バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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純粋だった子供の頃バグのかけらの説明を見て、たくさん集めるとマジでゲームがバグると思って怯えていた。


Case File1.『献身王女』
友人の王女がテロ組織に入ってた-1 【日】【本】


 ■月■日

 

 早速だが、昨日の自分を激しく恨もうと思う。

 何が「今日で食事のストックが無くなった。困るのは明日だし、買い物は明日の自分に任せよう。」だ。ぶっ飛ばすぞ。

 おかげで空腹の中、外に出ることになった。

 ネットショッピングでチップデータやプログラムが即時ダウンロードできるように、日用品もすぐに手に入るようにならないだろうか。

 そんなものが普及すれば、我が国はともかく先進国のコンビニやらは商売あがったりだろうが。

 

 天気は曇り。私としてはありがたい。

 インドア派としては、夏の日差しはつらいのだ。

 平均気温は下から数えた方が早いクリームランドではあるが、そんなことは関係ない。暑いものは暑い。

 

 スーパーで暫くの食事を購入。相変わらず店員の奇異なものを見る目が痛い。

 本日は特に新規の仕事も入ってない。適当に過ごすとしよう。

 

 帰ってメールを確認したら普通に仕事が入ってきていた。

 対象のプログラムも向こうから送ってきてくれる親切なお客様。自分から出向かなくていいのでこういうのは大変ありがたい。

 大したモノでもなかったため実入りは少なかったが仕方ない。本日買った食事代を回収できただけでも良しとする。

 

 

 

 ■月■日

 

 今日も特に新規の仕事は入ってきていないため、期限の短い依頼を進めつつ、集めたバグのかけらを整理する。

 どうも最近、仕事の使い物になるかけらが多い。

 というかかけら自体が多い。国内のみならず国外でもそうだ。

 三、四か月前に騒がれていたWWW(ワールドスリー)の影響か、それとも今流行のゴスペルとかいう連中の仕業か。

 此方としては仕事が増えるので、大事件が起きない程度ならありがたいが。これもテロ特需というヤツである。

 

 

 

 ■月■日

 

 近く発表されるナビカスタマイザーについて依頼をいただいた。

 依頼者は光祐一朗氏。今後の個人によるネットナビ改造における基礎となるだろうと確信できるプログラムのためか、結構な額の案件。

 本来、光氏や日本の科学省の技術であれば私への依頼など不要だと思うが、念には念をということか。どのみち、氏に完成が近づいたプログラムのチェックを依頼される程度の信頼があると思うと嬉しいものがある。

 

 しかしこのナビカス、画期的な反面非常に危険なものでもある。

 これを利用すれば、個々のスタイルに合ったカスタマイズが簡単に出来るようになる。

 これまで、ネットナビのカスタマイズはそれなりに技術を要するものだった。

 今後はこれにより、ただのノーマルナビにも多様な個性が生まれる時代が来るだろう。

 

 一方で、気軽にカスタマイズに手を出すということはバグを容易に生み出せることにも繋がる。

 個人的にはルールに沿わないエラーが起きた時、RUNを出来ないようにするべきだと思うのだが。

 光氏にもそれは告げているのだが、RUNを不可能とするのは原則、非公式のプログラムを組み込んだ場合のみとするらしい。

 一応、ナビカスにより発生するバグも、上手く利用すればバトルに有利となるものもある。

 だからといって、バグが氾濫する時代は避けてほしい。

 仕事がこれ関連だけになると飽きるだろうし。

 

 

 

 ■月■日

 

 朝方早々からプライド様が我が家に乗り込んできた。一人で。無断で。

 毎度思うがこの人は自分の立場を分かっているのだろうか。後でそれらしい説明をでっちあげるのは私なのだから自重してほしい。

 一応依頼目的で、近く公務でアメロッパに発つため、ナイトマンのチェックをしてほしいとのことだ。

 

 同行を決めた。

 

 

 

 +

 

 

 

 ピンポーン、ピンポーン。

 

 

 その日、私の意識を覚醒させたのは遠慮のないチャイムの音だった。

 一度目を気のせいだと断じて寝返りを打つ。

 二度目を空耳だと断じて枕で耳を塞ぐ。

 三度目、四度目。几帳面にも十五秒おきに繰り返されるチャイムは明らかに気のせいではなく、しかしそれは起き上がる気力には繋がらない。

 精一杯の力で手を伸ばし、インターホン用のリモコンを取ると、ボタンを押す。

 

『ただいま就寝中です。宅配の場合はお疲れ様です。インターホンのプログラムくんに電子印を受け取って荷物はそこに置いといてください。それ以外の用事の方は出直してください。起床の予想時刻は午前十時です』

 

 居留守は失礼だ。こういうのは正直に言うに限る。

 ベッドインした時間から起床の予想時刻を算出し、客人にお伝えするプログラム。

 もう暫くすれば自動的に起動するようになっているのだが、もう何度もインターホンを鳴らされるのも鬱陶しい。

 これでお帰りいただき、寝直すとしよう。

 

