見ることなくママタジムの中へと入っていった。

 中に入るなり鼻に伝ってきたのは、研究所特有の鉄分とポケモンのニオイが混ざり合うその感覚。ジムという決闘を行う施設のエントランスにこれが充満しているというだけでも相当な違和感が生じるものではあったが、アタシはこのニオイがむしろ懐かしいとさえ思える辺りに、伊達にポケモン博士の一人娘をしていなかったんだなとひとり納得していく。

 

 奥にある受付には、行列とまではいかない人の列が並んでいた。これからジムバトルに挑むための予約を行っているんだろうが、ジムチャレンジ開始からそれなりの時間が経っていたため、最初の村であるハクバビレッジの時と比べると人数がだいぶ少なくなってきたなと、時の流れを実感してしまう。

 でもって、このジムと直通する通路を辿っていくと、そこには外部から訪れた人間が自由に見て回れる、まるで博物館のように展示された研究成果の数々がディスプレイケースに収まる光景。ポケモンの生態を主に研究しているのだろうそこには、ヒトカゲの尻尾の炎に関する論文であったり、バルビートが夜に描くとする幾何学的な模様の法則を説く図形であったりと、アタシの実家とはまるで大違いな、研究の成果にすごくこだわっているんだな伝わってくる、完璧主義な一面が垣間見える展示品の数々……。

 

 しかも、それら全てに『ラオ』と記載されていたことから、ここのポケモン研究所とジムリーダーを兼任するラオ博士がまとめたものであることが分かる。

 

 ……というか、アタシのパパと比べると本当に有能そう――

 

「きみのお父さんの入れ知恵も混じっているから、そんな顔しないでもっと誇っていいよ」

 

「この、バルビートの研究のこと? へぇ、アタシのパパがこういうのにも関わっていたなんて…………え?」

 

 背後からのそれに、アタシは振り向いていく。

 すぐにも向けた視線の先には、視界いっぱいに近付いた青色の縁のメガネがどアップで映り込む――

 

 てか、近っ!! アタシが驚いて一歩引き下がっていくと、その行動で展示品のディスプレイに当たると察していた彼女に背を支えられる。

 それを受けてアタシが「ご、ごめんなさい! その、急に後ろにいたものだから、ビックリしちゃって……っ!」と謝っていく。それに対して彼女は「いつものことだから慣れてる」と淡々とした調子で言いながら、さり気無く展示品からアタシを遠ざけた。

 

 棒付きの飴玉を咥えながら喋る、何とも器用なその人物。腰まで伸ばした青色のポニーテールと、白衣に青のシャツ、黄緑のズボンに茶色の靴という、パッと見た感じでここの研究員であることが分かり、かつ周囲と比べても一般的なその風貌で、貫禄を全く感じさせない。

 

 だが、彼女を語る上で最も欠かせないのは多分、そもそもとして研究所内で飴玉を咥えながら歩いているところとか、研究以外にはまるで興味無いと言わんばかりの淡々とした喋り方。そして、青色の縁のメガネの奥にある、長いまつ毛とネコのような目でそれらを口にしてくる、どこか奇抜なオーラを放つその雰囲気――

 

「きみのお父さん、ここに来ることをとても喜んでた。あの博士があんなに喜んでる声は初めてだった。研究の成果よりも、娘の旅の経過に喜べる辺り、きみのことをホントに大切にしていたと見る。実に良かった良かった」

 

「え、あ。うん……」

 

 ……何て言葉を返せばいいのか分からない。

 ちょうどお昼休憩だったのかもしれない。今こうして目の前にいる彼女こそが、このママタジムとママタポケモン研究所の両方を掛け持ちするママタシティジムリーダー、ラオ博士だ。

 

 飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、でも口にした言葉はどれも興味無いのでは? とも思えてくる、本当に淡々とした喋り方。しかも、どこを見ているのかも分からない、明後日の方角を見遣るその視線。

 

 パパ、この人とも一緒に研究していたの……?

