ママタシティの商店街。ママタ貿易港で波打つ海のように流れ往く人の波を眺めながら、ちょっとオシャレで若い子が好きそうな明るい喫茶店の中でパフェを食べるアタシ。
周囲を見渡すと、バリバリのギャルやパリピな女子達がキャッキャと盛り上がりながらスイーツを食しているこの光景。彼女らが注文した品々はどれも、写真映えしそうな見た目の良いパンケーキであったりマカロンであったり、また同行するポケモンもそれらを召し上がれるように、ポケモン用のオシャレなケーキだったりなんかを連れているポニータに食べさせてあげたりと、今この時を盛大に楽しむザ・青春な店の中……。
……正直、アタシはこういった空気と全く無縁な人生を歩んできた。慣れない店の雰囲気や周囲の同性に対して、ビクビクとした内心でとにかく落ち着かないアタシ。今も手をつけているパフェが思うように減らず、そんな中でもアタシの目の前では、オーダーしたパチパチひばなの三段プリンケーキを必死にスマートフォンのカメラに収めていく一人のギャルが、奮闘の末にようやくと納得のいく写真を撮れたことに満足していく――
「いょーーーーっしゃ!!! ねね! 見て見てヒイロ!! この写真、めっっっちゃ映えじゃない!? このコントラストがパチパチひばなをより強調していてさ!! 三段に積み重なるプリンケーキがバランスを保ちながら完璧なフォームでそびえ立っていて、さらにはパチパチひばなによる遠近法で臨場感を演出した最強の一枚!!! っふっふっふ!! これは絶対に一万イイヨは貰える! 今すぐにもポケッターに投稿しなきゃぁあ~~!!!」
ハキハキとした、快活な喋りを行ってくる女の子。左目の下にあるホクロというチャームポイントで、吊り上げたような口で笑んでいく表情が特徴的だ。
ベレー帽のような黒色のツバ付き帽子をかぶる、アッシュのボブヘアー。肩を出した黒色のぶかぶかなパーカーに、脇と胸の谷間を大胆に露出したへそ出しの黒色シャツと、青色のホットパンツ。靴もくすんだ黄色の大胆な穴あきロングブーツでピアスをじゃらじゃらと付けた、ザ・ヤングな若い子という印象を抱くヤンチャな外見。
満足のいく仕上がりに、両足をジタバタさせながら喜びを表現していくその女の子。すでに平らげた一枚の綺麗なお皿を脇にして二品目へと参った彼女だが、その写真、一枚目の時にもだいぶ時間をかけて撮っていたんだから別に良くない……? なんて思えてしまうアタシは、同い年にも関わらず流行についていけてないダサ女なのだろうか。
とか何とか思っていると、テーブルに乗っているラルトスがアタシの手をちょんちょんと触ってくる。
……パフェが欲しいみたい。自分のポフィンを食べ尽くしたことで物足りなさそうな目をアタシへと向けてくるものだから、「これ食べる?」とパフェを渡していくと、ラルトスはキャッキャと喜びながらアタシの代わりにそれを食し始めていくのだ。
ここに来てから、まぁまぁな時間が経過した。客足が途絶えない繁盛するお店にこんな長居しなくてもいいよなーなんて思えてしまうものの、まだまだ二品目に手を出し始めた眼前の連れが自分の世界に浸っているものだから、ちょっと手持ち無沙汰というか、周囲を眺めることしかできないというか。
なんて思って暇を持て余していると、フォークを持った目の前の女の子が悪戯な笑みを浮かべながらその言葉を掛けてくる。
「ヒイロってさ、もしかしてこういうお店は初めてだったりするー??」
「だ、だってアタシ、どっちかと言うと陰キャな方だから……。それだからかな、こういう今ドキ~って子が来るようなお店の雰囲気って、なんかどうも苦手で……」
「シッシシシ! おーおー、いいねいいね! 初々しいねぇ~~! イイ反応だよーヒイロ!! 『どうぐ集めに勤しむ変化球女子が、今ドキ女子の映えスポットを初体験なう』!! そんな記念を祝して、ほら一枚!」
パシャリッ。突然向けられたスマートフォンがシャッターを切り、それに驚いたアタシは全力でそれを拒否するよう両手で顔を覆い隠していく。
「ちょ、っと! 顔は撮らないでよ!」
「アッハハハ! カワイーー!! ね、加工して特定はできなくするから、ヒイロの初々しいところポケッターに載せていい!? ヒイロの反応は絶対にたくさんのイイヨが貰えるよ!! だってウチらとしても、ヒイロのような子がこういうお店に来てくれてるのってめっちゃ嬉しいことだし!!」
「え、SNSに載せられるのはヤだ……」
