ポケモンと私   作:祐。

98 / 104
トリガー

 雲が泳ぐ軽快な空模様。そこから放たれる昼間の日光を浴びながら繁盛する商店街から、あまり遠くない山に位置する平原の一角。

 その日にも、悪事を企てる闇からの刺客が、自身らの背丈を越える筒のような武器を担いで息を潜めていた。だが、唐突と暗転した世界の中でふと目覚めるなり、自身らが奇襲を受けたことで身柄を取り押さえられていたことに彼らは気が付く。

 

 黒色の分厚いコートに身を包み、ゴーグルのようなサングラスと靴底の厚いブーツという姿をした男の一人が、自身が木に縛り付けられている現状を理解する。

 同時にして、前方で起きていた事態。人間も野生ポケモンも寄り付かないだろう、木々に囲まれた鬱蒼とした地帯の中にて、同じく木々に縛り付けられた仲間の一人が漆黒の獣に襲われていたのだ。

 

 じんつうりきによって、脳みそをかき混ぜられる拷問の様子。その苦しみに泡を噴き出しながら白目を剥いた仲間がぐったりと気を失うと、その紅きたてがみを揺らしながら、獣はその男へと向いてくる――

 

「ひ、ひいぃ!!! な、んなんだおめェはよおォォオオッッ!!! 突然と人を襲いやがって!! こんなん、知性を持つ生き物がすることじゃねぇだろォオオ!!!」

 

「散々とポケモンをなぶり殺しておいて、よくものうのうとその口を叩けるわね」

 

 怒りに支配された女性の声。すぐにも仲間の内の一人を引き摺りながら男の視界に姿を現した、白髪のポニーテールの女性が見下すようにそれを続けていく。

 

「貴方達がこの時期にここを標的にすることくらい、私は既に何度も見てきているのよ。だから今回も、残虐的な行為を働くべく完全な武装をしてまで行進する貴方達のことを、私は知っていながらも放っておくことなんてできない。で、貴方達の悪事を阻止するついでに知りたいことも山ほどとあるものだから、今は戦果を持ち帰るべくこうしてお仲間さんから色々と吐いてもらっているわけ。ね? そうよね?」

 

 引き摺る男の腹を、ブーツで踏み抜く女性。グシャァッと奥まで届いたその衝撃に、男は口から吐しゃ物を吐き出して気を失っていく。

 ……周囲の地面に横たわる数名の仲間達。中には重症を負っている者も混じっており、頭部や背中に刻まれた鋭い刃の跡が生々しく残されている。

 

 そして、それを刻んだ本人であろうペンギンの姿をしたポケモンが現れると、そこからは女性の仲間と思しき長身の男が冷酷な目で縛られた男を見遣っていくのだ。

 

「素直にゲロってくれりゃあ、おれらも楽ができるもんだし、あんたも気を失う程度の負傷で済むってなこった。悪い事は言わねぇ。さっさとおれらの問いに答えるんだな」

 

「だ、誰がてめェらのような外道野郎どもに組織のことを喋るかよ!!! 生き物に対して躊躇なく怪我を負わせられるなんて、そこらのバケモンでもやらねェことだろッッ!!! てめェらなんか地獄に落ちちまえバーカバーカッッッ!!!!」

 

「……ユノ。あんたは本当に、こんな野郎共とずっと付き合い続けてきたのか?」

 

「連中のポケモン殺戮行為を阻止しない限り、もしも私の目的が達成されたとしても、そうして迎えた平穏な世界の中で多くの人々が、大切なパートナーを失ってしまった悲しみに打ちのめされなければならなくなる。――今までも目的を達成することができなかったものだけれど、私はその後のことも考えていきたいの」

 

「だからとはいえ、よくもまぁ言葉も通じねぇ単細胞野郎共に、これだけ付き合い続けてきたもんだな」

 

「私だって、こんな奴らの顔なんか見たくないわよ。でも、“彼”を止めるためには避けて通れない道になるの……!」

 

「その、“彼”っつーものは未だに詳しい話を聞いていないな。あとで教えてくれ」

 

「……その前に、まずはこの男からマサクル団基地の在処について吐かせましょう。……そう遠くない未来に、ママタシティは災害に見舞われる。それを阻止しなければシナノ地方は多くの悲しみを背負うことになるの

 

「ユノ、あんたはほんと、どこまで知っているんだ……。まぁいい、あんたはそろそろ休んでおけ。残りの作業は、おれが適当に処理しておいてやる」

 

 トラベラーパンツのポケットに突っ込んだ手。そうしてにじりにじりと歩くように縛り付けた男へとその男性が近付くと、次の瞬間にも、その脚から繰り出される鋭い蹴りの一閃を顔面へと浴びせていったのだ――

 

 

 

 

 

 鎧をまとった多くの大人達が、平原の一角を取り締まる騒然とした一帯。この場所で何があったのだろうと集った野次馬達が彼ら守護隊の活動を見守る中、それを灯台の上から眺める二つの人影。

 