 

「その、アタシはヒイロっていうの。で、こっちはパートナーのラルトス。パパから聞いているとは思うけど、アタシもここのジムに挑むつもりだから、その……よろしくお願いします……?」

 

「緊張しなくていい。適当にリラックスしてジム挑んでいって。でも、容赦はしないから気張っていって」

 

 緊張せずに気張っていけって、それって無茶ぶりじゃん……。

 内心でボーンという音が聞こえてくるアタシの呟き。そんな中でもラオ博士は、ふとアタシと視線を合わせ、じーーーーーっ、っと見遣ってくる。

 

 …………え、なに?

 

「ア、 アタシ、なんか変なこと言った……?」

 

「変って、どこが変なの」

 

「え? あ、いや」

 

「変の部分をもっと具体的に言わないと相手に伝わらないよ」

 

「そう、だね。ごめんなさい……」

 

 その言葉の意味や、それに含まれる意図なんかを求めてくる辺り、そういうのを追求していく研究者としての一面がうかがえる。

 

 でも、それとは別にして、アタシこの人ちょっと苦手かも……。

 

「で、きみの同行者のお姉さんもチャレンジャーかな」

 

 ラオ博士が振り向いた先。アタシらの様子を遠くから眺めるユノさんは、彼女と目が合うなり悠々とした足取りで近付いてくる。

 

「私は、ヒイロちゃんの旅に同行しているだけよ。もちろん、ポケモントレーナーとしての実力には自信があるものだから、貴女達ジムリーダーのお手並みにも興味はあるけれど」

 

「…………」

 

 余裕ぶったユノさんの調子と、それをまじまじと見遣っていくラオ博士。

 うわ、なんかバチバチとしている気がする。あのユノさんがちょっと挑発的に言葉を口にしたものだから、ジムリーダーとしての立場に在るラオ博士としても気になるのかな――

 

「僕と同じポニーテール。でも厚みで僕が負けてるから今日の勝敗は勝ちを譲ってあげる」

 

「あら、それじゃあ明日は何で勝負する? フフッ……」

 

「え? ユノさんと博士、知り合いなの?」

 

 ラオ博士のペースについていくユノさんに、アタシは思わずとそれを訊ね掛けてしまった。

 二人してこちらに振り向いてくる視線。ほぼ同時に投げ掛けられたそれをアタシは集中的に受けていくと、そう間を置かない内にも二人の口からそのセリフが飛び出してきたのだ。

 

「いえ、全く」

 

「こちらの方とは初めて会うけど」

 

 ……あ、そうですか。アタシは、これ以上は口出ししない方がいいなと思って、だんまりを貫くことにした。

 とは思ったものの、そのやり取りからすぐにして、ふとラオ博士がユノさんへとその言葉を掛けていく。

 

「でもどっかで会ったような気がする」

 

「私が? 博士と?」

 

「気がするだけ。実際は会ったことなんてないし初めて見るポニーテールの厚みで僕は敗北感を味わった」

 

 よく分からないやり取り。アタシは、この博士って本当に不思議だなぁなんて思いながら、その会話をただただ横から聞いていく。

 ……しかし、彼女の目は、ユノさんへと真っ直ぐ向けられていた。それも、ただ興味があるとかそんな次元ではないくらいの、ユノさんを見透かすような、いや、ユノさんを探るかのような鋭くも真っ直ぐな目――

 

「なんかずるい。お姉さんは僕を知ってる気がする」

 

「それは、ママタポケモン研究所のラオ博士って人物の存在は私も知っているわ。現在はこのシナノ地方に身を置いているものだし」

 

「ポーカーフェイスの練習をした方がいいよ」

 

「…………フフッ」

 

 笑みを浮かべていくユノさん。でも、その目はまるで笑っていない。

 ……なに、何なの。この空気。ギスギスとはまた違う、初めて直面した言葉にしにくいその空間にアタシは気まずそうに唾を飲み込んでしまうばかり――

 

 と、いう時にも、ママタジムと繋がる通路から駆け寄ってくる一つの足音が、段々と大きくなってくるのを三人は感じ取った。

 すぐにも姿を現してきたのは、白衣をまとった一人の男性研究者。ゴム手袋に長靴で、頭にはゴーグルを着けているというまさに研究途中から抜け出してきたかのような、オレンジの髪をヤンチャに上げているその人物。手に持つバインダーを掲げるようにしながら口に手を当てていくと、普段通りといった調子でラオ博士を呼んでいくのだ。

