バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
ジャンクマン、そうナビは名乗った。
例の大会のアジーナ代表として出場する。恐らく、不正アクセスはその目的に繋がるもの。
だが――
『……キミ、オペレーターは?』
『オ、オペレーターナド、イナイ! オデハ、ココデ生マレ、独リデ、生キテキタ! オデハ、独リデ戦ウノダ!』
彼はオペレーターとパスが繋がっている様子は見られない。
ウラに行けばいくらでも存在する、独りで生きることを余儀なくされたナビたち――あれらとはまた違う。
はじめからオペレーターのいない自立ネットナビ。
そして、それは何故か。
あまりにも奇跡的な確率で、このジャンクデータの山にナビを形作るためのプログラムが集まり、一つになった結果生まれた、突然変異とも言うべき存在だから。
到底信じられない話ではあるが……かといって、あり得ないと断じることも出来ない。
世界中で同じことをして、今後もう一度発生するかどうかというほどの出来事が、このゴミ捨て場で起きていたのだ。
『……まさか、そんなことが』
『エール、どうなんだい? 私としては、あり得ない話にも聞こえるんだが』
『現に起きている、というのが答えなんだろうさ。あまりにも、異例な事態ではあるだろうが』
私もいささか以上に動揺している。
どこかの心無いオペレーターがここにナビを捨てたとかならまだ分かる。
オペレーターの方からPETとの接続を断ってナビが捨てられる――残念ながら少なからずある事態だ。
しかし、彼の体を見てみれば、それとは違うことが一目で分かる。
辺りのジャンクデータと同じく、不要なデータがこびり付き、無意味と無意味が組み合わさって奇跡的に意味を成している継ぎ接ぎの体。
それはあまりにも不安定だ。
こうしている間にも、ただでさえ多い破損データがさらに広がり、彼の体の構成パーツという枠組みから外れて崩れ落ちている。
『……ジャンクマンって言ったかい? あんたには悪いけど、その代表っていうのは、オペレーターありきなんだよ。自立ネットナビは対象外なんだ』
『ソ、ソンナコトハ、知ラン! オデハ、オペレーターナドイナクテモ、誰ヨリ強イ! ソレヲ、証明シテヤル!』
聞く耳持たずだな。或いは、理解する機能がないのかもしれないが。
流石に見るだけでは、今このジャンクマンというナビに何が足りていて何が足りていないのかが分からない。
戦えるだけで国の代表は務まるまい。それを説明しようと思った矢先、辺りのゴミが突如として浮遊しだした。
『おい、キミ』
『オ前タチ、デリートスレバ、オデ、オ前タチヨリ、強イ! 認メテ、貰エル!』
彼の仕業か。
周囲のゴミを操作する――ここで生まれたジャンクデータの産物であるがゆえの特異な能力だな。
まるでチップの『ポルターガイスト』だ。
『喰ラエ!』
一斉に降り注ぐゴミの群れ。
私はアイリスを連れて少し下がる。ここにいても邪魔になろう。
『スラッシュマン!』
『シャッ――!』
代わりに前に出てきたスラッシュマンは、飛び込んでくるゴミをその鉤爪で的確に捉え、切り刻んでいく。
細切れになったゴミが辺りに散乱する。
その能力自体は特殊なものではあるが――所詮は戦術も何もない、ただの攻撃だ。
戦闘を専門にしている訳ではないとはいえ私の知る限りアジーナでも屈指の力を持つスラッシュマンが対応できないものではない。
『ッ……!』
全て対処されたと見るや、再び次のゴミを浮かせるジャンクマン。
その体は力を行使することで余計に崩れていく。
……不味いな。碌に持たんぞ、これ。
『シッ……ハァ――!』
『ゥ……!?』
二度目の攻撃も難なく防がれ、ジャンクマンは動揺したように呻く。
彼からすれば、必殺を期した攻撃だったかもしれない。
ネットバトルというものを知らないのだろう。ずっとここにいたというのなら、ナビはおろかウイルスと戦う機会もそうないだろうから。
『マダマダ……!』
『そこまでだ。一旦止まりたまえ、ジャンクマン』
仕方あるまい。まったく想定外の形になってしまったとはいえ、乗り掛かった舟というものだ。