 二人の傍にはエンペルトが佇んでおり、そしてまもなくゾロアークもまた二人の下に合流するかのよう、どこからともなく参上する。

 そして、手にした録音機を再生すると、この携帯機からは現在の守護隊が交わしていく会話の様子が流れ出してきた。

 

『やはり今回も、JUNOとなる人物の働きかけによって、ヤツらの計画が阻止された現場であることが確かのようです。その証拠に、毎度と残される、技エネルギーによって刻まれたJUNOの赤い文字が発見されました。以前にもJUNOと名乗る人物が指名したように、今回のこともタイチさんに報告し、引き続きその正体を探ってもらえるようお願いいたしましょう』

 

「……ユノ。一つ確認だが、その、JUNOという人物は、あんた、ってことでいいんだよな」

 

 長身の男が問い掛けるそれに、女性はポニーテールを揺らしながら「えぇ」と返答していく。

 

「なんつーか、回りくどいやり方だな。こうして遠回しに守護隊を操作しながらマサクル団に関する情報を集めるだなんて。だったら最初から守護隊に『自分がJUNOです』と伝えて守護隊の内部に加わった方がいいんじゃねぇのか」

 

「“二回目”の場所で、私はそれを実際に試したわ」

 

「結果は? ……まぁ、あんたが“此処”にいる時点で、大方の見当はつくが」

 

「私は英雄視されて、メディアに追い掛け回される事になった。それで私は思うように身動きが取れなくなって、マサクル団を操るルイナーズは予定通りに計画を遂行」

 

「人間は崇めることが大好きな生き物だもんな。そりゃあ顔もバレていりゃあ神にすがる思いであんたを崇拝するか」

 

 はぁっと深いため息をつく男性。何もかもが面倒くさいといった具合に首を鳴らしていくと、ふと思い立った疑問なのか、それを女性へと問い掛け始めたのだ。

 

「……ユノは、“此処”で何回目なんだ。――おれの素性を知っているってことは、少なくともユノはおれと“既に会っている”んだろ?」

 

 ……。

 少しばかりの沈黙を貫いていく女性。灯台の上に吹く風にポニーテールを揺らしていきながら俯いていくと、少しして歩き出しては手すりに両腕を乗せて、身を乗り出すような姿勢となって遠くを見つめながらそれを口にしてきた。

 

「“一回目”と、“三回目”。それと、“五回目”」

 

「ッ……。既に、三回もおれと……? なんだ、じゃあ、っこれであんたは合計で“五回目”ってことか……?」

 

「“此処”で、“七回目”」

 

「ッッ…………」

 

 絶句。あまりもの驚きによって目を見開いた男性は、同時に彼の相棒であるエンペルトも同じように彼女への驚愕を隠せずにいた。

 

 女性は遠くを見つめたままの視線で、今も視界いっぱいに広がる海と、それの上を往く船やポケモンを眺め続けていく。

 

「私は、何度も何度も同じ大地を渡り歩いてきた。そうして似て異なる景色を何回も何回も目にしていく度に、自分がこの計画を食い止められなかったことを実感して、次に自身の力不足を痛感しながらも、でもこれは私にしかできない使命でもあるから一人でずっと戦い続けてきた。しかも最初の“一回目”では、私はまだ十五歳。あれから、何年? ……イチ、ニイ、サン。……十年もの時が流れ去っていった。その間も私はただ、この計画を何度も何度も実行する“彼”のことを追い掛け続けてきて、そんな長年の暴走状態である“彼”を食い止めるべく、今も私はそれのためだけに生きながら奔走している」

 

「ま、待てよ……待ってくれ。理解が追い付かねぇ。待て、待て。おれでさえ、“此処”でやっと“二回目”っつーのに。こんな、気が狂いそうな日々を、十年、ずっと。これを、七回も……。ユノ、あんた……本当におれらと同じ人間か? 常人なら、こんな生活が続きゃぁ自然と人格が破壊されて精神崩壊しているところだっつーのに……!!」

 

「えぇ、だから既に、私は壊れている。”零回目”から一緒にいてくれている私の相棒のゾロアーク共々、今ここにいる私にはもう、純粋な人格も、純粋な血族も。……純粋に信頼して、純粋に大好きだった人も。何もかもを失って。何もかもを失い続けて。その度に私は壊れて。でも動き出して。また壊れて。それでも動いて。奮い立たせながら。私のような思いをさせないために。みんなのためにと思って。頑張ってきた」

 

 その瞳には、何も無い。

 驚愕を隠せない男性は口元に手をあてがい、少しばかりと悩む様子を見せていった。……いや、おれならば間違いなく“彼”とやらを追いかける宿命を呪い、自ら命を絶っていただろう。脳内で巡る言葉に、彼女へと抱いた複雑な想いが混ざり合う中で、男性は色々と思う所を感じながらも次にその問いを行っていく。

 

「……おれと会ったのは、これで四回になるか。じゃあユノは“以前”にも、”おれではない”おれと行動を共にした時もあるのか」

 