「大丈夫、大丈夫! あ、じゃあじゃあウチとのツーショットでどう!? ラルトスも一緒に入れてさ! それなら別に怖くないよ!! ほら、ラルトスだってめっちゃ乗り気じゃん!! ほらほら顔を近付けて!! はい、ちーず、ちーず!!」
「え、えぇーー……」
渋々……。
その場のノリに流されるままに、テーブルから乗り出すようにしてアタシと女の子はツーショットの写真を撮っていく。
また、引っ付くように存在していたパフェ越しのラルトスも中々にイイ味を出しているとのことで、撮れた写真に加工を施してその一枚をアタシらに見せてくるその子。女の子の顔がバリバリと見えてる中で、アタシの顔はカラカラの顔のスタンプを貼ることで特定されない程度に隠されていたことから、「ね! これならポケッターに載せていいでしょ!!」とウッキウキで訊ねてくる彼女のそれに、アタシは「分かった……」と乗り気じゃない調子で答えていくことしかできずにいた。
彼女は、とてもフランクな人間だった。たった数時間前に道端で出会ったというのに、そんなアタシに即行で馴染んではこのように接してきてくれたものだから。
女の子のノリは、アタシとしても別にそれほど不快に思う事はなかった。それどころか、彼女とはどこか波長が合うというか、その言動や行動力は活発的でクルミ君に似たものをうかがわせたものだが、彼との違いと言えば、その強引さが多少マイルドになっていて、かつ女子という同じ立場にいるからこその気遣いを、女の子はしっかりと行き届かせていたところだろうか。
別に、一緒にいることは苦にならない。こうして引っ張っていってくれるのは、素直にありがたいと思えるからね。
ただ……この子も同い年でありながら、めちゃめちゃ元気が良い。だからなのか、クルミ君で慣れているはずの次から次への行動に、アタシは身体こそはついていけたものの、気持ち的な面で相当疲弊してしまえていたものだ。
――でも、この子と一緒にいるのは、なんか楽しいな。
「ヒイロ、ヒイロ!! ねぇ来て来て!! ウチが欲しかった本ここにあった!! ほら、これこれ!! デデーン! この表紙のイケメン二人組、めっちゃカッコいいでしょ!!」
「何これ? 漫画? 『ガオガエン系執事と、オオタチ系お坊ちゃま』。……ってこれ、十八禁のBL漫画じゃん!?」
ガツガツ系の男の人と、か弱い面持ちの男の子。二人の美青年が上半身裸という刺激的な格好をしておきながら、何とも言えない恍惚とした表情で向き合っていく薄い本。
喫茶店を出た後にも、若い子にウケるであろうキラキラとした本屋に訪れていたアタシら。女の子が先導する形で、本当に通い慣れているといった迷いの無い足取りでここに連れていかれると、よく分からない今ドキな本が大量に並ぶ本棚を流すように見ていくアタシのことを、彼女は手で招くように呼んできたものだ。
そうして見せられたのが、男性同士が愛し合うまさかの本……!
「な、なに、こういうの読むの……?」
「えぇ!? ヒイロはこういうの読まないのッ!!?」
「なんかすっごい、読んでるのがさも当たり前みたいな反応してきたね……」
「え、だってだって。え、ウソ。この世界を知らないなんてヒイロ絶対いまの人生を損してる!! えー待って信じられないだってこんな。ほらこれ見て! 試し読みできるBLのやつ! これに目を通せば、絶対にヒイロもこの世界の良さが分かるって!!」
「そ、そうかな……? どれどれ……。――うわぁ。ぁあ、なんかすっごい。うわぁ、っあ、ヤッバ。ぅお、こんな近い距離で。や、やぁ、待って。で、出てる出てる。すっごい、うあ、後ろをこんな、へぇ。ぁ、ひゃー……そんなことまでさせちゃうんだ……ゎー、すごー……」
アタシは今、新しい扉を開いたかもしれない。
それに意識が釘付けとなるアタシ。この試し読みによってだいぶ昂ってきた気持ちが全身に迸り、そしてなぜだか脳内に注入されてきた、「もっと見てみたい」という麻薬のような欲求。
オスであるラルトスを抱えながら巡っていった本屋の中は、アタシらによる興奮で発せられた熱によって一部分のみ気温が上がっていたかもしれない。特にあの女の子から唆されたことで一層もの興味を抱いてしまったアタシがオススメを聞きながら、試し読みや表紙を読み漁っていくその様子は、もはや手遅れとも言えるだろう領域に足を突っ込んでいたことを示唆していたことだろう……。
そんなこんなで、アタシは夕方という時刻になるまでその女の子と遊びつくしていった。