スラッシュマンにアイリスを任せて、ジャンクマンに近付く。
警戒するように後退する体。
そこからまた、ボロボロとパーツが崩れ落ちているのを、彼自身は気付いているのか。
『ナ、ナンダ! 降参、カ?』
『そういう訳ではないが。キミは自分が、あとどれくらい持つのか分かっているのか?』
ピタリと止まったジャンクマン。
少し落ち着いたのか、じっと此方を見つめ、振り上げていた腕をそっと下ろす。
『――知ッテイル。ダ、ダカラ、ソノ前ニ、オデヲ、少シデモ多ク、ニ、知ッテモラウンダ。コンナ、ゴミダメノ、中デ、ヒッソリト消エテイクナンテ……!』
『……それで、代表になろうとシステムにアクセスを試みたと?』
『ソウダ……アレノ、突破方法ハ、何トナク分カル。オ、オデニハ、時間モ、余裕モナインダ。邪魔ヲスルナ……!』
既に彼は死期を悟っている。
その上で、国の代表となることを最初で最後の晴れ舞台としようとしているのか。
己の決意を話しただけかもしれない。だが――その言葉には、明確に、孤独があった。
そうあれかしと望まれて作られたデータが不要とされ廃棄される。その体に、まったく違う意識が宿る。
――そんな歪さを見て、私はこの時何を思ったのか。
『……ファラン氏、彼は私に一任してもらえないか?』
『ん? それで今回の騒ぎが収まるってんなら望むべくもないけど。何か考えがあるのかい?』
『まあ――それは彼次第か』
ファラン氏から許可を得て、PETから私のホームページへのリンクを転送する。
そして、それをジャンクマンの前で開けば、彼は訳が分からないという様子で首を傾げる。また、継ぎ接ぎの一片が零れ落ちた。
『ナ、ナンダコレハ?』
『このまま無謀にシステムへの侵入を試みるより、確実性のある方法が待っている場所だ。入る入らないは自由だが、どうする?』
『……コレニ入レバ、オ、オデ、ハ……代表ニナレルノカ?』
『まだ分からん。だが、他を省みない身勝手というのは大抵非難されるものだ。それよりは、穏便な形で選ばれた方が覚えは良いんじゃないか?』
『…………ム……』
ジャンクマンは与えた選択肢に、暫し悩むと、ガシャガシャとパーツを落としながらそのリンクに飛び込んでいった。
ひとまず、乗せることは出来た。
あとは――
『エール……どうするの?』
『まずは応急処置だけでもしなければ話にならない。あとはまあ……焼ける世話は焼いてやるさ』
不正アクセスの主はいなくなった。これで依頼は解決と言っても良いだろう。
さて、ここからはお節介の時間だ。
『では、あとは私の方でどうにかする』
『助かったよ、エール。そういう事情だって分かっても、私らじゃどうにも出来ないからさ』
『国でちゃんと基準を定めておくのは良いことだよ。候補者は決められた面々から選ぶべきだ。ただまあ……クリームランドも訳アリでね』
『――ああ、そういうこと』
それだけ話せば、ファラン氏も納得した。
とどのつまり、ここから代表になろうと画策せずとも、それになれる手段は残っているのだ。
『去年色々あったのは知ってたけどさ。大変だね、クリームランドも』
『次世代のネットバトラーの養育は課題として挙がっているらしいけどね』
こうした時、有望な人材の少なさというのは響いてくるものだが、今回のそれはもしかすると良い方向に転がるかもしれない。
それはそれとして、優秀なネットバトラーも多く出てきてくれると嬉しいのだがな。
私とて、自国の選手の良い話というのは、聞いて何も感じないほどネットバトルに興味が無い訳でもないのだから。
『――ル、エール。聞こえてる?』
「……む?」
三十パーセント。
一つの体に存在していた千を超える大きな不具合を潰し、ようやく三割に差し掛かろうとしたタイミングで、声が掛かった。
ずっと向き合っていたパソコンとは繋がっていないディスプレイに目を向ければ、呆れた表情のレヴィアと目が合う。
理由もなくあんな表情を浮かべることは……まあ、ままあるが、何だろうか。
「どうした? 今、少々忙しいんだが」
『時間』
「時間?」
チラ、と時計に目を向ける。午後三時だな。
確か午前十一時頃から作業を始めた筈だ。集中していると時間の経過はあっという間だ。