 

 ガチャリ、バタン。

 

 

 ……いや、気のせいだろう。

 うちの鍵を開けられる者なんてそれこそ、私かあと一人かくらいしかいない。

 その一人がこんな場所に来る筈がない。ゆえに家の中にまで入ってくる者はいない。つまり寝直しても一向に問題がないのだ。

 

「おはようございます、エール。いま何時かご存知ですか?」

「……ご慈悲を」

「おはようございます、エール。いま何時かご存知ですか?」

「……なにとぞ、ご容赦を……せめてあと二時間……」

「おはようございます、エール。教えてあげますが、起床の予想時刻を既に三時間過ぎていますよ。『おはよう』の時間はとっくに終わってます」

 

 普通の立場の者であれば、一生に一度とて無いだろう、やんごとなきお方からの朝の挨拶。

 それはどうやら適正な時間を過ぎているらしい。

 おっちょこちょいなものだ。戴冠するまでにしっかりしてもらいたい。

 

「本日は、ナイトマンおよびPETのメンテナンスを頼みに来たんです。近く、公務でアメロッパに発つので、万全にしておきたくて」

「…………」

 

 本調子どころか寝起きの人間に対して依頼を吹っ掛けてくる、この国の次期女王。

 お供の一人も連れず、王位継承者の自覚の見えない、身分の大いに違う私の唯一の友人。

 彼女は無慈悲にも部屋のカーテンを開ける。

 同じくらい無慈悲な日差しが私の目蓋を突く。

 これはベッドの位置が悪い。近いうちに模様替えを頼もう。

 仕方なく体を起こす。困り顔の友人と目が合った。

 

「……これはこれは王女殿下。ご機嫌麗しゅー」

「そういう貴女はあまり機嫌が良くなさそうですね。エール・ヴァグリース」

「……まあ、プライド様じゃなければ断固として取り合っていないくらいではありますね」

「わたくし以外にこの家に入れる人はいない筈では?」

 

 鍵を手で弄りながら苦笑する友人。

 電子鍵が当たり前となっている昨今、物理的な鍵も減っている。

 そんな今だからこそ、逆に安全性も増すのだ。ちなみに我が家のドアにある電子錠はダミーである。入ったところで開錠も出来ないしミステリーデータの一つもない、私お手製のウイルスの巣窟だ。

 

「まずは顔を洗って、身嗜みを整えてきてください。それから改めて話をしましょう」

「りょーかいです……」

 

 アポなしで、しかも一人で突撃してきたということは、そこそこ無礼講でも構わないということ。

 そして何か公には出来ない話があるのかもしれない。

 欠伸を堪えながら、洗面所に向かう。時計は既に、十三時を回っていた。

 

 

 

 プリンセス・プライド。

 このクリームランドの次期女王。

 彼女と個人的に知り合ったのは――多分、小学校低学年の頃だった。

 なんというか、大変やんちゃであった王女はたびたび城を抜け出す子であった。

 それをある時発見した私は彼女の口車に乗せられて逃走劇を敢行。国中の騒ぎに発展しかける大問題になったのを覚えている。

 彼女が王女で、私が当時最先端を行くクリームランドのネットワーク技術を牽引する科学者の娘であることをお互いに知ったのは、それから少し後。

 それから頻繁に会う仲になったのは――私にとっては幸運だったと思う。

 彼女という存在がなければ、私はいま、こんな仕事(こと)をしていなかっただろうから。

 

「それじゃあ、とりあえずいつも通りやりますけど」

「お願いします。……それ、まさか昼食ですか?」

「私としては朝食のつもりです」

 

 顔を洗ってすっきりし、眠気も三割ほど吹っ飛んだ私はゼリー飲料の容器を咥えながら、プライド様のPET(パーソナル・ターミナル)を受け取る。

 十秒余りで適度な栄養を補給できるゼリー飲料(マスカット味)。これぞ効率の極み、死ぬほど味気ないが、食事の時間をじっくり取る暇のない日もある私としては大変助かっている。

 他にもブロック菓子やらエナジードリンクやらは愛用品だ。

 ずぞぞ、と手早く中身を吸う。品も何もあったものではないが、ここは公の場ではなく我が家だ。窘められる謂れはない。

 

「……あのですね、貴女は生活リズムというものを少し改めるべきです」

「そっくりそのまま返します。十時間とは言いませんから八時間は寝てください、プライド様」

 

 流石に意識が覚醒してくれば、私にも分かる。

 プライド様の、私とは比べるべくもない端正な顔立ちに大きなマイナス点を与える、くっきりと刻まれた隈。

 一日二日徹夜した程度ではあそこまで濃くはならない。化粧してなお消しきれないって相当だぞ。

 