 

「博士ぇー! ……おっと、取り込み中んとこすまない! 博士。ジムチャレンジの関係者が博士んこと呼んでたぞ! なんか来客ってことで、博士んことを探していたようだ!」

 

「そう言えばそうだった。変装したイケメン君と会って話をしなきゃ。教えてくれてありがとう」

 

「いいぇー!」

 

 悪戯な笑みのような、清々しいほどの表情でラオ博士と会話をする男性。身長もそれなりに高くて男らしいその様から、アタシは内心で「あ、イイ男発見」だなんて思ってしまう。

 

 でもって、アタシはそれに見惚れていると、そういった視線に気が付いたのか、男性は声を掛けてきたのだ。

 

「ん? どうした? 俺の顔に何かついてるか?」

 

 ニコッとした笑みで、とてもフランクに声を掛けてくる男性。これを聞いてアタシは、「あ……」なんて声を零して少しだけ恥ずかしくなってしまう。

 ……と思ったが、彼が向けた視線がアタシから全く外れていることに気が付くと、その対象がアタシの隣に存在していたことに気付いてそちらへと見遣るアタシ――

 

 ――目を見開いたユノさん。口をぱくぱくとさせて、上手く言葉が出せないその様子……。

 

「ぁ、えっ……い、いいぇ! その――何でも、ない、わ」

 

「そう? ……あー、博士! ほら、早く来客んとこに行って行って!! この後もジムチャレンジ午後の部が始まるでしょー!」

 

「あぁそうだったね。違うこと考えてた。現実に引き戻してくれてありがとう助手くん」

 

「博士ってば、いつもそうなんですからー。お嬢さん方は、どうぞごゆっくり! 博士の研究成果はどれも画期的なものだから、存分に見ていってくださいな!」

 

 ニッと笑みを見せながらラオ博士へと手招きを行う男性研究員。それに唆されるようにラオ博士は淡々と歩き出してアタシらから姿を消していくと、彼女が去ると共に気まずい雰囲気も過ぎ去ったことで、アタシは緊張を解きながらも「あの博士、なんだか不思議な人だったねー」なんてユノさんに声を掛けていく。

 

 抱いているラルトスをぎゅっとしながら、ふぅっと息をついていくアタシ。それでもって、次はあの人と戦うのかーなんて思いながら、同時にあの博士が使うはがねタイプに、どう対抗していったらいいんだろうだなんてこの先のことも考え始めていく。

 

 ……しかし、そんなアタシの視界の下側から光り出した、淡い青色の光。

 え、何だろう。それを思ってアタシは下を向いていくと、そこでは角をピカピカと青色に光らせたラルトスが、ユノさんをじっと見遣り続けていたことに気付いていく。

 

 ……それにしても、青い光。赤い光の時は嬉しい感情を感じ取った時の合図ではあるのだけど、青い光というのは大体、アタシが悲しい感情に満たされた時に光り出す合図――

 

「…………え、ユノさん? ――ユノさん!!?」

 

 口元に手を押さえ、ボロボロと涙を零していくユノさんの姿。

 顔中をぐしゃぐしゃにして、大粒の涙を流すその姿。今も彼女は必死に感情を抑えようとしていたのだろうが、その思いとは裏腹に堪え切れない想いが形となって溢れ出すその様子。

 

 え、なに、どうしたの!? 初めて見るユノさんにアタシはテンパってしまいながらも、ユノさんはユノさんで「ぅ……、何でも、なぃっ。ぐす、ずびッ……」なんて言葉もろくに喋れないほどの調子で答えてくる。

 

 いや絶対になんでもなくないって!!! アタシはユノさんに気遣いながら「ラルトス。テレポート! 誰もいないところに連れていって!」とラルトスに命じていくと、ラルトスもまた構えておりましたとすぐにそれを発動してくれる。

 でもって、一緒にテレポートするためにアタシはユノさんに捕まっていくと、そうして行われた瞬間転移によって山の中へと移動したアタシ達。その間にもとうとう嗚咽で唸り出した彼女をアタシは倒木までゆっくりと連れていくと、そこにユノさんを座らせてからしばらく、その背を撫でて慰め続けていった――

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