バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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今回で百話目となります。
意識していた訳ではありませんが、ここにこの回が来て良かったです。


その日、あなたは運命に出会う 【本】

 

 

 各国のメインエリアにはそれぞれ特色が存在する。

 言わばそこはインターネットにおける各国の顔だ。

 その国のイメージに合わせて構成されているエリアはそこを歩いているだけで世界旅行の気分になる、などという者もいる。

 日本やアメロッパのエリアは、世界の最先端ということを表現するような、歩くのに不自由ない整備されたエリア。

 アッフリクは砂地や草原などが広がる、現実世界の広大な自然を思わせるエリア。

 シャーロは氷に覆われたエリア。これはクリームランドもよく似ている。

 歩きにくいので整備してほしいと申し出たがメインエリアの構成は政治の側面もあるようで却下された。

 さて、それらと同じように、アジーナエリアの特色は草原と罅だ。

 未整備なように見えるが、アジーナの技術力の高さでそれはあり得ない。

 あくまでこの“古さ”は作られたものだ。最新のエイジング加工とも言うべき技術が、古きを重んじるアジーナという国をよく表している。

 

『気を付けたまえよ。罅は踏み方を誤ると危険だからね』

『う、うん……』

 

 草原はともかく、罅はとてもではないが歩くのには適していない。

 流石に通路のど真ん中に罅が入っているなどということはないが、それでも注意しておく必要はある。

 何かと引っ込み思案なアイリスは大きな通路でも出来るだけ端を渡りたがるゆえに。

 

『今日の依頼の人は……何処にいるの?』

『もう少し先だよ。アジーナエリアでの待ち合わせは何度かあったが、こんな端っこに呼ばれたのは初めてだな。何があったんだか』

 

 今回の、アジーナでの依頼についてだが、詳細は特に聞かされていない。

 これに関しては特に珍しいことでもない。メールでは伝えられないような依頼など、山ほど存在する。

 呼ばれて、何があっても大丈夫なように護衛を付けたりしているのだ。

 こうしたオモテの、それも公の依頼であれば向こうが護衛を付けてくれることもある。

 ウラの依頼では胡散臭いものも多いし、いざ行ってみればランクを狙う酔狂者だったということもあるが、恐れる程度のことではない。ビーストマンに護衛を任せてからはそんなことはまだ起きていないし、それより前は全てアイツが片付けてくれていたことだ。

 まだどこから襲ってくるか分からない隠密性の高いウイルスの方が脅威である。

 今回の依頼も、合流してからは相手のナビが護衛となるし、それまでも安全なエリアのため戦闘用プログラムのノヴレットだけで十分だ。

 このアジーナエリアにも、比較的危険度の高いキルブーというウイルスがいるが、あれが脅威とされている所以は暗闇や、竹林に見せかけたテクスチャから突然現れて不意打ちを仕掛けてくる点だ。

 観光ならまだしも、それらを意識して歩いていればそもそも遭遇しない。

 インターネットにはエリアに適した歩き方というものがある。それを知っていれば、大して戦う力がなくとも歩けなくはないのだ。

 

 ……とはいえだ。罅をおっかなびっくり避けているアイリスを見るに、多少準備が不十分だったと思わなくもない。

 アイリスには許可を貰った上で、助手として動いてくれるならばとナビカスによるカスタマイズを組み込んでいる。

 既にナビカスはPETのみならずパソコンにもインストール可能な製品が発売されており、購入したライセンスの範囲であれば自分のナビでなくとも改造が可能となった。

 これは組織など、個人の管理ではないナビ複数に利用したいという要望から作られたものだが、私のような特殊な事情持ちにとっても助かるものだ。

 勿論、レヴィアにも適用してある。本人があまり他の力に頼るタイプではないので、プログラムパーツよりも体力を増やすプラスパーツが主になっているが。

 アイリスにも、ひとまず安全策として適用したのが、アンダーシャツや不意のバトルオペレーションが発生した際に『バリア』を自動的に発生させるファーストバリア、気配を抑えて外敵に狙われにくくするシノビダッシュなどだ。

 万が一狙われた時、少なくとも私が間に入れる程度の時間稼ぎを行うためのもの。今のところ、シノビダッシュ以外が効果を発揮したことはないが。あっては困る。

 

 彼女がここまで罅を気にするようであれば、不意の落下などのリスクから身を護るエアシューズがあっても良かったか。

 あれで齎される浮遊感は、私はどうにも苦手なのだが、アイリスはどうなのだろう。

 そんなことを考えつつ歩いているうちに、あまり人通りのない通路の先に立つ一人のナビが見えてくる。

 アジーナという国の要人の中でも少し特殊な位置にある知り合いである。

 一切動くことなく佇むその姿は、下手すれば置物に見える。

 その、波の立たない水面のような性質を体現したような佇まいを、しかし緑色の袖から覗く鋭い鉤爪が否定する。

 彼もまた、冷静さの中に熱を秘めた戦士なのだ。

 

『待たせたね』

『来たか。エール・ヴァグリース』

 