ジムチャレンジのためにママタシティに訪れたというのに、むしろ異文化が集いし交流の地において、異文化とはまた異なる領域との交流を果たしてしまうとは。不覚だったというか、しかし収穫も大きかったというかなんというか……。
ということで数冊が入った買い物袋をバッグに入れながら、沈む夕日で黄昏色に輝く海の、それが波打つ涼しい音を背景にアタシは女の子にお礼を言っていく。
「今日はありがとう! アタシ、あなたと一緒に遊べて良かったって思ってる! また機会があったらママタシティを案内してよ!」
「んなお礼はいいっていいって!! ウチもヒイロみたいな同い年の子と一緒に遊べて、ホントに楽しかった!! ウチ、こうして同い年の女の子と、あんなところやこんなところと色んな場所を巡っていくのが夢だったんだーー!!」
「え? 今までアタシのような子と遊んだことなかったの?」
ふとした疑問に、アタシは抱えるラルトスを一層とぎゅっとしながら訊ね掛けてしまった。
と、それを耳にした瞬間にも、その子は晴れ晴れとした表情から一転として、しゅんとしたような、どこか寂しいような面持ちとなってその言葉を口にしていく。
「あ、うん。ウチさ、まーー、家系のこととか色々あって、こんな風に外を自由に歩かせてくれたこととか全く無くって。そりゃあさ、家の人達が考えることだって、ウチにも分かってるんだ。ウチの家系は他とはちょっと違うってのもあるし、その関係でウチが稼業を引き継がなきゃいけないしで、専門的な知識や技術も身に着けていかなきゃいけない。――でも、だからってウチは、そういうのに縛られるのも嫌だった。既に決まっている将来に、ウチは、自分に自由が無いと思ってた」
ママタ貿易港から聞こえてくる汽笛。そのコンクリートの足場に立つアタシらが向き合っていく中で、波の音にいざなわれるようにその子は大海原へと視線を投げつける。
「……憧れだったんだ、こういうの。他の人と同じように、普通に学校に通ってさ。それで、学校で出会った友達と普通にお出掛けをして、質素な食べ物でめちゃくちゃ盛り上がったり、プリクラとかで撮った写真をポケッターに載せて世界の人と共有したり、ウチはそういう、他の人が言う至って平凡な日常を生きてみたかった。――ヒイロにならバラしちゃっても平気かな。ウチさ、こう見えて、“シナノの巫女”って呼ばれる家系の末裔なんだ。シナノの巫女って、学校の歴史で習ったでしょ? このシナノ地方に蔓延るとされる、邪悪な念を抑制する力。それを唯一と扱うことができる、特殊な体質の持ち主。このシナノの巫女という唯一無二の存在がシナノ地方で密かに繁栄を続けてきたことから、シナノ地方という場所は今も、戦争によって大量発生した悪霊に支配されることなく、今も平穏な毎日を過ごすことができているってワケ」
シナノの巫女……?
アタシはその言葉を耳にして、同時に憂いだと思ってきた学校にてその名を聞いた記憶が蘇る。
あぁ、確かにそれは習ったかも。それも最初期の歴史の授業で。
人間とポケモンによる戦争がしばらくと続いたこの地方には、それらによる犠牲が度重なることで成仏のできない魂が次第と数を増やしていった。それでいてその魂達は、現世に被害をもたらす程度のエネルギーを操ることが可能であったことから、成仏のできなかった魂達はその私怨から、戦争を続けるあらゆる生物に対する復讐として、魂から発せられる邪悪な技エネルギーを駆使することで現世に甚大な被害をもたらしてきた、と。
現世に残る人々やポケモンは、この邪悪なエネルギーを使用する魂達にひどく手を焼いたらしい。というのも、魂達は成仏できなかったことから現世に残り続け、人の目には見えない姿を以てしてそれらの猛威を振るってきたのだとか。
唯一としてその魂を捉えることができたゴーストタイプのポケモンであっても、その邪悪なエネルギーを抑え込むことが非常に難しかったようだ。それほどまでに強大な怨嗟のエネルギーを宿した成仏のできない魂達は、戦争を繰り返す生物に対しての天誅として、現世を引っ掻き回してきたとされている。
だが、そんな魂達の強大なエネルギーは、突如として抑え込まれた。
その邪悪な念を浄化することができる、不思議な力を宿した一人の少女。その容姿や年齢はまだまだ幼かったにも関わらず、少女が有する力はシナノ全土にまで及ぶ強力なものであったため、この少女の聖なる力を前にして、魂達は現世に災厄をもたらすことができなくなったのだという。
その少女は、後にもシナノの巫女と呼ばれるようになった。そして、シナノの巫女という存在が邪悪なる魂達の抑止力となることから、戦時中においても、シナノの巫女だけは絶対に巻き添えにしてはならないというルールまでもがつくられることになった――