「一緒に行動したことがあるのは、“三回目”と、“五回目”の時。“五回目”の時には、貴方は共に生き残ったガールフレンドと二人旅をしていたから、当時は三人で旅をしたこともあったわね」

 

「――っ!! …………ッ!!!」

 

 歯を食いしばる男性。降りかかった後悔の念に囚われかけたところ、エンペルトに背を触れてもらうことで何とか思いとどまっていく男性が、必死に堪えるようその言葉を口にした。

 

「……それを知っているだけでも、あんたが七回もの旅を強要させられてきた話をおれは信じる他ねぇ」

 

「結局、その時も私は“彼”を止めることができなかった。“彼”が引き連れた、歪む世界に君臨する者ギラティナに“其処”を破られてしまったから」

 

「…………!!!」

 

「空間に入ったその亀裂に、世界が吸い込まれていくの。破られた次元は、時という概念を消し去り、時空という概念を引き裂いていく。そうして迸った亀裂からは“向こう側の世界”が見えていて、それと一体化するように、足を着けている大地と、天井である大空がまるごと吸引されて亀裂に押し込められていく。――成す術も無い。これまでに三回と出くわしたギラティナによるラグナロクにおいて、ギラティナを食い止めるためのトリガーを、私は一度も見つけることができなかった。ミュウツーが用いられたラグナロクにおいては、あらゆるポケモンと友好を結ぶことができる、天真爛漫な心を持つ真っ直ぐな少年というトリガーが必要になることは分かっていたけれど。でも、ギラティナを用いられたラグナロクにおける阻止のトリガーは、今になっても分からない……!!」

 

 力む両手。グッと加えられた力によって手のひらを傷付けていく女性と、彼女を慰めるべく近付いたゾロアークが心配そうに肩へ手を乗せていくその光景。

 ……そして、それを黙々と聞いていた男性とエンペルト。――だったのだが、ふと何かで男性とエンペルトは目を合わせていくと、それを女性へと問い掛けていったのだ。

 

「……つまるところ、そのトリガーっつーものを知ってさえいれば、おれはギラティナに会うことができるってのか?」

 

「知っているだけでは会うこともどうにもならないけれど、知っているのと知らないのとでは、雲泥の差があるほどにトリガーの情報は重要なの」

 

「そいつなら、おれ、たぶん知っているな」

 

「!?」

 

 高速で振り返ってくる女性。半分泣き出しそうにさえなっていた悲痛の念から一転とした、希望にすがるかのような眼差し。

 

「おれは、仇討ちでギラティナを探している。でもって、ユノの話と、今まで見てきた光景やら、出会ってきた事象やらと照らし合わせていくと、恐らくおれの故郷もあんたの言う“彼”とやらに滅ぼされた被害者の一部だ。――だが、正直なところ、おれは別に“彼”とか言う野郎は心底どうでもいい。おれが許せずにいる、今もこうして復讐のために生きている理由はただ一つ。それは、おれの故郷を破滅へと導いたギラティナの野郎をぶっ殺すこと。ただそれだけだ」

 

 彼女とは異なる感情を含んだ、憎悪にまみれし復讐の眼光。瞳の奥に映る光景もまた、空間に迸った亀裂の裂け目をうかがわせると、男性はポケットに手を入れた姿勢で言葉を続けていく。

 

「だから、おれはおれで、死に物狂いで情報を集めていったさ。その成果としては、ギラティナに会うには“ポケモンとの対話を可能とする、自然界で生まれ育った人間の少女”の協力が必要だと、“以前”のシナノ地方で知ることができた。……それを聞いた当初は、だからなんだとしか思わなかったもんだがよ」

 

「……それよ。たぶん、いえ……きっと、それ。いえ、絶対にそれだわ!!」

 

 感極まる女性。これまでに入手することさえ叶わなかった念願の情報に、彼女は堪え切れないと言わんばかりの歓喜で飛び出すなり男性に抱き着いていく。

 

「でかしたわ!!! “今回の”レイジくん!!! 既に時間はそう残されていない以上、その情報をあてにしてトリガーを探し当てましょう!!!! ポケモンとの対話を可能とする、自然界で生まれ育った人間の少女。ミュウツーのラグナロクを食い止めるトリガーは少年だし、どちらにしても今の私達に必要なのは、トリガーにあたる少年少女の正体を解明すること!!! ――やった! やった!!! 今まで、ミュウツーとギラティナの存在が同時に示唆されることなんて無かったから!! だから、とうとう“彼”の計画が最終段階にまで迫っていたことに、もう、もう、ダメかもってばかり思ってた…………っ!!!」

 

「お、おうおう落ち着けユノ! もうこの世にはいねぇが、おれには彼女がいたこと知ってんだろっ!! ……だから、他の女は、っ。……まぁ、ほら。おう、取り敢えず落ち着けや……」

 

 焦る男性に、ぐりぐりと身体を擦り付けていく女性。まさかの展開に、しかし満更でもない男性は若干と頬を赤らめながらそっぽを向くことしかできず、そんな二人の様子を、ゾロアークとエンペルトは互いに顔を合わせつつ見守り続けていたものだ――

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。