 閉じていた目が開かれ、此方に向けられる。

 大人しい外見の中で一際目立つ鉤爪とその鋭い瞳が威圧感を与えたのだろう。

 アイリスがそっと背中に隠れる。

 

『やあ、久しぶりだね、エール。そっちの子が、話にあった?』

『ああ――私の助手だ』

 

 既に話は付けている。

 アイリスに彼とそのオペレーターが依頼者であることを話せば、おずおずと出てきて頭を下げる。

 

『ん。なんか事情持ちってのは聞いてるよ。素性が不明ってのは国の依頼を受けてもらうのには結構困るけど、一応エールの管理ってことで良いんだよね?』

『それで構わないよ』

『なら良し。パクチー・ファランだ。それと、私のナビの――』

『スラッシュマンだ。よろしく頼む』

 

 パクチー・ファランとスラッシュマン。

 アジーナの王宮に勤めていた経歴もある料理人である。

 最初にこの国の公式の依頼を受けた際、色々な事情が絡んだことから彼女が窓口になったことがきっかけで、以降もその関係が続いている。

 もっとも、今は彼女も王宮にいる訳ではないらしいが……どうにも自由な国である。

 

『それで、依頼の詳細は?』

『歩きがてら話すよ。スラッシュマン、案内を頼めるかい?』

『了解だ。付いてきてくれ』

 

 口数の少ないスラッシュマンはそれだけ言って、先行するように歩き始める。

 それに続けば、ファラン氏は此度の依頼について話し始めた。

 

『まず前提から話すんだけどね。近々、アジーナ全体から一人、ネットバトラーを選ぶことになったんだよ。言わば国の代表さ』

『――ほう』

 

 ――もしかしなくても、それは例の大会に参加する選手、ということだろう。

 アジーナには一枠が設けられていた筈だ。それに関係している依頼ということか。

 政治の側面もあるとのことだし、あまり他国のそれにも関わるのは望ましくないのだが……内容如何では、少し考えないとならないな。

 

『それについては各地から実力のあるネットバトラーを集め始めているんだけど、その候補のデータを管理しているシステムに、ここ数日不正アクセスがあってね』

『ふむ。この国のシステムに手を出そうとする辺り、腕に覚えのある犯人ではあるようだね』

『だとは思う。というか、実際にあと一歩のところまで行っているらしいし。で、足跡を辿った結果――ここに辿り着いた訳だ』

 

 スラッシュマンが足を止めたのは、一つのセキュリティドアの前だった。

 ……国が管理する、ジャンクデータの廃棄場所……ようは、ゴミ捨て場か。

 あまりおすすめは出来ないのだがな。ジャンクデータなど、残しておいて良いことはあまりない。

 何か考えもなく放置しておくとバグの発生などに繋がりかねないのだ。不要なデータであれば削除しておくのが一番なのだが。

 

『この中に?』

『みたいだね。ただ、ジャンクデータの何が作用しているかは分からない。で、あんたの名前が挙がったってこと』

『……私の仕事はゴミ漁りじゃないんだがね』

『いや……まあ。気を悪くしたならすまない。ただどうにも、何が起きているか分からないものの対処であんた以上はそうはいないだろ?』

 

 そんなことは無いと思うが……原因を見つけることはともかく、対応できるかはものによる。

 というかこんなところから国のシステムに侵入を試みるなど何が起きているか分からない。

 場合によっては、手に負えない事態になっている可能性もあるのだ。

 

『調べてみないと、何とも。とりあえず入ろう。護衛は頼む』

『任された。では』

『っと、その前に、ログを見られるかな』

 

 スラッシュマンが人数分のアクセス権を提示し、セキュリティドアに接続する。

 開く前に、過去に開いた日付と提示されたアクセス権のログを確認。

 この中からアクセスがあったというなら、まずそこに侵入した何者かの存在を疑うのが道理だ。

 

『特に怪しい顔ぶれはいないよ。皆用事を済ませたら出ているし、実際に不正アクセスが起きた時間とも一致していない』

『なおさら不思議だね。ジャンクデータの廃棄場だっていうなら、極論何が起きてもおかしくはないが』

 

 スラッシュマンに頼んだ護衛というのも、本来ゴミ捨て場に入るのに必要とするものではない。

 だが、事態が事態だ。場合によっては彼に前に立ってもらうことになるかもしれない。

 

『入るぞ。二人とも、離れすぎるな』

 

 彼はその鉤爪を見れば分かるように、接近戦を得意とするナビだ。

 離れた相手への攻撃手段も持ってはいるものの、それはあくまで牽制として扱うことが多い。

 あまり彼から離れればフォローもしにくいだろう。

 私とて自身やアイリスに被害が来ることを望んでいる訳ではないので、それに従う。安全のためにも、護衛を頼んだ相手が動きやすいような気遣いはしておくものだ。

 例外は護衛側が向こうから合わせてくれる――ないし合わさせる場合くらいである。

 