「……わたくしは王女です。睡眠を削ってでも、やらなければならないことがあるんです」

「それを誰かに押し付けるのも仕事だと思います。……いいんですか? 私にPETなんか見せて。言われていないのでプライベートとか気にせずチェックしますよ」

「…………」

 

 若干、苛立ちがなくもない。

 激務。寝不足。疲労が溜まっている王女を良しとする連中は一体何をしているのか。

 ぶっちゃけ政治なんてどうでもいいのでその辺りの事情など知ったことではないが、プライド様以上の激務に追われているという想像がどうにも出来ない。

 ……私自身、何も出来ないけど。その辺りの愚痴を聞く時間なら無理してでも作るのに。

 

 溜息を一つ吐いて、PETをPCに繋ぐ。

 示し合わせたようにPCに移ってくるのは、普通のネットナビの倍を優に超える偉丈夫の騎士。

 

「久しぶり、ナイトマン。元気だっただろうか」

『うむ。エール殿、そちらも壮健……かはさておき、相変わらずそうで何より』

 

 ナビのメンテナンスは体調を聞くところから。医者が診察に来た患者に「今日はどうされました?」と聞くのと同じである……と考えている。

 何かバグがあったとして、自覚のあるなしではチェックする部分が変わるのだ。

 

 ――エール・ヴァグリース。それが私の名前である。

 年齢、プライド様と同じではないが近いくらい。身長はプライド様よりほんの少し高くて、体重は知らん。プライド様と同じくらいならいいな。

 クリームランド在住、フリーのデバッガー――ようは、プログラムに発生したバグを探す仕事をしている。

 依頼によっては直すところまで。実際はいざ見つかれば流れで直すことになる場合が殆どだし、そちらの方が謝礼も増えるのでありがたい。

 ウイルスや暴走ネットナビの鎮圧なんかは国家公認(オフィシャル)ネットバトラーというありがたい専門家がいるのだが、やむを得ぬデリートが常である彼らには不得手がある。

 ナビをデリートさせず、不具合の原因だけを取り除きたいだとか、そもそもウイルスに起因しないバグだとか。

 昨今頻発しているプログラムの不具合は大抵、外部の悪意ある何者かからのクラッキングかウイルスによるものだが、そうでないものも当然存在する。

 

「まあ、こっちはインドアだ。そうそう変わりはしない」

『むぅ……しかし我々と同じく“外に出る”こともあろう?』

医者(デバッガー)は自分を誤魔化せない。体調管理は基本だ」

 

 というか、言ってしまうと外部と繋がっていればそのうち何でもバグる。

 そういうものだ。ネットナビなんか一番危険。インターネットを歩くことのリスクを、九割九分は理解していない。

 ウイルスがいる場所にはバグがある。見えない、影響のない程のものでも、確かに“ある”。

 無意識のままそれに触れたナビに蓄積され、やがてナビそのものにバグを引き起こす要因になり得る。

 まあ、数年かけてようやく一つのバグが生まれるとか、そのくらいのものなのだが――起きてからでは遅いものもある。ゆえに、定期的なチェックでその素を摘出するのは大事なことだ。

 ――数十分ほど、ナイトマン、及びPET全体のチェックを続け、結果として摘出された四つの塊が、この仕事で最も良く見る悪性腫瘍。

 

 バグのかけら――俗にそう呼ばれるジャンクデータ。

 

 たくさん集めて放っておくとバグになる。放っておかなくても扱いを間違えるとバグになる。一般人には使い道の一つもない迷惑なだけの代物である。

 大抵の依頼の終わりにはこれが残る。

 私が依頼を受ける際、依頼料のほかに受け取るものがこれだ。

 依頼の最中に摘出されたバグのかけら全て。如何なる例外もなく、大小、数に関わらず、全て。

 あっても困るようなものを全て差し出せと言って渋る者は少ない。ただ、たまに疑問に思われることはある。何故こんなものを、わざわざ引き取るのかと。

 良いだろうそんなこと、アフターサービスとでも思っておけと説明しているが、当然ながらそんな善意やサービス精神ではない。善意でバグを引き取る奴がいてたまるか。

 本当の理由なんて誰に説明する必要もない。たった一人の友人が知っていてくれれば、それでいい。

 

「これでよし。ナイトマンは間違いなく万全です」

「ありがとうございます、エール。では、ナイトマン、プラグアウトを」

『はっ。エール殿、感謝いたす』

 

 私のPCからプライド様のPETに戻るナイトマン。

 移動が滞りなく完了したのを確認し、PCから端子を引き抜く。

 PETをプライド様に返却し、机の下の段ボールからエナジードリンクを取り出す。プライド様の微妙な表情をスルーし、プルタブを引いて一口。

 そこまでの工程でどう話を切り出すかを悩みに悩み――結局上手い言葉も思いつかず、ストレートに聞くことにする。

 

 

「……で、なんでまた、ゴスペルなんかに手を出してるんですか?」

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