「……じゃあ、あなたはその、シナノの巫女っていう邪悪な魂達を抑え込む力を……?」
「何なら、ウチは今でもそれを使い続けてる。らしい。……実際、ホントに無意識というか。ただこうして存在しているだけで邪悪な力の抑止力になるらしいから、ウチもそこんとこ、あまり分かってないんだよね。だから、自覚無し! シナノの巫女の末裔とかも、ウチにとってはホントにどうでもいい!! でも、ウチの家系の事情が色々と複雑なんだよ。まず、シナノの巫女と呼ばれるくらいなものだから、この聖なる力を宿すには女であることが最低条件になる。でもって、ウチには、兄が四人もいる!! で、ようやくと生まれてきた女のウチを産み落として、母は他界。おばあちゃんも既にこの世を去っていることから、今現在と存在するシナノの巫女は、ウチ一人だけになる」
「それ、責任重大じゃん……!! 本当に大丈夫なの!?」
「ううん、だいじょばない。――でも別に、そんなの今更どうでもいいし」
足元の石ころを蹴り飛ばす女の子。ヤケクソとも見て取れる、日頃の鬱憤を晴らすような粗暴な一蹴り。
「この世界がどうなろうと、ウチには関係ない。何せ、ウチが生きている間は今もそこら辺を漂っている邪悪な亡霊たちは何もできないし、万が一ウチが死んだ時には、その亡霊たちは復活してこのシナノ地方を滅ぼすだけ。その時にはウチはいないから本当に無関係だし、だったらその前に、適当な男と子作りしまくって子供を孕んで、女が出るまで何度も何度も性別を厳選してから、その責任を全て自分の子供に押し付けてウチはのうのうと生きていく?? ――バッカじゃないの。考えるだけ面倒になってくる。……ウチはただ、聖なる力とかそんなの関係無い、もっと普通な女として生まれてきたかっただけなのに」
……これは、アタシがどうこう言う問題では無さそうかも。
生まれ持った宿命というやつなのかもしれない。その運命から逃れることも許されず、かつシナノ地方の命運を分ける重要な役割を担っているプレッシャーなのかどうか。そういうのも部外者であるアタシには分かるハズも無かったものだが、少なくともそういった圧し掛かる重圧に耐え続けてきたのだろう彼女へとアタシは近付くと、その背に手を当てていって、その眼差しと目を合わせていく。
「アタシにできることは何も無いかもしれないけれど、でも、もしあなたがアタシと関わることで少しだけでも気持ちが救われるのであれば、アタシはこれからも、あなたの支えになっていきたいかも」
「ヒイロ…………」
落ちる太陽が半分となりながら、その黄昏を次第と地平線に沈め始めていく海の景色。
向かい合う女の子と見つめ合う。彼女の表情は、自身が口にした本人曰く無責任なそれらに対しても、それでも自身と関わりを持ち続けてくれるというアタシへ抱いた好意からなる喜びに満ち溢れていた。
……あれだけ悪戯っぽい笑みを浮かべていたというのに、今にもこうして見せてきたのは、心の底から救われたかのような満面の微笑み。黄昏も相まることでニィっと吊り上げた健気な表情は、彼女が求めてきた友人という一つの対象に安心を寄せる、心の友とも呼べる輝かしい存在に心底から歓喜した顔であることがアタシにも分かった。
「ヒイロ、ありがとうっ!! あぁ、こんなに嬉しいことだったんだ。友達がいるって。ホント、ウチ、人付き合いとかも制限されてきて、それでもう嫌になって家を飛び出してきたんだけど、それは大正解だったかも!!」
背に当てていたアタシの手を取って、女の子は黄昏に引けを取らない明るい笑みでそれを口にしていく。
……まぁ、そこら辺のことに関しては、アタシは何も言うまい。ただアタシは、この子の友人として在るべきであったからだ。
と、いうことでアタシはその子との友情を育んでいたものだったのだが、ここでふと、アタシは最も重要なことであろう事柄を思い出すことになったのだ。
「ところで、さ。その……あなたの名前、アタシまだ聞いてないんだよね……」
「うぇ!? あれ!? そうだったっけ!?」
……やっぱ、ちょっとクルミ君っぽさは否めない。
アハハと苦笑いで返していくアタシ。けれど、こうして巡ってきた出会いの運命に両者が向き合っていくと、次の時にも、陽が暮れる背景をバックにして、その子は自己紹介を行ってきたのだった。
「まーー、ウチの名前は『チシカ』っていうからさ。その、ヒイロ。……これからも、よろしくね!」