 ドアの先の通路は狭くはないものの、あちこちに元が何だったか分からないジャンクデータが転がっている。

 一口にジャンクデータとは言っても本来のデータは同じではない。

 解析したり、しっかり復元してみればチップデータだったりナビの残骸だったり、この電脳世界にあるものであれば何であってもおかしくない代物だ。

 とはいえ一攫千金を夢見てこれを漁るのもまたナンセンス。

 どれだけ復元しても、まともに利益の出る結果にはなるまい。

 

『ああ、ちなみに落ちているものは持っていっていいけど、ちゃんと申請してくれってさ』

『有益なものを見つけるのは、今回の一件の原因を見つけるより大変だろうね』

 

 その辺に落ちていた、小さなジャンクデータを拾い上げる。

 壊れているとはいえまだ原型は保ってる方だ。

 体力回復用のサブチップ――恐らくは、ミニエネルギー。もしかするとフルエネルギー。

 とはいえ、可能な限り復元しても最小限のリカバリーチップの代わりになるかといったところだろう。

 比較的まともなものでさえこれなのだ。文字通りの掘り出し物など、この中に一体いくつあるか。

 

『ここが中心地だ』

『骨が折れそうだね』

 

 通路の先の広場にあったのは、幾つものゴミの山だった。

 さて。何者かが侵入して事を起こしているというのは考えにくい。

 そうだとしても、時間が離れている以上、この場に何かを残している筈だ。

 システムにアクセスを試みるプログラムか何か――それも成功しかけている辺り、それなりに良く出来たもの。

 

『この山は撤去される時があるのかい?』

『ここ数年は溜まりっ放しな筈だよ。今回の状況如何では、ってところかな』

 

 となると、数年間溜まりに溜まったジャンクデータという訳か。

 このうちいずれかが奇跡的に組み合わさって一つのプログラムになった……考えにくいが、その線もあり得る。

 

『なら。ひとまず外へのアクセスが可能な代物を探してみて――』

『――エール』

 

 そんな時だった。背後――少し離れたところで立ち止まっていたアイリスから声が掛かったのは。

 振り向いてみれば、彼女はゴミの山とゴミの山の間にじっと目を向けている。

 一通り見渡して、特に目立つものは……あり過ぎてどれから見てみるべきかというレベルなのだが、彼女は何か見つけたようだ。

 

『どうしたんだい?』

『あそこ……何か、埋まってるわ』

 

 アイリスの位置に立って見てみれば、二つの山の間に目立たず存在する、小さな山。

 それと決まった場所に雑にジャンクデータを放り捨てたというよりは、あそこは意図して山を作ったように見えるな。

 そんなゴミとゴミの間の暗がりから、小さな光が零れる。

 まるで中から外を確認するように。そして、此方を確認するや否や、という表現が相応しい速度で消えた。

 

『……ふむ』

 

 光の消えたその隙間をじっと見つめ続ける。

 十秒ほど経っただろうか。再び光が点り、一秒と経たずに消えた。

 まるで、そろそろ気のせいだと断じ此方への注目が無くなったかと思って目を開けてみればまだ注目の的だったので慌てて目を閉じたかのように。

 スラッシュマンも気付いた。

 警戒するように体勢を低くするが、ひとまず襲い掛かるのは無しだ。

 

『……出てきてくれないか? 話をしたい』

『――――』

 

 中から聞こえてきたのは、機械が唸りを上げたような、金属が軋んだような音。

 それは否定なのか、肯定なのか。

 どちらかと考えているうちに、その山が小さく動いて、いくつかのゴミが床に落ちる。

 

 そして、上に乗っていた山を払うように退かして、その頭を出してきた。

 そこから這い出てくるのは、継ぎ接ぎだらけの体。

 ジャンクデータを寄せ集めて、辛うじて人型の上半身だけを作り上げたような姿だった。

 

『……ネットナビ、なのか?』

『ソ……ソウダ……オ、オ、オデハ、ジャンクマン。コノ、国ノ、代表ニナル、ナ、ナビダ……!』

 

 

 ――そう、それが運命。

 

 ジャンクマンという存在と出会った瞬間だった。




・スラッシュマン
6グレイガに登場するナビ。オペレーターはパクチー・ファラン。
アジーナ拳法を操り、鉤爪や苦無を武器とする。
また、これはパクチーの料理のサポートに向いたカスタマイズであり、鉤爪は電脳野菜を素早く切り刻む。
『爪』の字を象ったナビマークが秀逸。

・ジャンクマン
4ブルームーンに登場するナビ。オペレーターはいない。
アジーナ代表としてブルームーントーナメントに参加し、熱斗と当たった場合はロックマンとソウルが共鳴する。
アジーナのゴミ捨て場で大量のジャンクデータが突然変異を起こして生まれた特殊なネットナビ。
その出自から、残された時間が少なく、自身の存在を知ってもらうために大会に参加した。
大会の開催目的からして彼が優勝すると非常に不味い事態になるのだが、そもそも何故参加が許可されたのかは不明。


少し前から言及していたアジーナの依頼。
パクチー先生たちと共にやってきたゴミ捨て場での出会いでした。
可愛いですよね、ジャンクマン。エグゼシリーズでも屈指の可愛さだと思います。
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