「もう四時間か。すっかり昼食を忘れていたな」
『そんな昼食を忘れた貴女に一つ良い事を教えてあげるわ。正確には四時間じゃなくて十六時間。昼食だけじゃなくて夕食と、それから睡眠を忘れているわよ、エール』
「…………」
天井を仰ぎ、点けっぱなしだった照明を眺める。
それから閉め切っていたカーテンを開けば、外はすっかり暗くなっていた。
深夜。誰が見ても明らかな深夜である。
「……なるほど。時間が経つのは早い」
『もしくは貴女がそれに気付くのがあまりにも遅いわね。あまりアイリスに無茶させないでくれる?』
む――そうだ。アイリスをこれにずっと付き合わせていたのか。
流石に十六時間、ぶっ通しで作業をさせているというのは良くない。
長時間動かすのであればそれ相応のカスタマイズが必要だ。
そうしていないナビであれば、当然疲れてパフォーマンスにも影響が出る。
「……すまない。アイリス、もう夜中だった」
『…………え?』
外出用の仮面を外し、素顔を晒して作業を手伝ってくれていたアイリスの目蓋は半分ほど閉じられ、目からは光が消えていた。
――やり過ぎた。久しぶりの大仕事だと張り切ってしまった。
「一旦休もう。このまま続けていたら夜が明けそうだ」
『……ん』
うつらうつらと、今にも意識を手放そうとしているアイリスは、やや危ない足取りでレヴィアのいるいつものパソコンに移動すると、スリープ状態に入った。
……あの状態でも作業が出来ていたのは凄いな。感心している場合ではないが。
それを見届けた後、レヴィアはじっとりとした視線を向けてくる。
『あのね。アイリスだけじゃなくて、貴女の体力も無限じゃないのよ』
「分かってるよ……久しぶりにここまで長時間やっていたな」
すっかり冷たくなったコーヒーを飲み切り、買い置きしているゼリー飲料を取り出す。
集中していたため空腹感はないものの、胃の中は空っぽだろう。
『随分な入れ込みようだけど。これだけ掛かってまだ終わってないってことは相当みたいね』
「ここに担ぎ込んだ時のキミが可愛く思えるレベルだね」
『あらそう。よほどのヤツにやられたのね、その子』
「やられたというか、初めからこうだったと思うよ」
軽い経緯を話しつつ――目の前のディスプレイに映る、ジャンクマンの姿を眺める。
スリープ状態になっている彼の体に発生している不具合を修正し始めて暫く。
このレベルの重症患者を対応することなどそうそうない。
不具合一つ一つが重いものだ。集中してしまうのも仕方ないというもの。
『また、珍しいものを見つけてきたこと。直せるの?』
「直すさ」
一度抱えた患者だ。直すまでは解放しないぞ。
国の代表となる――その目的を達成させるのはその後だ。
『ならそれを十全に出来るように寝なさいな。生活リズムは正すようにって鬱陶しいくらい王女様に言われているでしょ?』
「何故それを知っているんだ」
『私でも慮れるレベルのことをあの王女様が貴女に言っていない訳がないでしょうに』
――凄い説得力だな。
確かにそうだ。あまりの言葉の重みに思わず絶句してしまった。感心せざるを得ない。
『ちょっとこっち来なさいエール。私が直々に
「いま、言葉とその意味に明確な乖離を感じたんだが」
『気のせいよ』
まったく、何が彼女を激発させるか分かったものじゃない。
突然画面の向こうから殺気を放ち始めたレヴィアを適当に宥めつつ、夜食を済ませる。
……とはいえ、アイリスももう眠っている。流石に、私も睡眠をとっておくか。
ここから眠ると目覚めるのは昼過ぎになる気もしなくもないが、確かに、寝不足で作業に支障が出ても良くない。
一度よく休んで、それから再開しよう。あまり時間がある訳でもないが、それでも手を抜く訳にはいかないから。
ジャンクマンお持ち帰り。台詞がカタカナなのめんどくさい。
ちなみに、本作では大会の発表がおよそ二週間前となっており、原作で熱斗に通知された日より前倒しになっております。
これは幾つかの設定変更の影響があってのことですので問題ありません。
例の作戦についてはまだ発動してないです。今後数話の間にひっそりと行われると思います。